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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
14/31

彼は何処へ

 その朝、リオは焦っていた。


 彼女は彼を起こしに客室の扉を開けたところだ。……ところがそこには誰もおらず、乱れたベッドと風になびくカーテンが見えるだけだった。


 「な……ナツさん?」


 その言葉に帰ってくるのは冷たい風の音だけだった。


 「うっ……そでしょ」


 彼女は頭を抱えうずくまる。彼との婚姻……あの王からの命令を遂行できないこと、それは即ち死を意味する。本当にどうしたものか。


 「リオ様、どうかされ……ま……し?」


 リオに気付いた召使いは呆けた面で部屋を見る。


 「……この髪の毛、魔力がこもってる」


 床に数本落ちている赤毛。それからはほんのりと魔力の残滓が感じられる。


 「……ナツメグ様は赤毛ではありませんでした。そしてこの屋敷の者に赤毛の者はおりません。つまり……」


 「えぇ。外部からの誘拐でしょうね。あなた、軍に通報しておいて。私はちょっと外出てくる!」


 リオは端末片手に屋敷を飛び出した。そしてアランに通信を入れた。


 「アラン、朝早くからごめんね。今時間取れる?」


 「ん?随分と焦ってるみたいだな。どうしたんだ?」


 「んー……昨日から色々ありすぎてさ。いつものとこ来れる?」


 「あぁ、わかった。ユリも呼ぶか?」


 「できればお願い」



 いつぞやの喫茶店で。

 

 「それで、何があったの?」


 ユリは少し眠そうに目をこすっている。


 「端的に言うと……昨日王子様と婚約して今日その王子様が誘拐されました」


 「……んん?」


 アランは大きく目を見開き、のけぞる。


 「……っええぇ!?何がどうなってそうなるんだ!?」


 「あの時の呼び出しでそんなことになってたのね」


 ユリもだいぶ困惑しているようで、しばらく考え込む。


 「私自身事態についていけてないの」


 リオはため息をつき、頭を抱えた。


 「王子との婚約云々はこの際後回しにしよう。まず、犯人の情報は何かないのか?」


 そう言うアランに先程の赤毛を手渡す。


 「なぁ、もしかしてこれは……」


 「あくまで推測だけどね。いつぞや会った禊萩のリーダー、ヒノの仕業なんじゃないかなって。……とは言っても彼らが悪人だとは思えない。なにか訳があるんじゃないかな?」


 「リオ、甘い考えは捨てた方がいい。今までも、これからも、奴らは結局逆賊であり、犯罪者なんだからな」


 彼は自分に言い聞かすように吐き出した。


 「うん。そう……だね」

 

 ───こいつを殺して生きるか、こいつ生かすために死ぬのか。


 彼らの戦いは常にこうだったのかもしれない。生きるために戦う。しかしそれは決して受け身であってはならない。明日を生きるための最善を尽くしていく。……彼は特にそうだっただろう。


 「……ねぇ、彼らのいる場所を何とかして割出せないかな」


 「目撃情報があるならまだしも、情報が毛一本だけなんだし、難しいと思うわ。何か目星はついてないの?」


 「うーん……彼ら所有の建物はこの前に行ったお店しか知らないしなぁ……」


 「あそこへ行くには船が必要不可欠だ。検査も緩くないし、その線は薄いんじゃないか?……というか王子を連れ

てる以上バレるリスクは避けるだろ?」


 「……確かに」


 アランの言葉にリオはまた肩を落とす。結局目星は付けられていない。



 「ねぇ、自治区の可能性はない?」


 ユリが地図を広げ、指さした。


 「ここが王都でしょ?東にはスノーリア、北にはキョウ。どちらも国法の届かない自治区よ。スノーリアはともかく、

キョウは国の情報が届きにくい。私もあそこを出るまで王の顔すら知らなかったのよ?」


 ユリがキョウの出だということは知っていた。ただ、軍に入るまで何をやっていたのかは聞いたこと無かった。彼ら自身、なんとなく聞いてはいけないと思っていたのかもしれない。


 「そんなに情報薄いの?」


 「ええ。こっちでは端末(コレ)で情報集めしたり、記事をよんだりできるでしょう?あとは新聞とか、雑

誌とか。でも、向こうじゃどれも置いていないわ。新聞は独自の物があるんだけどね。そして魔力を用いての機器はほとんど置いていない。新聞を通して将軍様の顔は知っていても、王子の情報なんて欠片も出てこないわ」


