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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
20/31

ブロークン・ハート

 キョウの軍勢と禊萩との戦場へと向かってくる騎士団に板挟みにされてしまったレン、ヒノの両名。レンは深くため息をつき、肩を回す。ヒノは手から炎の槍を生み出す。


 「レン。ネロが小屋の上でムラクモ・ナガツキと交戦してる。お前が代わった方が勝率は高いだろうけど、どうする?」


 それを聞いたレンは彼の方も見ずにカタナを抜き直した。


 「要らねぇよ。長月(ナガツキ)んとこのお坊ちゃん相手にネロは負けやしないさ」


 ヒノはくすっと笑いかける。


 「全く、相変わらず君は分の悪い賭けが好きなんだね」


 「お前は嫌いなのか?」


 レンはヒノに目線を送る。


 「まさか。大好物さ」


 そう言うと同時にヒノは高く飛び上がる。


 彼の背から炎の翼が伸び、空を叩き更に飛び上がっていく。



 「お、おい……何だよ、アレ?」


 「嘘……だろ?」


 「化け物め……!!」


 サムライ達からどよめく声があがる。




 それもそのハズだろう。ヒノは大地に背を向け、天へと手を伸ばしていた。


 「……"此の手に天の篝火。彼方に輝き、地を照らさん"──────」


 詠唱を始めると掌の火種が急激に膨れ上がっていく。ヒノは目を閉じ、詠唱を続けていく。サムライ達は呆然とし、頭上に浮かぶもはや火球と呼ぶには大き過ぎる炎を眺めていた。



 「大地を(てら)せ……紅炎(プロミネンス)


 その火球はキョウの軍、その中心へと放たれた。迫り来る炎にサムライ達は見ているしかできない。魔法の扱える者達が必死に高威力魔法で相殺させようとするが、ビクともしない。彼らは真っ青な顔で立ち竦んでいた。


 不意にボヒュッ、と音が響き、火球が霧散した。


 ヒノは軍の先頭に並ぶ砲塔のひとつを見る。


 「電磁砲(レールガン)か。まさかもう持ち出してくるとは思わなかったな」


 もうひとつの砲塔はヒノの方へ向き、再びそれを放つ。


 おぞましい程の速度で弾が飛び、咄嗟にかわそうとした ヒノの右半身を抉り飛ばした。



 双眼鏡で落ちゆくヒノを見た王国兵は嬉嬉として隊長のもとへ駆け寄った。


 「軍隊長(・・・)!ターゲットの撃墜を確認しました!」


 軍隊長は頬杖をつき、呆れたようにため息をつく。


 「アストゥさんでいいって。よく見てみろ、アレはまだ死んじゃいねぇよ。落ちた先を見てみろ」


 兵士は言われた通りに再び双眼鏡を覗く。彼は驚愕し、言葉を失った。半身を失っているはずのヒノが五体満足で平然と歩いているからだ。


 「軍隊長……あれは一体?」


 「話は後だ。弾頭を再装填、電磁砲(レールガン)はそのまま待機。通常の大砲はヤツへ放て」


 軍隊長……アストゥは席を立ち、ひとつの砲塔の方へ歩いていった。


 その少し前、ヒノはレンの元へ戻って来ていた。


 「ごめん、レン。思ったより騎士団(むこう)の戦力、大きいみたい」


 「そうみたいだな。だが今のやりとりでサムライ達が少し動揺してる。こっちは任せてお前は騎士団をやれ」


 レンは深呼吸をし、魔力を込める。すると、腰部から尾状の堅木が三本生えた。


 「成程、短期でカタをつけるんだね。あっちは僕が何とかしてくるよ」


 ヒノはレンがサムライ達の方へ切り込んでいくのを見届けると、再び翼を広げ飛び立ち、まっすぐに敵陣の中央部へ向かって行った。


 飛んで少しした頃には数多の砲塔を向けられ、一斉に放たれる。彼は最低限の動きでそれをかわしつつ飛んで行った。


 アストゥはそれを見ると周りへと指示をだす。


 「……メイジ隊に『ノア』の詠唱を始めさせろ。そんでこっちは障壁を三重に貼って巻き添え食わないように。それと……リリー、お前は奴さんを中央で迎え撃て」


 リリーと呼ばれた少女は彼の後ろから出てくると「分かった」と言い走って行った。


 「軍隊長、大丈夫なのですか?向かってくるヒノという男は奴らのリーダー格と聞きますが……」


 一人の兵が不安げに聞いてくる。


 「奴の能力は既に明らかになっている。……『砕けた心(ブロークン・ハート)』。異質な再生能力と強力な破壊力がウリの火属性魔法だ。お前もよく知ってるだろ?魔法ってのには相性がある。そしてそれが最も顕著なのが……火属性だ」



