王都ロイスタシア
不意に馬車の揺れがおとなしくなる。
アルバも馬車の変化に気づいたのか、目を開けた。
「起きたか」
ライラもアルバが眠りから覚めたことを見ると、声をかける。
「どうかしたのか」
寝起きなのにもかかわらず、はっきりとした意識でライラの言葉に反応する。
ギルドの仕事中には、時々モンスターの生息地で眠る必要も出てくる。その時に、少しの物音でも素早く動けるようしておかなければならない。さらには、体力の回復も同時に行うため、アルバはなるべく浅い眠りにつくようにしていた。それを何度も経験したため、もう癖のようなものになっている。最後に熟睡なんてしたのいつだったか思い出すこともできない。
慣れないうちは、疲れも取れなかったが、今では何も問題は無くなっている。
むしろ、すぐに動けるだけ、こっちの方が便利だと思うようになっていた。
目を開けてすぐに、覚醒状態と変わらない様子のアルバにないも思わず、ライラは普通に答える。
「王都が見えてきたぞ」
ライラの言葉を受け、アルバは進行方向側のシートをめくる。
そこはアルバがこれまで見たこともない、草原が広がっていた。
周りには、花が所々に咲いていて、川も流れている。小動物の姿も所々に見受けられた。
「驚いたか?グリードとは全く違うだろう」
驚嘆して声も出せていないアルバに、ライラはそう問いかけた。
「ああ。こんなとこだったんだな」
アルバ自身、この場所に来るのは初めてではない。
ルナプラーガの英雄と呼ばれるようになった四年前のあの事件。ここがその戦場だったのだ。あの時は、周りが真っ赤に染まり、地面もモンスターの足で踏み荒らされていたりと、荒れ放題だった。
アルバも、ただひたすらにモンスターを王都に行かせないために、必死に刀を振り続けていた。
普段どんなところかなんて分かるわけもなかったのだ。
こうして訪れて初めて、普段はこんなにもきれい場所なのかと思い知らされる。
その草原を舗装された道が続いている。
先に視線を向けると、グリードよりも遥かに大きい国が見えてくる。
壁に覆われてもいない。街の建物とかが、アルバが乗る馬車からも大まかにだが見えていた。
国の入り口らしきところに、馬車は近づいていく。
グリードとは対照的に、多くの馬車や人が行き来していた。
国の外に出るというのに、ほとんどの人が軽装なのにアルバは驚いていた。
これが魔法を使える者の余裕か。
「アルバ。珍しいのは分かるが、ひとまずシートを閉めろ」
アルバが外の景色を呆然と眺めていると、ライラは開けられたシートを閉めるように指示した。
ライラの言葉を受け、アルバは元の位置に戻る。
するとすぐに馬車は止まった。
「王都ロイスタシアへようこそ」
外から男の声が聞こえてくる。
どうやら国の入り口に差し掛かったようだ。
この者は門番の役割をしている。
王都には様々な貴重なものが存在していため、出入りする人々や馬車に怪しいものがないかと、念入りに確認をしなければならない。それは、王族であろうと変わらない。
その男は、
「すみませんが、荷台を確認させていただきますね」
と言い、前のシートを少し開けて、中を確認する。
ライラの姿を認め、続いて向かいに座るアルバの姿を見る。
何か言われるのではとアルバは警戒したが、門番の男は何も言わずに顔を引いた。
「はい。何も問題はありません。どうぞ中へお進みください」
すると、セイブルは手綱を揺らし、二頭の馬に前へ進むよう促す。
馬車は王都のメイン通りを進んでいく。
道はしっかりと舗装されているのか、揺れを感じなかった。
「思ったより簡単に入れるんだな」
しばらくすると、アルバはそんなことを言い出した。
さっきの門番の男が、アルバに対して何も聞いてこなかった態度が不思議と思ったからだ。
「あれは特別だよ。事前に私が他国から人を連れてくると、伝えてあったからな」
「見知らぬ男だぞ。王都はそれでいいのかよ……」
王族の誰かが一言伝えておけば、身元不明なやつでさえ入れてしまうとは、いかがなものか。
そんなアルバの呆れた顔を見てライラは、訂正する。
「特別だと言っただろ。本当なら王族の友人だとしても念入りに知らべられる」
「じゃあ、どうして」
「グリードに人を探しに行っていた私が連れてきた人物は、ヴァニタスであることは決まっている。いくら国に仕える騎士、魔道師どもだろうが、王都で暮らしていることもあり、ヴァニタス軽視の思考が強い。馬車の中で説明した通り、魔力を感じることができるから、身体から魔力を感じられないヴァニタスはすぐにばれてしまう。あまりいい目はしないだろうな。そこで、今回に限り私の連れに対しては何も聞くなと言ってあったんだ」
その説明を受け、先ほどの男の態度も納得する。
「まぁ、あの男は軽視思考があまり強くなかったみたいだけどな」
確かに、あの男はアルバを見ても表情一つ変えなかった。いくら、命令だったからと言っても、ヴァニタスと分かれば目線なり、鋭くなっていたはずである。
「運がよかったな」
ライラはにやりと笑った。
「だな」
アルバも苦笑した。