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氷天の禊  作者: ラキ
ボーダー奪還戦
11/31

もう戻れない

 紫色の髪をした女性はふと目を開けた。しばらく気を失っていたのだろうか?彼女はふと周りを見渡すと見覚えのある連中の姿が目に入る。咄嗟に立ち上がろうとするも足が動かない。腕も。鎖で縛られいるようだった。魔法を使えないところを見ると幻妖鋼が練り込まれているものだろう。


 そんなことを考えていると金髪の女性がカルミナに気づいた。


 「起きたみたいね。……悪いけど拘束させてもらったわ。また暴れ出されたらたまらないもの」


 リオは包帯の巻かれた腕をさすっている。


 「……私を殺さないのか?」


 「とりあえず拘束はできたし、そこまでやる必要もないでしょ?」


 リオはそう言い、彼女に柔らかい笑顔を向けた。


 「甘いなァ、あんた……」


 みんなあんたみたいだったら、世界はもっとマシだったのかもな。


 彼女はその言葉を噛み殺し、仰向けに転がった。


 「おい、リオ。王都から連絡が入ったぞ」


 「あ、もう来た?」


 リオはアランから通信端末を受け取るとしばらく話し込んでいた。カルミナの身柄を王都で拘束すること、ボーダ

ーへ駐在する兵を派遣したこと。会話から分かったのはこのくらいだろう。


 「もう暫くここにいる必要がありそうね」


 ユリは面倒そうに言う。その直後に彼女の口元が緩み、安心してゆっくりと息を吐いた。


 「それにしても夢みたいね。まさか勝てるなんて。しかも誰も死なずに」


 「ああ。外の奴らを抑えてくれなかったら無理だった。癪だが奴らの実力は本物だな」


 なんとか勝てた安心感と自分達だけでは勝てなかったという非力感でなんとも言えない気分だ。


 「生きてる?」


 短い言葉が突然響いた。振り向くと窓からニックスが歩いてきていた。


 「見ての通り。とりあえずはな」


 「そっか。よかった」

 

 「お前が……禊の一人か?」


 突然起き上がったカルミナが彼を睨みつける。ニックスは無言で彼女に近づいて行く。


 「やめろ……近付くな」


 彼女がか細くそう言うも歩みは止まらない。ゆっくりだが一歩一歩確実に迫ってくる。


 彼女は歯を食いしばり、意を決したように怒鳴りつける。


 「……何なんだよお前ら!少し前まで中立気取って暴れ回ってたくせに今になって王国の狗になんのかよ!図に乗ってんじゃ──────」


 ニックスは彼女の首を掴みあげた。壁に押し付けられ、足が浮いていく。彼女は縛られているため抵抗もできずに涙目で睨むことしかできなかった。


 「や、やめてよ!もう拘束できてるから!戦う必要ないんだから!」


 リオは彼の腕を掴み、離させようとする。しかし疲労もあり引き剥がすことは出来ない。


 「なんで生かしてるの?」


 不意に問いかけた。


 「なんでって……もう戦いは終わって……」


 「終わってないよ」


 そう言う彼の瞳はあまりに冷たかった。


 「こいつ(・・・)が生きてるから、まだ終わってない」


 「だからって何も殺すことないじゃない!」


 「ならあんたらが死ぬ?」


 「……え?」


 ニックスはあくまで淡々と言う。


 「こいつを殺して生きるか、こいつ生かすために死ぬのか。どっちにするの?」


 「言ってることが無茶苦茶だよ!なんとかここを切り抜ければきっと……」


 必死に言うリオの姿を見て、ニックスの表情が少し和らいだ。彼は困ったように笑い、


 「リオは優しいね。精一杯考えて、誰も死ななくていい道を探してる。でも……俺たちはもう、戻れないから」


 不意にカルミナを放り投げた。彼女の掌から小さなボタンのようなものが転がる。



 「ねぇアラン。何人来てる?」


 「は?何人って何が……」


 アランの顔がみるみる青くなっていく。




 「南西からでかいのが急速接近してる!ウチの連中じゃない……増援だ!」


 ニックスはおもむろに端末を取り出す。


 「あー、レン。南西から来るってよ。……うん、蹴散らせばいいよ」


 「こういうことだよ。こいつはこっそり増援を呼んでた。帝国軍はメイジにそのスイッチを支給することが多いからね」


 彼はボタンを拾い上げ、握り潰した。


 「ねぇ、なんで……」


 リオは咳き込んでいるカルミナへ問いかけていた。


 「……どこまでいっても変わらない。私らは国に従わなきゃ生きていけないんだ。ごめん」


 彼女はどこか独り言のように呟いていた。



 ニックスは彼女の傍にしゃがみ込んだ。


 「カルミナ、だったっけ?ひとつ教えといてやるよ。二年前のスターグの採掘プラントの件。やったのは俺だ」


 それを聞くとカルミナの顔が強ばった。


 「いや、まさか……その件はウチの軍がなんとかしたって……」


 「あんたが忠誠を誓った国は黒く染まっているのさ。……それともうひとつ言うことあった。お前が増援呼ばなきゃあ死体はもっと少なかったろうにな」


 彼は懐から銃を取り出し、彼女へと向ける。


 彼女の歯は震え、大粒の涙がボロボロと落ちていく。


 「嫌……待っ」

 

