ダリアン、サマリーの想い
「そうですか……白髪の騎士」
アルバの言葉を受け、ダリアンは少しだけ考え込む様子を見せる。
それからすぐに、ダリアンは口を開く。アルバではなくサマリーに対して。
「アルバ君には伝えてもいいかな」
「そうですね。アリスちゃんを助けてくれたんだから、アルバさんには知っておいてもらわないといけないかも知れませんね」
「アリスには嫌われてしまうかもしれない……」
「なに言ってるんですかあなた。仕方ありませんね」
そう言って心配事を抱えているダリアンに代わって、サマリーがアルバに対して視線を向けてくる。
「親バカの王様に代わって、私がお話いたしますわ」
「いいのか」
「ええ。アルバさんには娘を助けてくれた恩がありますし、教えないというのも私としては気が引けます」
「助かる。悪いな」
アルバはサマリーに少しだけ頭を下げる。
「気になさらないで。ですが、この話をするうえで、アルバさんには一つ言っておかなければならないことがあります」
「なんだ?」
「白髪の騎士のことを知るということはアリスちゃんの心の奥底に沈めてある大切な思い出に、土足で足を踏み入れるというのを理解してください。それだけ、この話はアリスちゃんには誰にも知られたくないことなのです」
「分かった」
アルバはサマリーを見たままゆっくりと首を縦に動かした。
そんなアルバの態度に満足したようにサマリーは穏やかな笑みを浮かべると、白髪の騎士のことを話してくれる。
「白髪の騎士。それはきっと数年前にこの世から去ったニコラス・ダールインという王宮騎士の青年のことですわ」
「この世を去った……?死んだってことか」
「ええ。ニコラスは幼いアリスちゃんを守って亡くなりました」
サマリーの言ったことにアルバは少しだけ驚いた表情になる。
アリスの過去にそんなことがあったとは思いもしなかった。
しかし、そうならば男がニコラスという騎士に姿を変えた時、アリスの様子が急変したのも何となく頷ける。目の前で死んだ人間が襲ってくるなど心が揺れ動かれても仕方ないような気がする。ましてや、自分を守って命を落とした相手なら尚更だろう。
「そうだったのか……ヴァニタスを嫌いになったのはその騎士の教えだったていうわけか?」
自分を守ってくれた大切な人の教えだったから、アリスはあれまで必死にその教えを守っている。
アルバはそう思ってサマリーを見たが、アルバの言葉にサマリーは首を横に振った。
「違います。ニコラスはそう言った差別を良しとはしない心優しい青年だったのです。そんなニコラスだったから、私達は幼いアリスちゃんの騎士にしたのですよ」
「だったら、どうしてアリスはヴァニタスをあれほど嫌う。あんたらみたいな親やニコラスが近くにいたなら、むしろ同じように育つと思うんだけどな」
「それはニコラスの死に原因があるのです」
「……まさかヴァニタスに?」
「はい。ニコラスはヴァニタスの女性によって殺されたのです」
サマリーの言葉にアルバは少なからず驚きの表情を浮かべていた。
「王宮騎士がヴァニタスに殺されただと……」
「ええ」
「信じられない」
王宮騎士は王都の中でも、王族や他の騎士にその実力が認められなければなれないはず。そんな騎士が魔法も使えないヴァニタスに殺されるなど、考えにくい。
「ですが、事実です」
「殺し屋とかか?アリスは前にも同じような目に合っていて、それでニコラスが死んだとか。もしくは……」
そう言ってアルバは自分の刀を見る。
もしくは、アルバのようにヴァニタスでも戦闘慣れしている奴か。
ヴァニタスの国とはいえヴァニタスが忌み嫌われているのはグリード国民は知っている。そうやって恨みを持った奴が、グリードから王都まで来て、王族を襲った可能性はないとは言い切れない。
現にアルバがもし王宮騎士を殺せと言われたら出来てしまうことだろう。
「安心してください。アルバさんの思っていることではありませんわ」
アルバの様子に気づいたサマリーは、アルバの考えを読むように否定する。
「ニコラスを死に追いやったのは、王都の民間のヴァニタスですわ」
「民間人……」
