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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
24/31

脱出

 その頃、騎士団(ムスプルヘイム王国軍)の貼った結界の中で戦っているヒノは、目の前で膝をついているリリーを見下ろしていた。


 「騎士団のエース格って言うからどんなもんかと思えば……この程度かい?」


 「悪魔め……」


 余裕を崩さないヒノに対し、リリーは忌々しげな声で呟く。


 「……君には意思が足りない。何を引き換えにしても成し遂げるという強い意志が。それが君達の力の真価だよ」


 「何を言って……」


 困惑するリリーをよそにヒノは近寄り、右手を振り上げる。


 「さて、お話は終わりだ。それじゃさようなら、リリー・アー──────」


 そう言いかけた瞬間、結界内に再び大量の水が流される。ヒノは周囲の水を蒸発させたが、目の前の光景を見てため息をついた。


 「やられた……仮に彼女が負けても殺させる気はなかったのか。相変わらず小狡いな、アストゥ・ドレーク」


 リリーを確保した騎士団は全軍で撤退を始めた。彼らが500mほど走ったところで結界が漸く緩んでくる。


 「『ブロークン・ハート』……行け」


 直径1m程の火球を生み出し、退きつつある軍へ放った。兵たちは咄嗟に水の壁を貼るが火球はそれを貫いて迫っていく。


 三枚の壁を貫いたところで、火球は突如跳ね返り、そのままの勢いでヒノの方へと飛んできた。彼は指から熱線を放ち、火球を細切れにして消した。


 「跳弾させられたか……?いや、アレに干渉し、崩壊させずに出来るものだろうか?下手に干渉したら爆発し、被害はむしろ大きくなるはず。……一体どんな能力だ?」


さらに500m程彼らが離れ、結界が解けたあともヒノは暫く彼らの背を見て考え込んでいた。


 (『空』ではない(・・・・・・・)だろうが……)


 「ヒノ!」


 後ろからレンをおぶったネロが歩いてくる。


 「ネロ……あとレン。君達の方も上手くやれたみたいだね」


 「『あと』って何だよ……まぁ俺たちはどうにかな。あとはユキ達の方だな」


 レンはネロの背から不満そうな顔をして言う。


 「ごめんごめん。とりあえず僕はユキ達を探す。ネロはオヤカタさんとこに置いてある車を取ってきてほしい。待ち合わせはそうだな……いや、オヤカタさんとこでそのまま待機でお願い」


 ヒノは顎に手を当て、少し考えつつネロに言う。


 「うん、わかった。また後でね」


 返事を聞いたヒノは背中から炎の翼を生やし、飛んで行った。

 



 マサムネを撃破し、街中を歩いてガルム達を探していたニックス。彼は記憶を頼りに空木邸の方へと歩いていた。


 先程使った『F・F・Iフリーズ・フレーム・イグニッション』は反動として相当の消耗を強いられる他に飛ぶ(・・)のに必要なマーキングが全て消えてしまう。面倒だが自分の足で向かうしかない。


 少し歩いたところで騒ぎの声が耳に入ってきた。


 咄嗟に屋根に登って声が聞こえる方を見ると、ガルムらしき少女とサムライが戦闘しているのが見えてくる。


 状況からして恐らくガルムだろう。既に見つかってしまっていたようだ。


 ニックスは少し呼吸を整え、駆け出して行った。




 「……ったく、長引かせたくないのにな」


 ガルムを包囲しているサムライ達はただ武器を構え静観している。

 

 フミツキは軽やかに跳び回りながら風の槍を放ってくる。それをかわしながら距離を詰めようとするが、上手くかわされてしまう。


 「その程度か?ガルム・フィートよ」


 フミツキは煽るように言う。


 「ほんっとに面倒っスね」


 ガルムは倒れているサムライのカタナを一本拾い上げる。


 大きく振りかぶり、それを全力で投げた。

 高速で回転しながらフミツキへと迫る。


 彼は当然のように避けるが、カタナはほぼ同タイミングでカーブし、彼の肩へ突き刺さった。


 「その辺、っスよね?」


 「貴ッ……様……」

 

