人として
日が昇り始めた頃。目を覚ましたナツメグは何か違和感を感じはね起きた。見覚えのない場所に寝ていた彼は戸惑いながら辺りを見渡している。
「起きたかい?」
彼が振り向いた先には赤髪の少年が立っていた。
「っだ……誰なんですか!?それにここは一体……」
「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず自己紹介しようか。僕はヒノ。よろしくね」
「あ、僕は……」
「ナツメグ王子、だろ?……にしてもこの状況で名乗り返そうとするなんて、中々肝が座ってるね」
ヒノは感心したように言い、ベッドに座る。彼からは敵意や害意は感じられない。警戒を解かされるような不思議な雰囲気があった。
「あなたが僕を連れてきたんですか?」
「そうだよ。色々事情があってね。君を確保しときたかったんだ」
「そ……そうですか」
不思議な人。それがヒノへの第一印象だった。特に拘束されているわけでもなく、彼自身も何かしら武器を持っている様子も無い。敵意も感じない。彼が一体何を考えているのか、全くもってわからなかった。
そんなふうに考えていると、突然扉が開かれる。
「ここにいたのか、ヒノ」
銀髪の少年はベッドの方に歩いてきた。
「おはよう、ユキ。……あぁ、彼はニックス。パッと見怖いけど悪い奴じゃないから」
ナツメグは軽くお辞儀をする。
「とりあえず、そろそろ飯だから。それ言いに来ただけ」
そう言うと彼は部屋を出ていった。程なくして廊下から賑やかな声が響いてくる。
「みんな起きてきたみたいだね。とりあえず朝ごはん食べようか。ついてきて」
彼に連れられ、ナツメグは食卓へ向かった。
ニックスとレンは既に席につき、ガルムは机にトーストを並べていき、ベーコンエッグを置く。そしてそれを作ったネロはエプロンを畳んでいる。
「蒼い髪の奴がネロ。そんで黒髪がガルム。あの栗色の髪がレンだよ。ま、とりあえず仲良くね」
「は、はぁ……」
ヒノの言葉にナツメグは少し困惑している。
「まぁ食べよう。多少不安や質問もあるだろうけど後で聞くから」
食事をしながら彼らの方を見る。
「なぁ、今日何する?」
レンがニックスに聞いた。
「トレーニング」
「私も行くっス!レン兄も行くっスか?」
即答するニックスに、ついて行くと言うガルム。
「行かねぇよめんどくさい。ほーんと飽きねぇなお前ら……」
レンは呆れたようにぼやく。
「それなら買い出しにでも付き合って貰おうかな?」
食器を片付けているネロがふふっ、と笑いながら言う。
「えー!?絶対荷物持ちになるじゃんかよ!……まぁいいけどさ」
まるで仲のいい家族のような他愛のない会話。ナツメグの心はほんの少し、締め付けられていた。
それから少し経った頃。
水の入ったボトルを片手にトレーニングに出ようとしているニックスとガルム。それを見たナツメグが咄嗟に彼の
服の裾を掴む。
「あ、あの……僕も連れて行って貰えませんか?」
ニックスは振り向き、少し首を傾げる。
「あ、いや、逃げ出そうとかそういう訳じゃ……」
「いいよ」
「……へ?」
あっさりと許可が出た。彼は反対されると予想していたもので、ぽかんと口を開けている。他のメンバーも特に何も言わないようだ。
「だからいいよって。洗面所にタオルあるから、取ってきな」
「わ、わかりました!」
「よ……よくそんなにできますね?」
家の裏にある筋トレ器具……とはいっても鉄棒や丸太がいくつかある程度だが。二人に合わせてナツメグも鉄棒で懸垂をしていた。彼が息を切らし、休んでいる時も二人は黙々と続けている。
「疲れたなら休んでていいよ。俺らももうすぐ休憩するから」
そう言ってから5分ほど後。三人は順々に水を飲み、休憩している。
「ナツメグさん、思ったより体力無いんスねー」
「す、すみません……昔からこういったことはそれ程得意ではなくて」
「そういえばソレ!王子様がそんなホイホイ謝ってていいんスかねー?」
彼女はナツメグの頬をつつく。
「僕は兄上と比べ出来が悪くて。父上によく怒られていました。……恐らくはそのせいでしょう」
彼は少し悲しそうに俯く。
「兄贔屓されていたってこと?」
