休暇
アルバはこの日、学園ではなく王都のメイン通りをミリンダと共に歩いていた。
というのも、今日は学園が休みだ。
授業がないというだけで、生徒が寮に残っていることはない。魔闘科の生徒であれば、この休みを利用して訓練場で己の技を磨いているし、魔闘科の生徒以外であっても、この日だけは許可なく街へ出ることが許されている。
もちろん、生徒の事は街を偵察する王宮騎士に伝えられているので、学園の休みの日は街を行きかう騎士の数が増えるのも特徴だ。
アルバが学園に来てからも何回かこの日をむかえていた。
いつもなら、この日のアルバの仕事といえば、魔闘科の生徒の訓練を見て、無理していないか、怪我をしていないかを注意して見守るぐらいで、大方ほとんどの時間を持て余していることが多い。
それを見越して、いつもよりも少し遅く、ミリンダの作った朝食を食べていたところ、唐突にライラからもらったネックレスが光り出したのだ。
もちろん、相手はライラだ。すぐに、アルバの頭の中に聞きなれたライラの声が響き渡る。
『アルバ。今日は学園じゃなく街に出てくれ』
『急にどうした』
『なに。街に出て見回りの王宮騎士みたいなことをしてくれと思ってな』
『それはいいが……なんでまた突然?学園の方はいいのか』
ライラの突然の申し出に少し戸惑いつつも、アルバは冷静に努めてそう返した。
街に行くのに問題はないが、その間アルバがやっていたことを誰が受け持つのか気になる。
これで、アルバが街に出ている間に誰かが怪我でもしたなら、たまったことじゃない。
アルバのせいとはライラは言わないだろうが、アルバが訓練を見ている姿は生徒達に間でもすでに当たり前の光景になっている。そんな中、アルバが学園にいない間に怪我人が出る。
誰かがアルバのせいだと言い出してもおかしくないと思うし、ヴァニタスに未だいい感情を見せない今の状況ではその可能性は高くなるだろう。
『心配するな。君の代わりに定期的に他の先生が学園を見回ることはすでに伝えてある』
ライラはアルバの心配を見透かしたかのように言ってくる。
すでにアルバの街行きは決定しているようで、アルバ不在の対策まで伝えた後だった。
ならば、アルバに断る理由はない。
『だったら俺からは何も言うことはない。すぐにでも街に行こう』
アルバは唐突に立ち上がり、部屋を出ていこうする。街に行くなら早くした方がいいだろうと思い、ミリンダに悪いと思いつつも朝食を残し、部屋の扉に手をかけた。
しかし、ネックレスはまだ光っており、ライラとの通信はまだ終わっていないようだ。
『そこまで急ぐことはないぞ。ゆっくり朝食を食べてからでも構わん』
まるでアルバの事を見ているかのように、ライラは的確なことを言ってくる。
アルバはそんなライラの態度に首をかしげずにはいられない。
いつもであればすぐにでも仕事をしてくれと言ってくるライラにしては、珍しく急がなくてもいいと言っている。
よく聞けばその口調もいつもの威圧感のあるものから、少し柔らかくなっているように思えた。
『珍しいな。ライラがそんなことを言うなんて』
『別にそうでもないぞ』
『……何を企んでる』
『企んでいるとは失礼な奴だ』
そう言うライラの口調は、しかし、どこか楽しそうに弾んでいる。
アルバの中の疑問が大きくなる。
『まぁ、別に隠すことでもないか』
ライラはそう言って一度息をはく気配が伝わってくる。
『名目上は王都にいる学園の生徒を、王宮騎士と協力して見守っておくことだ。しかし、本当に理由は、君にちょっとした息抜きを与えるためだ』
『……休暇か』
『そうだ。学園にいるだけでは退屈だろ。それに、学園の中にいてはいつまでも王都の雰囲気に慣れないだろうと思ってな。私のちょっとした気遣いだよ。感謝しろ』
ライラはそう会話を締めくくる。
アルバは、理事長室の椅子に踏ん反り返ってニヤッと笑うライラの姿が見えるようだった。
確かに、アルバは学園に来てから、ずっと休みというものはなかった、しかし、だからといって別に不満はなく、これといって街に行く用事もないことから、あまり今まで気にもしていなかったのだ。
感謝しろと言っても、何も感情が動くことがない。
だが、ここで感謝しておかないとライラに後で何を言われるかわからない。
『ありがとう』
アルバは棒読みの感謝の言葉を返すと、部屋から飛び出していこうとする身体をゆっくりと部屋の方向に戻した。
『ちなみに、ミリンダにはもう伝えてあるから問題ないぞ。二人で色々見てこい』
そんなライラの言葉を受けると、アルバはミリンダに視線を移す。
ミリンダはいつの間にやら自分の席を立ち、アルバの席の椅子を持ってにこやかな表情を浮かべていた。
その笑顔に迎え入れられるように、アルバは自分の椅子に座りなおす。
ミリンダもその後、アルバの向かいに座りなおし、朝食を再開させる。
もう、首のネックレスは光っていなかった。
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「しっかし、休暇とはライラにしては珍しいこともあるもんだな」
朝食を食べてすぐ、アルバは身支度を済ませ、ミリンダと共に学園から出て街を散策していたのだ。
学園が王都のどの位置にあるのか分からないアルバは、ミリンダの道案内により、王都に来た時の初めて来た、メイン通りまで来ていた。
