自警団の今後
アリスが座るベットまで、アルバとサマリーは歩いて行く。
アリスのベットの傍には、いつもアリスの後ろを付いて歩いていた生徒の内、三人がついていた。
あの事件の時も自警団の一員としてあの場にした生徒だ。子供っぽい態度と、誰よりも背の低い、王都に助けを求めて走っていた女生徒と、槍を持っていた女生徒。そして、一人だけ大柄な無口の男子生徒の三人だ。きっともう一人のあの目つきの悪い男子生徒だけは、酷く負傷していたため、今頃学園の医務室で安静にしているのだろう。
アリスと生徒三名の視線を一手に集めて、アルバはベットの傍まで来ていた。
隣にはサマリーが立つ。
『サ、サマリー様』
すると、三名の生徒がサマリーを一目見た後、慌てたように頭を下げた。
アリスの方もサマリーが来たのが意外だったのか、少しだけ驚いた表情でサマリーを見ている。
「ああ、頭を上げて。ほら」
サマリーは頭を下げる三人に優しく声をかけると、三人の頭を上げさせた。
サマリーにそう言われては、三人も上げざるを得ないのか、ゆっくりと頭を上げ、サマリーを見る。
「うん」
そして三人に満足したのかサマリーは一度頷くと自分の娘であるアリスに声をかけた。
「アリスちゃん。大丈夫だった?」
「……ええ。この通り何も問題はありませんわ」
「そう?ならいいけど……無理したらダメよ」
「お母様。心配し過ぎですよ」
「心配にもなるわよ」
そしてサマリーはアルバや学園の生徒がいる中、ベットに座るアリスを母親特有の穏やかな表情で優しく抱きしめた。
「お、お母様」
アリスが戸惑った声を上げている。
「アルバちゃんから全部聞いたわ。お疲れさまねアリスちゃん」
サマリーのその言葉でアリスは全てを悟ったような表情をし、しばらくはサマリーの身体に身を預けていた。
そうしているアリスは、母親の愛を受ける小さな子供のようにアルバには見えた。
「ありがとうございますお母様」
親子の抱擁をしていたアリスだったが、しばらくするとサマリーに一言そう言い、サマリーから身体を離し、ベットの傍から二人の様子を黙って見ていたアルバに視線を向ける。
「アルバ。ここに来てくれたこと感謝いたしますわ」
初めにアリスは、いままででは考えられない感謝の言葉を口にした。
アルバはその言葉に少なからず驚きの表情を浮かべるも、すぐに元の表情に戻す。
「気にするな。ちょうど報告も終わっていたところだ」
「そうですか」
「それに、アリスには言ってこかないといけないことがあったからな」
「なんです?言っておくこととは。あなたが戦闘中に言ったあのことでしたら、学園に戻ったらすぐにでもするつもりですわよ」
そしてアリスは自警団のメンバーでもある三人の生徒の顔を順々に見た。
「そのことはもういい。真面目なアリスのことだから心配してない」
「であれば、なんですの?」
「……」
アルバは一度隣に立つサマリーに視線を送る。
するとサマリーはアルバの意図を察したようでゆっくりと首を縦に振った。
「アリスちゃんは怒るかもしれないけどね」
「お前がヴァニタスを嫌うようになった理由をな、ダリアンやサマリーから聞かせてもらった。あの騎士のことだよ」
アリスはアルバの言葉を聞いた後、顔を少しだけ下げるとポツリと呟く。
「そうですか……いえ、そうだろうと思いました」
そしてアリスは顔を上げる。
その顔には怒りの感情もなく、ただただアルバのことをじっと見ているだけだ。
「あなたには助けてもらった恩があります。自警団のこともありますし、知る権利はあるでしょう」
アリスは力なく笑う。
口ではそうは言っても、やはりあまり知られたくないことなのだろうことは、アリスを見ていて十分に伝わってくる。
アルバとアリスの話を、三人の生徒はよく分からないような顔で聞いていた。
アリスの傍に友達として、護衛として毎日のようにいるこの生徒達も知らないのは、この件に関してアリスが徹底的に隠していたことうぃ示している。
それだけ、アリスがニコラスのことに対して踏み込んでほしくないのが伺える。
「聞いてどう思いましたか?やはりあなたもあの男のように、ヴァニタスを嫌うのはお門違いだと言いますか?私が無知だったから悪いと思いますかね……」
アリスは自嘲気味に笑う。
それに対してすでにアルバは答えを出していた。
「思わない」
アルバの言ったことにアリスが恐る恐るというように、アルバの顔を見た。
いくらダークミストでの精神攻撃から解放されたといっても、アリスの心の中には未だに男の言葉が残っていたようだ。
アルバはアリスの中に残る男の言葉を塗り替える様に、ゆっくりとそしてはっきりとアリスに向かって言葉を投げかける。
「俺は、アリスがヴァニタスを嫌うようになっても仕方ないと思った」