 ヒノは砲撃をかわしているうちに少し開けた場所へと降り立った。周りを兵たちに囲まれてはいるものの、誰も攻撃しようとはしてこない。


 「……さーて、何考えてるのかな?」


 ヒノは掌から火球を放った。しかし、兵の前に貼ってあった結界に阻まれ、届くことはなかった。


 唐突に周りが暗くなる。上を見上げるも暗くなっていてよく分からない。だがその黒い天井が徐々に、徐々に近付

いてくる。


 轟音と共に落ちてくるそれが全て水だと気付いた頃には……いや、それより前、ここに降り立った時にはもう遅かったのだ。


 凄まじい音と共に地響きが起き、兵達を護る結界の一枚が割れ、もう一枚はひび割れた。数秒前までヒノが立っていた所には一辺数十メートルもの長さがある水の箱がそびえ立つだけだった。


 「や……やりましたね、軍隊長!」


 兵の一人が喜ぶもアストゥの表情は暗いままだった。


 「これで終わってくれれば……ただの化け物(・・・)で済んだんだけどな」


 突如結界越しでも抑えきれないほどの熱が発される。そして、ジュワ、と音が響き渡ったかと思えば、あれ程あった水は彼の膝ほどの高さにまで減り、その中心で静かに笑みを浮かべる青年に兵達は恐怖を覚えていた。


 再びヒノが翼を広げようとした矢先、彼らからヒノが見えなくなり、再び天は黒く染まった。そして上から一人の少女が降ってくる。


 「……コレ、君がやったの?」


 ヒノの問に彼女は何も言わず、手を広げる。すると足元から水が上がっていき、一本の剣を形作った。


 「僕が蒸発させた水を利用……いや、さっきの大掛かりな水魔法を利用して戦う。それが君らの作戦ってわけだね」


 彼女は返事もせずに斬りかかってきた。ヒノはそれをひらりとかわす。


 「僕はヒノ。君の名前は?」


 「……話す義理はない」


 ヒノはその答えにため息をつく。


 「僕は聞かせてもらわないと困るんだけどね。……名も知らぬ相手を殺すのは……あまり好きじゃない」


 それを聞いた少女は軽く笑みを浮かべた。


 「リリー。リリー・アーク」


 アーク。ムスプルヘイム王国、そこの上級貴族の家名だ。


 「へぇ、アーク家のリリー、ね。覚えたよ。それじゃ、始めようか」




 その少し前。ネロは大上段に構えたムラクモを前に、弓を引き絞っていた。


 「そんじゃま、やりますかね」


 ムラクモはその場でカタナを振り下ろす。刃が届く訳ではなく、炎が吹き出すわけでもなかった。


 ネロは咄嗟に思い切り横へ飛び退いた。


 「これはまさか……」


 数秒経つと、遠くにあった木々が溶け切れた(・・・・・)。屋根は発火し始め、向こう側の景色がぼやける。


 「避けたのは正解や。そうしなかったら今頃あんたはドロドロなっとったわ」


 ムラクモはそう言いながらも再び大上段に構える。それを見たネロは続けざまに二度矢を放った。しかし軌道がそれ、二本とも彼の目前に刺さった。


 「……どこ射ってはんの?陽炎で目ぇおかしなったんですか?」


 ムラクモは右足を踏み出し、カタナを振り下ろした。が、それが何かに触れた途端にぶわっと蒸気が吹き出し、彼の視界を覆った。


 「それほどの熱量に水の糸が触れたら……まぁそうなるよね」


 ネロは再び弓を引き、矢を放つ。


 ムラクモはカタナの一振りで蒸気を晴らし、矢を弾いた。矢は熱に耐えきれず弾け飛んだ。


 「小細工はもーええ。仕舞いにしましょうや」


 そう言うと彼は青眼に構える。


 「……えぇ、そうね」


 ネロは手をかざし、ぐっと握る。すると、散ったはずの矢の欠片同士が水の糸で繋がっていき、遂にはムラクモに絡みついた。


 「ねぇ、どうして針が()自在に動かせるか、分かる?」


 「……なんやいきなり」


 ムラクモはもがき、絡まった糸から抜け出そうとしている。


 「この矢は縫い針。糸を導き、縫い止めるの。そしてそれの逆も言えるのよ?糸に細かな電流を送ることで糸が導くこともできる。そして──────」


 ネロはゆっくりと近付き、ムラクモの胸に絡まる糸にそっと触れる。


 「……なるほどな。こりゃ僕の負けやな」


 彼は目を閉じ、深く息を吐いた。


 「それじゃ、さようなら」


 ネロは糸に高圧の電流を流す。彼の肉体は身体中に絡まる高熱の糸に焼き切られ、地面へと転がっていった。


 彼女は少し離れた戦場の方へ目を向ける。


 「さて、と……私もあっちに行こうかな」


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