男の理由
男の雰囲気が変わってフードを取っている時、すでにアルバは自警団の近くの茂みに身を潜めていた。
アリスが男の攻撃を受けている時に、茂みから飛び出そうかと思ってが、自警団の周りにはぴったりと四人のフードの奴らが見張っている。もし、アリスを助けるためにアルバが飛び出していたら、他の生徒が殺されてしまう可能性が出てくる。そのために、アルバは思い切って出ていくことが出来ないでいたのだ。
しかし、もしあのままアリスが首を絞められた状態が続くのであれば、アルバはアリスを助けるために飛び出していたに違いない。
もちろん、他の自警団の生徒も見捨てることなど出来ないので、アリスを地面に下ろした後、すぐに生徒側にも行くつもりでいた。
出来る出来ないではなく、アルバの立場上やらなければならないのだ。
だが、いくらアルバといっても、絶対にそれが出来たとは言いきれない。男の魔法がきれてくれて、アルバは少しだけ身体に入れた力を抜いた。
そうして、フードをとった男の顔を見て、アリス同様アルバも目を見開いていたのだ。
あの男は前にこの森で出会った奴だ。
その時、男を助けなかったアリスが後で言っていたことだが、男はヴァニタスだったそうなのだ。
アルバにはそれを確かめるすべはないが、アリスがわざわざ嘘をつく理由もない。
そうならば、男は数日前まではヴァニタスだった。なのに、今まで魔法を使っていた。
それが一体どういうことなのか分からない。アリスだって分かっていないからこそ、男のその顔を見て固まっている。
アルバ達に助けを求める時だけ、身体から出る魔力を消していたのだろうか。
しかし、アルバはすぐに自分の中にできた考えを否定する。
にじみ出る魔力を消す方法など、今の段階では見つけられていないはずであるのだ。だからこそ、魔力探知を警戒して、ダリアンでさえ騎士を向かわせることを避け、アルバに頼んだぐらいなのだから。
それに、今男に起こった現象はアルバの考えたことに該当しない。
男の発動していた攻撃魔法が、急に勢いを失ったかのように地面に落ちていったのだ。
そして、かろうじて聞こえてきた男の呟きも気になる。
『時間切れ』
この言葉が意味することはなんなのか。
アルバはすでに大まかな予想がついていた。
それが、ヴァニタスが一時的に魔法を使っていたというもの。
その考えが当たっているのなら、アルバが初めて男と出会った時のことも、急に魔法が使えなくなっていることも説明が出来る。
さらには、女生徒が言っていた男の仲間が全員ヴァニタスだということも、アルバの考えが当たっている可能性を高めていた。
男が普通の人間ではなく、一時的に魔法が使えるヴァニタスであったなら、仲間が全員ヴァニタスなのも頷ける。第一、男がヴァニタスでないのであるならば、わざわざヴァニタスばかりで襲ってくるとは思えない。魔法が使えたほうが、襲撃もやりやすくなるだろう。
男はヴァニタスしか集められなかったというほうがしっくりくる。
しかし、それが分かったところで、今アルバが動くことは出来ない。
特に、今は皆の視線がアリスと男に向けられている。
助けるとしたら、アリスよりも他の生徒の安全を確保する方が先だろう。アリスの相手はどうやらあの男だけのようであるし、アリスの実力をもってすればそれなりの時間はもってくれる。
その間に、男意外のフードの連中を沈めた方がこの状況を打破しやすくなるだろう。
しかし、今すぐに飛び出すわけにもいかない。
アルバの存在がこの場を混乱させることはだけは、絶対にあってはならないのだ。一人一人確実に仕留めるには、リーダーの男がアリスに集中し、他の奴らが周りの警戒を怠ったときでないとならない。いくら、戦闘に慣れている人間であろうと、その本質は戦いたくて仕方がないはずだ。静かに周りの警戒を続けることなど出来るわけもない。しばらく誰も来ないと警戒も疎かになってくるだろうから、その時がアルバが飛び出していける唯一のタイミングだ。