「アルバ、あなた」
「大切な人が殺されたんだ。むしろ、その相手を恨まなくてどうするっていうんだよ。だろ?」
アリスはアルバの言葉に目を見開いている。
まるでそう言われることなど予想してなかったような、そんな顔だった。
「ですが、私は他のヴァニタスまで嫌ったんですよ。失礼な態度を取り続けていた。あなたにもです。それでもあなたは私に対して仕方ないと言ってくれるのですか……?」
「ああ」
アルバは迷いなく頷く。
「仕方ないと思う。人の死って言うのはそれだけ心に影響を与えることだと思っている」
「……」
「ましてや、お前はまだ小さい頃だったんだろ。その時に仲の良かった人に裏切られ、大切な人まで失っている。それを幼い心で受けとめるなんて無理な話だ。ヴァニタス全員を憎むっていう感情が芽生えても仕方ないだろ」
「では、あなたは私を許してくれるのですか」
「許すも何も、俺は別にお前に対して最初から何も思ってない」
「私のこと、嫌いではなかったのですか」
「まぁ、それはそうだが……」
「なんだと!」
するとアルバの言葉に、静かに話を聞いていた生徒の内、小さい女生徒が身を乗り出すようにアルバを睨みつけていた。
他の二人も同様、声に出さずともアルバを見る目は鋭い。
いくら助けられた相手とはいえ、アリスに対しての失言は許せないという態度は変わらないようだ。
「いいんですよ三人とも。私が悪いのですから」
そんな三人をアリスが優しい声で諭す。
アリスに諭された三人は渋々と言った感じで、表情をもとに戻した。
サマリーは黙って見ているだけで、口を出すつもりは無いようである。
「嫌いなのにもかかわらず、あなたは私を許すのですね。それはなぜです?学園の生徒ですからですか?」
「それもある」
「ですよね」
「ああ。守り人でなければ別に俺に守る義務はない」
アルバの言葉に、アリスだけではなく三人の生徒まで押し黙るように顔を沈ませる。
アルバに助けられた身としては、アルバの言葉は少なからず心に刺さっただろう。
しかし、アルバはここで終わらせるつもりはない。
ここで終わらせてはアリスや生徒からの印象は変わらないだろう。
アリスの態度も、しおらしいままだ。
勝気なアリスを相手にしてないとどうにも調子が乗らない。
アルバはらしくないと思いつつも、アリスに対し言葉を繋げる。
「だけどな、今回関していえばそれだけじゃない。自警団を、アリスを守ってくれという沢山の声を受けたからだ」
「そんなこと言ってましたわね」
「ああ。ダリアンやサマリーはもちろんだが、お前の元専属だという一人のメイドからも頼まれた」
アルバの言ったことをうけ、アリスは一瞬だけ医務室の扉を見た。
その先にあのメイドがいるのを知っているかのように。
「口に出さないがライラだって、理事長として生徒のことは心配だったはずだ。本当だったら生徒を危険な国外に出すことなどしたくないと言っていたからな」
「理事長まで」
これには他の三人の生徒まで驚いた顔を浮かべている。
「あの理事長、ただの意地悪な人じゃなかったんだ」
その中の槍持ちの女生徒が呟いた。
「まぁ、あの好戦的な態度じゃあそう思っても仕方ないな。でも、一応ライラの行動の優先順位は俺よりも生徒のお前らの方が上なんだぞ」
これには三人ともアルバを見て固まっている。
「私は何となく分かっていましたわ」
しかし、アリスだけがそう言って驚いた様子は見えない。
「理事長の立場を使えば、今回の自警団の訓練も承諾しなくてもよかったはずです。いえ、普通なら突っぱねてでもやめさせるべきでした。なのに、ライラ理事長は私の焦りも全て分かったうえで、承諾してくれました」
「さすがだな」
「いえ、そう気づいたのもついさっきです。その時の私は、ライラ理事長の想いにも気づかず、アルバを追い出したい一心でしたからね。一年生の子達にも謝らねばなりません。怖い思いをさせてしまいましたから」
アリスはそう言い何やら後悔して表情でいっぱいにした。
それに対してアルバはアリスの最初の質問に答えるためにさらに続ける。
「俺は、アリスのことが好きにはなれない。だけどな、尊敬もしてるんだ」
アリスは信じられないようにアルバを見る。
「嘘じゃない。街でアリスの評判を聞いた時、誰もがお前のことを支持していた。会う奴誰もがアリス様は素晴らしい人だ、優しい人だと言う。それって、簡単にできることじゃない。本当に人殺しなら、国民からここまで支持されると思うか?」
「……」
「アリスはどうしたってこの国に必要な王女様だ。そんな奴を見殺しにしたら、俺は学園じゃなく王都からも追い出されてしまう」
「そんなこと」
「まぁ、アリスにとっては嬉しいことだろうがな」
