背中を追って
アルバがアリスと剣を交わらせてから、自警団の訓練はさらに、濃密なものへと変わったという。
アリスはもちろんのこと、アルバの実力をしっかりと目の当たりにしたことにより、他のメンバーの気持ちにも変化が出てきたようで、自分達から、訓練にさく時間を増やしたそうだ。
それを、偶然廊下で会ったリーリンから聞かさせた。
「余計なことしたかもな」
リーリンからそのことを聞いたアルバからは、後悔したような声が漏れてくる。
「そ、そうかもしれません……ね」
アルバの言葉にリーリンが苦笑いを浮かべる。
「別にリーリンが気にすることじゃない」
「は、はい」
浮かない顔をしていたリーリンにアルバは気遣いの声をかけた。
アルバの行動で、自警団の結束をさらに高めてしまったのは、アルバ個人の責任だ。リーリンが気にすることではない。
「でもさー。なんでアルバ先生はそんなことしたのー?敵に塩を送るみたいなこと、私にはよく分かんないな」
リーリンの隣でずっと黙ったまま聞いていたミナセが、唐突に口を開いた。
もうミナセの中でアルバは『先生』ということで安定したようで、いくら否定しても訂正する気はないようだ。
アルバももう諦めているため、突っ込むつもりもない。
そのまま会話をする。
「まさかアルバ先生は学園から出ていきたいの?」
ミナセがそんなことを言った。
アルバをからかうようにミナセはアルバの顔を覗き込んでくる。
そんなミナセの言葉にリーリンが少し沈んだ表情を浮かべたのが、目の端に映った。
「出ていくつもりはない」
「ふーん。それなのに、アリス様に自分から戦いを申し込んだんだ……」
「なんだ?」
ミナセがアルバを観察するように、じっくりとアルバの身体を見つめる。
その表情はなにか探っているようだ。
「いや、アルバ先生ってなんだか不思議だなって思って」
「どういうことだ」
ミナセの言っていることが理解できず、アルバは首をかしげる。
「だって、敵対している自警団にアルバ先生って、なんでか自分から首を突っ込んでるでしょ。普通だったら敵の前で自分の実力なんて見せないのに。それに、自警団のメンバーだって言っているのに、リンちゃんと仲良くしてるし、リンちゃんから自警団の様子まで聞いてるっていうのは、普通じゃないよ」
「……」
ミナセの鋭い言葉に、リーリンは黙ったまま友人を見守る。
「まるで、自警団を敵対するふりをして見守っているみたい」
ミナセは白い歯を見せニコッと笑った。
ミナセにとってはちょっとしたことを言っているみたいだが、他の三人は、そのミナセの言葉に内心驚いていたのだ。
ミナセはその性格に似合わず、洞察力が高い。
「まぁ、私には関係ないけどね」
ミナセは三人の様子など気にした風もなく、事もなげにそう呟き、固まっていた身体を伸ばすように伸びをした。
伸びをした後、ミナセはリーリンとアルバを交互に見てから、口を開く。
「私個人としては、アルバ先生には学園にいてほしいかな」
「嬉しいことを言ってくれるな」
「ミナセさん」
ミナセの言葉にアルバはお礼を言い、ミリンダも嬉しそうにつぶやいた。
リーリンだけは、複雑な表情のまま黙っている。
「知らないかもだけど、実は今アルバ先生って、私達魔闘科一年生の中では結構人気なんだよ。また戦ってる姿見たいっていう子多いんだから」
「本当か」
「ほんとほんと。ちなみにその中には私と、そして」
ミナセはそう言うと、複雑な表情のリーリンをアルバの前に連れてきた。
「リンちゃんもいたりするわけさ」
リーリンは突然にミナセに動かされたことに驚いた表情を浮かべている。
「そうだよねー」
「え、えっと」
そう言いリーリンはアルバの顔を見るとゆっくりと首を縦に動かした。
コーンコーン―――
このタイミングで鐘が鳴り響く。
「じゃあ私達は授業があるから」
ミナセの言葉を合図に、リーリンはアルバに向けたままだった視線を外すと、ミナセと共に歩いて行った。
「一回でいいから、また私達の授業に来てよ。お願いだからねー!」
ミナセは歩きながらそう叫ぶと、アルバとミリンダに向かって手を振った。
ミナセの声に廊下を移動していた他の生徒の視線が集まる。しかし、ミナセはそれを気にすることもなく歩いて行く。隣に並ぶリーリンだけは少し恥ずかしそうにしていた。
「実践訓練、参加してよかったですね」
「まぁな」
ミリンダの嬉しそうな声に、アルバは短く答えると、ミナセ達とは反対に歩き出す。
その頃には他の生徒の視線はなくなっていた。
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その日の夕方。
アルバは屋内訓練場には向かわず、ミリンダと共に学園内を歩き回っていた。
学園内にはまだ数名の生徒が残っていたが、ほとんどの生徒がそろそろ寮なりに戻っていくだろう。
授業が終わって結構な時間が経っている。
「今日も屋内訓練場には行かれないのですね」
「ああ。一度見つかってしまった後だと、流石にな」
アルバはアリスと戦った日から、自警団の訓練を見には行っていなかった。
あれだけの事をしたのに、こっそりと見ることなどもうできないだろう。
アルバがまた来ないか、警戒されているかもしれない。
「そろそろ訓練も終わりの時間ですね」
ミリンダが外の風景を見つめて、そう呟く。
さっきまでオレンジがかった空は、今ではもう暗くなってしまっている。
