王都へ
アルバとライラが契約と握手を交わしてすぐ。
「さっそくだが、私と一緒に王都へ行ってもらう」
ライラは立ったまま言う。
「もうか?」
アルバは少し驚いたようにライラを見る。
「そうだ。いつ何時学園に危険が迫っているか分からないからな。あまり留守にするわけにはいかない」
ライラがグリードに訪れていることを知っているのは、ごく少数に限られている。同じフトゥールム学園に勤めている者にも伝えられてはいない。これは、細心の注意をはらっての事だった。
これまでライラの存在自体が一つの抑止力となっているために、不在を知られると、そのすきを狙って動き出す連中がいないとも限らない。そのために、ライラも信用できる身近な人間にさえ、黙って出てきたのである。
しかし、いくら隠されているとはいえ、長いこと離れていると、気づく者も出て来るかもしれない。
だからこそ、ライラは自分の目的が達成された瞬間に王都に戻ることにしていた。
「少し待てくれ」
そう言うと、アルバはおもむろに立ち上がり、家の奥へと消えていった。
アルバは工房らしき場所に向かっていた。ここにはアルバの相棒の刀の整備用品が所狭しと並べられている。そこから必要最低限のものを手に取ると、簡易な袋に入れて、それを肩に担ぐと、ライラの元へと戻った。
奥から来たアルバの肩にあるものを見て、ライラは訝しそうに聞く。
「それはなんだ?」
「刀の鍛冶道具だ」
「自分でやるのか」
ライラは驚いた。ライラは魔法が使えることもあり、武具系統の類は持ったことがない。魔法は魔力とイメージ、知識さえあれば身体一つで事足りる。
人によっては、魔法と武具を両方駆使して戦うものいれば、魔力効率をよくするために杖を持つ者もいたりする。だが、そのほとんど者が自分の武具の手入れを街の鍛冶場に持っていく。今やそれが主流になっているために、自分でするなんて考えたこともない。
アルバもてっきり、街の鍛冶場に任せているものだとライラは思っていた。
王都には腕の立つ者がたくさんいる。もちろん王都に着いたら、アルバに会わせるつもりだった。
「自分の命を預けるものだ、自分で整備しておきたい」
アルバは自分の刀を抜いて、刀身を見つめる。
刀身が窓から差し込んだ光で照らされた。
「俺達ヴァニタスは魔法が使えない。いざって時に、自分の武器が壊れていたら、ただただ死を待つことしか出来なくなる。それだけ俺達にとって自分の得物は大切なんだ。だからこそ、自分で整備しておきたい。後悔しないためにもな」
魔法が使えると、もし自分の武器がその時に使い物にならなくとも、魔法で場を切る抜けることができる。
ここが、武器に対する意識の違いだろう。
「他に持って行かなきゃいけないものはあるか?」
アルバは刀を鞘に戻し、ライラに聞く。
「何もない。生活に必要なものはすべて用意してある。そろそろ行くぞ」
ライラは、来た時と同じようにつかつかと、外に向かって歩き出す。
その後に、アルバも続く。
「どうやって王都に行くんだ」
前を歩くライラに、アルバは疑問をぶつける。
「国の門に馬車を待たせてある」
「馬車なのか。てっきり魔法で移動するのかと思った」
魔法には、攻撃魔法、付与魔法、移動魔法と様々なものに分かれている。
アルバもそのことは知っていたため、王都にはてっきりライラの移動魔法で行くのかと思っていた。
「魔法を使う方法もあったが、今回のような隠れた移動には向かない」
「そうなのか」
「詳しくは馬車の中で話す」
そう言って、二人はグリードの街中を歩いて、馬車のある門のところまで行った。