アリスの現状
「でも、なんでアルバさんが私なんかを気にかけてくれるんですか?」
リーリンは落ち着きを取り戻すと、アルバに向かってそんなことを聞いてきた。
「別に大した理由じゃない。俺は学園の守り人だからな。契約上、ライラの所有物でもある学園と学園の生徒を守らないといけないんだ」
「それだけ……ですか?」
「ああ」
アルバは当然のように言う。
「あとはまぁ……目の前でモンスターの攻撃を受けたんだ。後々、何かあるかもしれない。心配になるのは当然だと思うが」
「……」
アルバが付け加えたことに、しかし、リーリンは何も返してくれないかった。
なにかまずいことでも言ったのかと心配になったアルバだったが、リーリンはすぐに表情を柔らかくする。
「アルバさんって、思っていたよりも普通の人ですね」
「当たり前だろ」
そんなやりとりをしていると、リーリンは何が面白かったのかクスッと笑いだした。
その笑い顔はとてもよくリーリンに似合っていると思える。ミリンダが穏やかな笑顔だとすると、リーリンの笑顔は歳相応の、子供っぽさの残る笑顔だった。
「ヴァニタスの人って皆暗くて怖い人だと思っていました」
リーリンは力の抜けた、自然な表情でアルバを見ながらそう言った。
王都で暮らしていれば、そう思っても仕方ないのかもしれない。王都のヴァニタスは、ほとんどがその扱いの影響で暗い表情をしている。
他の国民のことを恨み、鋭い視線を投げかける者もいるだろう。
それを小さい時から見ていれば、リーリンのように思うのも無理はない。
「リーリンは元から王都国民なのか」
「はい」
やはりなっとアルバはリーリンの言葉を受けて心の中で呟いた。
「じゃあ、リーリンもヴァニタスは嫌いか?」
アルバは少し踏み込んだ質問をしてい見ることにした。
リーリンは少し考えた後、口を開く。
「分かりません」
小さく自信のない声が返ってきた。
「分からないんです。ヴァニタスに直接会ったのはアルバさんが初めてですから。街で見かけても、あまり見てはいけないと言われてきたし」
可愛い娘に悪い影響が出ないように、親がそうしていたのだろう。
そうなってくると、リーリンが何故自警団に入ったのかが気にかかる。
アリスはアルバを学園から追い出すために、自警団を創ったはずだ。そのメンバーでもあるリーリンは、しかし、ヴァニタス嫌いではないという。
自警団のことを知れる機会だと思ったアルバは、リーリンに悪いとは思いつつも、質問を切り出す。
「だったら、なんでリーリンは自警団に入ったんだ。まさか、アリスに無理やり……」
「違います!」
アルバの言葉は、リーリンの大声によって遮られた。
すると、入り口近くで見守っていたミリンダとトーイがこちらを驚いた様子で向く。
「あっ。ご、ごめんなさい!」
自分の声が思いのほか大きかったことに、リーリンは必死で謝る。
「いや、俺も突拍子もないことを言った。すまん」
「いえ、私の方こそ……」
和んでいた空気が、アルバの質問により、少しだけ気まずい空気へと変わっていた。
「リーリン。悪いんだが自警団について教えてくれないか。何でもいいんだ」
アルバは仕方なく、正直な自分の気持ちを、場を和ませるために口にした。
本当ならリーリンにそれとなく自警団のことを聞ければよかったんだが、今まで人との交渉をしたこともないアルバは、序盤でつまずいてしまった。
こうなっては素直に話すしかアルバには思いつかなかったんだ。
「アリスがもし危険なことをしそうなら守らないといけない。ある人から頼まれていてな」
「それは、ライラ様ですか……?」
「違う」
アルバは首を振ってリーリンの言葉を否定した。
アリスの母親だと言ってもよかったが、何となくアルバは『サマリー』という名前を出すことは、あまりしない方がいいと判断している。
わざわざ、娘のアリスに直接言わなず、ライラを通してアルバに伝えられたことは、あまりサマリー自身アリスにこのことを知られたくないと思っているようだと、勝手に思ってるからだ。
アルバのそんな雰囲気に、リーリンは何も言ってこない。
目を伏せ、少し迷っている様子だ。
