それぞれの視点
私は、目の前からアルバ様の姿が消えたことに対して、突然のことに少しだけ状況判断が遅れました。
二人の話を聞いていなかったわけではありません。
しかし、まさかアルバ様だけがライラ様によって別の場所に飛ばされるなど、予想もしていなかった私は、アルバ様の姿が見えなくなってからも、その場から動けずにいました。
すぐに、状況を理解した私は、魔法を使った後、椅子に座ったままのライラ様に近づきます。
ライラ様は、ずっとこちらを見ていました。
「あの、私は行かなくてもいいのでしょうか」
私は疑問に思っていることをライラ様に伝えます。
いつもであれば、アルバ様の専属メイドの私も、一緒に移動魔法で飛ばすはずなのに、今回に限っては、その様子は見られません。
私がこうして言ってくることを予見していたのでしょう。ライラ様は私の質問に、すぐに口を開きました。
「今回に関しては、ミリンダはいらない」
ライラ様の厳しい言い方に、少しだけ気おされてしました。
ですが、それはライラ様が怒っているわけではないことを知っている私は、すぐに正気に戻り、その理由を尋ねました。
私がいらないとはどういったことでしょう。
「ダリアンから聞いた話だと、ミリンダがアルバと王宮に行ったところで、そこでアルバと離れることになる。だったら、私と一緒に学園にいた方がよっぽどいい」
「アルバ様はどういった用件で呼ばれたのでしょう?王様直々だということは、何か重大なことがあったんですか?」
「重大かは、まだ分からない。実はな……」
そうして、ライラ様は事の詳細を私に話してくださいました。
その話を聞いた私は、頷くことしか出来ません。ライラ様が私をアルバ様と一緒に、魔法で王宮に行かせなかった理由が分かりました。
「アルバ様にしか出来ないことですか……」
私はライラ様の話が終わると、窓の外、王宮方面を無意識のうちに見ながら呟いていました。
聞いた話によると、王都近くの森に不審人物が出たと。そして、それがまるでアリス様、自警団の訓練に合わせているかのように思われることです。
魔力のある人間では、魔力探知に引っかかってしまう恐れがあるため、今回の調査にヴァニタスのアルバ様が起用されたということでした。
そのような理由であれば、確かに私が一緒にいたとしても、王宮に残されていたことでしょう。
今頃アルバ様も、ダリアン様から事情を聞いている頃でしょうか。
私の視線はなおも、学園の外を見ていました。
「大丈夫でしょうか……」
「なんだ?不安か?」
私の呟いた言葉に、ライラ様が反応します。
「不安というか」
「まぁ、確かにアルバはあの森には不慣れだ。少々、道に迷うなんてことがあるかもしれないな」
ライラ様が面白いことのように少しだけ笑みを浮かべます。
「だけど安心していい。アルバの実力を見れば、あの森なんて抜けるのはたやすい。むしろ、アルバにとってみれば、人と戦うよりも圧倒的に国外探索の方が向いている」
「というと……?」
私はライラ様の言っていることが上手く理解できずに首をかしげます。
「グリードでは、基本的に人と人との決闘は一切行わない。国外で、モンスターの相手してる奴ばかりだからな。一人一人が国を守るための大切な戦力なんだ。それを、決闘なんて無意味なことで傷つけることはできない」
「無意味」
「そうだ。私達は当たり前のように怪我をしたら魔法で治しているだろう?ちょっとした傷だったら、気にしなくてもいい」
「はい」
「だけど、ヴァニタスにはそれが出来ない。そしてヴァニタスの国であるグリードに、治癒魔法を使える奴なんて一人もいない。骨折なんてしようものなら、長期間動けなくなる」
私はライラ様の言葉を、真剣に聞きました。
私達の住んでいる王都では、よく力試しに決闘が行われています。ですが、それは魔法があるからです。ちょっとした怪我。骨折なんかしても、治癒魔法を得意とする人が一人でもいればすぐに完全に治せてしまいます。そういったことがあるから、決闘と言うのは一つの見世物、力試しに使われるのです。
ですが、アルバ様達ヴァニタスからしてみれば、怪我や骨折なんていうのは、致命傷と変わりません。