「そうです。アリスちゃんを襲ってきたのは、路地裏にひっそりと暮らしていた普通のヴァニタスの女性だったんです。それも、アリスちゃんが仲の良かった女性です」
「そうか……」
民間人のしかも仲の良かったヴァニタスに、大切な騎士を殺されたとなれば、ヴァニタス全般をあそこまで嫌う理由も分かる気がする。
アリスがヴァニタスと仲が良かったなんて、今のアリスしか知らないアルバには想像もできないことだが、すでに幼いころのアリスは両親そっくりの優しい女の子だったとエマから聞いているアルバには、少なからずサマリーの言っていることに納得できた。
「全て私のせいだよ」
すると、今まで黙って話を聞いていたダリアンが唐突に口を開いた。
「あなた……」
サマリーはダリアンのことを心配そうに見つめる。
「アリスにはヴァニタスとかにとらわれない、王都の国民として差別することない子に育ってほしかった。だから、アリスには積極的にヴァニタスのことを教えなかったし、ヴァニタス視察にも連れていくようにしていた」
ダリアンは硬く両手を身体の前で握り合わせると、悔やむような声で話し始める。
「その女性とアリスが仲良くなっていったのに、私は親として少し嬉しかった。このままいけば、アリスは差別などするような人間には育たない。そう思っていた。しかし、忘れてはならなかったんだ。王都の国民にヴァニタス差別が根付いているのと同様、ヴァニタスにも王族を憎む心が根付いているのに」
「じゃあ、その女は初めからアリスを襲うつもりだったと?」
「そうだよ。捕らえた後その女性は言っていた。初めから王都に対して憎しみの感情をもっていた。だから、まだ幼かったアリスにうまく近づき、アリスを殺して王族に、そして王都自体に大打撃を与えるつもりだったとね」
「……」
そう言うダリアンの身体を、妻のサマリーは言葉を発することなく静かに優しく振れた。
「私のせいなんだ。私がアリスにもっと世間のことを教えていれば。ヴァニタスに近づくアリスにもっと騎士をつけていれば。アリスがあんな目にも合わなかった。ニコラスが死ぬこともなかったんだ」
ダリアンの言っていることをアルバには否定することも出来ない。
確かに、ダリアン達がアリスにはっきりとヴァニタスのことを教えていればこんな事にはならなかったかもしれない。アリスが不用意にヴァニタスに近づくこともなかっただろう。
しかし、全てが悪いとも思えない。ヴァニタスでもエル達のように過激な思考を持っていない人も存在する。アリスが仲良くなったヴァニタスが、たまたま過激な思考を持っていたにすぎないのだ。
言うならこれは不幸な事故が重なった結果だろう。
項垂れてしまったダリアンの言葉を、サマリーが引き取る形で続きを話してくれる。
「ニコラスはその女性に刺され、治癒魔法の効果なくして、大量出血によって次の日に亡くなりました。襲ってきた女性の方も、同じ日に王宮騎士殺しの罪で処刑になりましたわ」
サマリーは目を伏せる。
「王宮騎士がヴァニタスに殺されたことなど、世間に伝えるわけにもいかず、ニコラスの死は私達によって隠されました。ひっそりとした葬儀のすえ、誰一人としてニコラスのことを話さなくなったのです」
「そうか。なるほど」
王族によって隠されたいたのでは、誰も詳しく知っている人がいないのも当然だろう。
そして、アリスがあそこまで頑なに話さなかったのも分かる。
「ですので、その男がどこでその情報を掴んだのかは分かりませんが、男の言っていることは正しいのですよ。ニコラスの葬儀の数日後、アリスちゃんはあのような性格になってしまったのです。誰にも頼ることのない、真面目な王女に。ヴァニタスを憎みという感情を残したまま」
サマリーの言葉にアルバは考え込む。
アリスにとっては、仲の良かった人を同じ日に二人も失ったことになる。心を塞いでしまってもおかしくはない。アリスは自分の心を守るために、ヴァニタスを嫌うという思考になったのも頷けるというものだ。誰もアリスを責めることなどできないだろう。
「主人は自分のせいだと言っていますが、これは私達、親の責任です。どうかアリスちゃんを許してください」
そう言ってサマリーはアルバに対して頭を下げる。
