鉢合わせ
アルバとミリンダは、コリンズを後にしてメイン通りまで戻るために、来た道を戻っていた。
まだ、日がおちるには時間が早く、太陽は空の中央にさんさんと輝き、王都の街を照らし続けている。しかし、今アルバ達が歩いてる道は、隣接する民家の影響からか、その光の恩恵を受けることが叶わず、暗く少しじめじめとしていた。
アルバがそんな道を歩いていると、アルバの隣を歩くミリンダの様子が気になって呟く。
「どうした?」
ミリンダは、コリンズからここまでの間、ずっと何だか嬉しそうに、口元に笑みをたたえていたのだ。
それを横目で見たアルバはつい気になって聞いてしまったわけである。
「いえ、ごめんなさい。エル君家族のことを思うとつい……ふふっ」
ミリンダはアルバに対して申し訳なさそうに謝ったのもつかの間、すぐに目を細めて嬉しそうな声を上げてしまう。よほど、エル達が元気でいたことが嬉しかったみたいだ。
「よかったな。元気そうで」
「はい!」
「俺も少し安心した」
アルバはミリンダに共感するように、素直なことを言う。
ミリンダ程、アルバは表に感情を出すタイプではないが、コリンズに行ってエルや母親に会った時に、少なからず、安堵したのは事実だ。
その後、父親の容態を聞いたときに、本当の意味でも安心したのだ。
エルは変わらずしっかりと家族を守っているし、そんなエル達を快く店においてくれたエマや、奥から姿を見せないエマの両親にも感謝しなくてはならない。
アルバがそんなことを思っている間も、ミリンダはずっと嬉しそうにしている。
「そんなに嬉しかったのか」
ミリンダの様子がどうしても気になってしまうアルバは、気づいたらそんなことを呟いていた。
「いえ、その……元気そうだったのも嬉しかったんですけど、お店を出てくるときに、エル君が最後に私に言ってくれたじゃないですか」
「また来てねってか」
「はい。それが、なんだかすごく嬉しくって」
ミリンダはそのことを思い出しているのか、一層顔の微笑みを深くする。
確かに、店を出るとき、アルバやミリンダに「また来て」とエルは大きな声で言っていたが、それがそこまで嬉しいことか、アルバにはピンと来なかった。
不思議そうにしているアルバの顔を見て、ミリンダはその理由を説明してくれる。
「エル君って、どっちかっていうとアルバ様ばっかり見ているじゃないですか。だから、私はあまり好かれてないんじゃって思ってたんです。王宮メイドですし……」
ミリンダはそう言って、嬉しそうな表情から少しだけ眉を下げた。
初めてエル達に会った時のことを思い出す。エルはミリンダの服装で、ミリンダが王宮関係者だと認識していた。アルバに心を許しているときでも、ミリンダの前に立ちふさがったのだ。その時は、アルバが何とかエルを納得させて、ミリンダはどうにか父親に近づくことが出来た。
エルの王宮に対する憎しみの感情は強い。
先ほども、アリスの話題が出た途端険しい表情を浮かべていたし、実際に嫌いだと口にしていた。
さらには、そんなエルのことを知っているのか、あのエマでさえ、昔のことを話すのに『王宮騎士』という単語を避けていたように思える。
それを感じていたミリンダは、もしかしたら自分はエルに好かれていなくて、アルバがいるから仕方なく居ることを許されているのではと、一人思っていたのかもしれない。
「だけど、お店を出るときに、エル君はアルバ様にまた来てと言った後、私にも同じように『メイドの姉ちゃんも』って言って、手を振ってくれたんです。それを聞いた瞬間、私、何だか嬉しくなっちゃって。私、嫌われてなかったんだって安心しちゃって。それでつい」
「嬉しい感情が抑えきれなかったってわけか」
「はい」
ミリンダは沈んだ表情をパッと輝かせ、その後、自分の子供っぽさを恥ずかしがるように笑った。
「ミリンダがそんなこと思っていたなんてな。気づかなかった」
ミリンダがエルに対して、何も気にしていないとは、思っていなかったが、まさかここまで気にしていたというのは知らなかった。
すると、アルバの言葉にミリンダは少しだけ複雑そうな表情を浮かべる。
「仕方ないのかなって思ってましたから」
ミリンダは強がるように笑う。
「これまで王都がしてきたヴァニタスに対する扱いを思えば、エル君が私を受け入れられなくても、不思議ではありませんから。私はどう見ても王宮関係者です」
メイド服を見てそう言う。
エルにとってみれば、ヴァニタスを軽蔑する風潮をつくった王宮の人間はひとまとめに、憎むべき、戦うべき相手になっている。王族だろうと、メイドや騎士だろうと、それは変わらない。
エルにそう思われても仕方ないことを長く続けてきた王宮に勤める者として、好かれていなくても仕方ないと、悲しくも半ば諦めていたのだ。
