襲撃者
アリス達自警団が何者かの襲撃をうける少し前、アルバはダリアンから事の詳細を聞き、王座の間を出て無表情のメイドの後ろをついて歩いていた。
来た時よりも気持ち歩く速度が上がっているように見えるが、走るまでにはいかない。
メイドの背中を追いながら、アルバは少し頭の中で情報を整理する。
昨日の夜、王都近くの森に現れた不審人物。モンスターを倒すわけでもなく、王都に向かっているわけでもなく、ただ森をゆっくりと何かを確認するように歩いていたという。
その目的とは何か。アルバがいくら考えを巡らせても、これといった目的は思いつかなかった。
国外で何をしていても何の問題にもならないのは確かなのだが、いつモンスターが襲ってくるか分からない場所にわざわざ、目的もなく長時間もいるだろうか。
「自警団の訓練か……」
そうしてアルバが行きついた考えは、ダリアンが口にしたものと同じことだった。
何か目的があるとしたら、それ以外に思いつかなかった。自警団の予定が漏れていたとは考えにくい。アリスがそこを疎かにするとは思えない。
しかし、今まで不審人物の目撃情報がなかった森に、自警団の訓練前日になって現れた、目的の分からない数人の人の姿。タイミングを思うに自警団を狙っている可能性が無いとは言いづらい。
自警団を狙ってどうするつもりなのか。
自警団と言っても、構成はすべて学園の生徒だ。王都でも身分の高い家の子供たちであるのには違いないが、自警団に入っているメンバーが全てそうだとは限らない。
自警団のメンバーは魔闘科の生徒達だ。その中には身分関係なく、王宮騎士になりたくて入ってきている生徒もいる。
フトゥールム学園は王宮直属であるが、別に全ての生徒が貴族というわけではない。確かに身分の高い子が多いが、中には一般の家庭から厳しい試験に合格して在籍している生徒もいるのだ。
特に魔闘科にはそういった生徒が多い。
魔闘科はモンスターとの戦闘授業もあるので、子供を必要以上に大切に扱う貴族の親が、子供の魔闘科在籍を許すことは少ない。そんな理由あり、貴族の子供達は、一般科に集中しているのだ。
もし、貴族を狙うのであれば、魔闘科ではなく一般科の生徒を狙う方が得策だろう。魔闘科とは違って、ほとんどの生徒が貴族の子供。それに、戦いにも慣れていない。人を狙うような奴らにしてみれば、ライラや王宮騎士の存在を除けば、一番狙いやすいだろう。
まぁ、とはいえ学園を直接狙うにも、ライラの魔法を破らなければならないし、学園の休みに街へ出てくる生徒にしても、常に近くには王宮騎士がいるので、実際何かしようにも難しいことに変わりはないが。
そう思えば、森での生徒の訓練という、今までにないこの状況に、狙ういい機会だと思っても不思議ではない。
(もう少し急いだ方がいいか)
アルバはそう思い、少しだけ歩く速度を上げる。
すると、後ろに目がついているのかと思えるほど、前を歩くメイドもアルバの歩調に合わせるように、足の動かすスピードを上げた。
しばらく王宮の廊下を歩いていると、入口の扉が近づいてきた。
そんな時になり、前を歩くメイドが唐突に口を開いた。
「アルバ様も、今回のことはアリス様、自警団の皆様を狙っていると思われますか」
相変わらず平坦な声からは、感情は読み取れない。
メイドはそう言いながら、手の届くところまで扉に近づき、アルバのために魔道具を起動させ開けてくれる。。
外の風がアルバの髪を揺らす。
「それは分からない。だけど、その可能性があるのも確かだ」
アルバはそう言いながら、開けられた扉をくぐり王宮内部から外へと出た。
「やはりですか……」
「……?」
