キョウ
キョウの外れ、禊萩のメンバーの家にて。ニックスとガルム、そしてナツメグが日課のトレーニングから帰った頃のこと。
「ねぇユキ兄、ポストに何か入ってるよ」
ガルムが扉の近くにある木箱を開き、中に入っていた手紙をニックスに手渡した。
「手紙?ウチの場所を知ってる奴なんて……あぁ、なるほどな」
ニックスはふぅ、と息をつき、家の中へ入っていく。
「おいレン。オヤカタから連絡入ってるぞ」
手紙を手渡されたレンは目を輝かせ、椅子から飛び上がった。
「やっとか!待ちくたびれたぜ全く!」
彼は嬉嬉として手紙の封を開け、中を読む。
「それで、完成したって?」
「あぁ。ちょっと今から街に行ってくる」
台所にいたネロがいそいそと準備を始めているレンを見て、メモを一枚渡した。
「それならついでに今晩の食材買ってきて。あそこからそんなに離れてないから、お願いね」
「了解。日暮れには帰る」
そう言うとレンは家を飛び出し、駆けていった。
「あの……レンさんは何しに行ったのですか?」
ナツメグが不思議そうに聞いてくる。
「あいつが前々から……もう一年も前から制作を依頼し、今か今かと首を長くして待っていたモノを取りに行ったんだ。そしてあいつはキョウの出身。これでなんとなく分かる?」
「……もしかして、彼は『武士』の家の出なのですか?そして彼が受け取りに行ったのは武士の扱う極めて鋭利な兵装、『カタナ』でしょうか?」
ムスプルヘイム王国は中央集権制の国家だ。その中で数少ない自治区であるキョウが自治権を獲得できた最大の理由。それがキョウ独自の兵、武士の存在だ。彼らは特に近接戦闘に長けており、その強さは大陸一と称される。そしてその強さの根幹とも言えるものが強度より鋭さを追求した武器、カタナである。
「うん、正解。……あいつは天才だからな。カタナを手に入れたあいつがいれば今度の戦いも勝てるだろ」
「今度の戦い?」
きょとんとした表情のナツメグを見て、ニックスは彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「王子サマを攫ってきたんだぞ?ヒノの見立てではあと一週間も経たないうちに戦いが始まる。というか、奴がそう仕向けるハズだ」
彼は窓の外に目をやる。昔からヒノがやることは予測ができなかった。それでも彼は最善を尽くし、自分達は生き残ってこれた。人の行動を読み、今まで数多くあった数的不利の状況を打破する。そうやってきたから今まで誰も死ぬことなく来られたのだ。
「……兎に角この先は俺達もやることがあるからな。ネロ、こいつの面倒、任せたよ」
ネロは小さく頷く。それを見た彼は微笑み、家を後にして行った。そしてナツメグはぼうっとしたように彼らの背を見つめ、戸が閉じた後もそれを見つめ続けている。
戦いが始まる。ナツメグは頭では理解できているつもりだった。王族を攫うなんてことをした。敗北すれば戦場で死ぬか、捕らえられても死罪になるのは目に見えていた。そこまでして、どうして。
「僕は……っ!」
ナツメグは彼らを追い外へと駆けて行った。
「ちょっと、ナツメグ君!?」
ネロは急ぎ彼を追い走っていく。
「……あの!」
彼は歩き行くニックス達を引き留める。後ろからネロが駆け寄り、彼の肩に手を置く。
「どうしたの?」
「僕は……これからどうなるんですか?」
ここにいる三人、その全員に問うた。何時ぞやにはぐらかされてしまったことだ。ネロはふと目を逸らし、ニック
スとガルムは目を見合わせる。しばらくしてニックスは彼と目線を合わせるように屈んだ。
「……そうだな。もう話してもいい頃だろう。端的に言う。ナツメグ・ムスペル、お前がこの国の王になる」
「……へ?」
「とは言っても俺が決めたことじゃないけどさ。な?ネロ」
ネロは小さくため息をつく。
「全くもう……。そうね。これは私とヒノが考えた策の一部よ。その先は……あなたが生き残れば必ず分かるわ」
「ま、またはぐらかすんですか?」
