報告
ミリンダと一緒に王宮の中へと入っていくアルバ。
何事もなく王宮の扉を開け、先を歩いて行くミリンダの背中を見ていた。
(あのメイドはいないんだな……)
アルバは少しだけ周りを見渡し、あの無表情のメイドの姿が見えないのを確認すると、アルバのことを待ってくれていたミリンダの隣まで行くと、王座の間へと向かっていった。
ミリンダの案内のもとアルバは王座の間特有の大きな扉の前まで来ている。
ミリンダに扉を開けてもらう。
王座の間には、王宮に呼び出されたとき同様、ダリアンとサマリーの二人が待っていた。
二人とも扉に向かい視線をを送っている。
「それではアルバ様、私は外でお待ちしておりますね」
「分かった」
ミリンダの横をアルバは通り過ぎていく。
ミリンダもライラの理事長室の時みたいに入ってくると思ったが、そこは何か決まりがあるようなので、アルバは何も聞かずに王座の間に一人で入っていく。
アルバは椅子に座って待つダリアンに、話しやすい距離まで近づいた。
ダリアンがそれを待って口を開く。
「アルバ君。お疲れさま」
ダリアンがにこやかに笑った顔をする。
アルバは無言で軽く頭を下げることで返事を示した。
「詳しいことはこれからアルバ君に聞くとして」
そして、ダリアンは椅子から立ち上がる。
横にはサマリーもいる。夫婦そろってアルバを見つめると、王族らしくなく深々と頭を下げた。
「ありがとう。アルバ君」
「学園の生徒を、娘を助けてくれて、本当に感謝しています」
そんな仰々しい態度の王夫婦に対して、アルバはどうしていいか分からなくなる。
しかし、黙ったままでいるわけにも行かず、どうにかアルバは言葉を繋ぐ。
「別にそこまで感謝されることじゃない」
アルバは少し居心地の悪い気分になる。
アルバにとっては学園の生徒を守るのは当たり前の仕事だし、アリスを助けられたのもアルバ一人の力じゃない。沢山の人が最善の動きを見せたからどうにかなっただけのことで。
だが、ダリアン達の頭は未だに上がらない。
謙遜ばかりでも悪いと思い、違うことも口にする。
「分かった。分かったから素直に気持ちは受け取る。だから、頭を上げてくれ」
アルバは自身の頭をかき、困った声を出した。
アルバの言葉に満足したのか、ダリアンとサマリーはその頭を上げる。
きっとこの国の国民がこの光景を見たら、驚きのあまり気絶するんじゃないかと思えた。忌み嫌われているヴァニタスのアルバに、一国の王族が頭を下げているなど、信じられないだろう。
「アルバ君。王都に駆けつけてきた生徒から大まかなことは聞いている。何があったんだい?アリス達を襲った男達っていうのは何者なんだい」
ダリアンは話を切り替えるように、椅子に座るとアルバに事の詳細を聞いてきた。
「主犯格の男が自殺したために、細かいところまでは俺も分からないんだがな」
「それでも構わないよ。分かる分だけでも教えてほしい」
「分かった。まず、アリス達を襲った奴らは皆ヴァニタスだった」
「ヴァニタスですか……」
アルバが話し始めたことで、ダリアンもサマリーも真剣な表情をしてアルバの言葉を聞く。
「だが、主犯格の男だけは魔法を使っていた」
「それはいったい」
アルバの続く言葉にサマリーが眉根を寄せる。
「魔力の原液だとか言う液体を男が飲んでいたんだ。その直後男が魔法を使い始めた」
「魔力の原液……あなた、聞いたことあります?」
「いや、初耳だ。ライラなら何か知っているかも知れないが……」
サマリーの聞いたことに対してダリアンが思案顔になる。
どうやらこの二人も知らなかったようだ。
「まぁ、俺も男がアリスに言っていた言葉を、離れた所から聞いてただけだから、はっきりとは分からない。知りたいなら、それこそアリスに聞いた方が早いだろうな」
「そうだね。そうしてみるよ。続けてくれたまえ」
