動き出すアリスの心
昨日はすいませんでした
今日からはいつものように投稿していきます
「あなた何を言っているのですか」
私は狂ったように笑う男を見て、そう呟きました。
「死んだ親友に会えるですって?そんなことあるわけありませんわ。死んだ人間には会えることなど出来ないのですから」
「あぁん?」
私の言葉に男はいったん笑いを消すと私を睨みつけます。
私は回復した身体で、男の前にまっすぐに立つと、男の視線に真っ正面から向き合います。
「あなたはただ単に、親友に死を受け入れられないだけではないですか。そんな自分の心にぽっかりと開いた穴を、他の人を殺して埋めている。それだけのことですわ」
「……」
男は私の顔をじっと黙って見つめた後、薄気味悪く口角を上げました。
「くくく…!確かにそうかもしれねぇ。だけど、お前にだけは言われたくないな。誰のせいで、俺や親友の人生が狂ったと思っている」
「私のせいと言いたいのですか」
「ああ。そうだよ」
「そんなこと知りませんわ」
「なに?」
「国外で誰がどう死のうとそれはその人の勝手です。困っている人を助けなけらばならない決まりなどありません。それに、私の記憶にはその時のことなどないのですから。私を責めてもどうしようもないですよ」
「ふざけんなよ。俺の記憶にはしっかりあるんだよ。お前が俺達を見捨てて立ち去った記憶がな!」
「だからなんだというのです。ご友人の死は、あなた達の実力不足が招いた結果ですよ。その場面に私がいただけで私のせいにしてもらっては困ります」
そうして私は、男を睨みつけたまま言い放ちました。
「あなたは、友人の死と、自分達の実力不足をただ私のせいにして楽をしているだけですわ。復讐という言葉で自身の心を満たしながらね」
私は強い口調で男に対して言葉をぶつけました。
男は私の言葉を受け、少しの間黙り込みます。
何を思っているのか、その表情を見ても分かりません。
私の言っていることは間違っていない。国外のことは自己責任。それが、この世界での常識であり、誰も文句の言いようがないところなのですから。しかし、男の壊れた心に私の言葉など届くとは到底思えません。
私の思った通り、男はしばらくすると面白いというように、もう見慣れたしまった狂った笑みを顔に浮かべはじめました。
「あはははははは!!いや驚いたぜ」
男は一度高笑いをすると私に細めた目を向けてきます。
「あんたに正論を言われるとはな」
「正論を言って悪いですか?」
「悪いとは言ってないぜ。つまりあんたは、国外にで誰がどうしようと勝手だと、死んだところで自己責任だって言いたいんだな」
「ええ」
そう言う私の言葉を受けると、男はくるりと首を後ろに向けて、人質となっている自警団のメンバーを見ました。
「聞いたかお前ら!お前らが優しい、完璧だと慕っている王女様は、本当は国外であったら死にそうな奴でさえ見捨てる、俺達と変わらない人殺しの精神を持ってるんだよ!」
男の叫びに、自警団のメンバーはただでさえ怯えた身体を、さらに恐怖で縮こまらせてしまいます。
男の言ったことに私の中に焦りはありません。
なぜなら、男の言葉には一つだけ間違いがありましたから。
「勘違いされては困りますわ」
私は静かな、そしてはっきりとした声で男の言葉に切り返します。
私の声を聞き男の顔が自警団から、こちらを向きました。
「自己責任だとは言いましたが、私は誰であろうと助けないとは言っていません」
「ああ?」
「私は困っている人がいれば助けますよ。その方が、ヴァニタスでない限りね!」
そう私は男に対してはっきりと目を見て言います。
ヴァニタスでなければ私は助けますわ。国外だろう国内だろうとそれは変わりません。
王族として、一人の人間として、目の前に死が迫っている人を見れば助けるでしょう。
そこに、ヴァニタスが入っていないだけで。
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ヴァニタス以外は助ける。
そういった意味の言葉を、男に投げかけたアリスに、アルバは素直に納得することは難しかった。
ヴァニタスだって、魔法が使えないだけでそれ以外は普通の人間と大差ない。そんなヴァニタスを差別するアリスの発言に、アルバも、そしてきっと友人をアリスに殺されたと思っているあの男だって、納得はしていないだろう。
しかし、アリスの言っていることは王都の国民であるなら当たり前に持っている感情であって、アリスの言葉を完全に否定することなど無理なのだ。
ヴァニタス差別の根付いた国で育てば、アリスのように思っても仕方がない……アルバ自身は頷けないが、それが大多数の意見だ。
そして、アリスの言った通り、国外のことは自己責任。男が言っていることが真実だったところで、アリスが間違ったことをしているわけではない。助けられない、もう無理だろうと判断したのならば、誰だって見捨てるという選択をしたはずである。
見捨てるという行動が、アリスの場合は『ヴァニタス嫌い』から来るものであっただけのこと。
話を聞いている分にはアリスの方には、なんの非もないとアルバは思っていた。
男の気持ちも分からなくはない。親友と言うだけ仲の良かった人が、アリスが見捨てたことによって死んだのだ。恨んでも仕方ないとは思う。しかし、それから男が繰り返したという人殺しは、アリスには全く関係ない。ましてや、そんな理由があろうと復讐というのが、正当化されることなどないのだ。
そこまで考えたところでアルバはその思考を切り捨てた。
今はそんなことどうでもいい。男達が学園の生徒を襲った。アリスを殺そうとしていることだけで、アルバが動く理由には十分だ。
