飛び出すアルバ
アリスと男の周りに黒い霧が立ち込める中、アルバは茂みの中で飛び出す準備をしていた。
霧はアリスと男の二人を包み込んだだけではなく、アルバや自警団のところにまできていたのだ。アルバの視界も少しだけ悪くなる。
だが、アリスや男の姿が霧によって完全に見えない反面、アルバから自警団まではまだ見える状態だった。そして、もう霧の効果範囲が広がる様子は見えない。
このチャンスを逃してはならない。
視界が少し悪い中、フードの連中は男の魔法の効果を知っているのか、ニヤニヤしながら見えない二人の戦闘を眺めていたのだ。まるでもう勝ったのように、辺りの警戒を二の次にして。
アルバは茂みの中で音を立てることなく前傾姿勢になり、アルバから一番近いフード姿の男を視界にとらえる。
沈めるなら今しかない。だが、どうしたものかと思ってはいた。
殺すなら簡単だ。しかし、生徒が近くにいる手前、少々人を殺すのは憚られる。
それに、殺してしまえば後々困ることになるのは事実。ただでさえ、今生徒の中ではヴァニタスに対する恐怖が男達によって増大させられている。この状況でアルバが男達を殺すのはあまり良くはないだろう。もしかしたら、男達に向けている恐怖がアルバにも来るかもしれない。
アルバがすぐに男達を気絶させる方に思考をシフトチェンジすると、男達がこちらを見ていないタイミングで、一気に茂みから飛び出した。
足音を立てないように細心の注意をはらい、まず一番近いフードの男に詰め寄る。
すぐさまアルバは刀を抜き、その柄で男のうなじ辺りを力の限りで叩く。男はいきなりのことで、何も発することなく気を失い地面に倒れる。
それを待たずにアルバは次々と流れるような動きで、さらに二人の気絶に成功させた。
だが、相手もそんな簡単にいかせてはくれない。ほぼ無音のまま刀を振るって気絶させてきたが、最後の一人がその異変に気付いた。
服の下に隠していた腕を自分に向かってくるアルバに向けて勢いよく振る。
アルバはすぐに男の腕を避けると、男の腕はそのまま地面に突き刺さり地面に大きな穴をあけた。
腕には何やら鉄製の武具が装着されていた。ガントレットだ。
アルバはそれを確認すると、男と霧の立ちこめる中対峙する。
男の動きに、これまで茫然としていた自警団の生徒もアルバの方へと視線を動かす。
皆、突然現れたアルバの姿に驚きの表情を浮かべる中、
「ア、アルバさん」
自警団の中でもアルバとかなりの面識があるリーリンが一言我に返ったように呟く。
リーリンの言葉にフード男がアルバを見ながら反応する。
「なんだぁ?てめぇもこいつらの仲間か」
「そうだ」
「ふん!他の奴やったからって調子にのんじゃねぇぞ!ガキが!」
「別にそんなつもりはない」
アルバと男が互いに距離を一気に詰める。
刀とガントレットが激しくぶつかり合う。
すると、男の方がアルバの攻撃の速さに顔をしかめるのが、アルバにははっきりと見えた。
確かに男の力は強い。グリードにいたら指折りの戦士として、ギルドでは有名だったかもしれないな。だが、その程度だ。魔法を使えないだけ、やはりレオナルドよりも戦いやすい。
アルバは一度男から距離を取ると、決着をつけるために刀を握る手に力を加える。
「チッ…強いじゃねぇか」
男が苦し紛れの舌打ちをした。
「ちょうどいい。俺も退屈してたとこだ。俺達もあいつらと同じように殺し合いと行こうぜ!」
自分の中に生まれたアルバに対する感情を無理矢理押さえつけるかのように男はそう叫ぶ。
だが、アルバは男のことを構うつもりは毛頭ない。
叫ぶ男とは対照的に、アルバは冷静なまま言葉を返す。
「悪いがお前に付き合っている暇はないんだ」
その端的な言葉を合図にしたかのように、アルバは一気に地面を蹴る。
そして次の瞬間にはアルバは男の目の前まで来ていた。
「なに―――!!」
男が慌てたように、ガントレットをつけた腕をアルバに対して突き出してくる。
「遅い」
アルバは男に対して無情にもそう言い放ち、ガントレットが顔に当たるすんでのところで、頭を少しだけ動かし、ギリギリのところで男の攻撃を避ける。