アルバがここで初めて、メイドの声に感情がこもったように感じ振り向く。
しかし、メイドは無表情のままアルバをじっと見ているだけだった。
「アルバ様はアリス様のことが好きではないでしょう」
「それは……」
「いいのです。隠さなくても想像はできます。アリス様はヴァニタスを見ると人が変わったように、厳しくあたってしまいますから」
「知っているんだな」
「もちろんでございます。ですが、アルバ様」
そう言ってメイドはアルバを見る目に力を込める。
「もし、不審人物がアリス様達を狙っているのだとしたら、必ずその者達からアリス様を、自警団の皆様を守って下さい」
「ああ。分かってる」
「アリス様の性格からして、自警団の他の方々を守るため、無理をしてまで一人で戦いを挑んでしまいます。ですので、どうかアリス様をお願いいたします」
メイドは深々と頭を下げた。
それはもう、ダリアン王に対するものと同じぐらいの敬意を込めているかのように。
アルバにはどうしてそこまで、このメイドがアリスのことを想っているのか気になった。
王族だからというのは当然だが、しかし、それ以外にも個人的な想いがこもっているように感じたからだ。
「お前は一体」
そうしてアルバの言葉に反応するようにメイドは頭を上げる。
「今は王宮に仕えておりますが、本来であれば私はアリス様のお傍に仕えていなけらばならないのです」
「それってつまり」
「はい。私はアリス様の専属メイドでございます。ですので、アルバ様。私のご主人様をどうかよろしくお願いいたします」
「……任せろ」
そう言ってメイドはまた頭を下げる。顔は無表情のままだったが、その言葉には思いやりが含まれていた。
そんなメイドにアルバは声をかけると、メイン通りの方向に身体を向け走り出す。
途中、メイン通りを物凄い勢いで走り去るアルバの姿を何事かと見る国民がいたが、そんなのアルバは気にしている暇はなかった。
一気にメイン通りを走り、王都の正門を抜け、国外へと出て一目散に森へと向かっていった。
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目の前に並ぶ五人のうち、リーダーを思われる真ん中に立つ一人が、私達自警団の面々を見て、口を開きました。
真ん中の一人を除いて、他の四人からは魔力の類は感じられません。
ヴァニタスです。
私はそれを自覚すると、フードの集団に目をこらします。
ヴァニタスといえど、元王宮騎士でもあるカイン先生を突き飛ばした程の実力の持ち主。さらには真ん中の人。身体から出る魔力はそれほど強いとは言えませんが、カイン先生の障壁を破るだけの魔法の行使が出来ています。誰一人として、油断してはならないのは確かです。
「カイン先生をよくも……!!」
私がそう思っていた矢先、自警団の一人の男子生徒がフードの集団に向けて魔法を放とうと、手に魔力を込めています。
「いけません!まだ正体も分からない敵に―――」
私の決死の叫びは、しかし、すでに手遅れでした。
男子生徒は怒りにまかせて、魔法をフード集団めがけて放ってしまいます。
その魔法に対して、フード集団のリーダーが動きます。
男子生徒と同じ光弾を片手で生成すると、男子生徒の魔法を狙うかのように放ちました。
男子生徒と同じ魔法。しかし、速さも威力も格段に相手の方が上です。
案の定、光弾と光弾がぶつかった瞬間、男子生徒の放った魔法が消し飛び、勢いそのままに男子生徒に向かっていきます。
このまま直撃でもしたら下手をすると怪我では済まない事態になってしまう。
しかし、フードの男が放った魔法の速度は速く、今から私が飛び出しても間に合いません。
どうしたら……!
