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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
23/31

シルバー・バレット

 その頃レン達の戦う戦場にて。

 ネロはサムライ達が倒れ、うずくまっている戦場を歩いていた。

 彼女はレンが仰向けに倒れているのを見つけるの、ふぅ、と息をつき、近付いた。


 「また無茶して……迎えに来るこっちの身にもなってよね?」


 ネロはレンにおぶり、小屋の方へと歩き始める。

 

 「使わなきゃ(・・・・・)勝てないと思ったからな。こいつらを侮って使わずにいたら……もしかしたら死んでたかもな」


 「君がそう思ったならいいけど……とどめ、ちゃんと刺してある?」


 「……あぁ、全員殺した」


 彼の暗い横顔を見たネロは少し申し訳なさそうに俯く。


 「レン、できるだけ殺したくないって言ってたよね。後悔してる?」


 「いや?むしろスッキリした。こいつらを生かす意味は無い……いや、生かせばまた誰かがこいつらの毒牙にかかることになる。殺すのが正解だ」


 「そう……」


 言い聞かせる様に言うレンに対し、それしか言うことができなかった。


 少し離れた平原の方に貼ってあった結界が崩れていくのが見える。ヒノの方の戦いも終わったようだ。


 「ネロ、ユキ達の様子分かるか?」


 「いや、特に連絡は無いよ。交戦中か、もしかしたらもう殺されたか──────」


 「いや、それは無いな」


 ネロの言葉を遮るように言う。


 「あいつは負けねェよ。お前もそう思うだろ?」

 

 レンは泥だらけの顔でニッ、と笑う。


 「……そうだね。信じて待つしかない、か」





 「あの建物から叫び声が聞こえてきたぞ!」

 

 キョウの街中では、サムライ達が叫び声を聞いてガルム達の潜んでいた家の方へと向かっていった。


 彼らが玄関の扉を蹴破り、駆け入ろうとした瞬間だ。天井を破ったガルムが真下のサムライを踏み潰した。

 彼女は叫ぶサムライを見て舌打ちをし、恨めしそうに上を見上げる。


 「ったくもう……見つかったじゃないっスか」


 「黒髪に赤い瞳……貴様が賊軍の一人、ガルム・フィートだな?」


 サムライの一人がカタナを抜き、ガルムの方へと向ける。


 「違うと言ったら……見逃してくれるんスか?」


 彼女がそう言ったところでサムライが斬りかかってくる。彼女は驚いた表情を見せ、飛び下がろうとする。しかし、そこで踏まれていたサムライが彼女の足首を掴んだ。


 彼女の首元へ刃が迫っていく。


 ……斬りかかったサムライは驚愕した。手元にあったカタナが折れてしまっていた。

 彼女の方を見上げるも、服が少し破れたくらいで一滴の血も流れていない。


 「そのカタナ、安物っスか?刃毀れくらいは予想してたっスけどまさか折れるとは……」


 「き……貴様、何者だ!」


 サムライ達は冷や汗をかき、少し後ずさる。


 「さっきあんたらが言ってたじゃないっスか。ガルム・フィート。あんたらが敵視してる禊萩の一人っスよ」


 少女はまっすぐ見据え、笑っている。



 少し前に遡る。

 

 ガルムに刃を突き立てたナツメグは、その異常な手応えに驚愕した。瞑っていた目を見開いた彼はガルムの顔を見上げる。


 「叫ぶんじゃねーっスよ?見つかっちゃうでしょ」


 呆れた顔で言う彼女を見て、彼は尻もちをついてゆっくりと下がる。


 「ったく、ユキ兄にはあんな懐いてたのに私と二人っきりになったらこれとか……傷つくっス」


 「な、なん──────」

 彼女は叫びかけた彼の口を手で塞ぎ、「しー」と小さく呟く。


 「とにかく静かにしててほしいっス。……まぁ多分バレてると思うけど」


 「はい。……えと、なんで大丈夫なんですか?」


 ナツメグは怯えた表情で問う。


 「あぁコレっスか?魔法っスよ、魔法。そもそも大丈夫じゃなきゃ避けてるッスよ。……ってかそんな事より、どうして今更あんなこと言ったんスか?『やっぱり着いていけない』なんて……」