男の反応速度は悪くない。アルバの高速移動を初めて見た奴にしては、いい反応をしていた。だが、アルバにとってそんなこと想定済み。アルバには簡単に対処できる攻撃だ。
そうして男の攻撃を避けたアルバは、刀を突き出された腕めがけて思いっきり振り下ろした。
「ガ…アァァァ……!!!!」
男の苦痛の叫び声が辺りに響き渡る。
地面には男の片腕が落ちていた。綺麗に肘から上を切り落とされた状態の片腕が。
男はそのまま苦痛に耐えきれず、片手で切り落とした部分を掴んだままショックのあまり気絶した。
「悪いな。殺し合いって言ったのはそっちだ。このぐらいしないと、気が済まなかっただろ。俺も、そしてお前も」
アルバは気絶した男に向かってそう投げかけながら、刀の血を払い飛ばしてから鞘に収めた。
本当であれば男の腕を切り落とすつもりはなかった。気絶させれば終わりだとアルバは思っていたのだ。
しかし、殺し合いだと息巻いた男が、気絶させるような攻撃をしても簡単には終わってくれるとは思えない。だから、仕方なく腕を切り落とすという選択をして、男をショック状態にしたというわけである。
命を奪わなかっただけ感謝してもらいたい。
とはいえ、このまま男を放っておいたら出血が多すぎて死んでしまう。
「誰か男に治癒魔法を」
アルバは自警団のメンバーを見てそう言う。
すると、その中からリーリンが真っ先に出てきた。
「ア、アルバさん」
「リーリン。悪いがこいつに治癒魔法を」
「えっと、それが、この人達、魔法が効かないんです」
「こいつらもか」
てっきりアリスと戦っていた男だけだと思っていたが、どうもそうじゃなかったようだ。
そうなると、腕を切り落とした男はそのまま死ぬことになる。
まぁ、自分達のやったことだしな。自業自得ってやつだなっとアルバが半ば諦めかけていた時だった。
「…フードの服を脱がせば…多分大丈夫だ…」
掠れた誰かの声が聞こえてきた。
アルバはその方向に視線をやる。そこには木に身体を預け、苦しそうなカインがいた。
アルバはカインに言われるまま、倒れている男のフード付きの服を取る。
「リーリン。やってみてくれ」
「は、はい」
すぐにリーリンが男の傷口に魔法をかける。
すると徐々に男の傷口から出ていた血が止まっていく。
「やっぱりか…」
カインが小さくそう呟く。
そして、リーリンの治癒魔法が終わる。男の傷口は完全に塞がっていた。とはいえ、落とした腕が戻ることはなく、ただただ血が止まっているだけだ。
アルバはそれを確認すると、男から奪ったフード付きの服を眺めた。
フード付きの服は、腕を通す袖の部分がなく羽織って使用するしかない。首の部分にだけ唯一留めるボタンがついていて、男達はそうしてフードによって顔を隠していたわけである。
すると、カインが未だおぼつかない足取りでアルバの近くまで歩いてきた。
「大丈夫か」
「ああまぁね。生徒が治癒魔法を使ってくれてね。何とか歩けるよ」
「そうか。…これ、なんなんだ」
カインにアルバは手に持っている服を見せる。
「僕にも分からない」
「だけど、この服のせいで魔法が効かなかったんだよな」
これを取った途端、治癒魔法が難なく効果をしめした。
これが原因と考えるのが妥当だろう。これだったら、アリスと戦っている男にも魔法が効かないのも頷けるというわけだ。
「そうだね…誰か、倒れている人達を拘束魔法で縛っておいて。羽織っている服を脱がせば魔法が効くから」
『はい』
カインの言葉で自警団の数名が動き始めた。テキパキと男達の服を取り、拘束魔法でまとめて縛っていく。
「目を覚ますと面倒だからね。…それでこの服なんだけど。近くで見て初めて気づいたが、少しだけ魔力を感じられるね。まぁ、詳しいことは今は分からないけど」
「そうか」
「アルバ君も着てみる?魔法が効かなくなるかもよ」
「いい。信用できないのを使うのは命とりだ」
「それもそうだね」
「それに今はそんなことやっている場合じゃない」
そう言ってアルバは霧によって見えないアリスの姿を見つけようと目をこらす。
「ア、アルバさん。これから私達はどうしたら」
