終結
アルバは一気に男との距離を詰めていた。
右手に握る刀を一切の迷いなく男の身体に向けて振り下ろす。
男はアルバの刀を慌てたように短剣で防ごうと掲げた。
刀と剣の当たる音が響いたと同時に、男の顔が少しだけ渋くなる。
「……悪いんだけどさ。俺達の戦いに部外者のあんたが勝手に入って来ないでくれないかな!」
「断る」
アルバの刀と男の短剣が休む暇なく交錯し合う。
「ヴァニタスのあんただって、あの女が許せないとは思うだろうが!?」
すると、男はそう言いながらアルバとの距離を取ろうと、アルバの刀を自身の短剣でアリスに対してしたように打ち上げようとして来る。
だが、男の攻撃にアルバの刀はびくともしない。
逆に男の短剣が弾き返される。思いもしない衝撃を受け、男の身体が少しだけ固まる。
アルバはその隙に、刀を上段に構え、両手で一切の無駄のない動きで勢いよく振り下ろした。
ブン―――
刀の振る音が辺りに轟く。
その瞬間、刀の振り下ろされた地面の土は風圧で砂埃を上げ、刀の衝撃を物語っていた。
しかし、アルバには男を切った感触が伝わっていない。
ゆっくりとアルバの視線が、少し離れた場所に立っている男の身体に向く。男はギリギリのところでアルバから離れ、一撃を避けていたのだ。
アルバは少し感心したように男を見ていた。
「よく避けたな」
「はぁはぁ……」
男は荒い呼吸をしながらアルバに視線を送っている。
額からは汗が噴き出しているのが見える。
アルバは先ほどの一撃を、完全に男の身体めがけて当てる思いで振り下ろした。アルバの刀を弾こうとして、逆に弾き返されたことにより、男の体勢が崩れていたため、アルバは難なく当たると思っていたが、男はアルバが思うよりも早く体勢を立て直すとアルバの刀を避けるため、距離を取ったようだ。
男の、騎士の顔から余裕が無くなる。
「なんだお前……!でたらめな力しやがって」
「そりゃどうも!」
アルバはすぐに男との距離を詰め、今度は威力ではなく速度重視で男に対して刀を振り続けた。
男は必死な形相でアルバの刀を自分の身体に当たらないように、さばいていっている。
その間、アルバは男とは対照的に余裕な顔を崩さず、男に問いかけた。
「なぁ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどな」
「……」
しかし、男は何も返事を言わない。いや、言えないでいるのだ。
アルバの怒涛の攻撃のせいで、男の意識は刀に集中されている。
仕方がないと思い、アルバは刀での攻撃にあえて隙をつくった。
「あんたに聞きたいことがあるんだよ」
もう一度アルバは男に問いかける。
「な、なんだ」
男の意識が少しだけ刀から逸れる余裕が生まれたようで、アルバの声に対して男が反応を返してくる。
それに対し、アルバは淡々を言葉を繋げる。
「昨日、森に現れたという目的の分からない不審な集団。そいつらってのはお前達でいいのか?」
「…あぁ?なんだ急に。それがどうしたって言うんだ!」
男は声で気合を入れたのか、刀を短剣にも力が入ってきた。
刀から伝わってくる振動が強くなる。
「俺の聞いた話だと、そいつらはヴァニタスじゃないそうなんだ。もしお前達だとしても、おかしくないか?お前達は全員ヴァニタスだろ。まさか、あんた以外のあいつらもあの瓶で魔法を使えるようにしたってわけでもないだろに」
アルバが茂みで見ていた時に、男は何やら液体の入って瓶を使って。中の液体を飲んだ途端、アリスに対して魔法を撃ち始めたことで、あの液体に何かからくりがあることは明白だった。
しかし、あんなものを夜の森の偵察で使うとは思えない。
森に入るんだったらむしろヴァニタスのままの方が不思議ではないし、戦闘慣れした男達にしたら、モンスターなど恐れる必要もないはずだ。
慣れない魔法を使う方が、下手をしたら危険な可能性だって出てくる。