ダリアンも椅子から立ち上がると、サマリーの隣で同じように頭を下げた。
「……別に最初から許さないも何もない」
アルバは頭を下げる二人から目線をそらしながらそう言った。
アリスのヴァニタスに対する態度には目に余るものがあったが、そんな理由があったなら仕方がないようにも思える。確かに、アルバはアリスのことが好きではない。ムカつくことも何度かあった。
しかし、そう言ってもアルバの方にも少なからず、アリスにちょっかいをかけていたことも事実だ。アリスにとってみれば、大切な人を殺した奴と同じヴァニタスが学園に毎日のようにいたのだ。あの女性とは違うのは分かっていても我慢ならなかっただろう。
お互いに非がある。
だから、アルバがこの件にどうこう言うつもりはない。
許すも許さないも、初めからそんなのないのだから。
「ありがとうございます」
そんな態度のアルバに、サマリーはにこやかな笑みを浮かべ頭を上げた。
「アルバさんは優しい方ですね。私との約束も守って下さいました」
「やめてくれ。それに、俺はアリスの前でニコラスとかいう騎士を切ってるんだ」
「それは男の魔法でしょう。ニコラスではありませんわ」
「それでも、ニコラスの身体を切ったことに変わりないのだろ」
いくら中身が違っても、アリスの目にはニコラスは二度も死んだことのように映る。それも、同じヴァニタスによってだ。
「私の娘はそこまでバカではありませんよ。アリスちゃんはしっかりと理解しています。あなたに助けられたことも、切られたのがニコラスではないこともね」
「……そうかい」
サマリーの言葉にアルバは軽い返事を返した。
「ありがとうアルバ君。今回の件はアルバ君がいなかったらどうなってきたか分からない。本当に感謝しているよ」
「もういいって。感謝は聞き飽きた」
「そうか。残念だ。まだ言い足りないというのに」
「……じゃあ、もう一つだけ聞かせてくれないか」
「なにかな?」
そしてアルバは唐突にそう言ってダリアンとサマリーの二人を交互に見た。
アリスがヴァニタスを嫌う理由は分かった。その過程で、アルバには一つだけ疑問に思ったことがあったのだ。
「ニコラスっていう騎士はアリスの大切に人だったのは分かった。だけど、それってあんたたち二人もそうじゃないのか?」
そうなのだ。
ニコラスがアリスにとって大切な人なのだとしたら、ニコラスをアリスの騎士に指名した二人にとっても変わりない存在だったはず。
アリスのようになってもおかしくはないと思うのに、二人は未だに王都のヴァニタスの救済をし続けている。
それがアルバには不思議だった。
「王都の王様ではなく、これはアリスの親として答えてくれ。ニコラスの命を奪ったヴァニタスが憎いか?アリスと同じように恨んでいるか?」
アルバは重い言葉を二人に投げかけた。
すると、二人は互いに目を見合わせ、全く同じタイミングで首を横に振った。
「それはないよ」
「ええ、ないですね」
「どうしてだ。あんなことがあったというのに」
それにはサマリーが口を開いた。
「ニコラスの思いがあるからですわ」
「思い……」
「ニコラスは生前ずっと言っていました。アリス様には差別のない方になってほしい。そうして、そんなアリス様の収めるヴァニタス差別のない、誰もが笑っている王都を見てみたいのだと」
そしてサマリーは笑う。
懐かしむような穏やかは表情で。
「これまでのアリスちゃんにはそんなこと直接言っても伝わりませんでしたから。こうして差別をしない王族としても姿を見せていくのが、私達の役目です」
「そして、アリスに王座を譲る頃には、差別のない王都にしていかなければならない。それが、私の純粋な願いであり、大切な娘を助けてくれたニコラスに対する敬意でもある」
「その時アリスの隣に立つ人は、もしかしたらあなたかもしれませんわね。アルバちゃん」
そう言ってサマリーはからかうような顔を浮かべる。
「冗談はよしてくれ」
「あら、冗談のつもりではありませんよ」
「そうだね。アルバ君だったらアリスを任せてもいいかもしれないな」
夫婦そろって笑いながらそんなことを言ってくる。
アルバは何も言うことも出来ず、ただ黙ったまま呆然と二人の姿を見ていた。