骨折はもちろんのこと、少しの怪我でも放っておけば重症化すると、私は聞いたことがあります。
そう思うと、私達とアルバ様の見ている世界は、全然違うもののように思ってしまいます。
「そこで、何故グリードの中でも強い強くないと分かるか。それはひとえに、どれだけモンスターを倒し、生きて帰ってきたかだ」
生きて帰ってきた。その言葉がどれほど重要なことなのか、今の私にはよく分かります。
アルバ様が、昨日リーリンさんに言っていたことを思い出します。
『モンスターとの戦闘で大事なのは、生きて帰ってくること』
不安に思うリーリンさんにかけたアルバ様の言葉は、そういった経験から来るものだったのでしょう。
「そこにおいて、アルバの実力は絶大なものだ。グリード王がこの国一番の強者だと言っていたぐらいだしな」
「そうなんですか」
私はライラ様の言ったことに驚きました。
ライラ様がグリード王様に何やら頼んでいるとは知っていましたが、まさかそんな経緯があってアルバ様を連れてきたとは初耳です。
「だから安心しろ。アルバはこれまで何度も国外へ出てはモンスターを狩ってきている……まぁ、今回に関しては、もし何かあったとしたき戦うことになるのは、モンスターじゃないだろうがな」
そういって、ライラ様は肩をすくめます。
ライラ様の言っていることは嘘ではなく、紛れもない真実なのでしょう。私の中にあった心配事が少しだけ無くなりました。
ですが、私の胸中にある不安の種はそこではありません。
ライラ様には失礼なので黙っておこうとしました。
「……まだなにかあるのか?」
ですが、そんな私の顔を見て、ライラ様が不意に聞いてきました。
私は、観念したように口を開きます。
「いえ、その……ライラ様には申し訳ないのですが」
「どうした?」
「私の心配事はそこではなく……アルバ様、ちゃんと王宮に入れたでしょうか」
私は少し恥ずかしさで顔を赤らめながら、そう答えました。
移動魔法といっても、王宮内部に直接移動させることは、できないはずです。王宮には特殊な魔法がかけられていて、移動魔法など外部からの干渉を完全に防いでしまうのですから。
となると、アルバ様が飛ばされた場所は、王宮の外。ヴァニタスのアルバ様には、魔道具によって開閉する、王宮の入り口の扉を開けられたとは思えません。
今頃、困り果てていないかというのが、私の中にはずっとあったのです。
「……」
私の言ったことに、ライラ様は一度ポカンとした顔をし、急に笑い出しました。
「ぷっあははは!」
ライラ様にしては珍しく大笑いした後、涙で潤んだ瞳をこすります。
「なるほど!……そういうことか!」
「あの、私なにかおかしなこと言いましたか……?」
私は何か変なこと言ったのではと思い、ライラ様に不安そうな顔で詰め寄りましたが、ライラ様はすぐに自分を落ち着かせると「いや」と言って、私を見ました。
「おかしくはない。ミリンダは初めから、アルバが森の偵察を失敗するなんて思ってもいなかったということだな」
「いえ、それは確かに少し不安ではありましたどけど……ごめんなさい」
「いやいい。メイドとして主人が困っていないか心配するのは当然のことだ」
そうして、ライラ様はリラックスしたように椅子に自分の身体を預け、私を優しい目で見つめます。
ライラ様の周りには、ピリッとした硬い空気はなく、楽しげな表情をしています。
「そこに関しても大丈夫だ。違うメイドが案内してくれることになっている」
「そうですか……よかった」
私はホッと胸をなでおろしました。
「ミリンダもずいぶん、専属メイドとしてらしくなってきたじゃないか」
すると、ライラ様がからかうように私に言ってきます。
「そ、そうですか?」
「何となくだがな。初めの時よりもアルバのこと、理解しているように見える」
「それは……分かりません。だけど、アルバ様なら大丈夫だといった、漠然とした自信があると言いますか」
「いいことだ。メイドと主人は信頼関係あってこそだ……セイブルがそれを聞いたら喜ぶだろうな」
そう言うライラ様の表情は、不思議と穏やかなものでした。