「ああ。それで、男達の目的はどうやらアリス個人だったみたいなんだ」
「アリスだけか?学園の生徒じゃなく」
「そうだ。学園の生徒はただの人質に過ぎなかったみたいでな、意味なく手を出すことはしてなかった」
カインや生徒数名は怪我を負っていたが、どれも殺すほどの大怪我を負っているものは一人もいなかった。
明らかに、アリスだけを狙っていた。
「男はアリスに強い恨みを持っていた。どうやら、アリスに親友を殺されたと思い込んでいたみたいなんだ。人殺しの王女様って言ってたよ」
「人殺しの王女ですか……」
アルバの言葉にサマリーが少し悲し気な表情になった。
「まぁ、それは男の言い分だし、事実その男の勘違いだ」
「何故そう言い切れるんだい?」
ダリアンがそう聞く。
表情は真剣なもので、娘が関わっているからと言ってうやむやにするつもりはないようだ。
「国外での話だからな。男の親友は森でモンスターに襲われて死んだ。その時助けを求めたのが、偶然森にいたアリスだったってだけだ」
「だけど、アリスはその人達を助けなかったんだよね」
「ああ」
「そうですか」
そしてダリアンまでもが少しだけ複雑な表情を浮かべる。
娘のやったことは事実上は悪いことでも何でもない。しかし、良いこととも言い切れない部分もある。現に、その行動が今回の襲撃を招いた原因でもあるのだから。
親としては、娘のその行動を簡単には流せないのだろう。
「別にアリスが悪いとは思わないぞ。国外でのことは自己責任。助けるのも助けないのも本人の自由だ。アリスのことを責められるとしたら、自警団の生徒だけだろうさ」
アルバの言葉にダリアンが少し下がった顔を上げる。
「それもそうだね……悪いねアルバ君。水を差した。続けて」
「分かった」
元の真剣な表情に戻ったダリアンをアルバは見る。
「男は最後の最後までアリスを殺そうとしてた。だが、無理だと悟ったとき、残っていた魔力を使い、魔法で自分の頭を消し飛ばした。アリスの目の前でな」
「目の前で……」
「恨み言も忘れずにな。まぁ、そんなことで詳しく話を聞く前に、二度と聞けなくなったってわけだ」
「なるほど。ありがとアルバ君」
そして、ダリアンがアルバに微笑みかける。
「森での不審人物と、その男達は関係なさそうですかね?男達はアルバ君の言っている通りヴァニタスでしたし……」
すると今までアルバの報告を黙って聞いていたサマリーが呟く。
サマリーの言葉に肝心のことを言い忘れていたことを思い出したアルバは、そのことに対して口を開いた。
「いや、どうもその不審人物達も男の仲間みたいだ」
「ですが、森で見た者はヴァニタスではなかったと報告を受けていますよ?」
「ああ。俺もそこが気になって男に問いかけてみたんだ。そしたら、男はそのことに対して否定も肯定もしなかった。ただ、言えるかっと叫んだだけだ」
「その反応……」
サマリーも何か察したようで考え込むようになる。
「アルバ君の言った通り、仲間だろうな」
ダリアンが代わりの答える。
「知らないなら知らないと言うことだろう。そう言わなかったということは、つまりは知っているっていうこと」
「ああ。自警団の向かうルートを事前に調べていたって考えるのが妥当じゃないのか」
「そうだね」
「それに」
アルバはそこで一旦言葉を切り、二人を見る。
「森には魔法がかかっていた」
アルバの言葉に二人の表情もさらに真剣みを帯びる。
「ここから出て、森の入った途端森はいつも以上に静かだった。馬車の移動する音も、モンスターの足音も近くに行かないと分からないぐらいに、森には音が響いてなかったんだ」
多分だが、それも男達の仲間の一人が、襲撃を誰にも気づかれないようにするためにやったことだとアルバは思っている。
「そんな音を聞こえづらくする魔法ってあるのか?」
念のため二人のそう問う。
「ありますよ」