男はアルバの問いに対して、何やら迷う素振りを見せた後、口を開いた。
「そんなもん教えるわけねぇだろうが!!」
男が渾身の力で、アルバの刀を弾くとアルバのがら空きの胴体めがけて、掌をかざし、魔力でつくった球を撃ちだしてくる。
アルバは至近距離で放たれた光弾に対して、後ろに飛び上がって避ける。
話をするためとはいえ、少々余裕を与え過ぎていたみたいだ。
アルバと男の距離がまたしても開く。
しかし、男が飛び込んでくる様子はない。魔法も撃ってはこない。
アルバの動きに警戒したまま、アルバの行動に注意を向けている。
どうやら、真っ向勝負ではアルバに対して勝ち目がないことを理解したようだ。
「教えてくれてもいいだろ」
「うるせぇ!」
「まぁ、別にいいが」
アルバは気のない返事をする。
男がはっきりと否定しないということが、すでに関係があると言っているも同然だったからだ。
知らないのなら知らないと言えばいい。教えるわけないということは、知っているということ。アルバの攻撃に隙が生まれたことに、好機だと思って口を滑らせてしまったようなのだ。
これで、このアリス達自警団の襲撃に、男達以外も複数の人間が関与していることが分かった。この森の奇妙な状況も、きっとここにいない誰か、魔法が使える奴が何かしているに違いない。
だからとて、男がこれ以上何か話してくれるとは思えないので、アルバは早いうちに男との戦闘を終わらせるため、刀を握り直すと、男に視線を向けた。
「自分の魔力量ってのは分かるもんなのか?」
「はぁ?また何言ってやがる」
「ダークミストだったか。あの魔法ってのは随分と魔力を消費する魔法らしいな」
「それがどうし」
男は言葉の途中で驚いたように目を見開く。
すでにアルバの姿は、立っていた場所から掻き消えていた。
男が慌てたように辺りを見渡す。
「イリュージョンってのもずっと身体に魔力を纏っていないといけないんだってな」
高速で移動しながらアルバは男を揺さぶるために声をかけた。
すでに、イリュージョンのこともアルバはカインに聞いていたのだ。
突然似たアルバの声に男は慌てて声のした方向、自分の後ろに慌てたように身体を向ける。
しかし、すでにそこにアルバはいない。
男の目には高速で動くアルバの姿が捉えることが出来ていないようだ。
またしても男はアルバの姿を探そうと必死に身体を動かし続ける。
アルバは足を止めることなく、男の様子を逐一観察していた。
「出てきやがれ!!」
痺れを切らしたように、男が叫び始める。
アルバは男を完全に捉えると、望み通り姿を現した。
男の後ろに。
「そろそろ、それを使い続けるのも大変だろ。俺がはがしてやる!」
そのまま男の背中めがけて刀を振り下ろす。
男がアルバの声に首を後ろに動かしたのもつかの間、アルバの刀が男の背中を切りつけた。
「っ……!」
男の口から息が漏れる。
すると、男の身体から何かが弾け飛び、騎士の姿が消え、元の男の身体に戻っていった。
魔法を遮断するフード付きコートの様な服は、アルバの刀によって切り裂かれており、血がにじんでいる。
男がそのまま倒れていく。
アルバはすかさず、倒れた男の後頭部に刀の切っ先を向け、抵抗できなくする。
「その自慢の服も、魔法を使えない俺には効果なかったな」
「…くそったれが……」
男から苦しそうな声が聞こえて来る。
「あとちょっとだったのによ……お前のせいで台無しじゃねぇか」
男は倒れたまま横目でアルバのことを睨む。
「悪いな」
「うるせぇよ。早く殺せ」
「殺すつもりはない。仲間同様お前も拘束するつもりだ」
アルバの言葉に男が自警団の方へと視線をやる。
そして、四人の男がフードを取られまとめて魔法によって動きを封じられているのを見た。
「あいつらもやられてたのか」
「ああ。あんたのおかげだよ」
「なんだと」
「あんたがダークミストを使ってくれなかったら、あいつらの隙をつくのが難しかったからな」
