血染めの鉄槌
「手繰り寄せろ、『キル・エム……オール』」
カルミナは胸を張り、すぅと息を吸い込み、鉄の長剣をユリへと向けた。カルミナは慈愛に満ちたような表情で微笑んだ。そして彼女はゆっくりと手を離す。すると長剣はまるで弾丸のような速さで打ち出され、ユリは咄嗟に回避するも、その右肩を抉られてしまった。
「あっ……うぐぅ……」
ユリは鮮血をほとばしらせ倒れた。ユリが横目で見た彼女は表情一つ変えていなかった。
「あーあー、いい反応速度だな、お前。おかげで余計に苦しむことになって心が痛む」
そう言うと同時に彼女の体の何倍もある鉄骨が浮かび上がった。ユリの元へと影が差していき地響きが鳴った。
ユリはリオに抱き抱えられ、すんでのところで鉄骨を避けた。ユリは右肩に手を当てる。傷口同士が膠のようなものでくっつき、血が止まった。そして傷跡は徐々に塞がり、ついには元に戻った。彼女自身の能力を見たカルミナは憎らしげに睨みつけた。
その隙に回り込んだアランが魔力を込めた長槍で突くが、カルミナは転がって避けた。
「大丈夫?」
「うん、助かったわ。それにしても厄介ね……ちょっといい?」
突然ユリはリオの耳元で何かを囁いた。それを聞いたユリはアランと目を合わせ、くいっとカルミナの背後を指さした。
「お前が回復術師かよ……めんどくせぇなぁオイ!」
カルミナは再び剣を作り、そのまま打ち出す。ユリはそれを向けられた時点で粘土質の壁を目の前に作った。剣は壁に刺さりはしたものの柔らかくも重い粘土に受け止められ途中で止まり、貫くことはできなかった。カルミナは舌打ちをしながら横に回り込み、先程と同じように鉄骨を持ち上げ、叩きつけた。再び粘土質の壁を作りだし、受け止める。受け止めたはいいものの壁は徐々に曲がっていく。彼女は斥力を強め、鉄骨を押し付けていく。今にも潰れそうになり、ユリの頬には汗が滲んでいく。
そこで飛び出してきたリオが彼女の左肩を突き刺した。彼女は少し呻くと剣を強引に引き抜く。
「ってぇー……なあァ!!」
リオは鉄骨の端を叩きつけられ、吹き飛ばされた。彼女が壁に叩きつけられると、鉄の塊はズシンと音を響かせ床に落ちた。止めを刺そうとした次の瞬間だった。左腕が一本飛んだ。その腕の持ち主……カルミナは膝をつき、冷や汗をかきながらも茶髪の男を睨みつけた。腕をはねた彼の槍は砂鉄を巻き起こしながら彼の手に戻っていく。
「俺がいること、忘れるなよ。それにこいつの能力は粗かた解った。大方お前の予想通りだろ?ユリ」
アランの問に彼女は頷く。
「あなたの磁力。その発生源……『磁点』とでも呼びましょうか。それは基本一つしか出すことは出来ない。その証拠に……」
ユリは辺りを見渡し、続ける。
「あなたが放った剣はもう砂鉄に戻ってる。コレは鉄骨を動かした時には既に崩れかけていたしそれにわざわざ初めに砂鉄や鉄骨を使わずにかわしたことにもこれで説明がつくわ」
カルミナは落ちた左腕を肩にぐりぐりと押し付けた。しばらくして手を離すとその腕はくっついていた。さすがに今まで通り動かすことは出来ないようだが、その治療とはかけ離れた光景は容易くリオ達に恐怖を与えた。
「やってくれたな……お前らよォ……」
恨めしそうに言う彼女の背から突如として金属質の尾が伸び、ゆらめいた。蛇腹状になっているそれの下側にはブレードの刃が鈍い光を放っていた。
「なに?あれは……」
彼女は肩を押えながら、よろめいているリオの方へ向くとその尾を恐ろしい速さで伸ばし突き刺してきた。身体強化を得意としているだけあり、すんでのところで防ぐことはできた。しかし、彼女はそのまま壁へ押し付けられてしまう。
その後背後からアランが槍で薙ぐも長い刃は高速で戻り、槍をはじき飛ばした。そして地面から砂鉄の槍が飛び出し、アランの足を貫いた。
ユリは彼女の背に向かい火球を飛ばしたが、砂鉄の壁に阻まれ、その壁を叩きつけられてしまった。
「これがウチが研究している生体兵器の一つ……『唯識ユニット』だ。大したもんだろ?」
カルミナは倒れた三人を見下ろしていた。
『報告します!帝都より増援が到着しました!』
砦内部に放送がかかった。それを聞いた彼女は勝ちを確信して笑っていた。しかし……
『……ですが砦の兵は壊滅、撤退もままならない状態です!』
