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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
21/31

紫金城

 また少し前のこと。


 ニックス、ガルム、そしてナツメグの三人は誰もいない空木邸にいた。ニックスは遠くから聞こえてくる数多の声、大砲の音に耳を傾かせている。


 「うん。とりあえず向こうで戦いが始まってる。しばらくはお前を隠してられるだろうな、ナツ」


 ぽん、とナツメグの頭を撫でる。


 「そう……ですね。僕のために何人が命を落とすのでしょうか」


 ナツメグは俯き、自分の手のひらを見つめている。


 「さぁ?数え切れない人が傷つくだろうな。……でも戦場においてはただ闇雲に殺していけばいいわけじゃない。殺さずに負傷者を出せばそれは医療班の手を埋めることに繋がる。向こうの三人は頭良いからな、その辺のことは言うまでもなく分かってるだろうさ」


 「……そうですか」

 ニックスはふぅと息をつき、ガルムに手招きする。


 「ガル。ナツを護っててくれ。俺はオーブを取りに行ってくる」


 「紫金城っスか。でも、それなら一人より二人のがいいんじゃないっスか?」


 ガルムは不思議そうに首を傾げる。


 「普段ならそうだろうけど……今回はナツもいるしな。それにこの混乱の中だったら俺一人の方が成功率は高いだろう」


 「ふーん……なら任せるっス。落ち合う場所はここでいいっスね?」


 「まー何事も無ければな。だけど何かあったらずっとここにいる訳にもいかんだろうし……ほれ」


 ニックスはぽいっと氷の球を放る。ガルムはそれを受け取るとポケットにしまいこむ。


 「いなかったらそれに飛ぶ(・・・・・)。だからまぁ気にせず動いてくれていい」


 「りょーかいっス。とりあえず王子サマを護っておけばいいんスよね」


 ニックスはガルムの言葉に頷くと窓の方へと歩いていった。


 「んじゃ、行ってくるから。お前ら喧嘩するなよ?」


 彼はそう言うとぴょんと窓から跳び、屋根伝いに走っていった。



 「ガ、ガルムさん?」


 ナツメグはビクビクしながら言う。


 「ガルでいいっスよ。どうかしたんスか?」


 ガルムはナツメグの隣に座り、壁に寄りかかる。


 「僕はただ待ってればいいんですよね?」


 「まー何か起こるまでは。嫌な予感がしたら言うから、その時は移動するっスよ?」


 「予感ですか……」


 ナツメグは少し疑わしそうにガルムを見る。彼女は目を合わせるとニッと笑いかける。


 「直感、結構当たるって評判なんスよ?」


 ふふんと得意げに言うガルム。ナツメグはどこか少し羨ましそうにその笑顔を見ていた。



 

 その頃ニックスは住宅街の屋根の上を駆けながら街の中心である紫金城へと向かっていった。


 すぐさま鎮火されたとはいえ、盛大に爆発したので住民は慌てて街の外へ出ようと駆けていくのが見える。


 しかし、その肝心の城は屋根の一部が吹き飛んでいるもののそれ以外は目に見える被害はあまり無いように見えた。

 

 城の前には将軍マサムネが数十人の兵、上層部が集まって何やら話しているのが見える。


 ニックスは城の裏へ回り込み、こっそりと進入して目的のものがある地下の宝物庫へと向かった。

こっそりと潜り込んだ彼は事前の調査通りに進み、地下へと入る。


 宝物庫前にたどり着いたものの、やはり問題となるのは開き方だ。ただの鍵穴なら魔法で容易く合鍵を作れるのだが、さすがにそんな簡単な方法を対策していない筈がなかった。鍵穴は魔力を弾くように何重にも結界が仕込まれており、さらにそれを跳ね除けたとしてもその奥にも幾重に対策が張り巡らせてある。


 彼は細長い氷の棒を作り出し、倉庫の扉横の隙間へと差し込んでいく。それを根元まで差し込み、そっと手を離す。


 「フリーズ・フレーム……」


 彼がぼそっと呟くと差し込んだ棒の反対側、宝物庫内に飛んで(・・・)いった。


 携帯端末の光で辺りを照らしながら目的のものを探し始める。


 周りを見渡してもカタナ、鎧等の武具や貴金属類ばかり置いてある。


 不意に部屋の明かりがついた。ニックスが入口の方を見ると、開かれた扉から十数人のサムライが並び立っている。そして先頭には上等な着物を着ている眼帯のサムライ……ヒノから教えられていた敵の大将、マサムネがこちらへと歩いてくる。マサムネは黒い長髪を靡かせながらゆっくりと歩いてくる。