学園からメイン通りまでは歩きでそれなりに時間がかかった。学園が王都の端に位置していることを思い知らされた気分だ。
「ライラ様は優しい方ですから。アルバ様の事を思ってだと思いますよ」
「それは分かるが……少し怖い」
アルバは素直なことを述べてみる。
休暇を与えたことや、アルバの心配なことを先んじて潰していたところを見るに、ライラは口は悪くも、それが純粋な善意であったことは分かった。だとしても、今までのイメージがあるアルバにとってみれば、ライラが何か企んでいるんじゃないかと思えてしまうのだ。
「あははは……」
ミリンダがアルバの発言に対して苦笑いを出す。
「だけど、今日ぐらいなにも思わずにいていいんじゃないんですか?アルバ様、今日まで働きどうしですから」
「そう言われるとそうだが」
ミリンダの言葉通り、アルバはグリードのいた時とは比べ物にならないほど、毎日動き回っているように思う。
考えてみれば、グリードから王都に来てから休んだといえば、決闘までの空いた一日程度だったような気がする。
しかし、その一日だって、慣れない王都の街やヴァニタスの現状を目にして、休暇というほど休めた記憶はない。
そう思うとこうしてミリンダとゆっくり歩くのも久しぶりのような気がしてきた。
「今日ぐらいいいか」
「はい」
アルバはそう言って気持ちを切り替え街の様子に目を向けた。
今日もメイン通りは賑わっている。中央を走る道は馬車が行きかい、その道には商店がいくつか軒を連ねていた。
食べ物を売るところ、魔道具を売ってる人、皆がどこか楽しそうな雰囲気を醸し出している。
しかし、そんな雰囲気で包まれているメイン通りだろうと、アルバを見つめる視線は冷たい。
王都に来たばかりの時よりも慣れているはずではあるが、やっぱりまだ居心地が悪い。
「変わってないな」
そんな視線を受けながら、アルバは一人呟いた。
たとえレオナルドに決闘で勝ったとしても、その事実を知っているのは決闘を見ていた王宮騎士と学園の生徒のみだ。
一般公開されていないので、街の人から見ればアルバはただのヴァニタスと変わらない。
それでも、誰も自分から突っかかってこないのは、普通のヴァニタスと違い、隣に王宮メイドを連れているからだろう。
王宮メイドの来ている服は有名で、一目で分かる。
王宮メイドのために作られたこれは、王族に認められた人しか着用を許されず、街の女の子の憧れでもあるのだ。
そんな王宮メイドのミリンダの存在が、アルバを余計な争いごとから守ってくれていた。
アルバはそれが分かっているからこそ、ミリンダに感謝の眼差しを送るが、当のミリンダは気にした素振りなど見せずニコニコと歩いている。
そんなミリンダがいるからそこ、アルバも冷たい視線を気にしずメイン通りを歩けているというわけだ。
「……」
「……」
すると、王宮騎士の二人組が前から歩いてくる。二人とも女性だ。
街の警戒にあたっているようで、鎧を鳴らして歩きながらどちらも黙って真剣な表情で街の様子を注意深く見つめている。
「―――」
そんな中、二人の視線がアルバを見て止まるのが分かった。
二人の表情がが一瞬だけ気まずそうになるも、すぐに視線を外す。
そして、アルバのすぐ隣を歩くミリンダに視線を移すと、二人の内一人の表情が少しだけ華やいだ。
そのまま、アルバ達は王宮騎士二人とすれ違う。
一人はその直前、ミリンダに対して小さく身体の前で手を振っていたようだ。
それを見て、ミリンダの表情も優しくなる。
「知り合いか?」
アルバは今のやり取りを見てミリンダに声をかける。
すると、ミリンダからは弾んだ声が返ってきた。
「はい。王宮騎士時代の友人です」
「そうか」
アルバはそう言って、すれ違った二人の後ろ姿を追った。
二人はすでに、仕事に戻ったようでこちらを気にしている様子はない。
アルバも視線を二人から、隣に佇むミリンダに戻すと、少しミリンダの事を気にしたように眉を下げる。
「悪いな」
「なんでアルバ様が謝るんですか?」
ミリンダは何を言われているのか分からないように首をかしげる。
「いや、ヴァニタスと一緒だと何か言われると思って」
「そんな事お気になさらなくていいですのに……」
「とはいってもな」
王都国民のヴァニタスへの態度を見ていると、心配にならないわけはないだろう。
特に王宮騎士時代のミリンダはヴァニタスを嫌っていたというから、その頃の友人だとすれば、もしかしたらミリンダに何か言ってくるかもしれない。
しかし、ミリンダはそんなアルバの心配をよそにどこ吹く風のような顔をしている。
「大丈夫です。あの子はそういう性格ではないですし、もし何かあっても私はもうヴァニタスだとか、そういうことは気にしないって決めたんです」
ミリンダの瞳には強い意思が込められていた。
過去の過ちを繰り返さない気持ちが強いようだ。
すると、ミリンダは唐突に、真剣に引き結んだ顔を綻ばせる。
「それに、一緒に歩いているのがアルバ様なら何も言ってこないと思いますよ。だってアルバ様は。あのレオナルド様に勝っているんですから」
ニコッとミリンダは無邪気な笑みを見せると、それでこの話を終わらる。
アルバはその笑顔を見て、自分の考えは杞憂だと―――考えるだけ無駄なことだと悟った。