 フミツキが脂汗をかき一瞬動きを止めた。その瞬間、ガルムは飛び込み刺さっているカタナの柄へ回し蹴りを叩き込み、さらに深く抉りこませた。


 刃は肺へと到達し、フミツキは血を吐き倒れた。


 「よし!……それで、まだやる?」


 包囲しているサムライ達に視線を送ると、彼らは蜘蛛の子を散らすように消えていった。


 「ガルー!」


 屋根の上からニックスが降りてきた。


 「ごめん、苦労かけちゃったな」


 二人は拳をコツン、と合わせて空木邸へと戻る。


 「あぁ、大丈夫っスよ。……それより左腕、動かないんスか?」


 ガルムはニックスの左腕を持ち上げ、ぶらぶらと揺らす。


 「……やっぱバレるか。強かったんだよ、相手。しょーがないだろ?」


 「ふふっ……違い無いっスね」



 「ガ、ガルムさん……」


 玄関に入ったところでナツメグがちょうど降りてきた。


 「おー、王子サマ。見てたっスか?私の勇姿!」


 ガルムはピースしながら自慢げに笑う。


 「あ、いや……ずっと部屋にいたので」


 「えー……残念だなぁ」


 ガルムはその言葉とは裏腹にニコニコしている。


 「機嫌いいんですね、ガルムさん」

 

 「んぇ!?……そ、そんな事ないっスよー」


 ガルムは少し焦ったように顔を背ける。

 

 「ガル、そっぽ向いてないで早く行くぞ。ほら、ナツ」

 

 ニックスはナツメグの方へ手招きした。ナツメグは立ち止まったまま、少し下を向いた。


 「ユキさん。……僕は正直迷ってます。あなた達は僕を王にする、と言いました。僕にとってはそれは良いことだろうとは分かっています。でもそれが大衆の正義に反するなら、僕は……」


 地面を見ながら手を握り締めるナツメグ。ニックスは突然彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 「いいさ、迷ってて。……普遍的な正義なんてものは存在しない。お前の(・・)正義を大事にしろよ、ナツ」


 「フフッ……はい!」

 

 彼は背を向けて歩き出すニックスを追い、歩き出した。


 「……あ、ヒノかアレ?……ヒノー!!」


 ニックスは空中に浮かぶ炎を見つけ、それに向かい声をかけた。

 するとヒノは気づいたようでまっすぐに降りてきた。


 「三人とも無事だったみたいだね。そうそう、オヤカタの工房に行くよ」


 「オヤカタの?」


 「うん。ネロが車に乗って待ってる。早く行こう」


 三人はヒノについて行きオヤカタの工房へと向かっていく。


 「あの……ユキさん?」


 「ん、何?」


 ニックスは穏やかな顔で訊く。


 「ヒノさんって空を飛べるんですか?あれほど軽やかに空を飛ぶ魔法使いがいるなんて聞いたことがありません」


 彼は空を見上げ、「あー……」と言う。


 「確か空中移動できる魔法自体はあるけど、燃費がすこぶる悪いんだったね、確か。……ヒノは魔力量が並のメイジの10倍はある。だからそれが出来るんだ。」


 「10倍……天才なんですね、ヒノさんは。少し羨ましいです」


 その言葉にニックスは小さく首を振った。


 「そういいモノでも無いだろうよ」


 「へ?」


 「独り言だ。気にしなくていい」


 ニックスは再び歩き出しながら言った。


 

 一行は暫く歩き、オヤカタの工房が見えてきた。


 「あ、やっと来た!」


 入口辺りにいたネロがこっちに手を振り、走ってきた。


 「ネロ、もう出る準備は出来てるのかい?」


 ヒノは確認をとり、それに対し彼女はばっちりと言わんばかりに親指を立てる。


 「もちろん。レンもとりあえず乗せておいたから、すぐにでも出られるよ」


 「わかった。ナツメグとガルは先に乗って。ネロは2人をお願い。ユキ、気づいてるよな?」

 

 ヒノは次々と指示を出し、ニックスの方を見る。


 「あぁ。俺達はここで奴らを迎撃、逃げる時間を稼ぐ、ってな」

 

