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魔法適性0の守り人  作者: まとい
~王女編~
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重なる影

 ダークミストが晴れた瞬間、アルバはすでに走り出していた。

 男の身体越しに一瞬だけ見えたアリスの表情には、何か全てを諦めているように感じたからだ。

 ダークミストは精神に対して攻撃を仕掛ける魔法だと言っていた。

 アリスのあの様子もダークミストによるものだと考えた方がしっくりくる。

 アルバが走っている間にも騎士の姿をした男の短剣がアリスを殺さんばかりの勢いで迫っていた。

 何故、アリスは何の抵抗も見せず、黙ったまま短剣を見つめているのか。少し前までの威勢はどこへ行ったのか。

 ダークミストによってアリスが何を見せられたのかは分からない。だが、このままではアリスはあの男の攻撃によって死んでしまう。

 そうなってはならないのだ。

 守らなければならない。アルバはサマリーに頼まれている。それに、自分でアリスを守る、助けると決めてしまった以上何が何でもアルバはアリスを助けるつもりでいた。

 たとえそれがヴァニタスのアルバには頷けない理由であろうとも。

 アルバは足に力を込めると、一気にアリスと男の間へと割り込んで行った。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 私が何もかも悟ったように男の、ニコラスの攻撃が自分の身体を切り裂くその瞬間を黙ったまま待っていたとき、私の前に誰かが立ちふさがりました。

 腰には刀の鞘のようなものがあり、刀身はすでに抜かれています。


 カキン―――!


 鉄と鉄のぶつかり合う音が響き渡ります。

 私はその様子に目を見開いたまま驚いていました。

 誰かが私を男の攻撃から守ってくれたのです。

 私はその様子に呆気にとられながらも、ゆっくりと視線を上に上げていきました。

 男の短剣を防いでいたのは、独特な黒い刀身を持つ刀です。

 こんな刀を持つ人物など私の記憶の中では一人しかいません。

 しかし、あの男はここにいないはずです。なのに何故、今ここに、私と男の間に立っているのか。私には突然の出来事に思考が追い付きませんでした。

 すると、その人は私に問いかけてきます。

 学園で私に話す時と何も変わらないあの生意気な言葉づかいで。


「大丈夫か?王女様」


 そう言ってその人、アルバ・ルーインが私を横目で見てきます。

 決して意識は男の攻撃から離さずに。


「なんで…あなたが……」


 私はこう言うしかありませんでした。

 これ以上を言葉を言うには、この時の私には冷静さが欠けていたのです。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 後ろのアリスがアルバの背中に対して呆気にとられた声を上げる。

 アルバはそんなアリスの様子を横目で確認しながら、アリスの言葉に反応する。


「なんでもなにも、助けに来たんだよ!」


 アルバが刀に力を込めて、男の身体をアリスから離す。

 男はアルバにおされる形となり、アルバとアリスから離れた位置まで移動した。

 その表情は自分の攻撃を邪魔されて、苛立ちのあまり歪み切っている。

 しかし、そんなことお構いなしにアルバはアリスに話しかける。もちろん、視線は男から離すことはしない。


「安心しろ。自警団は無事だ。あの男の仲間は全員倒したからな」


 アルバの言葉にアリスが自警団の方へと視線をやる。

 アルバが男達を気絶させた後、全員のフードを取ると、自警団の生徒によって拘束魔法でひとまとめに動きを封じていたのだ。

 アリスがそんな様子を一目見ると、驚いたような表情を浮かべた。

 

