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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
22/31

竜導正宗

 ニックスは再び屋根伝いに街を移動し、紫金城へと向かった。


 暫く移動するとサムライたちが集まっているのが遠目に見えてくる。彼は屋根から降り、裏路地から彼らの方へと駆けていく。


 近付いた後に小石を一つ拾い、再び屋根に登り、上から聞き耳を立てていた。



 「報告します。宝物庫の状況ですが……良いとは言えません。中に保管してあった宝物は無事でしたが、賊を囲んでいた兵のうち15名が軽傷を、4名が重症を負い治療中です」


 「成程。賊の死体は見つかったか?」


 上司と部下らしき人物の会話が響く。


 「いえ……しかし、血溜まりのようなものが残っていたので、跡形もなく爆散したかと」


 「ふむ。ならば死んだ可能性もある。しかし奴はメイジだと聞く。警戒はしておけ」


 「わかりました。では……」



 ちらっと声の方を見てみると、マサムネの姿は見えないもののサムライ達が集まっているのが見えた。


 ……あれで警戒を解いてくれればよかったのだが、流石にそこまで不用心ではないようだ。ニックスは彼らの前へ小石を投げ、それと同時に氷のナイフを向かいの家の屋根へ投げた。


 石に気付いたサムライは咄嗟に飛んできた方向を見る。しかし見たところで誰もいない。彼はその頃には既に向かいの屋根へ飛んで(・・・)いたのだから。



 彼は屋根の上を駆け回りながらマサムネを探した。城の周りを四分の一ほど周ったところで人の気配に気付いた彼は、また忍ぶようにこっそりと気配の方を見る。



 アタリだ。マサムネと重役らしき男が5人、護衛16人の合計22人が何か話しながら街を歩いていた。


 22人のサムライ……それに重役はともかくとして将軍・マサムネは相当の手練だ。切り札を使う訳にもいかない今、正面からぶつかって勝てる見込みは無い。

 

 「どうしたもんかな」


 ニックスは溜息をつき、小さく呟く。


 奴らはあと1分ほどですぐそこの丁字路を通り過ぎる。そこを狙わない理由は無いだろう。


 彼は座り込み、うーん……と考えている。


 今持っているものは先程の爆弾ひとつ、拳銃一丁。そして弾は6発。道を挟んで向かい側には空き家らしきボロ屋がある。


 「やるしかない、よな」


 彼はどこか問いかけるように呟いた。


 彼は手に氷の弓矢を作ると矢の先端に爆弾を括りつける。そして静かにそれを引き絞り、時を待っていた。


 彼らがニックスを追い越し、最後尾がちょうど真横あたりに来た時だ。彼は爆弾のピンを抜き、彼らの進行方向の先にある小屋へ矢を放った。


 小屋は爆破され、建材だった木片が周囲へ散らばっていく。


 「……っ!貴様ら!そこから離れろ(・・・・・・・)!」

 

 何かに気付いたマサムネが咄嗟に叫ぶも、彼らの注目は小屋へと向けられているままだ。ニックスは屋根から飛び降り、氷のナイフを4本、それぞれバラけるように投げた。最後尾のサムライが迫り来るニックスに気付くも、彼は目の前から姿を消し、次の瞬間には首がはねられていた。

 マサムネは瞬時にカタナを抜き、ニックスを斬りつける。彼は護衛の死骸を盾にかわし、後ろへ飛び退いた。

 マサムネは刀身の血を振り払い、ニックスを睨みつける。

 

 「貴様……やはり生きていたか」


  マサムネは護衛のサムライに目線を送る。彼らはニックスを囲みカタナを構えた。


 「お陰様でな」

  

 ニックスは懐から取り出した銃を放ちマサムネの背後へと飛んだ。彼はそれを首でかわし、直後振り向きニックスの攻撃を防いだ。

 ニックスは小さく舌打ちをし、再び飛び退く。


 「敵が姿を眩ませた時。背後から奇襲するのは定石であろう?」


 「……ああ、そうだな。現に俺もそうした」


 マサムネは小さく笑みを浮かべ、ちらりと後ろへ視線を飛ばす。

 「……ヤヨイ。ここに護衛2名残し周囲の建物を調べ尽くせ。彼奴の仲間が潜んでいる筈だ。始末しろ」

 重役の一人、ヤヨイは小さく頷くと護衛を引き連れ駆けて行った。

 

 (国からナツのことを聞いていないのか?それとも……)

 

 「……誰も居やしない。無駄足だ」


 「君はウソをつくのが下手なのだな」


 彼はどこか憐れむように呟き、カタナを構え突き刺してきた。

 ニックスは咄嗟に氷の剣を作り、攻撃を受ける。しかし、刃を受けたはずが肩から血が吹き出した。……氷の剣は既に斬られ、刀身が地面に刺さっていた。

 マサムネは続け様に斬りかかり、それに対しニックスはすんでの所で鎬を弾きかわしていた。

 刀身が異様に長い以上後ろへはかわせない。横方向でどうにかしなければ。


 「大したものだな。一撃で学習し、二撃目は防いだか。ならば……」


 マサムネは大きく後ろへ下がる。彼がカタナを逆手に持つと、刀身が水に包まれていった。


 「このカタナの名は『竜導正宗(リンドウマサムネ)』。今日の私は機嫌が良いのでな。少し本気を見せてやろう」

 マサムネが軽く剣を振る。すると、纏っていた水が刃のように飛んできた。ニックスはそれに対し右へ大きく回避する。……しかし、少し巻き込まれてしまった剣を見てゾッとした。ヒビひとつ入ることなく抉り取られていたのだから。まともに喰らえば大穴が空けられることだろう。