「私、あんまり詳しいことは知りませんよ」
リーリンはしばらくすると、ポツリとそう言った。
「それでも構わない」
アルバはリーリンの目をじっと見つめ、はっきりと言葉を紡ぐ。
アルバの言葉を受け、リーリンは未だ迷っているが、徐々に口を開き始めた。
「アリス様の自警団というのは、実を言うとアルバさんが学園に来る前から、存在していたんですよ」
「そうなのか」
「はい。ライラ理事長だけではなく自分たちで自分たちの場所を守っていかなくてはならないというアリス様の意思で、創ったって聞きました」
リーリンの言葉はアルバにとってみれば初耳だった
てっきり、アルバを追い出すために創られたと思っていただけに、驚きだ。
しかし、よく思い出してみれば、初めてアリスと出会ったとき、アリスの後ろにはぴったりと男女合わせて四名の生徒が付いていた。あの面々は理事長室にアリスが来たとき、アリスの隣やすぐ後ろに陣取っていたのだ。
「じゃあ、リーリンも初めから自警団に入っていたのか」
「……いえ、違います」
アルバの呟きを、リーリンは小さな声で否定する。
その声は少しだけ震えていた。
「私や数名の生徒は、最近自警団に入ったんです」
「最近というと」
「アルバさんが学園に来てから……です」
リーリンはそう言うと居心地悪そうにアルバから視線を外す。
「元々自警団の面々は、アリス様が直々に選んだ、学園でも精鋭揃いだったんです。だから、アリス様が学園に帰ってきた数日後に、自警団のメンバーを新たに加えると聞いたときは、魔闘科の生徒は期待しながらアリス様から声をかけられることを待っていました」
「リーリンもか?」
「……」
リーリンは黙ったまま首を横に振る。
「私はどちらかというと、興味がなかったので」
「だけど、現にリーリンは自警団に入っている」
「そうなんです。アリス様が声をかけたのは他の魔闘科の生徒ではなく私だったんです」
「断らなかったのか?」
「始めは断ったんですよ。でも、アリス様のことは嫌いじゃないし、私の基礎魔力量が『5』だということもアリス様は知っていたみたいで、ずっと声をかけ続けてくれたんです」
「魔力量が『5』か……」
アルバはリーリンを見ながらそう呟いた。
魔力が分からないアルバにとって見れば、それがどのようなものか分からないが、魔法の才能があることは確かだ。魔法が上手く使えるようになれば、単純に他の生徒よりも早く強くなる。アリスもそれを見越して、リーリンに声をかけたのだろう。
「宝の持ち腐れ……ですよね」
アルバの呟きに、リーリンは自信なさそうにそう答えた。
「俺には分からない。だが、そうなるとやっぱり、アリスがリーリンを利用しようとしているとしか思えないんだが」
リーリンは自警団への誘いを断ったと言う。
なのに、リーリンは今、自警団のメンバーとして参加している。
アリスがもしリーリンの魔力を利用しようとしているのであれば、止めなければならないだろう。
「いえ、そんなことはありません!アルバさんはアリス様に目の敵にされているので、こう言っても信じてもらえないと思いますが、アリス様は本当に優しいんです」
リーリンはアリスをかばうようにそう言った。
そこに、無理をしている様子はなく、自然と出ていることが分かる。
「今日も、私が屋内訓練場に顔を出したら、訓練はいいから医務室に行って休んできなさいって言ってくれたんです。どうも、カイン先生から事情を聞いていたみたいで、私のことすごく心配してくれました」
「そうか」
「私もそういうアリス様を知っていたので、自警団に入ってもいいかなって思って、入ることにしたんですよ」
「訓練はきつくないのか?」
「全然平気です。皆優しく教えてくれますから」
リーリンは誇らしそうに言った。
リーリンの性格なら、何も言い出せずに、厳しい訓練にも耐えていないかと思ったがそんなことはないようだ。
「ただ……」
「ただ?」
するとリーリンは唐突に沈んだ声を出した。
「アルバさんを学園から追放するためだったなんて、知らなかったんです」
「アリスに言われなかったのか」
「何も言われませんでした。理事長室に行く前日に初めて、なんで自警団のメンバーを増やしたのか聞かされました」
