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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
17/31

サムライ

 今回はレンの過去、そして彼らの出会いの話になります。

 一応物語上必須ではありませんので、読み飛ばしても問題ありません。

 今から大凡十年ほど前のこと。


 その頃のキョウの街は今よりほんの少しだけ荒れていた。今も治安がいいとは言えないのだが、サムライの横暴は当時の方が凄まじいと言えるものだった。


 サムライは一般的な兵士と比べものにならない強さを誇る。そのせいかプライドが高く、短気で好戦的な人が多い。街中で肩がぶつかった日には……彼らは高圧的に恫喝し、下手をすれば刀を抜くだろう。


 サムライが実質的な支配者であるために彼らの所業は見逃されることも多く、キョウの民はサムライの期限を損ねぬよう彼らを避けていくのだ。



 ある日のこと。



 「なぁおっちゃん、焼き芋三つちょうだい!」


 幼き日のレンが妹の手を引き、焼き芋屋に来ていた。


 「お、よう来たな。お前さんのと妹ちゃんのと……あとひとつはお姉ちゃんにか?今日は来てないんやな」


 するとアキホがレンの袖を引っ張り、楽しそうに言う。


 「うん。今日はまだ勉強してるみたいだから兄さんと二人で来たの」


 店主は「そうか」と言いながら焼き芋を三つ袋に入れ、手渡した。


 「ほい、いつもありがとさん」


 レンは彼に礼を言い、大通りを駆けて行った。



 大通りから少し逸れたところの、少し古い大きな屋敷。そこが彼らの生家だ。


 「ただいまー!姉ちゃん、焼き芋買ってきたぞ!」


 玄関から大きな声で呼びかける。すると彼らの姉、サチが奥から出てきた。彼女は焼き芋の入った袋を受け取ると、弟妹と同じ薄い栗色の髪をかきあげる。


 「ありがとう。いつもの所のものよね、これ。とりあえずお茶入れてくるから。二人共、手を洗ってきちゃいな」


 「うん!」


 彼らはバタバタと足音を立てながら洗面所へと走っていく。




 彼はサムライの家、空木家の長男だ。


 父は厳しく融通の利かない頑固な人だ。しかしサムライにしては珍しく、温和で戦いをあまり好まない人だった。

たとえ他のサムライに「ノリが悪い」と言われようとも、一般人への加虐行為は行わなかった。


 彼は家の男児の習わしで、彼は幼い頃から剣術の稽古を積み重ねている。


 彼の十歳上に姉、一つ下に妹がいたが、彼女らは稽古をしていない。当時には女のサムライなんていなかったから、それもそうだろう。


 彼はいつもそれが終わると姉や妹を連れ出し、大通りへと駆けていくのだ。



 キョウの大通りには文字通り何でもある。食べ物、衣服、玩具など。王国からわざわざやってくる商人もおり、彼らの持ってくる機械を見ては目を輝かせるのだ。


 レンは一度、道端でサムライにぶつかってしまった子どもを見たことがある。


 サムライは子どもの首を掴み、片手で持ち上げた。


 「お前の汚ぇよだれがついただろうが。どうしてくれる?」


 今にも人を殺しそうな目をしているサムライに、父親らしき男性が駆け寄り、ひたすらに平謝りをする。


 サムライは「場所を変える」と言い、彼らを裏路地の空き地へと連れて行った。


 しばらくしてさっきのサムライが血の匂いをかすかに漂わせながら歩いているのを見た。つまりは……そういう事だろう。


 街の人は何も言わない。下手に口出ししたら自分が殺されるかもしれないから。むしろサムライの機嫌を損ねたから悪いのだ、という話もよく聞く。


 サムライ中心に回る街。法は彼らが甘い蜜を啜るようにできており、皆それを当然のように思っている。



 彼はキョウが嫌いだ。強いからと横暴を繰り返すサムライに。現状を変えようと考えもしない人々。そして、それを見て見ぬふりをしている自分自身にも。


 一度サチにそれを話したことがある。彼女は「そうね」と困ったように笑い、彼の頭を優しく撫でた。そして諭すように言うのだ。


 「誰にも負けない、強くて優しいサムライになってね。そうしたら現状を、少しでも良くできるだろうから」


 その言葉を信じ、彼は稽古に励むのだ。


 日常というものは、あっさりと終わりを告げるものだ。




 それからひと月ほど経った頃。いつものように稽古を終えた夕暮れ時に、三人で大通りに出かけていた。


 姉がいることもあり、兄妹は相当上機嫌になっている。


 サチは鼻歌を歌いスキップしているアキホを軽く引き止めながら馴染みの店へと向かっていく。


 