「そんなアルバが失敗するとは思えないが、もし、不審人物がアリスの自警団を狙っているとしたら、学園も同時に狙われている可能性が高い。私が結界で守っているが、もしもの時は、ミリンダ。お前にはパニックになるだろう生徒達を安心させてくれ。これは私にはできない。ミリンダが頼りだ。いいな?」
「はい!」
ライラ様の言葉に、緩んだ空気を引き締めると、私達は学園の中から、アルバ様、そして自警団の皆様の帰りを待つことにしました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
訓練は今のところ順調です。
周りの生徒の反対を押し切って、無理やりにライラ理事長の許可を取って始めた、森でも実践訓練ですが、私の思っている以上に、自警団のメンバーは各々実力をつけていました。
やってくるモンスターの群れを、陣形を崩さず、難なく捌いていっています。
安全のため、私含め、私と同様の実力を持つ生徒には、カイン先生と共に、周りの警戒を怠っていませんが、今のところ何も問題なく進行しているところです。
学園から出て、すでに結構な時間が経っていました。
私はここで、少しだけ休憩のとれる、広くは開けた場所を探します。
そして、ちょうどここから少し歩いた先に、木々の生い茂っていない空間を発見しました。私は、皆より先にそこに走っていくと、モンスターの姿がないことを確認して、後ろのメンバーにも声をかけます。
各々、自警団のメンバーが腰を下ろして休憩しているところ、私と他四人の生徒、そして、カイン先生が警戒のため、立ったままでいました。すると、近くいたカイン先生が私に声をかけてきます。
「アリス様。あなたも休憩してはいかがです?」
そういってカイン先生は私に座るように促してきます。
「カイン先生。今はアリス『様』はやめてください。王女ではなく、一生徒として接してくださいます?」
「おっと、それはすまない。つい」
そうしてカイン先生は私に頭を下げてきます。
しかし、致し方ないことでもありますね。私はどうしても『王女』アリスなのですから。
すると、カイン先生は穏やかな微笑みを消し、真剣は表情になって私に向き合ってきました。
「では、生徒として先生の立場から言わせていただきます。アリス。君は休むべきだ」
「大丈夫です。それに私は疲れていません」
「いや、休めるときに休んでおくのがいい。ここはモンスターの巣窟ともいえる森の中だ。いざという時に動けなくなってしまっては困るからね」
「しかし、それは他の、警備にあたってる子もそうでしょう?私だけ休むわけには……」
「アリス。君はこの自警団のリーダーなんだろ?であれば、アリスが休まなければいけない。リーダーを失った団体は、脆く崩れやすい。君には、最後まで立っている必要がある」
「……分かりました」
カイン先生のいつにもまして真剣な目に、私は頷きました。
カイン先生の言っていることは、きっと実体験からくることなのでしょう。それだけ、私を見る目には真剣さが帯びていました。
私は、警備にあたっている四名の生徒に視線を送り、休憩を取ることを伝えました、四人とも静かに頷きます。
「カイン先生は休憩取らなくてもいいのですか?」
「ん?僕か。僕は大丈夫だ。先生をなめないでよ」
私はそう言って笑うカイン先生をおいて、私は皆が腰を下ろす場所に行き、休憩を取ることにしました。
ついでに、ここまでで気づいたことをメンバーに伝えていきます。
「大丈夫ですか?」
私は座っているメンバー順々に、アドバイスをしながら、一番端で座っている一人の女生徒に声をかけます。
その女生徒は、髪を後ろで二つに結んだ、周りの生徒よりも小柄な子です。
魔闘科一年生。名前はリーリンと言います。
リーリンは私の言葉に驚いたように顔を上げると、私の顔を見て固まってしまいました。
私はリーリンの隣にゆっくりと腰を下ろします。
「モンスター、怖くありませんか?」
私はリーリンのことを思って、柔らかい声音を意識して言いました。
リーリンは、少し前に行ったという、魔闘科の実践訓練のとき、ロイボアの思いがけない攻撃を受けて、下手をしたら死んでいたかもしれないと、担当だったカイン先生から聞いていました。その時は、自警団の訓練にもし姿を現したら、医務室に行くように言ってあげてほしいという理由でしたが。
