それぞれの前進
新入生歓迎会の後、アリアは自分を好きになってくれた女生徒達に頭を下げたそうだ。
「申し訳ない……今まで、皆の恋を応援するつもりだった。好きになって貰えたから、出来る限り応えたいと思っていたけれど……エドガー様が、好きなんだ」
だからこれ以上、男装は続けられない。そう言って、アリアはもう一度「申し訳ない」と言ったそうだ。そして確かに『男性として』アリアに憧れていた者達は離れたが、大部分はアリアの恋を見守り応援するようになったらしい。
……以上、エマからの情報である。
クラスメイト達から聞いたと言うが、仮にも王太子妃にそういう話をするのかちょっと疑問だ。とは言え、その翌日からアリアは女子用の制服を着て登校するようになったので、噂になると言えばなるかもしれない。
(元々、中性的な顔立ちだから男装すれば美少年に、女装……は、女性に失礼か。普通に制服を着たら、美少女になるのよね)
髪型こそ男装の時と同じ高く一つに結い上げているが、今はそこに脳筋の色である赤いリボンが結ばれている。そしてアリアは脳筋に会うと、自分から挨拶するようになっていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「朝練、お疲れ様です……それでは、ごきげんよう」
「ああ、じゃあな。グラン嬢」
とは言え、殿下に言われて女生徒達に優しくしていたが、基本、脳筋なので会話を自分から膨らませたり名前を覚えたりはしない。そこで頑張れず遠巻きに見守られることが多いので結果、アリアは脳筋に認識されるようになっている。
(アリアの粘り勝ちね)
出勤の時に見かけた、アリアと脳筋の様子を眺めながら、私はそう結論付けた。
そして今日の寄り添いを終えた後、いつものようにラウルさんと向き合って馬車に乗ると――いつもと違って、ラウルさんの方から話しかけてきた。
「聖女様。新入生歓迎会、お疲れ様。頑張ったな」
「あ、ありがとうございます」
「遅くなって、申し訳ない……あの後、考えたんだが」
確かにあれから一週間くらい経っているが、全く気にならない。労いの言葉が嬉しくてドキドキしていると、ラウルさんが一旦、言葉を切った。
何を言われるのかと別の意味でドキドキしていると、ラウルさんが言葉を続けた。
「今回のように、聞くだけなら出来るから……何かあれば、これからも俺に話してくれ」
「ラウルさん……」
「勿論、言い難いことを無理にとは言わない。ただ今回のように、話すだけで楽になったり、整理出来たりするだろう?」
「それは……でも、ラウルさんにご迷惑じゃ……」
嬉しい。だが私の話を聞く立場になったら、それこそラウルさんの話は誰が聞くのか。前世などの話を、おいそれと人に話すと思えないので、ラウルさんの負担が大きい気がする。
躊躇する私の目を真っ直ぐに見つめて、ラウルさんが口を開いた。
「俺は、聖女様に会うまでは神兵……いや、神と修道院の為の剣でしかなかった」
「……ラウルさん」
「それが、あなたの生活魔法のおかげで『人間』になれたんだ」
「それは……だから、私のと言うより前世の知識でっ」
「知識もある意味、剣だ。使い方次第で凶器に変わるが……あなたは、その知識で俺を救ってくれた。俺にとっては、それが事実で真実だ」
「…………」
クロエ様から聞いてはいたが、どうやら私がしたことはラウルさんにとって、とても大きなことだったらしい。
何と言っていいか解らず、黙ってしまった私にラウルさんが続ける。
「もし『私ばかり』と思うのなら、俺も何かあれば聖女様に相談する。それなら公平で、対等じゃないか?」
「えっ……と」
「俺は生涯、あなたを守る。だからあなたも、どうか俺を導いてくれ」
「……っ!」
ラウルさんの言葉に、カッと頬に血が集まったのを感じた――ラウルさんはそこまで考えていないかもしれないが、今の言葉はまるで。
(生涯って……それもう、プロポーズっ!)
(カナさん、おめでとう!)
(あ、ありがとう、イザベル……)
脳内で思わず絶叫した私に、現世の私が弾んだ声で言う。
それにお礼を返しながら、私も真っ直にラウルさんの目を見返して言った。
「かしこまりました……これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
完治しない人見知りと緊張のあまり、目が潤んでしまったが――そんな私を安心させるように、ふ、とラウルさんは深い緑色の目元を緩めて、頷いてくれたのだった。
第二章完結しました。
番外編や続きを書くかもですが、時期が未定ですので完結とします。ここまでのお付き合い、本当にありがとうございます!