「いえ。父上は僕と兄上を平等に愛してくださいました。しかし僕が父上の期待を裏切ってしまいました」
ナツメグはすみません、と言いながら涙を拭う。
「……さて、それじゃ軽く走るか」
ニックスは深く息を吸い、立ち上がった。
「りょーかいっス!さ、ナツメグさん!」
ガルムはナツメグの手を引き、引っ張っていった。
「は、はい!」
彼らは家を出て、先頭を走るニックスについていく。
この家は街中にある訳ではない。草原地帯と山岳地帯の境あたりに立っている小屋は遠目から見るとただの山小屋のようだった。草原地帯の川沿いを走っている彼ら。ペースはナツメグに合わせて遅めだ。ナツメグはぼんやりと辺りを見渡していた。
「どうしたんスか?」
「あ、いえ……山を見るのは初めてなもので」
「へ!?そうなんスか!?」
ガルムは目を見開き驚く。
「王国の王子サマは基本王都の外には出ないんだろ?」
ニックスは前を向いたまま言う。
「よくご存知で。写真や資料では知っていますが、こうやって見るのは初めてなんです」
「そんならあの町も見たことないっスか?」
ガルムは遠目に見える町を指さす。
「……ここからじゃよく分からないです、すみません」
「キョウって聞いたことないか?王国最大の自治区のさ」
「それならあります!ここはキョウのすぐ近くなんですね」
「言ってなかったっけ?」
「すみません、今知りました」
ニックスは忘れてた、と彼に謝る。
彼らは一時間ほどかけて家へ戻った。
ニックスとガルムは丸太を担ぎスクワットをしている。比較的筋力の低いナツメグは丸太無しでやっていた。
「ニックスさん。ひとつ質問します。なぜ僕を攫ってきたんですか?」
ナツメグは汗を拭きながら聞いた。
「目的は聞いてるけど、その先の意図は知らない。それでもいいなら言うけどさ」
「意図がわからない、ですか?」
「俺はヒノがやるって言ったことをやるだけだよ」
「……へ?」
「んーまぁとりあえず。お前、この先どうしたい?」
「え、と……王都に戻り父上から命じられたように貴族家に婿入りを……」
ナツメグは戸惑いながら話し始める。
「それは王子としてのお前だろ?#お前自身__・__#がどうしたいか聞いてるんだよ」
「僕自身、ですか?」
ナツメグは座り込み、俯く。
「お前自身の夢。それを聞きたいんだ」
ニックスは正面にどかっと座った。
「……ねぇ、ニックスさん。海って分かりますか?」
「……?海って海だろ?大陸を囲ってる塩水」
「その向こうに何があるか、分かりますか?」
「さぁ?なんかの本に書いてあるのか?ガル、お前知ってる?」
ガルムは「知らないっス」と言い、ニックスの隣に座り込んだ。
「分からないんですよ。何百年も続く王国、誰もそれを知らないんですよ。でも僕は思うんです。海の向こうに此処のような陸があって、人がいて、見たことの無いものが溢れてるって。僕は……僕は、それを知りたいんです!」
「……お前、そんないい顔出来るんじゃんか」
ニックスが横にあった姿見を指さす。そこに映る彼の目は夢見る少年の輝きを放っていた。
「あ、それで僕は……」
「なぁ、ナツメグ王子」
ニックスがゆっくりと立ち上がる。
「お前はその夢に何を賭けられる?」
「賭けるって……へ?」
「地位、富、家族。まあ他にもあるかもだけど。お前の夢のためにそれらを賭ける覚悟があるのか?」
「……正直分からないです。すみません」
ナツメグは少し申し訳なさそうに微笑む。それを見たニックスは彼の頭をガシガシと撫でた。
「答えは今すぐじゃなくてもいいよ。さて、シャワー浴びに行こうか」
「っス!」
「はい」
これまた不思議な人だ。ナツメグはくすっと笑った。目付きは悪いしぶっきらぼうで怖いけど、彼の言葉は壁をすり抜けてくるように届いてくる。客観的に見れば怪しいとこだらけなんだろうが、彼のことは信用してもいいと思えてきていた。
シャワー室……というか浴室に三人順に入り水を浴びる。二人は本当に軽く汗を流すだけのようだ。ナツメグも二人に倣い汗を流し体を拭く。
彼はふと思い返していた。ニックスは結局彼を攫った理由を教えてくれなかった。彼は一抹の不安を持ったままだった。




