アルバにしか出来ないこと
アルバを覆っていた浮遊感が無くなり、地面を感じられるようになったとき、アルバは閉じていた目をゆっくりと開いた。
視界がクリアになったとき、アルバの前に広がる光景はさっきまで居た理事長室ではなく、この国の象徴ともいえる王宮の入り口前であった。
徐々に、アルバの後ろのメイン通りの騒がしさが耳に届く。
アルバは一度周りを見渡してから、ミリンダの姿が見えないのを確認すると、王宮へと視線を動かした。
移動魔法によってアルバがライラに飛ばされる前、ライラはダリアンからの呼び出しと言っていた。ならば、これから向かうべく場所は一つしかないだろう。
アルバは慎重な足取りで、王宮敷地内へと足を踏み入れていく。
王宮とメイン通りを繋ぐ正門のところには、警備のための騎士が左右に一人ずつ、不審な人物がいないか鋭い目つきで王宮に近づく人を見ている。
アルバはその騎士の横を難なく通り抜けていく。
何か言われると思っていたアルバは肩透かしをくらったみたいだ。どうやら、騎士達にはアルバが来ることが伝わっていたらしく、アルバを一目見ると、歓迎のためなのか、騎士の二人はアルバが完全に通り抜けるまで、ずっと胸に腕を当てて直立していた。
きっと、その胸中は穏やかなものではないだろう。軽視する対象のヴァニタスに対して敬意を示さないといけない。普通なら嫌悪感が顔に出てもおかしくない。
しかし、そこは王宮の警備を任される王宮騎士。そんなこと一切顔に出すことはなく、真面目な表情を崩すことはなかった。
アルバはそんな騎士を横目に見ながら、王宮に入るため、豪勢な扉の前まで歩いて行く。
階段を上り、扉を前にしたところで、しかし、アルバの足は止まってしまった。
「どうするんだこれ……」
アルバの口から困惑の声が漏れる。
というのも、王宮の扉は魔道具か使われている。ミリンダがいない今、魔力のないアルバには扉を開けることなど不可能だ。
扉の前でただ茫然と立ちつくしているアルバだったが、唐突に目の前の扉が動きだした。
ゆっくりと、豪勢な扉が開かれ、そこには端整な顔立ちの女性が立っていた。服装はミリンダと同じ王宮メイド服。
そんな王宮メイドは、扉の前で佇むアルバを見ると、静かに頭を下げた。
「お待ちしておりましたアルバ様。ダリアン様がお待ちです。ついてきてください」
メイドは抑揚のない平坦な言葉でそう言うと、無駄のないすらっとした動作で歩き始める。
アルバはそのメイドの背中を追って、王宮内部へと足を踏み入れた。
しばらくして、開かれたままだった扉は、ゆっくりとひとりでに元の状態に戻っていった。
王宮は相変わらずと言っていいほど、壁や扉が各々統一されており、どこを歩いているのか分からないような錯覚を起こさせる。
そんな中でも、前を歩くメイドは確かな足取りで、ダリアンが待つであろう場所へとアルバを導いてくれている。
ミリンダと同じ王宮メイド。しかし、その態度はミリンダとは似て非なるものだった。
感情を殺し、職務にのみ全うする。
前を歩くメイドの、時々見える顔からは何も読み取ることが出来ない。
まっすぐぶれることなく歩くその後ろ姿は、気品に溢れていた。
王宮、さしては王様に仕えるメイドとしては、文句のつけようのないメイドであると思える。
王宮メイドといっても、その仕事に取り組む姿勢は様々だ。
ミリンダのように、感情を前面に出しているメイドもいれば、前を歩くメイドのように、感情を出すことなく淡々と仕事をこなすメイドもいる。
どちらも間違っていない。その根底にあるのが、仕える主人への忠誠であるのならば。
王宮を歩いていると、時々数人のメイドや執事の人達とすれ違う。だが、その顔をよく見れば、誰と言って同じ表情の者はいない。
廊下の真ん中を歩くアルバに対して、にこやかに微笑みながらお辞儀をするもの、無表情でお辞儀をするもの。様々な表情で、王宮を訪れた人を迎えてくれている。
そんなメイドたちを見ながら、アルバは少しだけホッと息をはいた。
自分の専属メイドがミリンダでよかったと、改めて思っていたのだ。
前を歩くメイドには悪いが、もし、専属としてやってきたメイドが、このような感情の分からないメイドだったなら、アルバは疲れて仕方がなかったように思う。