するとリーリンがアルバの隣まで来て聞いてきた。
「俺はアリスを助ける。リーリン達は助けが来るまで大人しく待ってればいい」
「助け……?」
「ああ。ここに来る途中に一人の女生徒と会った。王都に助けを求めに行くと言っていたから待っていればいずれ騎士達がくるだろう」
「そ、そうなんですか」
「ああ。それにしても、この霧はなんなんだ」
アルバは広がる黒い霧を手でかき分けるようにしてそう言う。
「ダークミストだよ」
「それは分かってる。俺にも男の声が聞こえた」
「…ダークミスト。確か精神系の魔法だったはずです」
「精神系?」
「はい。相手の精神に影響を与えるとかで……」
リーリンが自信なさそうに呟くと、その先をカインが引き取った。
「ダークミストは精神系の魔法でそれ自体に攻撃能力はない。しかし、相手が思い出したくない、所謂トラウマを見せて、相手の心を消耗させる魔法だよ」
「するとつまりは」
「アルバ君の思っている通りだよ。あの男は確実にアリスの心を壊しに来ている」
カインがはっきりとそう言う。
男の見せたイリュージョンの魔法。その影響でアリスの心はすでに揺れ動いている。そこにきて精神系の魔法まで使うとは、男のアリスに対する憎悪は深い。
「ならば放っておけません。今すぐにでもアリス様を!」
カインの言葉に触発されたのか、自警団の中の槍を持った女生徒が今にも飛び出していきそうな勢いで前に出ようとする。
「ダメだよ」
そんな女生徒をカインが止める。
「何故ですか」
「今突っ込んで行ってどうするつもりだい」
「それは」
「ここからでも二人の姿は見えないんだ。ダークミストは霧と言っているけど、その実、発動者と対象者の周りは闇で包まれて真っ暗だ。不用意に突っ込んでもアリスを見つけられないし、ダークミストの餌食になるだけだよ」
「アリスだけじゃないのか」
アルバの問いかけにカインは頷く。
「そうなんだ。ダークミストの影響がないのは発動した本人だけ」
「厄介だな」
「うん。だけどその代り、発動者は魔力を使い続けなければならないから、動けなくなるっていうのがこの魔法の特徴だ。まぁ、いつもだったらデメリットだと思うこの効果も、今はありがたいけどね」
「ああ」
精神的攻撃が続く代わりに、この間にアリスが直接攻撃で殺されることはないってことだ。
発動者の男が動けば、その瞬間ダークミストが切れるのだから。
「それに、男がこの服を着ている限り僕達の魔法は効かない。どうしたところで、僕や君達自警団は黙って見守るしかないんだよ」
「しかし……!」
カインの言葉に槍を持った女生徒は悔しそうに顔をしかめる。
アリスがやられるのを黙って見ていたくはないのだろう。
「気持ちはわかるがやめた方がいい。相手は人を殺すことに躊躇なんて持ってない奴なんだよ。突っ込めば、誰かが死ぬことになる。それをアリスが許すと思うかい?」
許さないだろうな。
男の影響で今のアリスは周りが見えていないが、初めこそ他のメンバーを守るために前に出たはずだ。
そんなアリスを助けるために他のメンバーが死ぬなんてこと、アリスが望むわけがない。
自警団のメンバーもそれはよく分かっているようで、飛び出そうとしていた勢いが徐々に無くなっていく。
「それに、君達を危険なところに向かわせるのを、教師の僕がまず許さない……といっても、魔法が効かない相手に対して、僕も何もできないのも事実だけどね。どうしても僕は魔法に頼った戦いしか出来ない。だから……」
カインはそう言ってアルバを見る。
「アルバ君、いざっていう時は頼むね。あの男に勝てるとしたら、この場には君しかいない」
「アルバさん」
そうしてカインとリーリンに見つめられたアルバは、二人の視線をうけ警戒心を強める。
「最初からそのつもりだ」
アルバは言いながら霧を見つめる。
今、アルバ達が出来ることは何もない。ダークミストの影響を受けると分かれば、アルバとて突っ込むことは出来ないし、得策だとも思えない。
今はただ、いつでも走り出せるように整えておくだけだ。
霧が晴れるのを黙って待っているしかない。アリスを信じて。