 ナツメグは座り込み、俯く。


 「正直、分からないです。ただ、ただ何かが間違っている。そんな気がしてしまって……」


 ガルムは少し息をつくとナツメグの横に座り、背中をさすった。


 「一貫性が無くて、ぐちゃぐちゃ。でもま、それも仕方ないのかもしれないっスね」


 「そう……ですかね?」


 「そーっスよ。……前にユキ兄が言ってたんス。迷ってるってことは正解を求めて探し続けてることだって。どんなに迷って、探し続けても本当の正解(・・・・・)なんてものは見つからなくて、結果自分すら見えなくなる。」


 ナツメグは遠くをぼんやり見つめるガルムの横顔を見ていた。


 「ガルムさんは、これが正解だと結論付けたんですか?」

 

 「……正直なところ、私にも分からないっス。今やってる事が正しいのか、間違ってるのか……でも今は進むことにしたっス。後悔するなら、全力で成し遂げてから後悔したいから」


 「強い……ですね。ガルムさんは」


 「そーっスか?......ま、弱けりゃいま生きてないっスからね」 


 ガルムはすっと立ち上がり、伸びをした。


 「迷うことを諦めないで。......君は私が出せなかった答を導くことができるかもっスから!」


 「……はい。もう少し、考えてみようと思います」


 彼女は小さく頷き、手を差し伸べた。



 「負けてられねーっスね、全く……!」


 ガルムは家の中、二階の方をみながら呟いた。


 彼女はゆっくり近付き、また別のサムライのカタナを素手で掴む。


 「……私の能力は銀の銃弾(シルバー・バレット)。こんな風に刃を通さないくらいに硬くなって……」


 バキン、と音がひびき、地面に折れた刃が落ちる。


 「この程度の鉄の塊なら簡単にへし折れるんス」


 カタナを折られたサムライは「ひっ」と短く悲鳴をあげ、後ずさる。


 「さっきからウズウズして仕方なかったんスよ……さぁ、やろうか!」


 ガルムは回し蹴りで一人を吹き飛ばし、続け様に二連蹴りでもう一人を蹴り上げ、背後から斬りかかってくる奴を肘打ちで蹲らせる。

 不意に後ろから放たれた風の槍を首でかわす。振り向いた先には重役である老人が立っていた。


 「避けた(・・・)ということは効く(・・)ということかな?賊の一人、ガルム・フィートよ」


 「何されるか分かんない魔法、避けないバカはいないっスよ。……キョウの重役、フミツキさん、っスよね?」

 

 「……いかにも」


 ガルムは続く二撃目を再びかわし、上段蹴りを繰り出す。フミツキは老人とは思えない動きで軽やかに離れた。


 「随分と軽いんスね。風属性の影響っスか?」


 「対する貴様は非常に重い。まるで鉄塊のようだ」

 両者は向かい合い、再びぶつかり合った。




 その頃、紫金城前では、ニックスとマサムネが戦い続けていた。


 「中々やるな」

 

 「あんたこそ!」


 マサムネは微かに笑みを浮かべながら長刀を振るい続ける。他のサムライとか段違いのスピード、重さで振るわれるそれをかわしきることは出来ず、彼は少しずつ血を流していく。