 「ある程度噂には聞いてたけど……ところで将軍様ってどんな人なの?」


 ユリはうーん、と少し考え、ペンを回しながら話し始めた。


 「王国で言う王様の立場ね。でも為政者というより武官って印象が強いわ。為政は腹心の部下に任せているみたい」



 「ほら、キョウの話もそこそこにしとけよ?奴らがそこにいるとも限らないんだしな」


 「そうね。取り敢えず軍をあげて捜索するでしょうし、ヒノの髪を証拠として出した方がいいでしょうね」


 「とりあえず自治区二つのどちらかの線が濃いと思う。でもここからは私たちが下手に動くより軍に任せたほうがいいかもしれない」



 とりあえず軍に任せる。それが最適解だ。リオ自身それはわかっているつもりだ。それでも───


 「ねぇ、二人とも。ナツさん……ナツメグ王子を探すの手伝ってくれない?」


 リオはおそるおそる問いかける。


 「あなたの過失はないでしょ?そんなに気にする必要無いんじゃ……」


 「昨日さ、彼と少し話してたの。彼、とってもいい子だった。私のわがままなのは分かってるよ?でも……ダメ元でもいいから。さっき言ったふたつの自治区、探っていきたいの」


 ユリは彼女の言葉を聞くと、アランと目を合わせる。


 「根拠もない状態で動くのは得策ではないでしょ?それとも何か確信をもてる情報があるの?」


 「正直ちゃんとした根拠は無い。私の直感だね」


 そんなことを言うリオを見て、アランは頬杖をつく。


 「お前の直感、そこそこ当たるからな。上手く見つけて連れ帰れたらリターンは大きいだろうしいいんじゃねぇか?」


 「だからそれは根拠には……はぁ、仕方ないわね。やるだけやってみましょう。」


 ユリは半ば呆れたように答えた。


 「リオ、とりあえず軍に今ある情報と今度の動きを言ってこい。俺たちは車を準備しておくから」


 アランは彼自身の家へ歩いていく。


 「諸々報告しなきゃだから、昼過ぎになると思う。場所は連絡して」


 「おうよ。早く終わらせてこいよ?」


 リオは頷き、小走りで王城へと駆けていった。




 

 「……ということになってしまいました。申し訳ありません」


 「はぁーーーー……」


 リオらの上司、軍隊長は一連の流れを聞くと大きくため息をついた。青い髪が特徴の彼は、歳若くしてその地位まで上り詰めた優秀な武官だ。そして何かと厄介事に巻き込まれ、時には引き起こすリオらの頼れる兄貴分のような人だ。


 「あのな、次から次へと面倒ごと持ち込まないでくれよ……」


 彼は報告書をまとめてあるファイルを開きながらうんうんとうなっている。


 「一応既に君の家から国へ報告は入ってるみたいだな。あーあと軍にも入ってはいるな」


 「はい、うちのお手伝いさんが報告してくれたみたいです」


 「みたいだな。まぁ同情はしてる。先月の異常な無茶ぶり(・・・・・・・)をなんとか生き抜いてからのこれだし。あ

まり厳しく咎める気にもならないさ」


 彼は乾いた笑いをこぼしながらさらさらと報告書をまとめている。


 「それと……禊が絡んでいる可能性が高いです」


 彼の手が止まり、唖然とした表情でリオを見つめる。リオはポケットから赤い毛を取り出し、彼に渡す。


 「現場に残されていた毛髪です。私達が以前接触した禊のリーダー、ヒノのものだと思われます」


 「……メイジだからこそ感じ取れることもあるってか。それでさっき言ってた和の町(キョウ)勇者の町(スノーリア)って訳なんだな。確かにこの辺りに潜伏する可能性は確かにある」


 「そ、それで……捜索に行ってもいいでしょうか?」


 「どうせ止めても行くんだろ?申請通してやるから。その代わり……終わった後事の顛末をちゃんと言うことと、中途半端にしないこと。そして決して無茶をしないこと。わかったか?」


 「はい!ありがとうございます!」



 彼女は一礼をして部屋から出ていった。それを見届けると軍隊長はタバコを一本咥え、火をつけた。


 「……禊が絡むのなら俺達(・・)も動かなきゃだな」


 そしてどこかへと通信を飛ばした。


 「──────あー、俺だ。例の奴、もう使えるだろ?場所は……」

 

 彼女が軍への報告を終え、正午を少し過ぎた頃。


 王都のはずれにて集まった彼女らは車に乗る。先ずは和の町、キョウへと向かった。 

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