王都近くの森
アリスの少し後ろを歩きながら、アリスと共にアルバは王都近くの森へと向かっていく。
森までの距離はそれなりにある。
アリスと一緒に出た門は学園の魔闘科の授業のために、メイン通りに繋がる門からは遠い場所に位置している。その門からでも森までの距離はある程度あったことを思い出すに、今から相当な距離を歩かなければならないだろう。
月明かりで輝く草原をただひたすら、何も話さずに歩く。
アリスはアルバのことなど忘れているのではと思いぐらいに、ひたすら森に向かって足を進める。
一国の王女様が、こんなくらい時間で国外に一人で出ようとしていたことに、今更ながらアルバは信じられないと思っていた。
普通、王女様といったら、その身を守るために騎士の一人や二人同行していて当たり前だろう。
しかし、アリスは学園内であるならば、そんなことをしていない。
常にあの四名の生徒が後ろについているといっても、同じ生徒であることには変わりない。実力は高くても本物の騎士よりも頼りないのは確かだろう。
「王女様なのにどうしてそんな頑張る」
アルバは前を歩くアリスに声をかけてみた。
しかし、アリスからは何も返って来ない。
それでもアルバは話し続ける。なんといっても森まではまだまだ距離がある。
「王女様ならお付きの騎士でもメイドでも連れていればいいのに」
「……」
アルバが話し続けてもアリスは黙ったままだ。
聞こえていないというよりも、完全に無視することに徹しているみたいに、頑なに口を開かない。
「お願いすれば誰だって断ることなく、むしろ喜んで色々とやってくれると思うんだけどな。わざわざ自分で動かなくても」
「……はぁ」
すると、アリスはため息を一つした。
「あなたがこんなにもお喋りだとは思いませんでしたわ」
「仕方ないだろ。森までは遠いんだから」
「まぁ、いいですわ。あなたの話し声が煩わしかったですし、話し相手にぐらいなってあげますわ。嫌ですけど」
「最後はいらないだろ」
王女様はアルバに何か悪態をついていないといけないのかと思えるほど、必ず何かを言ってくる。
こんなアリスの態度は慣れてしまったように、アルバは会話を再開させた。
「なんで騎士やメイドを連れてないんだ」
「学園の生徒ですから」
「だとしても王女様なんだからそれぐらい許されるだろ」
「そうですね。ですが、それは私が断りましたわ」
「ダリアン王もそれは納得したのか」
「ええ。お父様もお母様も私の意見を尊重してくれますから」
「王女様ではなく、学園の一生徒としてやっているってことか」
「その通りです。王女だからと騎士やメイドに全てやらせていては、私自身では何もできなくなってしまう。私はそれが嫌なんです」
「すごいな」
アルバは素直な感想を言った。
しかし、アリスが喜ぶことはない。
「当然の事です」
「そうか?貴族っていうのは口だけで、何もできない奴が多いイメージなんだが」
「あなたのその発言、王族としては簡単に頷くわけにはいきません。ですが……」
アリスはそこで言葉を切る。
「あなたの発言を完全に否定しきれないのも事実です。口だけの貴族は私自身何人も見てきました」
アリスはきっぱりとそう言った。
「王宮にいれば嫌でもそんな人を見ることになります。私はそんな人が嫌いですわ。自分が守られて当然。自分の立場を誇っているだけの何にもできない人をみるとイライラします」
「王女様がそんなこと言っていいのか」
「事実ですから。隠しても仕方ないでしょ」
アリスは当たり前の様に呟いた。
そこに何かを気にする素振りは見えない。
「私は王女として、王族として、見本になる姿を見せなければなりません。せめて、同じ学園の子には、口だけの人間にはなってほしくないので」
それは、真面目で妥協を許さない王族としてのアリスの姿だった。
「ヴァニタスが嫌いなのもそのためか?自分では何もできないから、アリスはヴァニタスをそんなに嫌っているのか」
アルバは少し踏み込んだ質問をする。
今までに聞いてきたアリスの評判や、そして今アリスと会話しても、ヴァニタスをあんなに嫌うようなタイプには思えなかった。
「それとこれとは別ですわ」
しかし、アリスは短くそうとだけ言うと、もう口を開くことはなかった。
ヴァニタスを嫌う理由は他にあるように思えた。
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森に差し掛かったところで、周りの雰囲気が変わった。
月明かりは木々に遮られ、暗くじとっとした空気が辺りに広がっている。
ここからは油断してはいけない。
どこからモンスターが飛び出して来てもおかしくないのだから。
「あなたは手を出さないでくださいね」
アリスはアルバにそう言うと、自身の剣に炎を宿し、明かり代わりに使う。
仄かなオレンジ色がアリスを中心に広がっていく。
「分かった」
アルバはアリスの言葉を受け、これから起こる戦闘に手を出さないことを約束する。
とはいっても、警戒心は緩めない。
するとすぐに、アリスの放つオレンジの光に吸い寄せられられるように、モンスターが顔を出した。
小さなネズミのようであるが、その生態は凶暴で、人を見つけたら果敢に襲ってくるやつだ。
名前は『マウスリット』
基本は群れで行動していて、何かを襲うときも群れで攻撃してくる。
強いわけではないが油断していると、群れでの隙のない攻撃にたちまちにやられてしまう。
今も、数匹がアリスを見て警戒している。
「燃えなさい」
アリスはすぐにマウスリットのいる方向に剣を向け、炎の奔流をマウスリット達に叩きこんだ。
マウスリットは慌てたように炎を回避しようと動くも、炎が迫る勢いの方が勝り、マウスリット達はすぐに炎に飲み込まれてしまった。
炎が通った後には何も残っていない。全てのマウスリットが消え去ってしまっていた。
「木々には燃え移らないんだな」
不思議だったのは先ほど放った炎が、マウスリットを燃やしただけで、他の木などはそのままの状態だったことだ。
これも普通の炎ではなく魔法だからだろうか。
その後も、アリスは炎と剣を駆使しながら、一人で様々なモンスターを相手にしていった。
危ない場面など一度もなく、安定した戦いを続ける。
アルバが出る幕など一度もなかった。
アリスはある程度モンスターを倒すと、一息吐いてから、肩の力を抜く。
「帰ります」
アリスは唐突にそう呟き、来た道を戻るように歩き出す。
アルバもそれにならい、後ろから着いて行く。
途中、モンスターの返り血のついた身体に魔法を使ったようで、服や顔から汚れが落ちていくのが見えた。
アリスの剣の光を頼りに暗い森を進み、やっと森の外、王都が見えるところまで来ると、突然後ろに人の気配がしたのを感じアルバが振り返る。
するとそこには、必死にこちらに走ってきている一人の男性がいた。
その表情は何かに怯えているふうだ。
「お願いだ助けてくれ!モンスターが!!」
男性が自分の後ろを指さしてアルバのところにまでやってくる。
男性に言われるがまま後ろを見ると、多数のマウスリットが男性を追いこちらにやってきていた。