 「疲れたか?動きが鈍いぞ!」


 ニックスは腹に膝を入れられ、続けて蹴り飛ばされ空き家へと吹き飛んで行った。


 「げ、ほっ……畜生、こんな蹴り飛ばしやがって……」


 土煙の中で立ち上がるも、マサムネが飛び込み、再び蹴り倒して両手を押さえつけた。


 「さぁ、君はここからどうする?」


 マサムネは喉元に刃を突きつける。


 「こうするさ」


 ニックスはそう言い、その場から飛び(・・)、マサムネの上から襲いかかり、左肩を殴りつけた。


 反応が遅れたマサムネは肩を抑えながら道路へと飛び下がった。


 「……あの体制から発動するか。ハンドサインがトリガーかと思ったが違うようだな」


 「そんなコソコソ探ってくるなよ。面倒だな」


 ニックスは傷口を氷で塞ぎながら近寄る。

 

 「珍しい空属性のメイジだ。それくらいの興味も湧くだろう?」


 「……あァ、そーだな」


 ニックスは左の袖を破り捨てた。

 彼は深く深呼吸をし、左手で指をパチン、と鳴らす。すると、片口から凄まじい冷気を纏った水が吹き出し、左腕を覆っていく。それは瞬時に固まり、巨大な腕のようになった。


 それと同時に左目周辺の火傷跡を覆うように氷の面が生み出された。


 「これの名前は……『フリーズ・フレーム・ 冰の火種(イグニッション)』」


 「……ほう?」


 「俺の奥の手の一つだ。……これであんたの本気(・・・・・・)を引き出してやるよ」


 「……成程」


 優雅に笑みを浮かべていたマサムネは次の瞬間、驚愕した。


 彼の視界から目の前から少年の姿が消えた。一瞬たりとも目は離していない筈……


 咄嗟に周囲を見渡そうとした瞬間、側頭部を蹴り飛ばされた。また別の空き家を突き破ったマサムネは再びカタナを構え、静かにニックスの位置を探った。


 「......そこだ!」


 マサムネの渾身の突きを氷の腕は容易く止めてしまった。……いや、止めたと言うより氷に包まれ、固定されてしまった。

 ニックスはカタナごとマサムネの手を掴み、投げ飛ばした。


 「ハァ……ハァ……こんなもんか?マサムネ!」


 ニックスは大きく肩で呼吸しながら叫ぶ。


 マサムネは袖で血を拭い、睨んでいる。

 「よかろう。……名前を聞かせてくれ、賊の少年」

 

 マサムネは下段に構え、静かに息を吐く。


 「……ニックスだ」


 「ニックスか、良い名だ。私の名は如月マサムネ。其方の武に敬意を表し、私の全身全霊をもって相手をしよう」


 「あぁ、ありがとう」

 次の一撃で終わらせる気だ。互いに直感でそれを察知した。


 「共に駆けよう。『竜導正宗』」

 

 マサムネの正面に巨大な水泡が生まれ、ゆらめく。


 それに対し、少年は左腕をまっすぐと構えた。



 マサムネは水泡に向かって突きを繰り出し、それは超高速の砲弾の様に飛んでくる。


 ──────世界が一瞬遅くなる。心は妙に落ち着いている。

 

 ニックスはふっ、と足の力を抜き、少し上体が落ちたところで一気に踏み込んだ。


 まっすぐと駆け出した少年は、水弾を氷の左腕、その手刀で切り裂いた。


 真っ二つに切り裂かれたそれは一瞬で凝固し、落ちていく。


 次の一瞬で間合いに入ったニックスは続けて右手の突きでマサムネの胸部を貫いた。


 ニックスの肩に生暖かいものが落ちてくる。


 「ゲホッ……強いな、ニックス」


 マサムネは穏やかな口調のまま呟いた。そして懐からオーブを取り出し、ニックスは手渡した。


 「私の……負けだ」


 彼はそう言い残し、崩れ落ちていった。


 ニックスはそっと彼の首筋に手をあて、その後魔法を解除し、左腕と顔の氷を溶かした。左手は力なくだらんと下がり、彼はそれを抑えながら歩いていった。


 「……あんたも強かったよ、マサムネ・キサラギ」

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