アルバはそのタイミングが来るまで、息を殺してジッと戦場を見つめた。
それまで、悪いがアリスには男の相手をしてもらう必要がある。
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私はフードの男の顔を見て固まってしまっていました。
不敵な笑みを向ける男に対して、私は未だに苦しい喉を鳴らし言葉を紡ぎます。
「ヴァニタス…ではなかったの…ですか」
「間違っていませんよ。俺は正真正銘、王女様が嫌っているヴァニタスです」
男は楽しそうに自分の身体を見せつけるように両手を広げながらそう言いました。
今の男の身体からは魔力が一切感じられません。
「しかし、あなたさっきまで……」
私は倒れた身体に力を入れます。
さっきまでは当たり前のように魔法を使っていた。なのに、男の正体はヴァニタスだった。私はまとまらない思考のまま、何とか立ち上がることに成功しました。
もちろん、手にはしっかりと剣を握っています。しかし、それもすぐにうまく足に力が入らず、ふらついてしまいました。何とか持っている剣を地面に突き刺し杖のようにすることで、倒れるのだけは防ぐことが出来ましたが、今襲われたはひとたまりもありません。
私は男を警戒したまま、冷や汗をかいていました。
しかし、男はすぐに襲ってこようとはしません。私を見たまま口を開きます。
「あまり無理しない方がいいぞ。窒息死しかけてたんだからな」
「あなたに心配させたくはありませんよ」
そう言いながらも私の身体には力が入っていません。
足も手も震えてしまっています。
「別に今襲うつもりはない」
「なんですって……?」
男はその証拠だというように、手に持っている短剣を懐にしまいました。
「お前にはもっと恐怖を与えてから死んでもらわないとな!」
男は獰猛な笑みを浮かべます。
私はその男の様子を黙ったまま見ていました。
男の私に対する憎悪は相当根深いようですね。
「今殺したところで何にも面白くない。だから、ちょっとお話ししましょうや人殺しの王女様」
男はそう言って顔にたたえていた笑みを消しました。
不気味です。私は男の様子を見て、率直にそう思いました。
男は情緒不安定ともいえるぐらい、その表情をころころと変えます。獰猛に叫んだと思ったら、今のように急に落ち着きを取り戻したように話し始める。
男の性格ははっきりといって歪んでしまっています。
ですが、それでも男の目的ははっきりとしていました。私を殺す。しかも、むごたらしく。
私はそれを分かったうえで、男の言葉に対して切り返します。
「その人殺しというのはどういうことですか?数日前のことを言っているのであれば、あなたは無事だったではありませんか」
あの時、私は確かに男を見捨てました。
ですがこの男は、男と同じヴァニタスに助けられているはずです。あの、よく分からない、グリードから来たという青年に。
「やっぱり覚えてないんだな」
すると、男は私の言葉にがっかりしたような顔を浮かべます。
「覚えていない……?」
「ああ。俺とあんたはそれよりも前、厳密には一年前に出会ってるんだよ」
「……」
私は男の発言に目を見張ります。
私と男が出会っていた。その言葉に、しかし、私の記憶の中には思い当たることがありません。
「まぁ、覚えてなくても仕方ないよな。お前にとってヴァニタスは記憶するまでもない人間だもんな」
私はその言葉を否定はしません。
私にとってヴァニタスは、それほどまでに憎む存在なのですから。
私は言葉を返す代わりに、睨みつけます。
男と私の鋭い視線がぶつかり合いました。
「そんな王女様に教えてやるよ。俺があんたを殺す理由をな」
「……ええ。聞かせてください。何故あなたは私を、私だけを襲うのですか」
私は身体の回復のため男の言葉に乗ります。
第一、男はこの状態の私を戦うつもりはありません。簡単に殺してはくれませんから。
