新たに交わした約束は
中世ヨーロッパというか、近世ヨーロッパというか。そんな前世の世界のイメージで、この異世界は出来ているのだが──乙女ゲームの世界と解ると以前、感じた違和感が納得出来る。
そして衛生事情もだが、前世の感覚が反映しているのが『成人になれば親の同意がなくても結婚が出来る』ことと『結婚届は二十四時間出せる』こと。それから『爵位は年明け一日に与えられ、宴でその旨を発表される』ことだった。
(だから私は暴風雨経由で、婚姻届について。エマ経由で、受爵について話を持ちかけた)
結婚届けについては、この異世界では役所ではなく教会に出す。だから事前に、暴風雨経由で婚姻届を用意しておいて本日、早朝にラウルさんと一緒に教会に提出した。
こうして、私は『イザベル・ラ・デステ』に、ラウルさんは私の夫なので『ラウル・ラ・デステ』になった。
受爵については今までの実績に加え、三年間魔法学園の講師を務めたことも評価された。私は献身者なので、その気になれば修道院を出られる。しかし『令嬢』のままだとこれからも現世父の妨害を受けそうだし、平民になっても同じだと思った。
それ故、私自身がたとえ一代限りでも爵位を得なくてはいけないと思った。
一方、ずっと聖女である私を護衛してくれたラウルさんにも爵位、あるいは騎士団に入ってはという話があったけれど──ラウルさんは静かに、だが、キッパリと断った。
「今までのように修道院にいて、神兵として聖女様を守るのとは違う。君を守るとしたら、爵位や騎士になるのは逆に枷になりそうで……ただ、そうなるとどうやって俺が食い扶持を稼ぐのかという話にはなるんだが」
確かに、それはそうだ。今回は未遂で終わったが今後、何かあって国を出ようとした時にラウルさんが人質になる可能性がある。
とは言え、男としては引っかかるらしく最後、ラウルさんは申し訳なさそうに俯いた。そんな彼の顔を覗き込んで、私はラウルさんにお願いした。
「私がラウルさんを養いますから、ラウルさんはこれからも私を守って下さい」
「えっ?」
「修道院を出ても、爵位を得ても……いえ、だからこそ私は自分の屋敷で毎日ではないとしても、これからも寄り添いは続けていきます。学園でやっていたように、対面で。それが、私に出来ることですから……こんな私を、守ってくれませんか?」
「……ああ」
私の言葉に頷くと、ラウルさんは私の前に跪いて──修道服の裾を取り、そっと口づけてきた。そして、裾を下ろしつつも手は離さずに、目の前で起こったことに呆然とする私を見上げてきて言った。
「ああ、これからも君を守ろう。あと、せめて畑であなたの為に花や野菜を育てよう……それと、よければ俺のことは『ラウル』と」
「え」
「駄目だろうか?」
「い、いえ! 駄目じゃないです! あの、私のことも『イザベル』と」
「……ああ、イザベル」
「っ!?」
今までは『聖女様』と呼ばれていたので、初めての名前呼びの破壊力に私はたまらず真っ赤になり、その場にしゃがみ込んだ。
……残念ながら、頷いたものの私はさん付けは外せず、精進することを心に誓った。
※
「解ったよ。本人の同意がない上、新妻を寝取る趣味もない」
「ラジャブ殿下!? これは……違うのですっ」
「何が違うんだい? と言うか、私は君に話しかける許可を出してないよ?」
「も、申し訳……」
「私も、君らの無礼を見習おう」
現れたラジャブの言葉にホッとしていると、現世父が慌てて言い募った。もっともラジャブのいう通り、それは身分的にマナー違反なので笑顔で一蹴される。
そして青ざめ、咄嗟に謝罪しようとしたがそれもまた、マナー違反だと思い至って口ごもる現世父を放置して、ラジャブはそう言うと、国王である父親に目をやった。そんなラジャブの言葉に、現世父を始めとする貴族達が、間の抜けた声を上げる。
「「「え」」」
「父上、義母上、宴の前に失礼します。この宴の場で、やりたいことを伝えると言っていましたが……私は周りの指図は請けませんし、王にもなりません。医療所に戻って、医師を続けます……ああ、私を担ぎ上げようとした者達については、後ほどお伝えしますね? 庶子だからとは言え、こちらが何も言っていないのに侮って、利用しようとしましたから」
そんな彼らと、この場に居合わせた私達の前で、ラジャブは笑いながら一気にそう言った。