再びコリンズへ
アルバはドミニクと別れてから、メイン通りからも抜けて、相変わらず薄暗い街外れの道を歩いていた。
流石に、今まで一度しか行っていないコリンズの場所を完璧に覚えることなど出来ず、ミリンダに先行してもらいながら、あの日と同じように二人で歩いている。
途中、アルバとミリンダが民家の路地裏の様子を気になるように見ていた。
しかし、狭い路地裏から何かが見えることなんてなく、ただ物静かな闇に覆われているだけだった。
「エル君達、どうしたでしょうか……」
ミリンダが心配そうに暗闇に目をこらす。
ミリンダが見ている先には、王都でも忘れられた道が広がっているはずである。
そこで、アルバとミリンダはヴァニタスのエルという少年と、その家族に出会っていた。そしてエルの父親は、これまでの不当な扱いに耐え切れずに、心を病んでしまっていた。自分の息子や妻のことなど忘れてしまっていたかのように、ただただ虚ろな目で、自分の命が尽きるのを待っていたのだ。
しかし、そんな父親の事をエルもエルの母親も見捨ててはいなかった。
幼い身体で、必死に両親を守るように立つエルに、アルバ達は父親を助けられるかもしれない可能性を提示したのだ。
それが、今アルバ達の向かっている喫茶コリンズだった。
そこのミリンダの友人でもあるエマという女性に頼ってみろとアルバはエルに言ったのだ。
その後、エルがどうしたのかは、学園の守り人になったアルバには確かめようがなかった。
「行ってみれば分かるさ」
アルバはそう言うと、心配そうに立ち止まってしまったミリンダを追い越すように歩き出した。
それにつられてミリンダも足を動かす。
エルがあの後どうしたのか分からないが、もし、アルバ達の言ったことを実行したのならば、この先で出会えるだろう。出会えなかったとしても、エマに聞けば分かることだ。
「はい。そうですね」
アルバの言ったことに、気持ちを切り替えるようにミリンダが頷くと、隣に並ぶように走ってくる。
ここまで来れば喫茶コリンズまではまっすぐ行くだけだ。
アルバは確かな足取りでコリンズまで目指していく。
思った通り、そのまままっすぐ行ったところに、コリンズの立て看板が見えてくる。
窓から店内の様子を一度確認し、客が誰もいないのを見ると、魔道具を使っていない扉をアルバは躊躇なく開けた。扉にかけられた札は『営業中』の文字を掲げていた。
扉に付けられた小さな鐘が軽い音を立てて客の来店を知らせる。
しばらくして、店の奥から慌ただしい音と共に、誰かが現れた。
「いらっしゃいませ!!」
静寂に包まれた店内に、子供の様な明るい声が響き渡る。
姿の見えないその声に、アルバとミリンダの反応が一瞬遅れるが、すぐに声のした方向に顔を向ける。自分達よりも下にいた声の主を見つめて、アルバは驚くこともなく冷静で、ミリンダは嬉しそうな表情を浮かべている。
そして、アルバ達を迎えた張本人は、アルバを見て固まったのもつかの間、悪戯っぽく白い歯をむき出しに笑った。
「エル君……」
ミリンダがその様子にたまらず声を漏らす。
口元を両手で押さえて、目は潤んでおり、今にも泣きだしそうである。
アルバ達を元気な声で迎えてくれたのは、エルであった。この店の黒のエプロンを身体の前に身に着け、ボロボロだった服は無くなり、綺麗な服に身を包んでいる。
短い髪にも潤いがあり、路地裏で出会った頃よりも、断然に人間らしい生活が送れていることが分かる。
エルはしっかりとアルバ達の言ったことを守っていて、そして、エマもまた、エルを受け入れてくれたようだ。
アルバはその結果を目の当たりにして、誰にも気づかれないように小さく安堵していた。
「エル~ごめんな。遅れた」
すると、店の奥から気だるげな声が聞こえてきて、エマが姿を見せた。
「いらっしゃい」
そしてアルバとミリンダを迎えてくれる。その表情に驚いた様子はない。
そんなエマの後ろには、もう一人の女性が一緒に立っている。エルの母親だ。こちらも、エルと同じように、店のエプロンを身に着けている。服装はロングスカートと、大人の女性の服装をしていた。
エルは嬉しそうに店内に現れた二人、特に母親の方に駆け寄ると、手を引っ張りアルバ達の前まで連れて来る。
「お久しぶりです」
「あら」
すると、母親はミリンダとアルバを見てから、自分の口に手をあてて驚いた様子で、深く頭を下げた。
「あの時はありがとうございました。本当に助かりました」
「いえ、頭をあげてください」
「そうだ。それに、本番はこれからだろ」
アルバとミリンダは、ずっと頭を下げたまま上げる様子のない母親に対して、気にしていはいことを伝えた。
ミリンダは母親の身体に近づき、頭をあげさせる。
アルバは母親の後ろ、店の奥に目をやっていた。
父親が出てくる様子はない。母親やエルを見るに、最悪な結果は避けられたようだが、まだ万全ではないだろう。エルたちの家族の戦いはここからだ。今はやっとスタートラインに立ったに過ぎない。
だから、お礼を言われることはないのだ。
「はいはい。お互いに話したいことがあるのは分かるけど、今は席に案内してよ。お客さんなんだから」
エマの言葉に母親はハッとしたように身体を動かし始める。
窓際のテーブルに案内してくれた。そこには、エルが水の入ったコップをテーブルに二つ置いている。
エルが水を置き終わるのを待って、アルバとミリンダが向かい合うようにそれぞれ椅子に座った。
「注文は?」
すかさず、エマが聞いてくる。
しっかりと決めていなかったアルバ達だったが、学園から出てきてそれなりに時間も経っていたこともあって、この前に来た時と同じ、サンドウィッチを注文した。