 「近付くな」


 ニックスは短く言い放ち、氷の剣を構える。


 「いや失礼。いや……私の城に忍び込んだ君の方が失礼ではないか?」


 ムラクモはくくっ、と笑う。


 「そうだね。……邪魔したな」


 「お探しのものはコレかね?」


 彼は懐から一つの球を取り出す。ガラス玉の様に見えるそれの中には虹のような七色が炎のように揺らめいている。


 「……さぁ、どうだろうな」


 ふいっと目を背けるニックスをよそにマサムネは球を灯りにかざす。


 「『狂玉』。膨大な魔道の力が詰まったとされる代物だ。ただ……私も、魔道士も、誰が見ても何も感じない(・・・・・・)。何故欲するかさえも分からん。だが……」


 ムラクモが後ろのサムライ達に目配せをすると、彼らはニックスの周りを取り囲んだ。


 「欲する者に渡してやるほど甘くはない」


 彼はそう告げ、歩いていった。


 「行かせるかよ」


 ニックスは大きく跳んで剣を投げるものの、護衛のサムライに弾かれてしまった。


 「悪足掻きはよせ。死に際くらい潔くできんのか?」


 サムライの一人はそう言い、刃を向けてくる。


 「別に?死ぬの自体は何でもないけど……俺がすっぱり諦めたら仲間が困るんでね」


 ニックスははぁ、と息をつき、ポケットから赤い筒を取り出す。


 「潔く景気よくドカーンっといこうかな」


 「ま、まさか爆弾か……!!」


 また別のサムライが驚いた表情で筒を見つめる。


 「悪足掻きはよしなよ。仲良く一緒に、な!」


 彼は底面からピンを抜き、手を離す。筒が地面に触れた瞬間、辺りが眩い光に包まれ──────




 城の方角から二度目の爆発音が鳴り、地響きがする。空木邸に潜んでいたナツメグはビクッ、と身体を震わせ、窓から城の方を見る。


 「城に行ったユキさん、何かあったんでしょうか?」


 「ん」


 ガルムは不安気にしているナツメグに煎餅を一枚渡す。先程下に行っていたので、その時に漁ってきたのだろう。


 「あ、ありがとうございます……」


 「大丈夫っスよ」


 「……へ?」


 「ユキ兄なら大丈夫っス。あんなんで死ぬならもうとっくのとうに死んでるっスよ」


 ガルムは何も心配する素振りを見せず、煎餅を齧っている。


 「ユキさんの事は確かに心配です。でも、罪の無い人が傷つくと思うと……」


 ナツメグは俯き、渡された煎餅を見つめる。


 「優しいんスね」


 「……え?」


 ナツメグは少し驚いたようにガルムの顔を見る。


 「私、なんか変なこと言った?」


 彼女は不思議そうに首を傾げた。


 「いえ……甘ったれるな、とでも言われるかと思いまして」


 「確かに甘い考えではあるかもしれないっス。でもこう思わないっスか?『甘いくらいが丁度いい』って」


 ガルムはそう言うとニッ、と笑いかけた。


 「ありがとうございます」


 「それに……残酷なことを言うけど、君には選択肢は無いんスよ。私達から逃げることはできない。だから……君が気に病むことはないんスよ」


 彼女はナツメグを慰めるようにわしゃわしゃと頭を撫でた。


 「そう……ですよね……」


 ナツメグはぼんやりと外を眺め続けていた。


 


 そんな二人の前に突然ニックスが現れた。彼はパンパン、と埃を払いながら立ち上がる。


 「ユキ兄!?いきなりどうしたんスか!?」


 「ごめん、少ししくじった。ただ将軍がモノを持ってる。だから──────」


 「倒しに行く、っスか。勝つ自信はあるんスか?」


 ニックスはゆっくり首を振る。


 「さあ?」


 「さあって……そんな曖昧でいいんですか?いえ、分からなくても絶対勝つ、と意気込むところじゃないんですか?」


 そうナツメグが言うも、ニックスはどこかピンと来ていない様子だ。


 「相手の正確な強さも分からないんだし、勝てるかはやるまで分からないだろ?」


 彼はそう言うとガルムの手にある煎餅を一口食べる。


 「それはそうですけど……でも!」


 「ま、やるだけやってみるだけさ。んじゃガル、もう少し任せた」


 「りょーかいっス」


 ガルムは心配する様子もなく呑気に座っている。


 ナツメグは窓から出ていくニックスを不安気に見つめていた。




 部下を連れ城の外へと出てきたマサムネ。

 爆発音を耳にした彼は城の方を睨みつけた。

 「上様、今の爆発音はまさか……」

 「無名の小物かと思ったが……そうでもないようだ。鳴神、私のカタナ(・・・・・)をよこせ」

 手渡されたそれの長さは彼の背丈と同じほど……2mほどもあった。

 「今日の私は機嫌がいい。私が将軍足り得る所以、直々に見せてやるとしようか」


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