 「え?奴らって……」


 ナツメグがそう言いかけたところでガルムが彼を担ぎあげた。


 「ガル、さっさと連れて行け」


 「はいはい。適当なとこで合流するんスよ?」


 ガルムは振り返ることなくさっさと走る。ネロはそれを追いかけるように走って行った。


 どこからともなく発砲音が響く。屋根の上のサムライがガルム達目掛けて撃ったのだ。

 ニックスは間に飛び込み、氷の棒で弾をはじき飛ばした。


 「ユキさん、これって……」


 「見りゃわかんだろ?さっさと行け!」


 既に空へ飛んでいたヒノがサムライ達を次々と撃ち抜いていく。


 「4、8、32……総数64!うち地上49だ!」


 ヒノが上空から敵の数を報せる。


 「ナイス、ヒノ!」

 ニックスは振り返りざまに氷のナイフを放ち、反対側の屋根にいたサムライを貫いた。


 道の前後を塞ぐようにサムライ達が迫ってくる。

 ニックスは街の出口の方にいるサムライ達を攻撃する。左腕に氷の篭手を作り、上手く振って(・・・)彼らの攻撃を防いでいく。


 「二人とも、もう行くよ!」


 工房から車が出てきて、ネロがニックス達へと声をかけた。


 「走れ!俺達は途中で乗る!」


 ネロはただ「わかった」と言い、アクセルを全開にして街の出口へ向かって走り出した。


 向かいには沢山のサムライがいる。当然銃を構えている奴もいる。


 「……レン!」


 「分かってるぜ!」


 車の目前に斜めに樹木が伸びていく。木をジャンプ台のようにして彼らを飛び越えていった。


 サムライ達の標的はニックス達から車へ移り、車へと射撃を始めた。


 車内では車体へ銃弾が当たる音が響き、めり込んでいる様が良く見える。


 「だ、大丈夫なんですか?」


 不安そうなナツメグをよそにガルムは欠伸をしながらまったりしている。


 「ユキ兄が『後で乗る』って言った。ヒノが『先に行け』って言った。これ以上何を不安に思えばいいんスか?」


 「な、なるほど……?」

 

 ナツメグは少し困惑しながら考え込む。


 「ガルちゃん?知り合ったばっかの子に言っても信憑性全然無いだろうしそんな風に言わないの」


 ネロは窘めるように言った。


 「いえ、大丈夫です。ユキさんの頼もしさはよく分かりますから」


 「そう……」


 その時、ガン!と大きな音が響き、天井に剣が深く刺さった。

 そしてその直後、背後に炎の壁が広がっていった。


 「ちょ、今度は何!?」


 直後にドスン、と何かが乗ってくる。

 

 「あー、ユキ兄っスねコレ」

 

 ガルムは氷の剣を触りながら言った。


 「えぇ!?まさか(・・)#受け取ってなかったの!?」

 

 「悪い、ガルに渡し忘れてたわ」


 天井の上から声が聞こえてくる。


 「ユキ兄、ヒノは今どうしてる?」


 ガルムの声掛けに対し、ニックスは窓から顔を見せてくる。


 「今帰ってきたとこだ。ネロ、とりあえずこのままスノーリアまで走ってくれ」


 「わかったよ、もう……」


 ネロは半ば呆れたように言った。


 彼らの移動先はスノーリア。600年前、勇者(・・)が生まれたという街だ。




 その頃、帝国では上層部の集会が行われていた。


 「……最後に陛下。本日、例の『禊』がキョウの街を落としたとの連絡が入りました。」


 スパイ等を管轄下とする男、が報告した。


 「ほう……?」


 皇帝は頬杖をついたまま長い髭を触っている。


 「連中はこの後王都を襲撃する可能性が高いでしょう。それに合わせ先日奪還された砦を再び奪い返す、というのはいかがでしょうか?」


 「ふむ。君はどう思う?オトギリ」


 黒い髭をした体格のいい男は少し考え、口を開いた。

 彼の後ろに立っているフードの人間は少し落ち着かない様子だ。


 「……私としては直接王都に襲撃し、彼らが互いに消耗しているところを一網打尽にするのが良いと考えます」


 「成程。今後も奴らの動向がわかり次第報告せよ」


 「……はっ!」


 頭を下げる幹部達をよそに皇帝は部屋を去っていった。


 「落ち着き給え」


 フードの人間はそれを聞き、少し深呼吸をして落ち着いた。

 

 「……申し訳ありません」


 「ニックス・フェンリラ(・・・・・)……奴を殺したくて仕方ないのだろう?」

 

 オトギリは不敵に笑っていた。

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