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氷天の禊  作者: ラキ
焔に巣食う影
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スノーリア

 王都の中心部、王城では王の怒鳴り声が響いていた。


 「貴様ら!これだけの兵力を持ってしてたかが五人を始末できないとは何事だ!」

 

 「……申し訳ありません」

 アストゥはただそう言い、頭を下げる。


 「連中は想像以上に危険です。恐らく実力は五人全員が私やリリーを上回っている。我が軍では数で抑えることは厳しい。勝つ為には禁止指定兵器を使用する必要があるでしょう」


 アストゥの言葉に王は顔を曇らせる。


 「ならぬ。そもそも、何故たった五人相手にここまで苦戦するのだ?百人でも二百人でも一斉に攻撃すれば済むのではないのか?」


 彼は静かに首を振る。


 「それは……厳しいでしょう。先の戦いのデータでは、空色の髪をした女性の遠距離攻撃で多くのサムライが撃破されていました。そして指名手配中のレン・ウツギが単騎で強襲……その全てを殺害しました」


 王は「む……」と考え込む。


 「可能ならば兵器の使用許可を頂けるよう、お願い致します」



 会議が終わり、隊長室へと戻ったアストゥはソファに座り、書類を見始めた。


 「リリー、怪我の調子はどうだ?」


 向かいのソファに横たわっているリリーに声をかけた。


 「傷は塞いで貰いましたし、大丈夫です」


 「そうか。ならいい」


 「……アストゥさん。奴ら、この後どうすると思いますか?」


 リリーは顔に被せていた帽子を外し、聞いた。


 「さぁな。良くてこれで終わり、悪くて王都襲撃。……王都にはオーブがある。狙っている奴らからすればアレを取りに来るのが普通だな」


 アストゥは紙をめくりながら答える。


 「あの化け物が一斉に来たら……」


 「あぁ。ウチは実戦で使えるメイジが少ないからな。……先代までの方針がここでも邪魔になるとはな」


 彼は大きくため息をついた。


 「前は数こそ正義を地で行く戦法でしたしね。私もあなたが居なければ基礎魔法が使えれば良いとこだったでしょうし」


 「……あぁ。二年前から魔法教育にも力を入れてるがまだ未熟。それなのに王はリオ達三人を使い潰そうってんだから笑えないな」


 王国にも魔法学校はあるものの、専ら研究や芸術としての側面が強く、まだ実戦に向けての教育は少ない。


 「長々とした詠唱を必要とする魔法なんて実戦では使えない。昨日の戦いでも、もっと短い詠唱で『ノア』を放てばまだ可能性は高かった」


 「……今はとにかく体を休めよう。俺は……襲撃に備えておくか」


 アストゥはそう言い、部屋を出てどこかへ向かっていった。





 夜明け頃。しばらく東に移動した一行はスノーリアという街にたどり着いた。


 スノーリアは「勇者の生まれた街」という名が大陸中に通ってはいるものの、中はごく普通の街といったものだ。

 街の入口に車を停め、一行は深くフードをかぶり街中へ入っていった。


 スノーリアは穏やかな街だ。無法者は他の街と比べ非常に少なく、もっとも安全な街の一つとも言われるくらいだ。それも勇者の子孫だという街の統治者のお陰でもあるのだろうか。


 商店街を抜け、街の中心部に着いた。そこには広場になっており、中心には勇者のものだという銅像が建てられている。

 ナツメグはふと立ち止まり、それを眺めている。


 「ナツ、どうした?」

 