コーンコーン―――
ミリンダの言葉に合わせるように、学園内に鐘が響き渡る。
それを聞くと、アルバは足を動かす。
「屋内訓練場に行こう」
「はい」
ミリンダにそう言って、アルバは訓練が終わったであろう自警団の様子を確認するために屋内訓練場に向かっていく。
すぐに前には屋内訓練場が見えてくる。
屋内訓練場からは訓練を終えた、自警団のメンバーが出てきていた。
アルバは見つからないように注意しながら、その様子を見つめる。
中にはリーリンの姿が見えた。
仲のいい友達と、何やら楽しく話している。
アリスの側近ともいえる四名の生徒の姿もしっかりと確認した。
アルバはそれを見ると、屋内訓練場に目を向ける。
いつもの様に屋内訓練場の明かりは灯ったままだ。きっと、アリスがまた一人で残っているのだろう。
先ほどの集団にアリスの姿がなかったのはすでに確認済みだ。
「行くぞ」
自警団のメンバーが屋内訓練場から離れたのを見送った後、アルバはミリンダに小さな声で合図する。
アルバとミリンダが屋内訓練場に近づく。
すると、屋内訓練場の明かりが唐突に消えた。
アルバとミリンダは慌てて足を止め、一度初めのところまで戻る。
そこから屋内訓練場の様子を見ると、扉が開き、アリスが姿を現す。
扉の施錠を確かめると、学園内へと歩き出だした。
学園に繋がる廊下をまっすぐに進んで行き、学園内に入ると、他の生徒と同じ方向に曲がる。
アルバはある程度それを見守ると、ミリンダを連れ後ろをつけていく。
アリスの歩いている方向には学園の出入り口がある。
寮に向かうのか分からないが、アリスの背中を追って歩く。
アリスは出入り口の前で、靴を履き替え、外へと出ていった。
寮に戻るのであれば、別に一度外に出なくても、学園の中からでもいける。
何故わざわざアリスは外に出たのかは分からない。
外に出れば寮の建物が、左手に見える。
もちろん、アリスは寮に向かうために左に向かうのだろうとアルバは思っていた。
だが―――
アリスはそのまま寮の方には向かわず、まっすぐと学園の外に繋がる門まで近づいて行っている。
そして、アリスはついには学園の敷地内から出てしまった。道を曲がったようですぐに、アリスの姿が見えなくなる。
アルバは、そんなアリスの背中を追っていく事に決めた。
「ミリンダは他の自警団の様子を見てきてくれ。俺はアリスをこのまま追う」
「分かりました」
アリスが学園から出たのなら、もしかしたら自警団の誰かが出ている可能性がある。リーリンは何も言っていなかったので、これはアリス個人の行動かも知れないが、確認するだけ損はないだろう。側近の四名がこのことを聞かされ、別々に学園の外に出ているのかもしれないからな。
アルバの言葉にミリンダは寮の方まで走っていく。
アルバもアリスを見失わないように、走り出す。
『アルバ。聞こえるか』
走り始めたところに、ライラの声が頭の中に響いてくる。
『ああ』
『誰かが学園から出た。魔力の波長を解析したがそいつは』
『アリスだ』
ライラの言葉を待たずして、アルバはその人物を口にした。
『分かっているなら問題はない。追っているんだな』
『そうだ』
『すまないが私は今動けん。アリスの事頼んだぞ』
『任せろ』
そう言うと、アルバの目は歩いているアリスの背中を捉えた。
アリスが歩いている道には見覚えがある。この道は、数日前にアルバが、魔闘科の実践訓練のため、国外へ向かうために通った道だったのだ。
アリスが目指しているのが、国外に繋がるあの門だということを察したアルバは先回りして門まで走っていく。
門の前に陣取ったアルバは、アリスが来るのを待った。
すぐに、アリスが姿を現す。
月明かりに照らされたアリスの顔には驚きの表情はない。
「なんですか?」
「こんな時間にどこへ行く」
「国の外に出るのですよ」
「危険だ。夜はモンスターの活動が活発になる」
「ええ知っています」
アリスは当たり前のように呟く。
その瞳は強く、アルバを見つめて離さない。
「戻れ」
「嫌ですわ」
アルバとアリスは睨み合う。
すると、アルバは溜息を吐いた。ここで時間を食っても何も変わらない。
アリスは学園に簡単に戻るつもりがないのはその目を見れば分かる。
「分かった。ただし、俺が着いて行く。断るとは言わせないぞ」
「いいですよ。初めからこうなるだろうとは思っていましたから」
アリスもバカじゃない。
こういう展開になることなど分かっていたのだろう。
この時間に学園から出ることは、違反にあたる。それをライラが黙って見過ごすわけはない。
今ならアルバを向かわせるだろうことは簡単に予想できたはずだ。
『アルバ。ミリンダからの伝言だ』
すると、アルバの頭にまたもやライラの声が響き渡る。
『なんだ?』
アルバはライラと会話しながらも、アリスと一緒の国外に出ていこうとする。
『他の自警団は皆、寮や食堂にいたようだ。外に出てるのはアリスだけ―――』
そこでライラの言葉が唐突に途切れる。
アルバは不思議そうに足を止める。
自分の足元を見ると、アルバの身体はもうすでに王都から出て、草原を踏んでいたのだ。
そのために、魔力でつないでいるライラとの通信が、王都に張られている結界によって阻まれたみたいである。
アルバはそれを認めると、足を止めたアルバを置いて行くようにどんどんと歩いて行くアリスを追って、草原を歩き始めた。