アルバの質問にサマリーが答えてくれた。
「ですが、森を覆うほどの魔法を使えるのは相当実力を持った方でないと難しいです。普通の人であれば魔力が尽きてしまって長時間も発動させられません」
「そうなのか」
アルバは少しだけ考える。
憎しみだけで行動していた男が、そこまでの魔法の実力者に協力を求められたとは思いにくい。しかし、魔力の原液を使って、あいつら以外の他のヴァニタスにやらせていたとしても、アリス達の戦闘が終わるのにはそれなりの時間がかかった。慣れない魔法を使い続け、さらには襲撃を隠蔽するのには、あまりにも信用できないだろう。
森での不審人物の件もある。男達はヴァニタスだけで動いていたわけではないのかもしれない。
「ヴァニタスじゃないかも知れませんね」
アルバと同じことを考えていたのか、サマリーが静かに呟いた。
「魔力の原液と言うのがどういったものか確かめなければ分かりませんが、そこまでの魔法を魔力を蓄えただけではできません。強い魔法というのはある程度の知識と経験がなくてはいけませんから」
サマリーはアルバと違い、確実にヴァニタスではないとする理由があるようだ。
サマリーの言葉には曖昧さが感じられない。
「とはいえ、そこまでの魔法を使っては魔力残滓が残ります。発動者が騎士に捕まるのも時間の問題ですかね」
「それは分からないぞ」
サマリーの言ったことにアルバは苦言を呈した。
「助けが来たとき、すでに森は普通の状態に戻っていた。もしかしたら、騎士は森に魔法がかかっていたこと自体気づいていないかもしれない」
「それが事実ならば、厄介なことではあるね」
ダリアンの声が響く。
アルバもサマリーからダリアンへと視線を移す。
「引き際をしっかりと見極めている」
「ええ。魔力残滓のことまで頭で考えたうえですからね。相当魔法の扱いに慣れていることになります」
「そうなのか?」
「はい。魔力残滓が消えるのは魔法に込めた魔力量によって変わってきます。それが頭に入っている人はそうそう居ません。それこそ、王都でも魔道師ぐらいです」
魔道師。サマリーの言ったことにアルバは眉を寄せる。
魔道師というのを実際に見たことはないが、王宮騎士よりも上の階級にであることは聞いたことがある。誰もが、魔法の扱いで王都トップクラスだという。
「まぁ、それは分からない。詳しいことは捕らえた男の仲間達に聞くことにしよう」
ダリアンの言葉でアルバは考えるのをやめる。
「ありがとうアルバ君。他に何もなければ、学園に戻って構わないよ。君も休息が必要だろう」
そう言ってダリアンはアルバに労いの言葉をかけた。
しかし、ずっとその場に立ったまま立ち去らないアルバに、ダリアンもサマリーも少し不思議そうな顔を浮かべる。
「なにかあるのですか?」
サマリーの言葉にアルバは少しだけ考える時間を取った後、さっきとは違い重くゆっくりと言葉を繋げた。
「聞いていいのか正直分からないが」
「なんだい?」
「男がアリスを殺すために、アリスに対して精神攻撃をしたんだ」
「うん」
「その時、男はある人物に魔法で姿を変えた」
「……」
アルバの言葉を、ダリアンは相槌をうち、サマリーは黙って聞いている。
そうしてアルバは分かりやすくはっきりと口にした。
「白髪の王宮騎士に」
そう言ったアルバの言葉にダリアンはじっとアルバを見つめる。
サマリーは目を見開いた後、沈んだように顔を下に向けた。
「あの騎士は何者なんだ。男はアリスがヴァニタスを嫌う原因となったって言っていたが、アリスと何の関係がある?」
アルバはダリアンを見る。
真剣さが伝わるように一切視線を動かすことなく。
「別に無理にとは言わない。踏み込んでいけないのなら、この質問のことは忘れてくれ。だが、よければ教えてほしい。俺はあの騎士が何者なのか知りたいんだ。アリスが嫌う一人のヴァニタスとしてもな」