既に崩れた部隊。彼女は腹立たしげに尾を床へ叩きつける。重い音と共にヒビが入っていく。
「ニックス達……上手くやってるみたいだね」
「えぇ。私たちも勝たないと……彼らに顔向けできないわね」
ユリはよろめきながら立ち上がり、カルミナを真っ直ぐと見つめた。
「……兎に角あの尻尾を攻略しないことには勝ち目はないわ」
(とんでもない精度、スピード、パワーを兼ね備えた尻尾。何か弱点は──────)
ユリははっとしてリオに呼びかけた。
「リオ、どうにかして彼女の本来の魔法を引き出して。試したいことがあるの」
リオは一瞬戸惑ったが、すぐに覚悟を決めた。
「……わかった。その後は任せていいのね?」
その言葉に彼女は頷き、カルミナと向き合う。彼女はユニットの反動か相当息があがっているようだ。再び尾を伸
ばし、リオを狙った。彼女は剣で防いだが、尾は止まることなく方向転換した。
「ユリ!後ろだ!」
アランは槍を投げ、尻尾ごと床へ突き刺し、止めた。風属性特有の貫通力を利用した荒業だ。
彼は槍を抜こうと蠢くそれを踏みつけ、槍を持ちさらに深く突き刺した。
リオは本体の後ろへ回り込み、剣を突き立てた。咄嗟に砂鉄の盾で防いだが、彼女の剣が激しく光り、盾は崩れ落ちた。彼女が自らの武器に電気を流したのだ。カルミナは全力を込め分厚い盾を作り直し、すんでのところで耐えていた。
そしてその頃にはあれほど暴れ回っていた尾は動きを止めていた。
この時を待っていた。奴が尾を止めざるを得ない状況を。
奴のアレは脊髄に接続されているものだ。第三の腕となるそれを制御し、自在に操るには相当の集中力が必要だ。同時に脳で処理をするための容量も。魔法も同じだ。脳で処理し、神経を通し発現させる。つまり……奴には『唯識』と『魔法』を同時に扱うことが出来ない。一方に集中する場合、他方の処理は完全に停止してしまう。
ユリはひときわ粘性の高い粘土を唯識のジョイント部分、蛇腹部分にねじ込んだ。奴が気付いた時にはもう遅かった。重みも増し、何より曲げることが出来ないそれは動かすこともままならない。
「さぁ……変質して。定まれ、『ブルゲン・ビリア』!」
ユリは尾に触れ、懇親の魔力を込めた。粘土は変質し、金属質の光沢を放ち始める。そして本来のそれと癒着し、ついでに地面についていた粘土ともそうなったためもはや本体も動けない状態になっていた。
これがユリの魔法の真髄だ。土属性で作り出した泥や砂、今回のように粘土などの材質を変化させ、周囲のものと合わせることが出来る。人体に合わせれば回復が、武器に合わせればその武器の材質と同じものになる。今回で言えば唯識の尾と同じ鋼鉄になっていたのだ。限界まで重量を上げ威力を増しているカルミナのそれはもう動かすことなど出来やしない。
「畜生てめぇらァ!!!」
「大人しくしろ!」
アランはなおも暴れようとする彼女の右腕を掴み、地面へと押さえつけた。その隙にリオは尻尾が繋がっている所……唯識の接続部分を切断した。それが切断されると同時にカルミナの体から力が抜けていった。
「まさかこの私が……すみません、先……生……」
そううわ言を呟き、彼女は気を失った。
その頃、砦外部にて。
「……あー疲れた」
ニックスは地面に倒れ、空を見上げている。
「ようやく終わったな。お疲れ」
レンは彼に向かい林檎を投げ渡した。彼はそれを受け取り、そのまま食べ始める。
「……にしても今回はしんどかった。いくら俺らでも二人で二千近くを相手にするのは疲れるぜ」
レンは水筒に入ったお茶を飲むと、ため息をこぼす。
死者、23人。
負傷者、1460人。
負傷者は蔦で手足を縛られ、座り込んでいる。
「ば、化け物共め……」
兵のひとりが憎悪と恐怖が入り交じった表情で睨みつけてくる。
「しょうがなくない?やらなきゃ俺らがやられるんだから。」
ニックスは林檎をかじりながら言う。
「メイジとはいえたった二人に我々が敗れるとは……」
ニックスは忌々しげに言う兵士を黙らせる。
「まぁ増援の方は3~4割撃破した時点で撤退されちまったがな」
レンは座りこみくつろいだ。
「なぁ、レン。向こうもそろそろ終わった頃かな?」
「ん?あー、多分な」
「そっか。んじゃ見てくる」
ニックスは立ち上がると砦へ氷の矢を放ち、飛んでいった。