 レンを担いでいるニックスが声をかける。ナツメグは彼の方を振り向き、首を振る。


 「いえ……初めて見るものなので、少し気になって」


 「ほら、立ち止まってないでさっさと行こう」


 先頭のヒノは急かすように言った。


 広場を抜け、少し歩いたところにある宿に入っていった。


 「三日間ほど泊まりたいんだけど、部屋の空きある?」


 ヒノが受付の人に慣れた口調で聞く。


 「ええ、ありますよ。今空いているのは三部屋ですが……大丈夫ですか?」


 「大丈夫。ありがとう」


 ヒノは先に料金の半分を支払い、代わりに鍵を受け取った。


 「部屋、どうする?」


 ネロが横から聞いた。


 「とりあえずガルとネロは同じでいいかい?それで……僕らは適当にじゃんけんでもして分けとこうか」


 ヒノはそう言い、鍵を一つネロに手渡した。

 そしてレンとニックス、ヒノとナツメグがそれぞれ同じ部屋になり部屋に入っていった。



 「なぁレン」


 ニックスは窓から外を眺めているレンに呼びかける。


 「ん、どした?」


 「お前の妹と親父さん、この街に避難させたんだよな。会いに行くのか?」


 彼はうーん、と少し考え、また外を見た。


 「行けたら行きたいけどなぁ……顔が割れてる俺がもしバレたら、この街の人がなんて言うか分かんねぇからな」


 レンは少し寂しそうに呟いた。


 「……会いにいけよ」


 「マジ?」


 レンは驚いたように振り向く。


 「次会える時までに生きてる保証はどこにも無いからな。お前も、お前の家族も」


 「……そーだな。多分街の反対側の宿にいると思う。着いてきてくれないか?ユキ」

 

 「仕方ないな。それじゃ、行こ──────」


 「レン兄!ユキ兄!生きてるっスかー?」


 ドアがバン!と勢いよく開き、ガルムが元気よく入ってくる。


 「騒がしいな。生きてるよ」


 「よしよし、生きてるっスねー。んでんで、何話してたんスか?」


 ガルムが興味津々に聞いてくる。


 「あー、ちょっと出かけようかってな」


 「お、なら私も着いてくっス!」


 「おいおい、さすがに大人数で行くのは……」


 ニックスはそう言いかけるが、レンはまあまあ、と宥めた。


 「いいんじゃないか?見た感じこの街の警戒は薄い。むしろ情報が出回ってない今が行くチャンスだ」


 「そうか……なら大丈夫かな?」


 「大丈夫っスよ!せっかくならついでに買い物とか行きたいし!」


 「はぁ……もう好きにしていいよ」


 ガルムはその言葉を聞くとニッ、と笑った。


 「んじゃネロ姉も呼んでくるっス!置いてかないでよー?」


 彼女はそう言うと走って部屋を出ていった。


 「はぁ……とりあえずヒノに言ってくる」


 ニックスはそう言うと立ち上がった。


 「ああ。せっかくだしあいつも誘っといてくれ」


 彼は小さく頷き、部屋を出た。



 「……ってことでヒノ、お前らも来るか?」


 ニックスはヒノ達の部屋に入り、声をかける。


 「いや、僕はいい」


 ヒノは小さく首を振った。


 「じゃ、じゃあ僕もやめておきます」


 「別に僕に合わせる必要は無い。行きたいなら行っておいで」


 ナツメグは「うーん」と少し考えた後、ヒノの方を向く。


 「大丈夫です。一度見てみたかった銅像ももう見られましたし」


 「そう。じゃあユキ、僕達は留守番してるから行ってきな」


 「うん、わかった」


 ニックスは手を振り、部屋を出た。



 「あ、ユキ兄。ヒノ達はどうするって?」


 ガルムがちょうど部屋から出てきた。


 「行かないってさ。とりあえず四人で行こう」


 「うん。……あ、そうそう。宿屋さんから車椅子借りれたっスよ」


 レンは今足が動かない。最悪魔法で作れば良いが、借りることができるならそれに越したことはないだろう。


 「そりゃいい。じゃ、行こうか」




 「ヒノさん。どうして行かなかったんですか?」


 「別に。そんな聞くほどのことでもないでしょ?」


 ヒノはベッドに転がったまま答えた。


 「いえ……何かいつもと雰囲気違うので」


 ナツメグの言葉を聞き、ヒノは少し息を着くと起き上がった。


 「そうか。……僕はこの街が嫌いだから。『勇者』だなんてくだらないことを言うこの街が」


 ヒノは窓から外を眺めながら言った。低い建物が多いからか、ここからでも勇者の銅像が見える。


 「そう……なんですか」


 「あー。何を言ってるんだ、僕は。そんなに気にすることでもないさ。誰にでもこういうことはある」


 ヒノはそう言うと鞄から本を取り出し、読み始めた。


 「……勇者、かぁ」


 ナツメグはごろん、とベッドに転がった。


 600年前、大陸を巣食っていた悪魔達を単騎で一体を除いて殺し、安寧をもたらしたとされる存在。

 ただ、本人の名前や細かな戦績などは曖昧な伝説が残るだけで定かにはなっていない。


 もし、残った一体が目覚めたら。今の世にも勇者が現れるのだろうか。


 ナツメグは杞憂だ、と考えを振り払い、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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