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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
19/31

カゲヌイ

 「とりあえずおしまいっと……」


 リオら三人はレンの前に倒れ伏していた。戦闘時間は大凡5分ほど。彼の尾はシュルル、と音を鳴らし彼の体へと戻っていく。


 ふと彼が街を見た時、街の中心から赤い光が上がった。


 「……何アレ?」


 リオは信じられない、といった表情で目を見開く。


 「もう見逃してやるから帰れよお前ら。こっから俺らは忙しいんだし」


 「ま、待って!ナツ君……ナツメグ王子は無事なの?」


 彼女は必死に問う。


 「安心しろ。特に拘束もしてないし危害も加えてない。ただお前らに会わせる訳にもいかないからな。諦めろ」


 彼がふとリオらの背後を見て舌打ちをする。彼女らの背後にはサムライを中心とする軍が隊列をなし向かってきていた。


 「想定より大分早いな。恐らく武闘派の第二部隊か……そんでこちらは俺とネロ。キツイなんてもんじゃねぇな畜生」


 悪態をつきながらも歯を剥き笑う。


 「準備は出来てんだろ?ネロ」



 小屋の方からパチン、と指を鳴らす音が聞こえる。


 隊の先頭が唐突に動きを止める。前に押そうとするもピクリとも足が動かず、倒れてしまった。二列目が飛び越え

て行こうとするも着地点で再び動きを止めた。


 横を走っていた戦車や彼らを載せるトラック等は問答無用で走ってくる。


 「ちゃんと発動したみたいね」


 ネロが背後からレンに近寄る。


 「あぁ。この後は計画通り頼むぜ?」


 彼はぐいっと袖をまくるとサムライ達の元へ突っ込んで行った。


 「危ないから君達は下がっててよ?」


 ネロはそう言い、魔力で作り出した弓を引き、上へと放った。


 これまた魔力で生み出した矢は放物線を描き、隊の中心に刺さる。


 中心辺にいたサムライは咄嗟に矢を避けたものの、前列のように動けなくなってしまった。


 間髪入れず矢を番え、今度は正面へと放つ。前列は避けることもままならず矢に貫かれる。矢はそこでは止まらず、どんどん後ろの連中も貫いていく。


 ……だが、彼らに痛みは無い。ただ不思議な丸い傷があるだけだった。



 直後、戦車が大砲を放つ。迫り来る砲弾に対し、ネロは10本ほどの矢を生み出す。



 爆発する。先に離れていたリオ達は耳を塞ぐ。……しかし、どれだけ待っても爆発音は響かない。


 それもそのはずだ。砲弾は空中に浮かび、完全に止まっていた。


 「私の『カゲヌイ』の前には……届かないわよ?そんなものは」


 砲弾それぞれの()に一本ずつ矢が刺さっている。


 ネロは大きく後ろに飛び下がり、小屋の屋根に飛び乗る。


 フッ、と矢を消すとたちまち砲弾は爆発する。


 爆風の中から矢が放たれ、窓から戦車の操縦士が射抜かれる。

 

 彼女はぐいと何かを引く。すると、先程射抜かれていたサムライ達が丸い傷同士でどんどん引き寄せられていき、ひと塊になってしまう。

 「ここまでの奇襲は成功。でも……」


 ネロの顔色は優れない。とは言っても、ここで三分の一は戦闘不能状態にしておきたかったものだ。だがそうできたのは二割ほど。

 

 次の瞬間だ。ネロは誰かに斬りかかられた。かわしたものの肩口から血が吹き出す。


 「あららァ、バレちまいました?」


 糸目の男は血を振り払い、へらへらと笑う。


 「第二部隊隊長、ムラクモ・ナガツキ……」


 彼女は忌々しげに呟くと、肩口に手を乗せる。すると、傷が閉じていき遂にはが塞がった。


 「困ったなァ。たった二人しかおらんのか?他の連中はどないしたん?」


 「答える義理は無いわよ」


 ネロは手の中に細剣(レイピア)を生み出す。


 「……ほんならまァ、先ずは一人始末しますかね」


 ムラクモが振り降ろしたカタナをどうにか防ぐ。しかし筋力差が大きいようで、大きく押される。


 「女の子をいたぶるなんて趣味悪いわよ、あなた」


 「そないゆーても普通じゃない(メイジ)やないですか、あんた」


 彼女はなんとか剣をかわし隙を伺うも……全く見当たらない。恐ろしいほどに効率の良い動きで彼女を圧倒していた。


 大きく飛び下がり、空中で弓矢を番え放つ。


 彼は首で矢をかわし、再び斬りかかる。


 しかし、背中から飛んできた矢に胸を貫かれる。


 「そう易々と逃れられると思わない事ね」


 ネロはまたぐいっと引く動作をする。すると彼は背中から倒れふす。


 「……動けん。ほんならまぁ、しょーがない」


 彼は刀の先端を胸に突き立て、浅くではあるが自らの肉を抉った。その後、何事も無かったように立ち上がる。


 「あんたの能力、それは『糸』や。それ使ていろんなモンをほつれ直すように縫い付けてまうんやな。矢が曲がる(・・・・・)タネは分からんかったわ。ボクだけにでも教えてくれたら嬉しいんやけどな?」


