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氷天の禊  作者: ラキ
王の器
12/31

綻び

 ボーダーの件からひと月ほど経った。


 禊の協力が発覚したリオ達は世間からある程度の批判を受けた。大陸をあげて指名手配されている連中の力を借りたのだ。それも仕方ないのかもしれない。結局軍が現場にたどり着いた時には彼らの姿はなく、証拠もないことからそこまで追及されることは無かった。


 あれからリオ達は国に戻り、元いた近衛第一師団のヒラに戻った。とはいえ、作戦の成功は完全に予想外だったということか上層部の連中は気に食わなさそうだった。革新派のメイジを理由をつけて殺す気でいたのに帰ってきてしまったから。



 「ユリ、また読んでるの?それ」


 「……うん。彼らのこと、もっと知っておきたくて」


 王都の大図書館にて。彼女はあれから頻繁にここを訪れ、今までの彼らに関する記事、データを見漁っていた。


 「……ニックス、元気にしてるのかな」


 ユリは窓の外、商店街を眺めながら呟いた。


 「あれから彼らには会ってないからなんとも言えないや。でもまぁ、生きてるでしょ」


 彼らのデータは案の定というか、信憑性が高いものはそう多くない。レン、ヒノの名前は所々出ていたりするが、他の三人の名前は出てくる気配すらない。


 普段の仕事は忙しい、という程ではない。武器の手入れをし、訓練をする。そのくらいだ。下っ端の兵は警備の仕事もあるがメイジだと免除されるため、どうにも暇になってしまう。


 突然、図書館に武装した兵が入ってくる。何やらリオを城に呼び出しに来たようだ。そんなことを記された命令書を受け取ったリオはそのまま城へ案内されていった。仕事終わりでそのままここにいたおかげで着替える手間が省ける。


 王城は何百年も前に建てられたもののようで、ここに来るとさながらタイムスリップしたかのように思える。王都の建物はそれに合うように昔のそれとデザインを似せているので、都市という感じは殆どしない。その観点で見ればいつぞやの港町、イヴィンギルの方がまだ都会というふうに見える。


 王の前に連れられてきたリオは彼の前に跪く。


 「ブルーム卿の娘よ。先日は少人数での砦落とし、見事であった」


 「はっ。ありがとうございます」


 リオは姿勢は変えず彼に目を向ける。


 ムスプルヘイム王国の王、ターメル・ムスペル。御歳41の比較的若い王だ。紫色の髪をなびかせ、鼻の下には立派な髭を生やしている。


 「あー……長い話は苦手でな。単刀直入に言おう。今回の多大な戦果への報酬として余の息子、ナツメグとの婚姻を許そう」


 「……へ?」


 あまりに唐突な許し……もはや命令に近い。それに困惑した。


 「不服かね?」


 王は頬杖をつき、睨みつける。なるほど、拒否権は無いようだった。


 「……有り難き幸せです」


 少なくともここではそう答えるしかなかった。


 リオの父は王国屋敷を持つ貴族の一人だ。とはいっても家を継ぐのは兄であり、妹である彼女にはこれといった権限は無い。特に国内の生活水準が上がってからは王都の中で少し裕福なとこのお嬢さん、程度の認識をされている。


 今回のことについて、リオの父……ブルーム卿にとっては願ったり叶ったりだろう。しかしあちら側の魂胆はあまり読めない。褒美としてでもおかしい。……リオは少し不自然に思っていた。


 リオは普段の一人暮らしをしている家ではなく実家に帰った。久しぶりに顔を合わせる執事へ挨拶をかわし、ナツメグが待つという応接間へと向かった。


 戸を開けると彼はソファにちょこんと座っていた。父に似て紫色の髪をした少年はリオを見るなり立ち上がり、お辞儀をした。


 その後お互いに向かい合って座った。


 「初めまして、王国軍第一師団のリオ・ブルームです」


 「お、王国第二王子、ナツメグ・ムスペルです」


 その後当たり障りのない会話をしばらくしていた。驚いたのは彼の年齢。彼は16歳でリオより4つ下だ。この年齢で婚姻を決められるとは……とリオは少し心苦しく思っていた。



 「……ナツメグ王子は今回のこと、いつ聞きましたか?」


 「ナツ、と呼んでください。そうですね、僕は昨日の夕方頃に聞きましたね。突然の事で本当に驚きました。リオさんは?」


 「私は本当についさっきです。本当、驚きますよね」


 リオはふふっ、と微笑む。


 「……父上は唐突に重要なことを決めてしまわれます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 ナツメグは深く頭を下げた。


 「いえいえ、仕方の無いことです。王子ともあろう方がそう頭を下げないでください」


 「……そう、ですね。すみません」


 「あなたがたは一小隊で砦を奪還したと聞きました。その時の話を聞かせていただけませんか?」


 「えー、それはー……」


 リオの目が思い切り泳ぐ。


 「すみません、話したくなかったことでしたか?」


 彼は申し訳なさそうに俯く。その姿に王族の威厳は欠片も見えない。


 リオは微笑み、彼を抱き寄せた。顔がボッと赤く染まり、体は固まってしまう。


 「リ……リオさん?あの……」


 ハッとして体を離した。


 「あぁ、ごめんなさい。……私たちのこと、知りたいですか?」


 「はい。僕自身には魔法の才能が無くて、軍の訓練も見たこと無くて……文献で見るだけだったんです。だから戦

ってきた人達のことを知りたいんです」


 そう言うナツメグの顔は先程とはうって変わり、歳に似合わない凛々しさがあった。



 気がつくと夜も更けてきたようだ。街も眠り、窓の外にはぽつぽつと街灯が見えるのみだ。


 「……どうします?一緒に寝ますか?」


 リオは悪戯っぽく笑う。ナツメグはまた頬を赤らめた。


 「や……やめときます。眠れそうにないので」


 「ふふっ、可愛らしい所もあるんですね。それでは、客間にご案内します」



 時は少し遡り、王都の郊外にて。


 「ねー、本気でやるんスか?」


 黒髪の少女は愚痴っぽく漏らす。


 「あぁ。僕らの目的のためにはこうしなきゃね。ほら、食うかい?」


 赤髪の少年は宥めるように言い、ドライフルーツをひとつ渡した。彼女はそれを受け取り、頬張った。


 「さぁ……仕事の時間だ」


 少年は静かに笑った。

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