それ以降、リーリンからは学園で行っていた自警団の訓練でも、自信なさそうな顔をしていたのを覚えています。
ですので、今日のモンスターとの戦闘でも、私が一番気をつけて見ていたのは、この子でした。
「……怖いです」
しばらくしてから、リーリンから返事が返ってきます。
自分のステッキを見ながら、声は少し震えていました。
「ですが、私が見ていた限りでは、問題なく魔法を撃てています」
私はこれまでの戦闘を見ていて、思っていたことを素直に言いました。
リーリンは、授業のこともあってか、モンスターに恐怖心を人一倍持ってしまっています。もしかしたら、その時のことを思い出してしまって、動けなくなってしまうんじゃないかと思っていたのです。
ですが、リーリンは私の予想をいい意味で裏切ってくれて、今まで魔法が撃てなくなるということはありませんでした。多少、発動に時間がかかっていますが、それは戦闘に慣れていないうちは仕方のないことです。他の生徒でカバーできますから。
「……ある人に言われたんです」
すると、リーリンの口から言葉が漏れてきます。
その言葉は、今までの自信のない声とは違い、強い意思がこもっているように感じました。
「ある人?」
「はい。アリス様を信じろって」
私はその言葉にドキッとしました。
リーリンは今はステッキから目を外し、その視線を私に向けています。
リーリンの私を見る大きな目には迷いが感じられません。
「もし何かあれば、アリス様が絶対に守ってくれる。だから、安心しろって言ってくれたんです」
そう言うリーリンの顔は安心したように微笑んでいます。
「それに、あの人が言った通り、しっかりと誰かが警備にあたってくれている。その人の言葉が無かったら、多分、私はモンスターが怖くて魔法を撃てていなかったはずです」
リーリンの言うあの人というのは私にはわかりません。
ですが、こうして語るリーリンの顔を見ると、あの人というのがリーリンの心の支えになっていることは確かでしょう。
「この訓練が終わったら、あの人というのにお礼を言わなければならないですね」
「え?アリス様が……ですか?」
「ええ。私の仲間にここまで素晴らしい言葉を残してくれたのですから、当然です」
「えっと……私はいいですけど……」
肯定するわりには、リーリンの返す言葉に力がありませんでした。
そのことが気になって、私がリーリンにその理由を聞こう。
そう思った時でした。
「皆!すぐに、障壁を展開するんだ!!!!」
突然響いたカイン先生の叫び声に、しかし、皆油断していて反応が遅れていました。
カイン先生はそれを見ると、渋い顔をして魔力を最大限にまで高めていきます。
「光よ、我らを守りたまえ!!!!」
カイン先生が叫んだと同時に、光の壁が私達を守るように展開しました。
そして、障壁が張り終えたと同時に、こちらに高速で向かって来ていたのである光弾が勢いそのままに、障壁に当たります。
激突の衝撃で、辺り一面には煙が巻き起こっていました。
私は、即座に腰の剣を抜き、臨戦態勢になります。
すると、いきなり煙のある一点が掻き消え、なにかが私達自警団の後ろにある木に、大きな音を立てて当たりました。
「カイン先生!!」
自警団の誰かが叫びます。
それにつられるように、その方向を見ると、さっきまで私達を守るため障壁を展開していたカイン先生が、木に当たった衝撃で苦しそうな顔をしています。
「な……何者…だ」
カイン先生は煙の巻き上がる先を見つめています。
しかし、カイン先生はそこまでを口にすると、ぐったりとしてしまいました。
「カ、カイン先生!?」
自警団の一人の子が駆け寄ります。
「あなたはカイン先生に治癒魔法を!他の子達は武器を構えなさい!!」
私がそう叫ぶと、各々自分の武器、そして、腕を煙の中へと向け、いつでも攻撃できる体制になります。
「思った通りだ。ここに張っていて正解だったな」
煙の向こうから声がします。
そして、その煙が晴れると、そこには、黒いフードに身を包んだ、顔の認識できない五人組が私達自警団を見ていました。
一人はカイン先生を攻撃したからでしょう。腕を前にした状態のままで、他の四人が隣に並ぶようにゆっくりと歩いてきています。