「それで、リーリン達はどう思った?」
「私は、正直何も思いませんでした。入ってしまったのならアリス様について行かなくちゃって思っただけで。でも……」
そこで言葉を切り、続きを言おうか迷った様子のリーリン。
「言ってくれ」
アルバは短くリーリンの目を見てそう言った。
変な気遣いは不要だと伝えるように。
「……ほとんどの子は、ヴァニタスのアルバさんが嫌いみたいで、アリス様に賛同しました。私は流されるままというわけです」
「なるほど」
つまり、アリスの意見に、リーリンは含まれないが、ほぼ全てのメンバーが賛成というわけか。
だとすると、自警団の結束力は固いことが分かる。
皆の意識が同じところにある集団は、実力をつけるのも早い。明確な目標がある分、努力の仕方がよく分かっていることだろう。
そして、そんな実力をつけた集団が次に手を出すのといえば―――
「実践を想定した訓練だな」
アルバの口から、思考の結論が飛び出してくる。
そんな言葉を聞いたミリンダの表情が曇るのを、アルバの目に端に映った。
「どうかしたか?」
「いえ……少し心配事っていうか」
「自警団で?」
「はい……」
「言ってくれ」
もうここまで来てしまったからには、アルバとしてもリーリンの呟きを流すことはできない。
アルバがそう言うと、リーリンは口を開く。
これまでよりも、一番開く口が重いように感じた。
「最近のアリス様は何か焦っているようで……余裕がないっていうんですか……私、聞いてしまったことがあって」
「なんだ?」
「アリス様を含めた数名の先輩達が話していたんですけど、近いうちに自警団を連れて王都近くの森に訓練に行くとかって言っていて」
「それは、アリス本人が言っていたのか」
「はい。でも、他の先輩達は、まだ私みたいな生徒がいるうちは無理だとか、早過ぎるって反対していたんですよ。だけど、アリス様は珍しく声を荒げて、その意見を否定してしまったんです」
「……」
思いのほか時間がかかっていることに、アリスは焦っているのだろうか。
いずれは実践を交えるとしても、アリスの思惑よりも大幅に時間がかかっているために、一刻も早く学園からヴァニタスを追い出したい気持ちが、前に出過ぎているとも考えられる。
どうしたって、リーリンが言ったことが本当なら、あまりよくない方向に行くかもしれない。
「分かった。ありがとう。話してくれて」
「い、いえ」
「おかげで現状が分かった。リーリンはこれからも自警団でい続けるのか」
「そのつもりです。正直、あまり戦闘とかってのは苦手なんですけど、アリス様の力になりたいなって、分不相応なことを思ってしまったので」
「そうか。だったら、まずはモンスターを怖がらないようにしないとな」
「……できるでしょうか」
「できるさ。アリスの力になりたいと思う気持ちが強ければな」
「……」
リーリンがアルバの目を見て、固まる。
気づくと、アルバはつい不安そうなリーリンの頭を撫でていたようだ。
それをリーリンが理解すると、ぼっと音が出るくらいに顔が真っ赤になった。
「悪い」
アルバがそっと、リーリンの頭の上にある自分の手をどかす。
「い、いえ、むしろ嬉しかったというか……」
「嬉しかった?」
「な、何でもないですから!!」
慌ててそう言って、リーリンはアルバの身体を押す。
押されたアルバはベットから少し離れる。すると、こちらを見るミリンダとばっちり目が合ってしまった。
ミリンダがニッコリと微笑む。
ミリンダから視線をリーリンへ戻すと、リーリンは相当恥ずかしかったのか、ベットに寝ころんだ状態で、掛け布団で顔を隠していた。
「リーリン。もし何かアリスがしそうになったら、すぐに俺に言ってくれ。もちろんリーリンことは誰にも話さない。頼む」
アルバにとって、自警団のメンバーでもあるリーリンの存在は貴重だ。
誰にも言わないことを強く強調すると、布団から少し顔を出し、リーリンは静かに頷いた。
それっきりアルバの方を見ることはなかったため、アルバはベットの周りの布を閉めると、ミリンダの方へと歩いて行く。