「あとはあの男一人ってわけだ」


 アルバがアリスにそう言っていると、少し離れた場所にいた男が唐突に話し始めた。


「せっかくいいところだったのによ!よくも邪魔してくれたな!」


 男の激高した声にも、アルバは冷静に返す。


「前に会った時とはずいぶんと口調や雰囲気が違うじゃないか。まるで別人だな」

「なんだ俺の正体知ってるじゃねぇか」

「ああ。あそこの茂みの中からあんたとアリスの戦いを見てたからな」


 アルバが自分がいた場所を指さす。


「へっ。だったら話が早い。そこをどけ。俺の話聞いてただろ?そいつはヴァニタスを見殺しにした女だぞ。ヴァニタスのあんたが守る必要あるか?」

「よく俺がヴァニタスだと分かったな」


 アルバが男の質問を無視して問う。

 ヴァニタス同士は、魔力が見えない分判別ができない。アルバが男のことをヴァニタスだと分からなかったように、男の方もアルバのことは分かっていないと思っていた。


「そんなもん、戦いを一度見れば分かるさ」

「見てなかっただろ。アリスの背中をずっと見てたくせに」

「うるせぇよ。いいからどけ。俺はそいつを殺すんだからよ」

「それは出来ないな」

「ふん。まぁいい。お前がどかなくても、本人がどうするかは分からねぇしな」

「なに……?」


 男の不可解な言葉に、アルバは目を細めて警戒の色を強くする。

 そんなアルバの身体が、思いもよらない方向から掴まれた。

 後ろである。

 アルバは驚いて後ろの人物アリスを見ると、アリスはがっちりとアルバの腕をつかみ、自分の前からどかそうと力を入れていた。


「アリス?」


 怪訝な顔でアリスを見るアルバ。

 しかし、アルバの言葉にアリスが反応を返す気配が見られない。力の限りでアルバを自分の前からどかそうとしている。


「アハハハハハ!!」


 そんなアリスの様子に男が面白いように笑いだした。

 アルバは男の視線をやる。


「アリスに何をした?」

「別に。俺は何もしてねぇよ。ただそいつが自分の罪を認めて、俺に殺させるのを望んでいるだけだ」

「ふざけたことを言うな」


 アリスが自分から殺されること望むとは考えにくい。

 しかし、現時点でアリスがアルバの身体をどかそうとしているのは事実であり、そこに操られているような印象は見受けられない。

 さらには、ダークミストが晴れた時のアリスのあの表情も、男の発言を肯定する一つの材料となっていた。


「ふざけたとこもなにも事実なんだから仕方ねぇよな。そうだろ人殺しの王女様?」


 男がアルバに確信させるために、アリスに聞く。


「……ええ。そうよ」


 そしてアリスは男の言葉にゆっくりと首を縦に振った。

 そんなアリスの表情はダークミストが晴れた時と同じ、何もかも悟ったような表情をしていた。


「私は死んで当然の人間」

「……」

「自分の犯した罪も分からず、ヴァニタスを憎むという、お門違いもいいことを繰り返してきた。あの男の言う通り、私は人殺しの王女ですわ」


 アリスは静かに語り続ける。

 そこには、アルバに対して厳しい態度をとっていた勝気なアリスなどどこにもいなかった。


「こんな私を助けても何の意味もありませんわよ。あなたには謝ります。これまでの失礼な振る舞い、すみませんでした。許してくれとは言いません。ですから、そこをどいてください。私にはもう生きている価値などないのですから」