さらに、ミリンダには個人的に気にしていることがあるかもしれない。それが、過去のことだろう。
ミリンダは過去、ヴァニタスを嫌っていた。アルバにとっては、もう気にしたくてもいいことだと思うのだが、罪悪感の強いミリンダは、その過去もあって、自分はエルに嫌われたも仕方ないのだと思っているみたいだ。
ミリンダの沈んだ表情を見れば、何となく分かる。
「まぁ、過去のことは気にしても仕方のないことだ」
「はい。そうなんですけどね……」
アルバの言うことに、しかし、返すミリンダの声は低い。
そろそろ、メイン通りが近づいてくるころだ。
メイン通りに出れば、アルバは国民から冷たい視線を浴びなければならない。その時、隣にはニコニコ笑うミリンダがいてくれないと困る。
それに今日は休暇だ。辛気臭い話は、もう十分だろう。
そう思って、アルバは意識的に声のトーンを上げて、ミリンダに話しかける。
「今日、エルは俺だけじゃなくミリンダにもまた来てほしくて手を振った。エルぐらいの歳の子は正直だ。嫌っていたなら、あんなに大きく手なんか振らない」
「ですよね……すみません。アルバ様。変な空気になってしまって」
「いい。気にするな」
ミリンダはそこで、すぐに表情を明るくし、アルバに謝ってくる。
コリンズを離れた時の、ミリンダの嬉しそうな雰囲気が戻ってきた。
「今度会う時は、エル君も私に話しかけてくれるでしょうか。今日はアルバ様ばかりでしたから」
すると、ミリンダはそう言って、何か期待する表情を浮かべる。
何故か意気込むようにしているのも不思議だ。
「まぁ、それはどうだろうな」
それに対して、アルバは歯切れ悪く答えた。
エルだって子供とは言え男の子なのだ。ミリンダに自分から話しかけるかは、分からない。
「?」
アルバの言葉にミリンダは理解できないように、首をかしげる。
それにどう説明しようか、アルバが頭の中で言葉を探している間に、道の先にメイン通りが見えるところまで来ていた。
ここまで来れば、太陽の温かさを感じられる。
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足は止めず、アルバがミリンダに対しての言葉を考えているうちに、ついにはメイン通りまで来てしまった。
アルバは学園に戻るために、メイン通りに来てすぐ、左に身体を向ける。
そして、目の前からこちらに歩いてくる人物を見て、ぴたりと身体を止める。
「やばいな」
「あっ……」
ミリンダとアルバの口から同時に言葉が漏れる。
そんな二人の声に、こちらに歩いてくる人物が気づいたように、こちらに視線を動かす。
そして、アルバを一目見ると、歩みを止め、目を細め睨みつけてくる。
「よう。王女様」
アルバ達の前に立っているのは、アリスだった。
気をつけていたのにもかかわらず、ここでアリスと鉢合わせてしまったようだ。
無視してもよかったが、ここまでばっちりと目が合ってしまっては、流石に無視とはいかないだろう。
突然目の前に現れ、さらには話しかけてきたアルバに、後ろに控える騎士が少しだけ警戒する。
だが、アルバの事を知っている騎士達は何かをしてくることはなく、他の国民に見えないように、アリスの横に人の壁をつくった。
流石に、こんな怒った表情の王女様を、アルバ以外に見せるわけにはいかないのだろう。
普通のヴァニタスなら、姿を隠す必要はないのだろうが、王宮メイドのミリンダを連れたアルバは、そういうわけにはいかないみたいだ。
「あなた、何故ここにいるのですか?学園にいるはずでは」
どうやら、学園が休みの日、いつもならアルバが学園にいることをアリスは知っているようだ。
「よく知ってるな。俺がいつもは学園にいること」
「当たり前です。魔闘科の生徒の間では有名ですから。休日訓練を見られて不快だと」
アリスは挑戦的な表情でアルバを見つめてくる。
国民に対してしていた、あの優しい表情とはまるで別人のようだ。
「不快か……また、酷い言われようだな」
「ヴァニタスに見られていい思いする人などいませんわ」
「それは分からないだろ。もしかしたら」
「いるわけありません」
「そうかい」
アリスはそのまま、アルバとミリンダの横を通り抜けていく。
手には紙袋が持たれており、通り過ぎるとき、中が見えたが、どうやら食材の数々を買っているようだ。
「買い物か……」
アリスが寮で自炊をしていると聞いていたが、まさか食材調達まで自分でやっているとは思わなかった。
「紙袋、重たくないか?」
アルバは、この場から離れていくアリスの背中にそう問いかけた。
「大丈夫です」
「嘘つけ。結構重いと思うけどな」