ミリンダは身体が小さいことや、メイドとして少し危なっかしいところも見えるが、浮かべる笑顔には優しさが満ち溢れている。
だからこそ、街へ出ても、アルバは周囲の視線に耐えることが出来ているのかもしれない。
「着きました」
アルバがそんなことを考えている間に、目的の場所に到着したらしい。
メイドがこちらを振り返り、すぐ横の扉を手で示している。
「この先でダリアン様。そして、サマリー様がお待ちになっております」
アルバはメイドの示した扉を見る。
扉は、縦にも横にも大きく、天井近くまで伸びている。これまでの扉に比べて、ここだけは統一されておらず、金を主体とした艶やかな装飾で彩られていた。
「前に来た時とは違う場所なんだな」
アルバの口から、ついそんな言葉が漏れた。
アルバとしてはてっきり、前にライラと一緒に訪れた部屋に、今回も連れていかれると思っていた。だが、今回はどういったわけか、違う部屋に連れて来られたのである。
「前にいらした場所は存じてはおりませんが、ここがこの王宮内部でも一番壮麗なお部屋。王座の間でございます」
メイドの説明に、アルバは納得したように扉を見る。
どうりで、ここまで豪勢な扉をしているわけだ。
「それでは参りましょう」
そう言ってメイドは扉に手を当てると、少しの間をおいて、ゆっくりと扉を押していく。
「ダリアン様。アルバ様をお連れしました」
メイドが王座に入るや否や、澄み切った声で報告する。
アルバもそれに合わせて王座に入っていく。
王座の間は、辺り一面、白で統一されており、窓や照明など、何から何まで大きく造られていた。床には赤い絨毯が一直線に伸びていて、それは、少し先の階段に差し掛かるところまで続いている。
その階段を辿っていくと、ここよりも少し高いところに、椅子が三つ並べられていた。その一番真ん中の椅子に、この国の王ダリアン・ロイスタシアが座っていた。
そして、その横にはアリスと同じ金髪を、アリスとは対照的に肩のところで短く切りそろえた女性が立っている。この人が、サマリー・ロイスタシアなのだろう。
アルバに向かって手を振っている。
「ありがとう。もう戻ってよろしい」
「はい。それでは失礼いたします」
ダリアンはメイドに対してその印象的な微笑みを返すと、メイドを下がらせた。
メイドは一度深く、ダリアンに対して頭を下げた後、アルバにまで頭を下げ、王座の間から出ていく。
「アルバ君。もう少しこちらに来てくれないかな。今の状態では話しづらいだろう」
ダリアンがアルバに対して、近くに来るよう手招きをする。
アルバもそれに従って、赤い絨毯の上を、会話に支障がないところまで歩き近づいていく。
すると、アルバの姿を見たサマリーが驚いた顔になる。
「あら。近くで見ると、本当に若いわね。アリスと変わらないくらいなんじゃないでしょうか」
サマリーの声や表情からは、どこかおっとりとした女性の雰囲気が醸し出されていた。
似た者夫婦。確かになと、アルバは心の中で頷いていた。
「だけど実力は一級品だ」
「ええ。分かっていますわよ。あのレオナルドに勝ってしまったのですからね」
そう言って二人して、アルバを見る。
「それで。俺を呼び出した理由は?」
アルバはそんな二人に対して、失礼とも思える言葉遣いで聞く。
しかし、そんなアルバの態度に、ダリアンもサマリーも不快な表情を一つも見せない。
微笑みを少しだけ真剣な顔にした後、ダリアンは口を開く。
「少々、厄介なことになっていてね」
「ライラも同じようなこと言っていたな。何があった?」
「昨日の夜。街に入ってきた商人達が言っていたことなんだが。王都に来るまでに森の中で不審な行動をしている人物を目撃したとの情報が入ってね」
「不審人物か……」
そして今度はサマリーが前に出てくる。
「その人達は、モンスターを倒すわけでもなく、ただただ森を数人で歩いていたみたいなんですわ。まるで、地形を見ているかのように、ゆっくりと」
サマリーの説明を受け、アルバは少し考え込む。
森を、どこかに行くでもなく、モンスターを狩るわけでもなく、ただ歩いている集団。変ではある。