 弱弱しくそう語るアリスをアルバは黙ったまま、静かに耳を澄ませていた。

 そして、アリスの語りを最後まで聞いたアルバは、そのままアリスの前に立ち続けた。身体にさらに力を込めて、どくつもりなど微塵もないかのように。


「どうして……!」


 アリスが悲しそうな目でアルバを見つめる。

 男までもアルバに視線をやって動かない。


「人殺し?生きている価値などない?それがどうした」


 アルバははっきりとした声でアリスに答える。


「ダークミストで何を見たか知らないがな、お前にここで死なれたら困るんだよ」

「……学園の生徒…だからですか?」


 アリスはアルバの立場を理解してそう言ってくる。

 アリスの言っていることは間違っていない。だが、全てが当たっているわけでもない。

 アルバは首を振り、アリスの言葉を否定する。


「それもあるが、それだけじゃない」

「なんで」


 驚いているアリスにアルバはゆっくりと口を開いた。

 どうしたってここで死ぬことは許されないの理由がアリスにはあるのだ。


「お前はここで死んだらいけないんだよ」

「……」

「人殺しだろうがなんだろうが、どんな人間にもしっかりとけじめをつけないといけないことがあるだろ」


 この状況を招いた原因は、アリスのこれまでの振る舞いにあることは事実なのだ。

 であるならば、アリスにはしっかりと向き合わねばならない奴らがいる。


「こんなことに巻き込んだ償いはしないといけない。今のこの状況を招いた原因が自分だってことはもう理解してるんだろ」

「ええ……」

「だったら、謝らないといけない奴らがいるだろ。俺じゃなくもっと多くの人が」


 そしてアルバは自警団の方へと視線を動かす。

 それにつられるように、アリスもそちらに顔を向ける。

 自警団の生徒は、皆誰もがアリスのことを心配そうに見つめていた。どんな感情を向けているのかはっきりとは分からないが、全員がアリスの死を望んでいないことは容易に想像できる。

 アリスにもそれが分かっただろう。

 自警団の生徒から目を離せないでいる。


「もう一度言うぞ。人殺しだろうが、生きる価値がなかろうがそんなの関係ない。お前は、自警団のリーダーとして、この事件に巻き込んだ償いをあいつらにしないといけないんだよ。生きて、あいつらを安心させてやれ。それが自警団を創った張本人のする義務ってやつだ。生きてあいつらの前に立つまでは、アリス・ロイスタシアは死んだらダメなんだよ」


 アルバが話している間も、アリスは自警団を見たまま固まっている。

 アリスの表情から、何かが抜け落ちたようにアルバには感じた。

 アルバを掴む手からも力が抜けている。


「それにな」


 アルバはこの機会にさらにアリスの心にたたみ掛けるように言葉を紡ぐ。

 アリスがまた変に悟ったような表情に戻らないために。


「アリスを大切だと言う複数の人から頼まれてるんだよ。アリス様を守ってくれってな」


 そう言ったアルバの頭の中には数人の人物の顔が浮かんでいた。

 アリスの専属メイドだと言う無表情のメイド。アリス達を助けるために、必死の思いで王都まで走っていった一人の女生徒。自警団のメンバー。そして、ダリアンとサマリー。

 多くの人がアルバに、アリスを頼むを言ってきた。

 そして、その全てにアルバは自分の意思で『任せろ』と返したのだ。

 だったら助けなきゃいけないだろう。

 アリスがアルバの言葉に反応して、自警団からこちらに意識が向くのが分かった。

 アルバは男に視線をやったまま後ろにいるアリスに言う。

 

「だから、お前は大人しく俺に助けられろ!」


 そう言ったアルバはすでに足を踏み出していた。

 男に向かって、黒い刀を向けたまま。

 アリスを惑わせる、白髪の騎士の姿をはがすために。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


「だから、お前は大人しく助けられろ!」


 そう言ってアルバは男に向かって走っていきました。

 まっすぐ迷いない足取りで。

 そんなアルバの背中を見ていた私は不意に、その背中が誰かと重なるように視えたのです。

 言葉遣いも、態度もあの人とは全く違うと言うのに。助けられろと言い放ったアルバの背中に、私の目にはしっかりと、もう一つの、小さなころの私を守ってくれたニコラスの背中が重なるのが。

 私は何も出来ぬまま、ただただアルバの姿を追いました。

 この時には私の意識は正気に戻っていました。自警団の皆の目を見て、現実に引き戻されたのです。

 そうして私からは、凝り固まった心と身体を緩めるためにか、口から息が漏れます。

 男とアルバの戦いが始まろうとしています。

 そんな光景を見て私は心の中で呟きました。


 彼はどうしても私に死ぬことを許してはくれないようですね……

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