ちらっと見えただけだったが、紙袋の中身はぎっしりと食材で埋め尽くされていた。
「学園まで俺が持っていってやろうか?」
アルバはちょっとした親切心と悪戯心で、アリスにそう切り出す。
もちろん、アリスの答えは、NOだ。「結構です」と強い口調で返される。
すると、アリスはこちらを振り向いて、きつく睨みつけながら口を開く。
「二度と私に街で話しかけないでください。あなたと……ヴァニタスと仲良くしていると思われたら心外ですから」
それを捨て台詞に、アリスはアルバに背を向けてメイン通りを進んで行く。
騎士達もそれに合わせて、自然な形で壁を解き、定位置のアリスの後ろに戻る。
それを見届けることもなく、アルバもアリスとは反対方向に歩き出す。
方向転換している間に、反対の道でアリスのことをじっと見る人がいたように思えたが、アルバはさして気にすることもなく、そのままミリンダと一緒に、学園に戻るため、メイン通りを進む。
「どうしてあんなこと言ったんです?」
しばらくして、ミリンダがアルバにそんなことを聞いてきた。
その表情は、どこか複雑で心配しているようにも見える。
「あんなことって?」
「荷物を持ってやろうかって言ったことです。あんなこといったら、アリス様が怒ることなんて分かっていたじゃないですか」
「まぁな」
実際、アリスは断るだろうと思って、アルバ自身わざと言ったところもある。
「なんだかアルバ様らしくないような気がして……」
ミリンダはそう言ってアルバの顔を覗き込んでくる。
アルバ自身それはよく分かっていた。口は悪くも、今までわざと人を怒らせようとしたことなど一度もない。もちろん戦いにおいて、敵を挑発することはあるが、今は違う。
アルバはまとまらない頭で、ミリンダに答える。
「俺もよく分からない。アリスを見るとなんだか黙っていられなくなるんだ」
「アルバ様はアリス様のことがお嫌い……なんですか?」
ミリンダの控えめな質問に、アルバは少し考えた後、答えた。
「少なくとも好いてはいないな」
それがアルバの正直な今の気持ちだった。
しかし、その返答にミリンダが少しだけ悲しそうな顔を見せる。
優しいミリンダにしてみれば、アルバの発言はあまり聞きたくないことだったのだろう。
だが、ミリンダはすぐに表情を戻すと、アルバに穏やかな笑みを見せてくる。
「例えアルバ様が、今後どんなことをしても、私は、私だけはアルバ様の味方ですからね」
それはミリンダにしては珍しく、強い覚悟を持った重い印象をアルバに与えた。
セイブルに会ったとこで、専属メイドとしての意識が高まっていたからかもしれなかった。
「大丈夫だ。アリスのことはこれからも守っていくつもりだから。好き嫌いと、守る守らないは関係ない」
「はい!」
ミリンダはとても嬉しそうに返事をして、決意に満ちた顔を、綻ばせた。
その表情を見て、アルバはやっぱりなと心の中で呟いた。
ミリンダは、アルバのアリスが好きじゃないという発言を受け、アリスが危機の時助けないんじゃないかと思ったみたいだ。
そうなると、アルバは王族から、ましてやアリスの両親、ダリアンやサマリーから反感をかうことになってしまう。ミリンダはその時のことを想定して、自分だけはどんなことをしてもアルバの味方だと言ってくれたのだ。強い意思を持って。
そんなのライラが一言、ミリンダをアルバから外すっと言ってしなえばお終いなのにも関わらずだ。
だからこそ、アルバは今回に関しては、安心していい、肩の力を抜いていいと、そんな想いを込めて、大丈夫だと言ったのだ。
もうメイン通りに用事はない。
アリスの情報を知るために、回れるところは、ヴァニタスのアルバにはもうなかった。
アルバは一度、ミリンダにも確認を取る。
もしかしたら、アリスみたいに何か食材を買っていくかとも思ったが、ミリンダは静かに首を横に振った。それを見て、アルバは学園に戻ることにした。
名目上、今日の仕事は街に出た生徒の見回りとなっているが、それを知っているのはライラだけ。そのライラから、アルバははっきりと休暇だと聞かされているのだ。何も心配する必要はない。
学園の先生にどう伝わっているのか分からないが、あのライラが何も対策をしていないとも思えない。街の雰囲気に慣れろと言っても、ヴァニタスが街を散策するにも限界がある。途中で学園に戻ってくることなど、簡単に予想できることだ。まさか、今日一日中、アルバが街にいるなど思ってもいるまい。
休暇だったら、時間の使い方はアルバに自由だ。
アルバはそう思い、後は学園の、自分の部屋でのんびり過ごそうと決め、ミリンダと一緒に学園に向かって歩き始めた。
街の生徒は、いつもの様に王宮騎士達に任せればいい。