「りょーかい」
エマは何やら小さな紙に文字を書くと、エルの母親にそれを渡した。母親はその紙を受け取ると、店の奥に姿を消していく。その後ろをエルもついていった。
店内には、エマだけが残っていた。
ひとまず、アルバは水を飲んで、歩き渇いたのどを潤す。
「ありがとな。エマ」
「……エルのこと?」
「ああ。勝手にこの店勧めたからな」
「いいよ。確かに初めは驚きもしたけど、ああやって元気になったから」
エマが穏やかな表情で、消えていった二人の姿を追うように店の奥に視線を送っている。
「エル君のお父様の具合は?」
ミリンダが心配そうな声を上げて、エマに聞いた。
アルバとしても気になるところだ。どこまでよくなったのか。
「一応、命の危険は無くなったかな。まだまだ、治る気配はないけどね」
「だろうな」
心を病んでしまったのだ。どれだけの期間で治るかは、本人そして家族の頑張り次第である。
「よかった……あのままだったらお父様は本当に今頃、いなかったかもしれませんから……本当によかった」
ミリンダが本当に安心した声を漏らす。
「あの家族を助けたのは、ミリンダ達だ。私は何にもしてないよ」
「それでも、エマがいなかったら助けられませんでしたから。ありがとうございます」
「……敬語はやめろ。気持ち悪い」
ミリンダが立ち上がって頭を下げると、エマは照れたようにそっぽを向いた。
「今、エル達はどこで暮らしている?」
恥ずかしがっているエマに、アルバが思っていることを口にした。
流石に、人間らしい生活を送っているなら、まだ路地裏で寝ているわけではあるまい。
「うちだよ」
エマは店の天井を指さす
「ちょうど部屋が一つ余ってたから。そこで、私ら家族と一緒に住んでる」
「よかったのか」
「別にいいよ。それに、エル達が来てから、私達家族も結構助かってるんだ」
「そうなの?」
「エルは元気よく接客の手伝いしてくれるし、あのお母さん、結構料理上手でね。店の料理を手伝ってくれてるんだ。本当はそんなことしなくていいって言ったんだけど、二人ともやらせてくれって譲らなくてね」
そう言って、エマは店を奥に続くところを向く。
すると、タイミングよく、エルと母親が、店の奥から出てきた。手には、一皿ずつサンドウィッチが乗った皿を持っている。
母親が持っている野菜サンドを、ミリンダの前へ。そして、エルが持っているハムサンドをアルバの前にそれぞれ置く。
それを見届けると、アルバとミリンダが手を合わせ、互いにサンドウィッチを口に運ぶ。
「どう?それ、俺の母ちゃんが作ったんだよ」
エルが自慢するように、一口食べた二人に対して行ってくる。
「こら。食事中に話しかけないの」
すぐに、エルは母親に注意させてしまう。
しかし、そんなことお構いなしに、エルはアルバとミリンダを見て、何かを待っている。
「ああ。美味い」
「ええ。驚きました。お店の味と全く変わりません。すごく美味しいですよ」
アルバとミリンダが、母親とエルを見て率直な感想を言う。
それに、エルは嬉しそうに、母親の方は照れた様子で、共に笑っていた。
「サンドウィッチだけじゃなく、店のメニューだったらもうなんでも作れるよ」
エルに続いてエマまでも、母親の事を自慢するように行ってきた。
「やめてください。エマさんまで」
母親は二人に褒められて完全に照れてしまっている。
エルの母親が料理上手なのは本当のようだ。
だからこそ、あの父親もその料理が好きなのだろう。
「お父様……早く良くなるといいですね」
ミリンダもアルバと同じことを思っていたようで、そんなことを呟いた。
すると、母親の表情は少しだけ沈む。
それにミリンダは自分の言ったことに今気づいたようにハッとして「ごめんなさい」と謝った。
「い、いえ、気にしないでください。私の方こそ、こんな表情していてはいけませんね」
母親とミリンダの間にぎこちない空気が流れる。
しかし、そんな空気を、エルがすぐにやぶった。
ニコッとした無邪気な笑顔を母親に向けると、大きな声で言った。
「そうだよ母ちゃん。父ちゃんは絶対によくなる。前だって、母ちゃんの作った料理、少しだけ食べてくれたじゃん!」
母親を元気づけるエルの声。そんなエルの姿に、母親の方も気持ちを切り替えたようだ。
沈んでしまった表情をどうにか元に戻す。
「そうね。ごめんなさいねミリンダさん」
「いえ、私の方こそ配慮に欠けたことを言ってしまって」
「いいんですよ……いけませんね。私ったらすぐに暗い方向に考えてしまって」
そして、母親は自分の息子、エルの頭を優しくなでる。
「私がしっかりしなくちゃいけないのに」
母親は誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。
それに、エルが反応した。
「安心してよ。もし母ちゃんが暗くなったら、さっきみたいに俺がどうにかするから」
「ごめんねエル」
「ううん。今まで母ちゃんは必死で父ちゃんと俺の事守ってくれたんだ。今度は俺の番だよ」
そう言うエルの表情は決意の色で満ちていた。
路地裏で見た時と、エルの心は変わっていない。大切なものを守ろうとする表情だ。
「ありがとう。でも、無理はしないでね」
「そうだ。もしエルでもどうにもならなくなったら私に言えよ」
「分かってるよ」
そこで、母親だけじゃなくエマにも頭を撫でられる。
そんな様子を黙って、アルバとミリンダは見ていた。
どうやら、エル家族とエマ家族は互いにうまくいっているようだ。
それに安心すると、二人はゆっくりと、エルの母親が作ったサンドウィッチを味わった。




