炎の女神
「これはちょっとまずいかもな」
アリスから放たれる熱風を感じながら、アルバはじっとアリスを見つめたまま呟いた。
炎はアリスによって操られていて、アリスの周りから離れる気配がない。
あんなにも近くに炎があって熱くないのかと疑問に思うが、アリスの様子はさして気にしていないようだ。
体感温度を下げる魔法でもかけているかのように平然としている。
「いくら優れた武器を持っていたとしても、身体は人間ですから。溶けないように気をつけてくださいね!!」
アリスが鋭い声でそう言うと、剣を優雅に振る。
すると、剣の軌道に沿うように炎が動き始める。
まるで蛇の様に剣の動きに合わせて炎が踊り、そして、剣がアルバに向けられて振り終わったとき、炎が一気にアルバに向かって押し寄せてきた。
アルバは咄嗟にその場を離れ、炎をやり過ごす。
炎は熱量を辺りに残しながら、屋内訓練場の壁に当たる。炎はそのまま、屋根の方まで行くと、何事もなかったかのように消え去った。
見ていた生徒、ミリンダが圧倒されたように炎を目で追っている。
建物を守っている魔法は強力なようで、炎の直撃を受けた壁は無傷だ。
魔法が当たったとは思えないぐらいに、何も変化がない。
アリスの剣からは炎が出続けていた。すぐに、アリスの周りは元の炎が姿を現す。
「熱くないのか?」
「心配には及びません。私は大丈夫ですから」
炎の中にいるとは思えないぐらい、アリスは涼しそうな顔でそう答えた。『私は』というと場を強調して。
「それはよかったよ」
アルバはそう小さく呟くと、床を蹴ってアリスとの距離を埋めようと試みる。
アリスとの距離が近づいてくる。
だが、アリスは焦る様子を見せず、アルバをしっかりとその目でとらえていた。
ゆっくりとアリスは手に持っている剣を横に振る。
すると、アルバは唐突に足を止めて後ろに飛びのいた。
ブオン―――――
すぐに、アルバのいたところを、炎が通過する。
アルバに炎の熱が伝わってきた。身体からは汗が拭き出る。
「やりずらいな」
アルバが悪態をつく。
どれだけアルバがアリスに近寄ろうにも、炎が邪魔をして近づけない。
無理かと思い、アリスから距離を取り様子を見ようとすると、間髪入れずに炎の奔流が襲ってくる。
炎を自分の手足の様に自由自在に操るその姿は、まるで炎の女神のようだ。
その無駄のない美しい姿を見惚れている暇はなく、アルバはすぐにアリスに向かっていく。
それを何回も繰り返していくうちに次第に、アリスの表情には退屈な色が浮かぶ。
「学習しない人ですね」
アルバの変わらない動きに、アリスは呆れたように剣を横に振る。
アルバは身体を少しずらし、炎をやり過ごすと、足を止めることなくアリスに近づく。
アリスは剣を床に刺すように下ろすと、それに合わせて、下から炎が壁の様に吹き出し、アリスの姿を隠す。
アルバはしかし、お構いなしに、刀を思いっきり振り下ろした。
両手に力を込めて、炎を切る。
ブン―――
思いっきり振られたアルバの刀は、辺りに風を起こす。
その風の影響で、炎が消し去る。
「思った通りか」
アルバの口からそんな言葉が漏れた。
炎とはいえ、魔法で作られているなら、切ることが可能だ。
それを見越して、アルバは力任せに刀を振り下ろし、炎を切ったのだった。
今まで同じような動きを見せていたのも、アリスの動きを読んで刀を振り下ろすタイミングをうかがっていた。
そして今、アリスはアルバの同じ動きに呆れたような言葉を上げると、少しだけだが余裕の表情を見せたのだ。
アルバはそれを見て一気に距離を詰めると、刀を振るったというわけだ。
「こっちです!」
すると、すぐにアリスの声が聞こえ、アルバはそちらを見る。
アリスは勢いよくアルバに向かって剣を突きだしてきた。
アルバはそれを目でとらえると、本能のまま顔を動かし、ギリギリのところで剣をかわす。
勢いこんだアリスは、その勢いを殺すことなくアルバに近づいてくる。
アルバはすぐ、アリスの剣が握られている右腕を掴むと、アリスの勢いを利用して、開いた懐に刀を握っている拳を、思いっきり振り上げようとした。
アリスはそれを目の端で見ると、咄嗟に左手に意識を集中させ、魔法を発動させる。
ボン!