 広間に二度、発砲音が鳴り響いた。

 

 「んじゃお前ら逃げていいよ。俺らが何とかしとくから」


 彼は絶句するリオを後目に言う。


 「金はネロの店に持ってきてくれればいいから。そのためにしっかり生きろよ?」


 彼は窓から飛び降り、去っていった。



 「……リオ、大丈夫?」


 ユリが彼女の背中をさする。


 「大丈夫、ごめんね。それじゃあ、帰ろうか」


 「おい、下に奴さんらの車が置いてあった。それでずらかるぞ」


 リオ達三人は車に乗りこみ、砦から出た。


 戦場の方を見たアランは目を見開いた。


 「なんだあれは……化け物かよ……」


 遠くからでも見える大木が高速で兵達を薙ぎ払っていく。圧倒的な数の差をものともしないほどの力。どう考えても異常だ。



 ふと、リオの端末に通信が入る。砦を管理するための兵が向かっているようだ。前方から何台かの戦車とトラックが向かってくる。


 「砦は奪還できました。外に帝国軍がいますが今のところは無視して問題ありません。あとはお任せします」


 向こう側の隊長にそう言い、すれ違っていった。リオの表情はとても暗いものだった。瞼を閉じれば動かなくなったカルミナの姿が浮かぶようだった。


 リオは兵士でありながら今まで人を殺したことがない。しかし、結局は変わらないのだろう。別の人にしわ寄せが来るだけだ。


 「ねぇ、ユリ」


 「……どうしたの?」


 「私は狡いね。自分の手を汚さずに人に……国の兵士でもない人に手を汚させて。目の前であんな……」


 「彼の意見はだいぶ極端だと思うけれどね。……最近はどちらかというと事件の鎮圧だとか、警備だとかで人の死を見る機会は減ってるから。貴女だけそうって訳じゃないわ」


 リオの背をさすり、慰めるように言った。


 「……ねぇユリ。私、強くなりたい」


 「うーん、強さは十分でしょう?」


 ユリは不思議そうに言う。


 「まだ足りない。もっと、もっと。そうすればきっと……」


 ユリはリオの頬を引っ張った。


 「焦りすぎよ。強くなってどうしたいかは知らないけど、まずは目先のことから地道にやりましょ?」


 リオは頬を抑え、笑った。


 「そう、だね。ありがとう、ユリ。」



 それから十分ほど経った頃。


 「ん、なぁレン……」


 ニックスは少し遠くに見える信煙を見つけたようだ。


 「撤退信号か。ようやくだな」


 レンは地面に埋めていた兵士を地上に引っ張り出す。


 「さっさと帰れ」


 蔦から開放された彼らは背を向け、去っていった。


 「ったく……相変わらず甘いな」


 ニックスはため息混じりにぼやく。


 「んだよ、いつもの事だろ。何かあったか?」


 「相変わらず鋭いな、お前。……あの金髪の奴、いただろ?」


 「リオだっけ。そいつがどうした?」


 「昔のお前と同じこと言ってたんだよ。もう戦いは終わった、殺すことないって」


 「……そうだなァ。あの時お前と喧嘩になったっけ」


 「あいつら、3人がかりでやっと倒しましたってくらいなのにそんな甘い事言っててさ。そんで……」


 「お前がやっちまったって訳ね。……にしてもいいのか?そんな喧嘩別れみたいなことしてさ」


 ニックスは地面に座り込み、青い空を見上げた。なんだか少し寂しそうな顔をして。


 「別に。金さえくれりゃもう関わらないし」


 「……ま、そーゆーことにしといてやるよ。とりあえず帰るか」


 レンは彼の背中を叩き、車の方へ歩いていった。

 

 「これでいいんだよな?……ううん、これでいいんだ。そうだろ?ヒノ……」


 彼は拳を握りしめ呟いた。そしてレンを追って歩いていった。



 翌朝。


 新聞にでかでかと記載されている昨日の出来事。あることないこと適当に書かれたそれをニックスは不服そうに読む。


 「……なんか酷いことになってるよこれ。これ噂と事実の区別ついてないだろ」


 「いつもの事だろ?そんな細かいこと気にするなよ、ユキ」


 レンは豪快に笑っている。


 「君じゃないんだから。……はい、紅茶」


 ネロはテーブルに四つ紅茶を置く。


 「ユキ兄、身長2m超えとか書かれてるし!ほんっと適当っスねこれ」


 ガルはニックスの後ろから新聞を覗き込んでいる。


 今日はネロの店の休業日だ。暖かい朝日に当たりながらゆったりとするのはいいものだ。


 突然扉が開かれた。


 「あれ?今日はおやす……えぇ!?」


 ネロは飛び上がり、三人を呼ぶ。


 「久しぶり」


 そこにはヒノが立っていた。


 「ヒノ……来るなら言ってくれればいいのに。本当に久しぶりね」


 「一年ぶりくらいだっけ。顔出せなくてごめんね。僕も色々やることあってさ」


 ヒノは空いている席に座り、紙を広げた。


 「……いよいよか?」


 その問いに対し、赤髪の少年はゆったりと答える。


 「あぁ、やろうか」



 「時が来た。ムスプルヘイム王国を堕としに行くぞ」

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