 店でまた焼き芋を三つ買ったあとのこと。


 「なぁおっちゃん。トイレ借りてっていい?」


 「お?ええで」


 「それじゃあ、私たちは外で待ってるからね」


 彼は店の外へ出る姉妹を見送り、トイレへと駆けていった。


 数分後、レンは店の外へ出てきたが姉妹の姿が見当たらない。


 「姉さーん、アキー!」


 大声で呼びかけるが、返事は無い。置いていかれたのかもと焦り、家への帰り道を走りながら呼びかけ続けていた。ついに家に着くもそこには彼女らの姿は無い。


 ……嫌な胸騒ぎがする。


 次に彼は裏道へと向かい、隅々まで探し回った。そして、先程の店裏にある廃屋の前に彼女らとサムライ五人がいるのを見つけた。


 陰に隠れて聞き耳を立てると、会話が聞こえてくる。


 「なぁー良いじゃねぇかよ。俺たちと遊ぼうぜ?」


 サムライの一人がサチの腕を掴むが、彼女はすぐさまそれを振り払う。


 「再三申し上げますが、お断りします」


 あくまで毅然に振舞おうとするサチに対し、アキホは涙目で彼女の陰に隠れている。


 「ノリが悪ィなあ?親父と似てよ」


 もう一人が忌々しげに言う。


 「……父がサムライと知ってて私達を狙ったんですか?」


 彼は嫌な笑みを浮かべる。


 「ああ、そうさ。サムライの誇りがねぇのか腑抜けた事ばっかり言いやがる。どうして俺らが庶民に媚びる必要があるんだ?そんな奴はサムライじゃねぇだろ?思い知らせてやろうってな。おい」


 呼びかけられ、下っ端らしいサムライがカタナを抜き、サチに向ける。


 レンは咄嗟に飛び出し、その人に思い切り体当たりし、叫ぶ。


 「姉さん、アキ!逃げて!」


 サムライは驚き、よろけるも倒すまでにはならなかった。彼は舌を打ち、レンを蹴り飛ばした。吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたた彼は鳩尾を抑え、か細く呼吸をしている。


 「クソガキ……舐めた真似しやがって……」


 サムライは握っていたカタナを構え、レンを突き刺そうとする。


 「待ってお願い!弟には手を出さないで!」


 サチは必死に頼み込む。すると、奴らのうち一人が悪い笑みを浮かべる。


 「……なら俺らの言うこと、聞いてもらおうか?さもなくば弟さんはここで死ぬことになる」


 「分かりました。でも弟と妹には手を出さないと約束してください」


 「ああ。こちらからは危害を加えない。さて……」


 一人がサチの腕をぐいと引っ張る。彼女は何も言わず、アキホの方を見る。アキホは半泣きになりながら彼女の袖を引いている。


 行っちゃダメだ、逃げて。叫ぼうとするも脇腹の痛みで声が出ない。


 「アキホ、レンをよろしくね」


 ただそう告げると彼女は妹の背中を押し、サムライ達に着いて行った。


 

 「兄さん、兄さん!お願い、起きてよ……」


 アキホは気絶しかかっている兄を揺すり、縋るように問いかける。しかし、返事は無かった。そして彼が目覚めた時には姉や連中の姿は無く、泣きじゃくる妹の姿が見えるだけだった。