 「……見たところ水属性の攻撃……いや、強化魔法に近いか。カタナに纏い続けているのを見るに防御を捨てた超攻撃型魔法かな?」


 「概要はそんなところだ。同じ水属性の攻撃特化魔法使い(インファイター)なのだ、仲良くせねばな」

 マサムネはそう言い、小さく笑みを浮かべる。

 

 「仲良くできるなら殺し合ってないさ」

 そう言いながら氷の長棒を作った。

 ニックスとマサムネは互いに見つめ合い、次の行動を読みあっている。侮って雑に攻めてくれれば幾分か楽だったのだが、そうもいかないようだ。


 そうして30秒ほど経った時。マサムネはふと剣先を揺らし、少し体を開いた。隙を見た、とニックスは一気に攻めかかる。


 攻撃してからそれが罠だと気付いた。マサムネは容易く身を翻し、無防備な右側からカタナを振り下ろした。

 咄嗟に#F・F__フリーズ・フレーム__#を使い、マサムネの背後に刺さっていた剣へ飛んだ。

 マサムネはゆっくりと振り向き、再びカタナを構えた。


 「私の背後へ一瞬で……面白い能力だ」


 引き出されて(・・・・・・)しまった。奇襲の際には直接見られなかったというのに。

 ニックスは軽く舌打ちをする。


 「そりゃ珍しいだろうね」

 

 マサムネは続いてもう一撃放つ。ニックスは振り下ろす瞬間に横へ跳び、氷の剣で切りつける。

 彼はそれを鍔で受け、お互いに1歩下がった。


 ニックスはチラッと後ろを見る。やはりというか、彼の魔法に巻き込まれた家、石段はまさに斬られ、崩れていた。何軒ぶった斬ったのか、住宅街の切り口から陽が差し込んできている。


 彼の『竜導正宗』……何より恐ろしいのはその貫通力だ。防ぐこともままならず、回避を強要される。スピードもかなりのもので一瞬たりとも油断はできない。恐らく攻撃力は大陸有数のものだろう。



 「ふと、考えたんだがね」

 マサムネは顎に手を当てながら声をかけてきた。

 「君の魔法、もしかすると古い書物に記されている空属性(・・・)に分類されるものなのではないか?」


 「……俺がそんな伝説を継げる様な奴に見える?」

 ニックスの言葉にマサムネは呆れるように笑う。


 「見えないな、全く。だが魔法の素質、ひいては属性にその者の血は関係ないことが分かっている。知っている筈だ。大魔法使いの息子がちっぽけな魔法すら使えないこともあり、逆に田舎の牧場の息子が神童とまで呼ばれるほどの実力者になることもある」


 マサムネは長刀を青眼に構え、不敵に笑っている。


 「君はもしかすると、私の知りたいことを知っているのかもしれんな」

 

 マサムネは高速の突きを放ち、剣先から水の弾丸を放った。

 ニックスはそれをまた横ステップでかわし、彼へ向かって剣を投げた。彼は難なくそれを避け、一気に間合いを詰めて再びカタナを振り下ろした。

 

 ガキィン、と金属音が響く。

 ニックスカタナの鎬を弾き、軌道を逸らす。


 「負けて死ぬ奴が何を知るって?」


 「……言うじゃないか、少年。ならば死なないように頑張るかね」




 その頃、空木邸にいるガルム達は外で異変が起こっているのに気付いた。


 「ガルムさん、これって……」

 ナツメグは心配そうに問いかける。


 「ん、誰かが私たちを捜してるみたいっスね。とりあえず移動しなきゃ」

 ガルムは窓から少し外を覗きながら言う。


 「移動って……どこに行くんですか?」


 「んー……まあ適当に?」


 ナツメグはガルムの言葉に呆れ、はぁ、とため息をついた。

 「適当って……見つかったらダメなんじゃないんですか?」


 「まーなんとかなるっスよ。ほら、私に着いてきて」

 ガルムは彼に向かって手を伸ばす。


 「待ってください!そ、それじゃあその後は?こうやって逃げ隠れを繰り返すんですか?……そもそもあなた達は何のために国と──────」


 ガルムは静かに笑みを浮かべ、ナツメグの方へ歩いていく。

 「目的、ね。先ず私たち5人誰も被ってないっスよ。ヒノはオーブ集め。他の3人は……知らないっス」


 「知らないって……そんな曖昧なもののために国を滅ぼそうって言うんですか?……そんな事のために命を賭けるんですか?」


 「んじゃあ、特別に私のなら教えてあげるっスよ?」


 「目的……ですか?」

 そう言って目を逸らそうとするナツメグ。ガルムは彼の顔を掴み、強引に自分の方へ向けた。


 「私、嫌いなんスよ。国のことが」

 ガルムは目を見開き言う。彼は手を振り払い、震えた声で問いかける。


 「国って……王国のことですか?だから滅ぼそうと……」


 「ちょっと違うっス。私が壊したいのは両方(・・)。帝国も王国もぶっ壊してやりたいんスよ」


 「そんな……叶えたい夢がある訳じゃないんですか?」

 ナツメグは少し涙目になりながら言う。


 「そっスね。あとはみんなのやりたいことを手伝うだけっス」

 彼女はぱっといつもの表情に戻る。

 「それじゃ、早く行くっスよ」

 彼女はふっと息をつき、扉へと歩いた。


 「僕……やっぱりあなた達に着いて行けません」

 ナツメグは意を決したように言う。


 「……今更んなこと言わないで欲しいっス。とりあえず今をなんとか──────」


 「……うあぁああ!!!」

 ナツメグは固く目をつぶり、隠し持っていた包丁をガルムの背に突き立てた。

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