私がどうしようもなく立ちつくしていると、しかし、男の放った光弾は男子生徒のすぐ近くで軌道を変え、足元の地面に当たりました。
「うおあ……」「きゃ……!」
直撃はまぬがれたものの、地面に当たった衝撃は凄まじく、大きく煙をあげると共に、その衝撃で男子生徒と近くの生徒数名が後ろに飛ばされてしまいました。
煙が晴れた所には、自警団のメンバー数名が倒れていました。命に別状はなさそうですが、衝撃のあまり気を失っているようです。
男の実力を垣間見た他のメンバーも、その破壊力のあまり固まってしまいました。
「少し黙っておいてくれないか。俺は魔法の扱いが下手なんだ。うっかり殺すかもしれない」
フードの男が、その低い声で冷静に私達に警告してきます。
その表情はフードに隠れて見えません。
「お前達ただの生徒に用はない。大人しくしてれば殺さないと約束しよう」
リーダーらしき男は白々しくそう言い、両手を広げます。
男の言っていることが本当だというのなら、さっきの魔法はわざと地面に当てたということでしょうね。
私の背中に冷や汗が伝います。
すると、そんな時。
男が少しだけ油断した隙に、左右の森から二人の人影が飛び出してきました。
一人は目つきの鋭い男子生徒、もう一人は長い髪を後ろで一つに結んだ女生徒。
どちらも、カイン先生と同じように警備にあたっていた生徒。私と常に行動を共にしている四人のうちの二人です。
「だからさ……」
リーダーの男はそんな二人を見ることもなく呆れ交じりの呟きを漏らします。
しかし、その間にも、男子生徒の方は両手に持っている筒形の武器、通称『魔銃』に魔力を込めています。女生徒の方も、自分よりも長い槍に雷を纏わせ、一撃をおみまいしようと、空中から勢いをつけて集団へと向かっていっています。
私もそれを合図に、身体に魔力を込め、
「炎よ。焼き尽くしなさい!」
渾身の威力を込めた炎の奔流を、フード集団にめがけて撃ち放ちました。
魔銃によって威力もスピードも速まった魔法。女生徒の雷撃。そして、私の炎がフード集団を飲み込みます。
これだけの魔法を受けて、ただで済むとは思えません。
私は固唾を飲んで、それら魔法が消えるのを待ちました。
そしてしばらくして、魔法の効果が切れた時、私を含め全員が驚きのあまり目を見開きました。
魔法が消えたそこには、さっきまでとは変わらずフードの集団が無傷で立っていたのです。女生徒の電気を纏った槍も、一人の人によって手で止められ、リーダーのところに届くことは叶いませんでした。
「ただの生徒には用がないって言ってるじゃんか。やれ」
男の合図に、横に控えていた他の人達が動き出します。
一人は空中にいる男子生徒に一気に近づくと、足を凄まじい速さで男子生徒の脇腹めがけて振り抜きました。空中で固まっていた男子生徒は、何とか腕と足でガードしたものの、フードの一人が放った蹴りは重く、そのまま、私達自警団の方へと飛ばされてきます。
勢いそのままに男子生徒は私の近くの地面に叩きつけられると、くぐもった声を上げて、防いだ腕を反対の手で押さえていました。どうやら先ほどの攻撃により腕を負傷してしまったようです。
もう一人の方は、女生徒の槍を掴んだまま、女生徒ごと振り回すと、こちらに向けて手を離しました。その間も、女生徒は何とか攻撃が通用しないか雷を槍に纏わせ続けていましたが、そんなのお構いなしな様子で、女生徒はそのまま投げ飛ばされてしまいます。
男子生徒と同じように、女生徒も自警団の方へと飛ばされましたが、こちらは男子生徒ほど負傷していません。
しかし、地面を転がった衝撃で、身体の数か所に傷を負っています。満足に戦うことは難しくなってしまいました。
「俺達が用があるのはたった一人」
リーダーの男がそう言って、私を見て止まります。
「あなたですよ。アリス・ロイスタシア王女様」
男がフード越しにニヤッと笑うのが分かりました。
「私、ですか」
「ああ。そうだ。俺達、いや俺はあんたを殺すためにわざわざ、昨日からここで待ち伏せしてたってわけさ!」