アルバは自分が飛び出すタイミングまで、しばし、男とアリスのやり取りを見守っていることにした。
このまま時間が経てば、あの女生徒によって助けがくるかもしれない。
それに、アリスのあの言動を受ければ、男の意識はアリスに向くことだろう。二人の戦闘が始まれば、必ず、他の仲間の意識も戦闘に向かうはずである。
そうなればアルバが飛び出しても問題なくなるということだ。
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「なるほどぉ。そういうことか」
男が私の言葉を受けて納得したように、いえ、納得はしていないのでしょう。言葉だけは納得したように装って、私に向かって顔を向けてきます。
「お前は生粋のヴァニタス嫌いなんだな。王都の王族らしいぜ」
「その言葉、王族としてありがたく受け取っておきます」
私は適当な返しをした後、男の動きに警戒心を高めました。
私の身体は完全に回復しています。そろそろ、男も動きを見せる頃合いでしょう。
「まぁいい」
すると、男は今まで怒りで昂っていた身体の力を抜き、だらんとした立ち方に変わりました。
「親友の死はきっかけに過ぎない。はなっから謝ってほしいなんて思っちゃいないからな」
そうして、男は懐から何かを取り出しました。
短剣。私はそう思って剣を構えましたが、男の手には小さな瓶が持たれていました。
木の蓋のついた瓶の中には、見たこともないような鮮やかな青色をした液体が見えます。
「それは……」
「これか?これは魔力の原液だ」
「魔力の原液ですか……聞いたとこありませんね」
しかし、男の持つ瓶の液体は仄かな光を放っています。そして、その周りには濃密な魔力反応がありました。
「そりゃあ知らないだろうな。これは王都の端も端。あんたら王族が見向きもしない王都の暗闇にある場所でしか売られていない特別なものだ」
「それがどうしたと」
私は額に冷や汗をかきながら、男の行動に気を向け続けます。
男は、私の問いに答えるかのように、瓶の蓋を勢いよく開け放つと―――魔力の原液を一気に飲みほしてしまったのです。
男が空になった瓶を投げつけます。
「あああああ!!来た来た来た!!!」
すると男の纏う雰囲気が一変しました。
男の身体から徐々に魔力がにじみ出てきます。
そうして男の様子が、私達を襲った時の、ヴァニタスではなく普通の、私達と同じ魔法を扱える人間のものへと変わっていました。
「なにをしたんです」
「分からないか?魔法が使えるようになったんだよ」
それを証明するかのように、男は光弾を、わざと私に当てることなく飛ばします。
光弾が、後ろの木に当たりました。
「驚いたか?これが、俺が魔法を使ってたからくりってわけだ」
「……なるほど。厄介ですね」
原液によってヴァニタスの男が魔法を使えるようになった。そんなこと信じられませんが、現に目の前の男は、身体から魔力を出し、そして今魔法を撃ってみせました。
そして、私の魔法は男には効かない。
これほど厄介な相手はいないでしょう。
「まぁ、万能って訳でもない。身体の中に入った魔力の分しか魔法が撃てないからな」
魔力は消費するもの。常に魔力が身体から湧き出てくる私達のような普通の人間は、魔力を使いすぎることがない以上、一日は魔法を使い続けられます。
しかし、男は身体から魔力が出てこない分、原液の量でしか魔法を使うことが出来ないのでしょう。
原液がなくなれば、前のように急に魔法が使えなくなるというようです。
「王女様よ。俺に対してあんたは親友の死によって空いた穴を人を殺すことで埋めているって言ってくれたよな」
「ええ」
「その言葉そっくりそのまま返させてもらうぜ!!」
男がそう叫ぶと、急に男の身体が光り出しました。
「お前に復讐するにあたって、いろいろ調べていたんだがな」
男の身体は話しながらも、光り輝き、徐々に形が変わっていきます。
動きやすさ重視だった、フードのついた軽い服装から、鎧の様な形へと変わり、髪型も男の無造作な髪から、短く切りそろえられた清潔感のある短髪へと変わっていきました。
その間も男は口を動かし続けます。
「そのうちに一人の奴から面白いもんを聞いたんだ。そいつが教えてくれたよ。この『イリュージョン』という魔法と、あんたがヴァニタスを嫌うようになった本当の原因。ある騎士の存在をな!!」
「まさか……!」
私は男の言葉に目を見開きます。
そして、男の身体を包んでいた光が弾け飛び、その姿を現したのです。
イリュージョンによって変わった男はある騎士の出で立ちをしていました。
私よりも少しだけ背の高い、王宮騎士の鎧に身を包んだ、白髪の騎士の姿に。
「そんな……」
私は男の、白髪の騎士から目を離せません。
どうして男がその人のことを知っているのです。その騎士のことは、お父様やお母様によって世間には隠されていたはず。知っているのは王宮でも相当な身分を誇っている人のみ。
そんな白髪の彼のことを、どうしてヴァニタスのこの男が。
「ふふ。いいねその余裕のなくなった表情。大好物だ」
そして、男は彼の顔で、彼の声で、彼が絶対にしない歪んだ顔でそのようなことを言います。
この瞬間、私の中の何かがプチンっと切れたのを自覚しました。
剣を握る手が震えています。
しかし、男はそんな私の様子を気にもしないように、人をバカにするような声でこう言ったのです。
「数年ぶりの感動の再開だ。喜んでいただけましたか王女様」
その発言が引き金となったかのように、私は男に向かって走り出していました。
私の視界にはもう騎士の姿をした男しか映ってはいません。