 「ねぇ、何してんの?」


 とうに日が沈んでいる時間に、呆然としていた兄妹。その二人に一人の少年が話しかけてきた。白髪の彼はレンと同じくらいの歳だろうか。


 「何って……誰だよお前?」


 レンは目を逸らし、吐き出すように言った。


 「あぁ、俺?俺はニックス。それで、何してんの?」


 少年……ニックスはたんたんと答え、最初の質問を繰り返す。すると、後ろからまたもや同じくらいの歳の少年が近づき、ニックスの肩に手を置く。


 「質問は後でいいだろ?怪我してるみたいだし、治してあげないとね」


 赤い髪をした少年はゆっくりとレンに近付き、脇腹に手を置く。すると手のひらから炎が飛び出てきた。レンは慌ててその手を振り払う。


 「ん?あぁ驚かせちゃったかな。大丈夫だよ。僕の焔は君の生命力、治癒力を増幅させて──────」


 再び脇腹に手を置くと、彼の体からすっと痛みが抜けていく。


 「と、これで大丈夫かな」


 「あ、ありがとう。えと、俺は空木レン。……お前ら、何者なんだ?」


 レンは戸惑いながら聞く。


 「キョウの人だし、姓、名の順でいいんだよね?僕はヒノ。僕らは二人で大陸を旅してるんだ」


 「……なぁ、もういいだろ?お前、こんなとこでこんな夜に何してんの?」


 ニックスが再び問う。レンは俯き、にじむ涙を拭った。


 「……姉さんがサムライに連れていかれたんだ。その時の流れで、まだここにいた」


 「ふーん。なんか悪いことしたのか?」


 「まさか。あんたら、サムライのこと知らないのか?奴らに良いも悪いも無い。気に入らないものは全部悪さ」


 ニックスはゆっくりとレンに近付く。


 「助けに行くのか?」


 「行きたいけど……敵うわけない。バッサリ斬り捨てられて終わりさ」


 「へー。それじゃ、手を貸そうか?」


 彼はまたも淡々と、とんでもないことを口にする。


 「へぇ、珍しいな。君が人助けとはね」


 ヒノは意外そうに彼を見る。


 「別に。気紛れだよ」


 ニックスはレンの前にかがみ、真っ直ぐ目を合わせる。あくまで穏やかな表情で。


 「それで?俺らが手を貸してやるとしてだ。やるのか?やらないのか?」


 「お、俺は──────」


 目を逸らそうとするレン。ニックスは表情を変えずその顔を掴み、強引に自分に向ける。


 「諦めて後悔するくらいなら、突っ込んで掻き乱すくらいやってみろ」


 穏やかに問いかけるその威圧感。十にも満たないで少年とは到底思えない。


 「……っ!やる。やってやるよ!」


 彼は半ばヤケになって言った。それを聞いたニックスは微笑み、すっと立ち上がる。


 「ヒノ。やれるか?」


 「珍しくやる気だね。……任せてよ」


 