アルバはわざとそう言ってアリスをからかう。ここで普段のアリスであれば何か言いかえしてくるのだか、まだそこまで回復してはいないようだ。
何も言わないアリスにアルバはバツが悪くなり、さらに言葉を続ける。
「お前は誇っていいんだよ。沢山の人から想われ、慕われていることは誰にもできることじゃない。そしてそれがアリスという王女の本当の魅力であり、優しい人柄の象徴だ。人殺しなんかじゃない。だから、元気出せよ。王女様」
そうしてアルバには珍しく笑みを向けた。
そんなアルバを見つめたままアリスは固まっている。
じっと見たまま動かないアリスに対し、アルバは少し恥ずかしくなり、ごまかすように早口で話し始めた。
「そんなことよりも、俺をここに呼んだ理由はなんだ?こんなこと言われたいために俺を呼んだんじゃないだろうが」
アルバのその言葉にアリスがハッとした様に、固まった身体を動かすと、一度気を入れ替える様に深呼吸をした後、口を動かした。
「そうでした。あなたをここに呼んだのは今後の自警団のことを伝えるためです」
「今後だと?」
「ええ。私としても今回の一件で色々考えたのです。そして、答えを出しました」
アリスはそうしてアルバと、三人の生徒に視線を送る。
「ちょうどいいタイミングですから、ここにいる人達には伝えておこうと思いまして」
「分かった。聞かせてくれ」
「はい。まず、アルバのことですが私としては学園から追い出すことをやめようと思っています」
アリスの言葉に三人の生徒がそれぞれ驚いた顔をする。
何かを口にしようとしていたが、それをアリスによって止められた。
「これは私の勝手な考えです。最終的には自警団の皆さんに聞いてから決定します。それを踏まえたうえで聞いてください」
アリスの発言に対し、生徒は頷くと、アリスはアルバを見る。
「アルバの追放をやめるに伴い、自警団も解散させるつもりです。自警団の皆さんには私のせいで怖い思いをさせてしまいましたから」
「そうか」
「もちろん、詳しいことはこれから話していきます。私が勝手に作った自警団ですが、やめることまで勝手に決めることなど出来ませんからね」
「ああ。そうだな」
「そして、もし自警団の皆さんが私の意見に納得してくれたのなら、アルバあなたに一つお願いがあります」
アリスはアルバに向き合う。
「私ともう一度決闘をしてください」
「……いいのか?」
「ええ、構いません。前はヴァニタスだと油断してしまいましたが、今度は初めから本気で行きます」
「俺だってそうさせてもらうぞ」
「もちろんです。自警団でも一番強い私が勝てないようでは、結局私達にあなたを追い出す権限などないことは、他の生徒も十分に分かるでしょう」
そして、アリスは三人の生徒に顔を向ける。
「急でごめんなさい。私が勝手なことを言っているのは重々承知です。あなたたちは私の意見にどう思いますか?正直な気持ちを教えてはくれませんか?」
アリスにそう問いかけられ、三人は互いに目を見合わせると、代表として背の低いあの女生徒が前に出てきた。
「びっくりしたけど……私はアリスについていくつもり。それに、アリスが負けるようなことになれば私達だってこの男に勝てないのは分かってる。だから、私はアリスの意見に賛成だよ」
「私のです」
「俺も」
「みんな……」
頷く三人の生徒にアリスは感嘆の声を出し見つめる。
背の低い女生徒なんか、アリスがベットの上に座っている怪我人でなければ抱き着いていたことだろう。
「アリス」
アルバはそんなアリスに対し声をかけた。
「決闘になった場合は手加減はするなよ。全力でこい」
「ええ。言いましたでしょ。そのつもりです」
そうしてアルバとアリスは真剣な眼差しで互いを見つめ合う。
「決闘の見届け人はライラ理事長に頼むつもりです。これで、私とあなたのいざこざは終わりにしましょう」
「いいぜ」
アルバのその言葉でアリスとアルバの会話は終わった。
それを察したのか、ずっと黙って見守っていたサマリーが急に手を叩くと、明るい声をあげる。
「さ、そうなったらまずはアリスちゃんがしっかりと休んで、早く学園に戻らないとね」
「はい。そうですね。全員が簡単に理解してくれるとは限りませんから」
「決闘するのですもの体力もいるし、今日のところはこの辺でいいんじゃないかしら。ね?アルバちゃん」
「ああ……そうだな」
アルバちゃん呼びに戸惑いながらも、何とかアルバはサマリーに対して反応を返した。
そしてアリスの見舞いに来ている三人の生徒に頭を下げると、王族としてではなく、アリスの母親として言葉を発する。
「これからも、私の娘を、不器用で真面目なアリスちゃんをお願いします」
サマリーの態度にびっくりした様子の生徒達だったが、すぐに三人とも顔をサマリーに向けると口を揃えて返事をした。
『はい!』