しかし、それだけのことだ。
国の外は誰の領地でもない。王都の近くにあるだけで、森自体は誰だって出入りできるし、そこで何をしていようとも、誰かから咎められることなどない。全ては自由なのだ。
極端な話、そこで誰かを殺したとしても、罪には問われないし、死体はモンスターの餌として食いつくされてしまう。文句を言えるのだとしたら、それをしている当人達だけだろう。
アルバはそんな思いで、ダリアンとサマリーを見る。
二人もそのことは重々承知のはず。
アルバの様子を見ると、ダリアンが口を開いた。
「アルバ君も分かっている通り、普通だったらそんなこと関係ないとして流してしまってもいい。国外で起こっていることなど、国にとっては何も関係のないことなのだから」
「……だけど、そうして簡単に流せないから俺をわざわざここに呼んだんだろ」
アルバはため息と共にそう言う。
それに対して、ダリアンは首を縦に動かした。
「これまで、森で不審人物を目撃したという情報は入ってきたことがない。なのに、昨日に限って、そんな情報が入ってきた。何か気にかかることはないかな?」
ダリアンはそうして、アルバに問いかけてくる。
その問いにアルバは一つだけ思い当たることがあったため、ダリアンを見ながら口を開いた。
「アリスの自警団」
「そうなんだ」
アルバの言葉にダリアンは重く頷く。
「因果関係があるとは思えない。根拠も何もないが……まるで、アリス達が森で訓練するのに合わせているように思えてならないんだ」
そうしてダリアンは不安な表情を表に出す。
今まで不審人物の一人もなかった森に、今になってそう言った人物が現れた。ダリアン達から見れば、それはまるでアリス達自警団の予定にあわせて動いている、そう思っても仕方ないかもしれない。
「だけど、それなら森に向かわせる予定だった騎士達に任せればいいんじゃないか?」
アルバは率直な疑問を言う。
しかし、それに対してダリアンは首を横に振った。
「それはできない」
「どうして」
「森にいた人物は普通の人間だったんだ。ヴァニタスではなく普通のね。もしも、連中の目的がアリス達学園の生徒であるなら、騎士の存在は、連中に刺激を与える可能性がある」
「それに、もし魔力探知をしていた場合、私達の様な魔法を使える者たちは皆、引っかかってしまいます」
魔力はどうやっても身体からにじみ出てしまうのだという。
それを完全に隠す手段は、今のところ見つかっていないらしい。
「魔力探知をかわすことは」
「出来ませんね。どこにどうやって仕掛けてあるのかは、仕掛けた本人以外すぐには分からないようになっていますから」
そう言ってサマリーはアルバを見る。
そこまで言われればアルバが呼ばれた理由が分かってきた。
「これは魔力を持たない、ヴァニタスのアルバ君にしか頼めない」
「やってくれますか?」
ダリアンとサマリーがアルバに期待の眼差しを向けてくる。
王様夫婦がここまで人に物事を頼むのはなかなかないのだろう。
アルバはすぐに頷いた。
「すまいねアルバ君。こんな事情だったからこそ、ライラに無理言って君をここに呼んだわけだよ」
「いい。気にするな」
アルバは、ダリアンに対して肩をすくめて答えた。
別に気にする必要はない。王都にモンスターと戦えるヴァニタスはいないだろうし、もしいたとしても、王様が知り合っているわけがないのだ。
これはアルバにしかできないこと。それに、もし何か生徒達に危険が及んでいるのだったら、守り人としてやらなければならないことだしな。
ライラもそうして生徒の安全を想い、アルバを王宮に行かせたのだろう。
「何も問題がなければそれでいいのです。アルバ君、娘のことよろしくお願いしますね」
そうしてサマリーはアルバに対して、母親特有の穏やかな笑みを向けてくる。
「ああ。もとよりそのつもりだ」
アルバはサマリーにそう答えた後、ダリアン達に背中を向けて王座の間から出ていく。
扉が目の前で勝手に開くと、ここまで案内してくれたメイドに迎えられる。
どうやら、話が終わるのを扉の外で待っていたようだ。
そのメイドに連れられアルバは速足で、王宮から出るため入ってきて扉まで向かっていった。