 ムラクモは首を傾げてくる。


 「それを暴くのもメイジ(私達)と戦う楽しみじゃなくて?」


 「せやな。でもま、こっちもそんな時間無いんですわ。ボクも使いますか。......焔の海より、渡り来よ、『紅鶴(ベニヅル)』」



 彼はカタナを左右にぶん、ぶん、と振り回す。刀身が紅く光り、燃えだした。


 ネロは再び矢を放つ。しかし、彼は正面からそれを切り裂いた。二つに別れた矢は炎に包まれ、消滅した。


 「糸も縫い針も焼け落ちりゃア何を縫うこともできんでしょう?」


 「シンプルな武器強化魔法ね。だけどベースとなる魔力の量と練度が桁違い。ま、出すのが遅かったわね」


 彼の動きが再び止まる。


 「これがさっき使てた『カゲヌイ』て奴ですかい。厄介やなぁ、あんた。でもこのくらいじゃあ……」


 「魔力の多い人だと拘束時間は短いわ。そんなこと言われなくても分かってるわよ?」


 一気に大量の矢が放たれ、ムラクモの手、足、腹……全身を貫いていく。そして彼は再び地面に張り付けられてしまった。ネロは細剣を生み出し、彼の胸を貫く。「ぐっ」とうめき声が聞こえ、動かなくなった。


 ネロはゆっくりと剣を引き抜く。……しかし、柄から先が全て無くなってしまっていた。


 「……なァんてな」


 彼はネロの腹を蹴り飛ばし、立ち上がる。彼女は取り乱すことなく再び矢を番える。


 彼は魔力で急激に体温を上げ、剣を溶かしてしまっていた。


 「シンプル故に応用が効きやすい。あなたの方が厄介よ、全く」


 彼女はムラクモの方ではなく、空へ向けて矢を放った。矢は空中で弾け、雨のように降り注ぐ。しかし、彼はそれ

を難なく防ぎきる。


 「今更こんな単純な手、聞くと思てるんですか?」


 彼はカタナから高速で火球を飛ばす。


 「あぁ、私の持つ属性(・・)、言ってなかったわね」


 ネロはそう言うと手を前にかざした。掌から太めの糸が伸び、網のように広がっていく。網に包まれていった火球はシュウ、という音と共に消えた。


 「水属性かァ……中々面倒じゃあないですか」


 彼はため息をつき、再び火球を出そうとする。しかし、背後から飛んできた矢に肩を貫かれた。その直後、傷口から激痛が走る。急ぎ矢を引き抜くも篭手の手がひどい火傷を負った。


 「どう?ビリッとした?」


 ネロがいたずらっぽく笑う。


 「成程、今のは電熱。双属性(ダブル)ですか……隠してるなんて良い性格してるやないですか、感心しますわ」


 ムラクモは舌打ち、カタナを大上段に構える。


 「ふふっ、いきなり手の内を見せるわけないでしょう?」


 ネロは再び矢を生み出し、番えた。




 少し前に遡る。


 一人で数百もの敵を相手取っているレンは既に相当疲労が溜まっていた。


 雑兵ならまだ良かったのだが、彼らは一人一人が高い実力を持つサムライ。相手にするのはきついものがある。


 彼がしばらく戦い、魔法を行使し続けたので平野だった戦場には木が並び立ち、林のようになっていた。


 空から火球がいくつも降ってきて敵陣へと降り注ぐ。


 「レン、大丈夫かい?」


 ヒノが彼の目の前に着地する。それを見たレンは周囲に高い木の防壁を作り出した。


 「まぁなんとかな。それで、プラン通りに事は進んでるのか?」


 ヒノは残念そうに首を振る。


 「既にズレちゃってる。ま、既にユキ達には指示を出してるんだけどね」


 「お前がこっち来てくれるなら楽なんだけどな?」


 レンは冗談めかして言うが、ヒノは残念そうに首を振り、遠くの方を指差す。


 「確かに僕はこっちで戦うことにするけど……あっち、見てみて」


 振り向いた先には遠くにいくつもの影が向かってくるのが見える。


 「おい、あれって……」


 「……うん、不味いよね。予想の何倍も早い。『騎士団』が……王国からの増援が来た」


 ヒノは目を細め、遠くに見える軍勢を見つめていた。

 

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