男が声を荒げて私に向かってそう言ってきます。
私を殺す……ですか。
何となくですがそう思っていました。男の周りに控えるのはすべてヴァニタス。そして、ただの生徒には用がないという男の発言。
それらを合わせたら、狙いは私しかいないということは明白です。
「狙いは私であって、自警団は関係ないということですか?」
「ご名答。そいつらにはあんたが俺との戦いを受けるための、人質の役割をしてもらう」
「殺しはしないのですね」
「初めからこっちはそう言ってるじゃねえか。俺達はあんた意外に興味はない。なのに、状況も分からずに攻撃してくる輩がいるからさぁ」
男はそういうと、おもむろに腕を自分の斜め後ろにやりました。
「あんたの一言でやめさせてくれねぇか。あそこの茂みで俺達のことずっと見てる奴をよ」
私は男の一言で、腕の向けられている方向に視線を動かします。
そこには、今まで姿の見えなかった一人、警備にあたっていた男子生徒が、その屈強な身体に似合わず息を殺し、男達に視線をやっていました。
私からはギリギリ見える茂みです。男達からは完全に木に隠れて見えない場所にいるにも関わらず、男の腕はその方向に一直線にのびていました。
男子生徒は私に首を振ります。
「いいのか?このままだったら初めての死人が出ちまうぞ」
男は次第に魔力を込め始めました。
しかし、男子生徒はずっと私に対して首を横に振り続けます。自分の事は気にしなくていいと。その隙に逃げてくれと言っているように。
「そうかい。あんたはやっぱり最低の王女様だ!」
私が何も言わないうちに、どんどんと男の魔力が高まって来ます。
男子生徒はその間も逃げることなど見せずに、じっと男の魔法を見続けていました。
男の魔法が放たれる―――その瞬間。
「出てきなさい」
私の口からは言葉が出ていました。
「早く出てきなさい。命令です!」
私ははっきりとそう叫びます。
茂みの中の男子生徒はなんでといった表情を浮かべていました。
「だそうだ。大人しく出てこいよ。命までは取らねぇからよ」
男の言葉に男子生徒は諦めたように茂みから出てきます。
「よし。お前ら、あいつを連れて他の奴らの前に行け」
男の言葉に他のフードメンバーが動き出します。
一気に私の後ろ、自警団のメンバーの前まで来ると、持っている武器を見せ脅しに入ります。
茂みから出た男子生徒も、フードの一人に連れられこちらまで歩いてきました。
それとすれ違うように私は一歩前に出ます。
横目に映った男子生徒の目は未だにどうしてと言っているようでした。
私は心の中で謝ります。
ごめんなさい。あなたの気持ちはありがたいですが、この状況になってしまっては私に、逃げるという選択肢は許されません。自警団を創った私には、あなた達を守る義務がありますから。
私はそのまま男に対峙します。
「私が勝ったら、もちろん他の生徒を開放してくれますわね」
「ああ。約束しよう」
「そうですか。それを聞いた安心しましたわ」
私は勢いよく剣を横に振ると、男を睨みつけます。
男の実力は未知数。さらには、魔法が何故か効いていない。
今の状況では私に勝ち目はありません。
ですが、ここで引くわけにはいかないのです。時間を稼ぐ必要があります。
警備にあたっていた生徒は次々に倒されていきました。カイン先生、二名の生徒。そして、私を逃がそうとフードの男の隙を伺っていた生徒。合わせて四名。
しかし、私も合わせて、今回の訓練にさいし、私が警備を頼んだのは合計六名です。
そのうちの一人。すばしっこくて、お調子者の一人の女生徒がさっきから姿が見えないのです。隠れているのなら、男子生徒のようにすぐにあの男にばれてしまっているはず。
きっと、助けを呼ぶために走っているのでしょう。
その証拠に、敵の攻撃を受けたはずの、槍を持った女生徒の目からは、他の生徒に比べて絶望の色が見て取れません。
私はそれを見たからこそ、男の前へと足を踏み出したのです。