「場所は今日と同じようにこの森の中だったな。俺は俺と同じヴァニタスの親友の奴と一緒に、森の中へと踏み込んでいた。ヴァニタスである俺達は、生きていくには森に潜むモンスターを狩って食料を確保する必要がある」
「そうですね」
ヴァニタスはメイン通りで売っている食料を買うことが出来ません。食料を買うためのお金さえヴァニタスは十分に持っていないのです。
ヴァニタスの男達が森に足を踏みいれることに不思議はありません。お父様がなさっている、食料の無料配布も数が限られていますから。
「いつものことだったからな。別に心配なんてなかった。だが、その日、何故かモンスターの活性が上がっていたんだ。俺と親友の二人は思わぬ数のモンスターの襲撃によって怪我を負った。特に親友は足に怪我をしてしまって、走るのもやっとの状態だった。俺達はとにかく襲ってくるモンスターから逃げたんだ。そんな時、何故か森に騎士といた王女様、お前を見つけたんだよ」
そう言って男が私に対して指を向けてきました。
「俺達は必死にあんたに助けを求めた。王女様のヴァニタス嫌いは知っていたが、そんなもん俺達には関係なかった。とにかく助けてくれと叫んだ。だがな……あんたは俺達のことを見てから、騎士共々俺達とは逆に歩いて行きやがったんだよ!」
男は感情が昂ってきたのか、声のボリュームが上がってきます。
「俺と親友は絶望した。そして、走る足を緩めた時だった。親友が急に倒れたんだ。それにモンスターが襲い掛かっていった。俺の目の前で親友は身体から血を吹き出し―――動かなくなった。最後に見た親友の顔は絶望に満ちていたよ」
そこまで話し男は私を見ます。
「お前があの時助けてくれたらそんなことなかった!!お前のせいで親友は死んだ!」
叫ぶ男の顔は歪み切っていた。
そんな男に私は冷静な言葉をかけます。
「……なるほど。それで、数日前にあなたは私に助けを求めることで確かめたのですね。私が一年前と変わっていないかどうか」
「そうだ。そして、変わってないお前を見て安心したよ。これで迷いなく殺せるとな」
「迷いなんてなかったでしょう。私がどう動いたところで、あなたは私を恨むことは変わらない」
「分かってるじゃないか。まぁ、少々知らない奴もいたけどな」
男がそう示しているのは、あの日私と一緒にいたアルバという青年でしょう。
しかし、今はそんなこと関係ありません。
私は男を見つめます。
「……あなた、よくその状況で生き残っていますね」
そう言った私の心は冷め切っていました。
ヴァニタスに対する感情はあの、あの事件以来私の中にはありません。
それこそ男と同じように、憎しみの感情しか。
なので、そんなヴァニタスの話を聞いても、私の感情が動くことなどありません。男が話しているうちに、私の身体はある程度まで回復していました。口も普通に動かせます。
私のはっきりとした言葉に男は昂った感情を抑えて答えます。
「モンスターは親友を襲っただけで満足したのか俺を襲ってこなかった。その場には血だらけに親友の死体が転がっているだけ。俺はとにかく必死に王都まで戻ったよ」
「その時に私を恨んだと」
「ああ。だけど、それだけじゃないだぜ。あんたには感謝したいことがあるんだからな」
「感謝ですか……?」
「そうだ。俺はそれからあんたに復讐するために、力を蓄えた。そうして、人を殺すこともし始めたんだ。そうして見つけたんだよ!!」
男はまた昂った感情そのままに叫びます。
男の顔には狂ったような笑みが張り付いています。
「人が死ぬ直前に見せる、あの絶望したような顔。そこに親友がいるってことをな!!俺はそれを知ってから人を殺すのが楽しくなった。だって、人を殺せば死んだはずに親友に会えるんだから!」
そうして男は笑います。
男の精神は完全に狂ってしまっていました。
男の笑い声だけが、静かなこの場に響き渡っています。