 それから、彼らは空木邸へと向かいながらサムライの場所を予測していた。父親はこの日は家に帰らないようで、居間で地図を広げる。


 「妹ちゃんの言った方角と連中の大まかな人相。それとそういった(・・・・・)事に向いてる場所なら場所は大分絞られるね」


 ヒノはレンが持ってきた地図を見ながら場所を絞っていく。


 「……なんで余所者のお前が俺より詳しいんだよ……それにニンソウ?とかいうので分かるのか?」


 レンは驚愕して、むしろ呆れたような口調で言う。


 「まぁそこは置いといてね。それじゃ、ココとココ、飛んで見てきてよ」


 彼はニックスに向けていい、彼は「わかった」とだけ言い、家から出ていった。


 「なぁ、あいつ飛べるのか?」


 「うん。それが彼の能力だからね」


 「の、能力?」


 「うん。僕らは二人ともメイジだから。魔法を使えるんだよね」


 ヒノは目も合わせず答えていく。


 5分程経ち、ニックスが帰ってくる。ヒノが言った所の一箇所が当たりだったようで、そこに連中は皆固まっているようだ。


 「むこうの状況は見えたかい?」


 「まぁ少し。お姉さんの状況は分からなかったけど、連中は酒飲んでまったりしてるよ」


 「奇襲出来そうで良かった良かった。数で劣る分そういった所で返していかないとね」


 ヒノは悪戯っぽく笑った。



 それから数分後。三人はサムライ達のアジトの屋根に乗っていた。レンがニックスに担がれていたものの。


 「お、下ろせよお前!てかなんでそんな屋根伝いに動けるんだよ!」


 「まぁ僕らは慣れてるからね。ねぇ、君はどのくらい動けるのかな?レン君」


 下ろされたレンは背中に差された刀の柄を握りしめる。


 「俺は未来のサムライで……一人の剣士だ。負ける気なんて無い」


 ヒノは苦笑し、座り込む。


 「答えになってないけど……ま、とりあえず僕と二人で正面から突入だね」


 「正面から!?奇襲って言ってなかったか?」


 「奇襲するのはニックスの仕事。彼なら一瞬で二、三人は葬れるね」


 彼は一片も疑うことなく言う。


 「でも、奇襲とはいえサムライの強さは並じゃないぞ?本当に大丈夫なのか?」


 ニックスはため息をつき、レンを睨む。


 「ごちゃごちゃ五月蝿いな。やるしかないなら、やるだけでしょ?」


 そう言うニックスの手には氷の細剣が握られていた。



 「そんじゃ、行くよ?」


 ヒノの言葉を合図に、アジトの扉を突き破り、入っていく。


 「二、四、……八人かな」


 ヒノは呟くと拳に炎を纏い、サムライの腹をぶち抜いた。


 そいつは苦悶の叫びを上げ、その瞬間にサムライ達の視線を集める。


 酔った彼らは驚き、次々とカタナを抜いて──────


 そう思う間に、一人のサムライの首が飛んだ。


 次の瞬間にはもう一人の胸が貫かれていた。


 その犯人、ニックスは一瞬ヒノと視線を合わせ、姿を消した(・・・)


 レンも飛び出し、サムライの一人に斬りかかった。酔っていたとしてもさすがサムライと言うべきか、奴は一撃目を鞘で受け、そこからカタナを抜く。


 「うおおお!!」


 気合いの入った声と共に猛攻撃するが、奴はギリギリながらも流し、かわしていく。


 レンは一瞬の隙を突かれ、カタナを弾き飛ばされる。


 奴は勝利を確信し、カタナを振り下ろそうとする。その時にニックスが奴を横から突き飛ばし、首に刃を突き立てる。


 「乱戦の時はお行儀良く切り合う必要は無いから。とにかく殺せ」


 ニックスは端的に言い、スタスタとヒノの元へと歩いていく。



 サムライ達のうち、手足を壁に打ち付けられた一人以外の七人は全員死んでいる。おびただしい量の血を前に、レンは思わず口を塞いだ。その一人は尋問用なのか、身ぐるみをすべて剥がされ拘束されている。