ナツメグは少し涙目になりながら食ってかかる。直後、当然ガルムはナツメグの頬をつまんだ。
「そーじゃないっスよ。その先は何が起きるか絞りきれないから、何パターンもシナリオが用意されてるだけっス。でもこれだけは信じてほしいっス。私達はあなたを必ず守りきるから!」
ガルムは彼の手をぎゅっと握りしめ、言った。
「な、なんでそんな……」
「えと、あなたの今までの境遇は知ってるっス。王族と比べるのは申し訳ないんスけど……あなたの辛さは私もよく分かるから」
「そろそろいいか?ナツメグ」
ニックスが焦れたように聞く。
「……はい。ねぇ、ニックスさん」
「何?」
「戦いが終わる時まで、待ってます」
「……了解、ナツメグ王子」
ニックスはふふっ、と笑いながら答えた。
「それと……ぜひ僕のことは『ナツ』と呼んでください」
「分かった。なら、俺のことは『ユキ』と呼んで。……それじゃ、行ってくるよ、ナツ」
その後ネロとナツメグは家へと戻った。
「ナツ君……でいいんだよね?気は済んだ?」
「正直、まだあまり。たった五人のあなた達が王国相手に勝てるとは思えませんし、なにより目的の先が未だ不明
瞭です」
「ねね、ガルちゃんが君の辛さを理解できるって話。あれはさ、そのままその通りの意味なの」
「どういう事ですか?」
「君は兄と比べ勉学、魔法の才能において劣っているとされ、比較されてきた。けして親からの愛は不平等ではなく、君自身親から愛されている自覚はあったはず」
「どうしてそれを……」
呆然としているナツメグをよそに、彼女は語り続ける。
「それでも周りからの扱いは残酷だった。兄には数多の期待をかけられ、それに応えられる器になっていく。君は兄と比較され続け、劣等感を募らせていった。……できる限りの努力はした。それに伴い成長もしている。でもそれ以上の速さで成長する兄を見て、あなたは遂に努力することもやめてしまった。そして周りの者からの評価に耐えられなくなっていった……」
ナツメグは俯き、頭を抱えた。
「……あなた達も、兄を誘拐すれば良かったかもしれませんね。兄が僕に劣っていることなど、ありはしませんから」
「正直に話すとね。どちらでも良かったのよ。兄弟共に王に愛されている。それならどちらを攫っても結果はあまり変わらないわ。でもね、あの子……ガルちゃんがどうしてもって言ったのよ。まるで過去の自分を見ているようだってね」
「……彼女も兄弟と比較されて生きてきたんですね」
「まぁ、そうね。詳しくは直接聞いて。……あー、それでごめんなさいね。連れてきてから知ったの。あなたの婚約者のこと。今まで謝り損ねてたわ」
「それも知ってたんですね」
「えぇ。相手はリオ・ブルーム。本当びっくりしたわ。彼女、知り合いなんだもの」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ。一度会ったきりだけどね。君はこの婚姻に対してどう思うの?乗り気?」
ネロの表情が一気に柔らかくなる。さながら年相応に恋愛話をする女性だ。
「は、はい。僕も一度話したきりですが……彼女は僕を僕として見てくれました。隠してただけかもしれませんが……僕と兄を比べずにいてくれました」
「そうね。それは恐らく彼女の素でしょう。……今でも彼女を娶りたいと思う?」
「はい」
彼は顔を赤らめながらもネロの目をまっすぐと見つめる。それを見たネロは少し安心したように笑った。
「全部終わったら彼女が王妃かしらね。それと……」
彼女の端末が通知を出す。電話がかかってきたようだ。
「あ、店員からだ。ごめんね、ナツ君。少し外すね」
ネロはぱたぱたと部屋を出て、廊下で通話を始めた。
「僕が、王に」
彼は手を握りしめ、自分に言い聞かせる。そしてすっと力を抜き、手のひらを太陽にかざした。
「全部終わったら、船を作ろう。何日も……いや、何十日も、何百日も航海できて……星を回れるくらいの大きな船を」