爆発音が響く。
アリスはそのままアルバと交差して反対側に着地すると、アルバを見る。
アルバは煙に包まれていた。
煙が晴れると、アルバはアリスを見たまま、その場に留まっている。
よく見ると、右手が少し赤くなっていた。皮膚が少しだけめくれている。
「……」
アリスはアルバを黙って見ていた。
魔法によってアルバの右手はやけどを負っているみたいだが、アルバは右手を一度だけ気にしたのみで、すぐに刀を掲げる。
「決まったと思ったのにな」
アルバはアリスの目を見てはっきりと言った。
「これでも、学園では一二を争うのです。あれぐらい防げて当然ですわ」
「ああ。すごいよ。大事に扱われるはずの王女様とは思えないぐらい強い」
アルバは素直にアリスの実力を認めた。
あれだけの反射神経は、簡単に手に入ることじゃない。日頃の訓練の成果だろうか。
さらに、あれだけの魔法を使っても息一つ乱していないところも驚異的だ。
あそこまでの規模の魔法を維持するのには、相当魔力を使うはずだろう。魔力が尽きてしまってもおかしくないほどなのにもかかわらず、アリスは平然としている。
これが、基礎魔力量『5』の力だろうか。
魔力の底が見えない。
「だがっ!」
アルバは一言いうと、一気に床を蹴る。
今までにないぐらいの速さで床を蹴ったことにより、アルバが一瞬姿を消したかのように錯覚する。
アリスがここで初めて、慌てたように炎を展開させた。
他の生徒とミリンダが息をのむ様子が見える。
今、アルバの状態がレオナルドを圧倒させたあの時に酷似していたからだ。
「遅いぞ」
アルバはアリスが炎を纏う前に、アリスに切りかかる。
アリスがそれを剣で受ける。
そして、アルバの姿がまた掻き消えると、すぐに斬撃がアリスの身体を襲う。
剣で何とか受けるも、刀を振る速度も、伝わる衝撃も桁違いに大きくなっていって、アリスの顔が歪む。
アルバはすぐに、地面を蹴り、アリスから離れる。
「……」
アリスはアルバの姿を見失ったように、辺りを見渡している。
その表情には焦りが見える。
アルバはすぐにアリスに切りかかると、またもやアリスは何とか反応して、攻撃を防ぐ。
甲高い音と、小さな火花が散る。
始まった時と同じような光景だが、その時とは違い今はアリスが完全におされている。
「諦めろ」
動きながらアルバはアリスに声をかける。
「いいえ。諦めませんわ」
アルバを見失っているにもかかわらず、アリスの表情からは諦めの色を見せない。
アルバの攻撃を何とか防ぎつつもアルバの声に返してくる。
「諦めの悪い王女様だ」
「すみませんね。私、負けず嫌いなんですよ」
「それは何となく分かってるよ」
軽口を叩きつつ、アリスの額から汗がたれる。
剣を握る手が少しだが震えているようだ。
(そろそろ限界だろうな)
そんなアリスの様子をアルバは冷静に観察すると、最後とでもいうように、攻撃に力を込めることを決意した。
刀握り直しアリスに近づいて行く。
だが、アリスの方も簡単には終わらせてくれない。
アルバのその攻撃を振るえる手で握られた剣でギリギリのところで防ぐと、アルバの身体めがけて、左手を突き出し、魔法を発動させる。
ドン―――
カラン―――
アリスの魔法の音と、何かが床に落ちる音が同時になる。
皆の視線が二人に集まる。
二人はその場で固まっていた。
そこには、床に転がるアリスの剣と、左腕を掴まれ、魔法の軌道を変えられたままの状態のアリスと、その左手を掴み魔法の影響を受けていないアルバの姿があった。
最後、決死のアリスの攻撃だったが、アルバは冷静に対処し、魔法が放たれる前に、突き出された左手を掴み自分から軌道をずらして直撃をさけていたのだ。
二人が見つめ合ったまま止まっている。
すると、アリスがすぐに掴まれている左手を動かし、アルバの手から離す。掴まれていた手首を気にするように動かすと、床に落ちている剣を拾う。
「ありがとうございました」
小さな声でアリスはそう言い、アルバの頭を下げる。
それにつられるように、アルバも刀を鞘に収め、頭を下げた。
これにて、アルバとアリスの決闘は、アルバの勝利で終わった。
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この挨拶を合図にしたかのように見守っていた生徒やミリンダが二人に近づいてくる。
「もっと訓練しなければなりませんね」
すると、アリスからそんな呟きが聞こえてきた。
「まだやるのか。今でも十分強いと思うんだけどな」
「慰めてくれなくて結構です。あなたを学園から追い出すために私達は訓練しているのです。あなたに勝てなくては意味がないんですよ」
「そんな理由で訓練するのはやめたらどうだ。それだけ強さがあるならもっと他の事に使えばいいじゃないか。俺を追い出すなんてやめて」
「それはできない相談ですね」
「なぜ?」
「私はヴァニタスが嫌いです。そして、今日戦って、あなたのことがもっと嫌いになりましたから」
アリスはアルバを強く睨むように見つめる。
近くに来た自警団のメンバーも、アリスの雰囲気を察して、アルバに鋭い視線を送ってくる。
「そうかい」
アルバは諦めたように呟いた。
アリスの実力を見るためにやったことだが、アリスや自警団に明確な目標を与えてしまったかもしれない。
アルバはこの場に居づらくなったことにより、屋内訓練場から出ていこうと足を踏み出す。
ミリンダもそれについて行くように隣に並ぶ。
右手の火傷を歩きながらも、治癒魔法で直していってくれる。
扉に差し掛かった時、
「絶対にあなたを学園から追い出しますわ」
後ろからアリスの声がかけられる。
アルバはそれに無言で手を上げると、屋内訓練場から出ていった。