 「……何やってんの?」


 ニックスが不思議そうに問う。


 「まあまあ、この匂いは慣れないとキツいからね。それで、彼のお姉さんはどこにいるの?」


 サムライの手首を掴みながら問う。


 「言うかよてめぇみたいなガキに……メイジのガキが調子乗りやがっ……ぐああ!!!」


 ニックスが話の途中にも関わらず奴の太ももに一本剣を突き刺す。


 「早く教えてよ。俺ら暇じゃないんだけど」


 彼は呆れたように言う。


 「まあまあ。とりあえず口割らないなら片目焼くかなー?」


 「ま、待ってくれ!話す、話すからよ!……そこの机をずらした所の床下の部屋にいる。……これでいいだろ?さっさと……」


 一転して全て教えてくるサムライ。だがヒノは彼の腹に肘鉄を入れ、睨みつける。


 「今少し脈が乱れた。何か隠してる?」


 「……っ、俺たちの隊長も一緒だ!これでもう隠し事はねぇ。いいだろ?」


 「うん。これで全部みたいだね。レン、ニックス。行こうか」


 既に机をずらしているニックスはチラッとこちらを見る。


 「お、おい。解放してくれるんじゃねぇのか?」


 彼は脂汗をかきながら問いかける。


 「解放するなんて一言も言ってないよ?さっき言ったのは『答えてくれれば殺しはしない』ってだけ。嘘なんてついてないよ」


 ヒノはくくっ、と笑いながら床下へと入っていった。



 床下に来て少しばかり廊下を歩くと、二十畳ほどの広間に一人の男とサチがいた。


 だがサチの様子がおかしい。手は錠で繋がれていて、服はすべて剥がされている。そして全身血塗れだ。


 「姉さん、姉さん!」


 レンは思わずサチに呼びかける。男がこちらに気付いたようで、ゆっくりと振り向いてくる。三十歳くらいの男は、糸目を少しだけ開く。


 「おーおー、こんな所に迷子かい?」


 「レン、お姉さんの所へ行け。ヒノ、援護頼んだ」


 ニックスは氷の長棍を作り、構える。


 「迷子なら……こんな所へは来ないだろうねぇ?」


 「あぁ。別に迷ってなんてないよ!」


 彼は飛びかかり、上から殴りつける。男は既に抜いていたカタナで受け流した。そして男からの返しの一撃をニックスは飛び下がって避ける。



 「姉さん、なあ姉さん。起きろよ」


 レンは必死にサチの肩を揺する。既に体は冷たく、目に光は点っていない。


 「なぁ、帰るぞ。アキも待ってる。早く起きろよ」


 認めない。認めたくない。そんな訳あるもんか。こぼれ落ちる涙なんて気にもとめず、ひたすらに呼びかける。


 サチの頭が力なく彼の肩に乗る。血が服にべっとりとついた。そしてゆっくりとずり落ち、ドサッと地面に横たわった。


 息が上がる。視界がぼやける。レンはふと自分の手のひらを見る。肌の色は見えず、血に染っていた。


 死んだ……?さっきまで生きていた。昨日まで笑っていた。それなのに、それなのに。



 ──────守れなかった。


 「……っああああああ!!!!」


 レンは絶叫した。何かを予感したのか、ヒノが強く呼びかける。


 「ニックス!今すぐ退け!」


 彼は咄嗟に大きく飛び下がる。そして入れ替わるかのようにレンが迸る魔力と共に男へと襲いかかった。


 「メイジに……今なったのか?」


 ニックスは目を見開く。


 彼は尋常ではない力、スピードでぶつかる。吹き飛ばされ、男は受け身をとる。次の瞬間、天井から飛び出た大木が男を叩き潰した。地響きと同時に天井から土がパラパラと落ちてくる。そして下半身が挟まった男は苦しそうに声を上げた。


 レンは叫びながら男の顔を殴る。殴る。殴り続ける。男の顔が腫れに腫れ、元の顔もわからなくなった頃、大きく飛び上がり、頭を踏みつける。


 その直後に男は向かいの壁から伸びた樹に体を潰された。少しすると、木と木の間から血が漏れてきていた。



 「ハァー……ハァー……」


 暫く肩で息をしていたレン。十分ほどそうしていたのち、崩れ落ちた。近くにいたニックスが彼の腕を掴み、ぐいっと引き上げ肩に担ぐ。


 「ニックス……姉さん、死んでたよ」


 レンは担がれながら弱々しく呟く。


 「うん」 


 「俺さ、間に合わなかったよ」


 「……うん」


 「手伝ってくれたのに、ごめんな」


 「いいよ、別に。」


 「アキ、怒るだろうな。何やってんだって」


 「……ねえ」


 「人の手借りときながら、間に合わなかったなんてな。笑っちまうだろ?」


 「レン!」


 レンはビクッとして、彼の方を見た。



 「今くらい素直になれよ」


 レンは「ごめん」と呟き、嗚咽する。


 「っ……なんでだよ。なんでなんだよ!なんでこんな……こんなぁっ……」


 レンはニックスの背をつかみ、泣きじゃくっていた。


 ニックスは何も言わず、サチの体を反対側の肩に担いだ。



 「ヒノ、行こう」


 「うん、そうだね」


  アジトだった家屋を出る頃、レンは既に泣き疲れて寝てしまっていた。


 「本当に珍しいね。君がここまでするなんてね」


 ニックスは「またそれか」と呟き、月を見上げる。


 「何も出来ずに家族を失う辛さ……俺はよく知ってるから」

 