「チッ……やっぱ慣れねぇ魔法なんて使うんじゃなかった」
男の身体から力が抜けていく。
もう抵抗する意欲が見られないのか、それ以降男は黙ったまま大人しくなった。
アルバは拘束魔法が効くように、男からフード付きの服をはぎ取る。
「終わったのですか……?」
すると、傷ついた身体を引きずるようにアリスがアルバに近づいてくる。
「ああ。そう―――!」
アルバが言葉を言い切る前に、急に男が身体を動かし、何かをアリスに投げた。
それを感じ取ったアルバは刀を男の後頭部から離し、咄嗟に男の投げた物を打ち落とす。
甲高い音を立てて、男の投げた物体が地面に落ちる。それは男の短剣だった。
アルバとアリスが男を見る。
「…くそが。これも無理か」
そうして男が突然自分の顔に向けて掌をあてる。
視線はアルバではなくアリスに一直線に向けられていた。
「じゃあな王女様。親友と一緒にあの世で待ってるからよ!!!!!」
男の掌が光り、容赦なく男は自分の頭を魔法によって消し飛ばした。
男の身体が力なく地面に倒れる。
アルバが頭部をなくし動かなくなった男の亡骸に近づく。
「こいつ、初めからこのつもりだったな」
「どういうことですか……?」
アルバの呟いた言葉にアリスが反応する。
「アリスを殺そうも殺さないも、最後はこうして自殺するつもりだったんだよ」
「なぜ……」
「こいつにとってはアリスを殺すこと自体が、人生の目標だったんだろうさ」
アルバはそう言いつつ男の亡骸を見つめる。
アルバとの戦闘中、男は距離の開いたアルバに対して魔法を撃ってこなかった。一度光弾をアルバに向かって一発撃ったきりで、それ以降魔法で追撃する様子もなく、ジッとアルバを見ていた。
てっきり、ダークミストやイリュージョンといった魔力の消費が大きい魔法を使ったことで、光弾でさえ最後の方は撃てなくなったと思っていたが、どうやらそうじゃなかったみたいだ。
男はこの時のために、最後まで光弾分の魔力を残していた。
だから、アルバとの戦闘で魔法の連発を避けていたのだ。
短剣で身体を刺しても、即死とはいかない。首を切るのもありだったろうが、そうするには短剣を首まで持ってくる動きが必要になる。気づいたらアルバがすぐに止めただろうし、男が切るところを間違えでもすれば、すぐに治癒魔法によって傷を塞いでいただろう。
アリスがしなくても、男を死なすつもりのなかったアルバは、誰かに頼んで治癒魔法を使ってもらうつもりだった。
だからこそ、男は魔法で一気に頭を吹き飛ばすと言う方法を選んだのだ。
「こうなっては仕方ないか……」
アルバは小さく呟く。
男には色々聞きたいことが山ほどあったが、こうなってしまえば魔法を使ったって意味がない。
どうしたって死者は蘇らないのだから。
アリスもアルバと同じように男の亡骸を黙って見つめている。
その表情は複雑なものだった。
「みんなーーー!」
すると、女性の声が遠くの方から聞こえて来る。
自警団やアリスまでも声のした方向に顔を動かした。
徐々にこちら近づいている集団が見える。誰もが急ぐように走っていて、一番前を学園の制服に身を包んだ女生徒が走っていた。
大きく手を振っている。
「来たか」
アルバは短く呟くと視線を男から叫び続ける女生徒に向ける。
「あれは……」
アリスが呟く。
それに対してアルバが口を開いた。
「あの子に感謝するんだな。アリスや自警団を助けるために、一人で王都まで走って助けを呼んでくれたんだから」
「そう…でしたわね……」
アリスが何やら思い出したかのように女生徒を見つめる。
アルバもあの女生徒に助けられた。途中、あの女生徒に会わなければ、アルバもこうして助けに来れなかったかもしれない。アルバは心の中で女生徒に対して感謝する。
そんな女生徒の後ろには多くの王宮騎士が付いてきていた。重い鎧を必死に動かして。
この時、すでに森を包んでいた奇妙は魔法はすっかり消え去っていた。