 翌日の朝。


 自室の布団で目を覚ましたレン。ふと壁の方を見ると、もたれかかって寝ているニックスと畳に寝転がるヒノの姿が見えた。


 彼らが居るということは、昨日のことは……姉が死んだことは夢ではなかったのだろう。彼は布団を掴みながら俯いた。


 「レン、起きたんだ。おはよう」


 ヒノがふと振り向く。




 「おはよう。……昨日はありがとな」


 「いいのいいの。あの後風呂にも入れてもらったしご飯ももらったからね。対価としては充分でしょ」


 ヒノはうんと伸びをしながら言った。


 「ねぇヒノ。強くなるにはどうしたらいいのかな」


 彼ふとは大きく欠伸をする。


 「んー?とりあえず数こなして生き残るのが手っ取り早いかな」


 強くなりたい。もう誰にも負けないくらいに。


 「ねぇレン、昨日の……気を失う前のこと覚えてる?」


 ヒノが唐突に聞いてくる。


 「えっと……あれ?」


 その時のことを話そうとするも記憶にもやがかかって思い出せない。


 「あの時、君は壁や天井から大きな木を伸ばして敵を叩き潰した。覚えてない?」


 「……うん。上手く思い出せない。俺にそんな事ができるのか?」


 「つまり、君も魔法が使えるようになったってことだね。この先使いたいなら練習しとくといいよ」


 「な、なぁ。俺もお前らに着いて行っていいかな。そんで魔法の使い方教えてくれよ」


 意を決して問いかける。


 「ん?いいよ」


 ヒノはさらっと言うと、ニックスを揺すって起こす。


 「ねーねー、レンが僕らと来ることになったよ」


 「ん……え?そうなの?それじゃよろしく」


 寝ぼけているニックスはぼーっとしながら言った。


 「うん、よろしくな」


 

 その後、朝食の終わった頃。


 「え?兄さん、家を出ていくの?」


 アキホはとても寂しそうに聞く。


 「……うん。それなんだけどさ、良ければアキも一緒に来ないか?」


 彼女はうーん、と悩んでいる。


 「父さんは他のサムライに疎まれてる。このままじゃ俺たち二人とも死ぬんじゃないか?」


 「でも……そしたらお父さんは一人になっちゃうよ?お母さんは何年も前に死んで、昨日は姉さんが死んで、今度は兄さんがいなくなっちゃう。ここで私が居なくなったら……」


 彼女はレンの手を握りしめ、絞り出すように言う。


 「だから兄さん、たまには会いに来てね?」


 アキホは涙を拭いながらも笑いかけた。


 「それじゃ、これあげるよ」


 ニックスが通信端末を手渡した。現在のものと違い、軽い連絡ができる程度のものだが。


 「え……これは?」


 「元は俺のやつだから、それ使えばヒノに連絡できる。何かあったらかけてきていいよ」


 「……ありがとうございます。昨日も、今日も」


 「別に。そんな気にすることも無いよ」


 ニックスはそう言い、外を眺めていた。


 「あ、これの使い方はねー……」


 ヒノは後ろからアキホに端末の操作方法を教えている。

 


 これで良かったのかな?


 決めたは言いものの、選択が正しい確証は無い。昨日は勝てたとはいえ、今後も生きていけるとは限らない。そうしたら……


 「俺たちと来るの、不安か?」


 ニックスが見透かしたように横目で見てくる。


 「まぁ、正直少しな」


 「ふーん。それじゃあもっと強くなって、そんな不安吹っ飛ばさないとな」


 彼は微笑み、レンの背中を叩いた。


 「……ああ、そうだな」


 

 「アキ。父さんをよろしく頼むよ」


 「うん。兄さんも気をつけてね」


 今となっても、この選択が正しかったのか分からない。でも後悔はしていない。そのおかげでかけがえの無い仲間に出会えたのだから。

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