魔闘科と一般科
アルバがミリンダと合流して、廊下を歩いていると、魔闘科ではない普通の授業風景が目に入ってくる。
今は一般教養でもある王都の政治事情を学んでいた。
先生が前に立ち、何やらボードに、他国との関係性などが書かれているも、アルバにはよく分からない。
言えるのは、その他国の中にグリードが入っていないことだけだろう。
カインの言ったように、ヴァニタスの国という理由により、グリードについてはあまり触れられないようだ。
アルバはボードから目を離し、先生の話を真剣な面持ちで聞いている生徒達に視線を動かす。
数分前まで、魔闘科の実践訓練を見ていただけあってか、その生徒達に比べると、やはり少し弱そうな印象を持ってしまうのは仕方ないだろう。
魔闘科の生徒が皆、良く鍛えられていることは明白だった。
すると、授業中にもかかわらず、アルバの視線に気づいたようにこちらに手を振ってきている生徒がいた。
女生徒で、短髪の髪型から勝気な性格を思わせるような感じがする。
先ほどまで、魔闘科としてロイボアと戦っていた生徒だった。
アルバを見て手を振っていたので、無視するわけにもいかず、控えめにだがアルバもそれに返すように手を上げる。
「知り合いなんですか?」
ミリンダがアルバに不思議そうに聞いて来る。
「ああ。魔闘科の子だ」
「実践訓練ですか」
ミリンダが女生徒を見てそう言った。
すると、女生徒はミリンダに向かっても手を振ってきたのだ。
女生徒と同じようにミリンダも身体の前で控えめに手を振ると、女生徒は嬉しそうにまた手を振り返してきた。人懐っこそうな子だなと改めてアルバは思った。
女生徒の行動の影響で、クラスの視線がアルバ達に集まってくる。
これはあまり良くないなっと思っていると、先生が女生徒の前まで来てこつんっと軽く女生徒を叩いて注意した。
女生徒も笑いながら先生に謝っていると、それで事態は終息していく。
慣れたように授業に戻るところを見るに、女生徒が何かするのはどうもいつものことらしい。
それでも、あの笑顔で謝られてしまうと、許してしまうのだろう。
部屋の中には、静かな雰囲気が戻ってきた。
しばらく、アルバとミリンダが授業風景を見ているも、仕事を再開させようと歩き出すために視線を動かせる。
そんな時だった。
アルバの視線が部屋の後ろの椅子に座っている生徒の前で止まる。
「あの子もいたのか」
前のボードに真剣な眼差しを向けているのは、カインにリーリンと呼ばれていた女生徒だ。
魔闘科の時と大人しそうな表情は変わらないも、授業に向かう姿勢は魔闘科もよりこちらの方が合っているんじゃないかと思えるぐらい真剣だ。
授業に集中していたリーリンはふと、視線をアルバの方にやると、ビクッとして身体に硬さが出てくる。
リーリンはおずおずとアルバに頭を下げる。
それにアルバは、勝気な女生徒にしたように手を上げた。
それにまたお辞儀で返すと、視線を前に戻し、授業を聞く姿勢に戻る。
だが、一度目が合ってしまったからか、アルバの方をチラチラ時折見てしまうようだ。
落ち着かない雰囲気が表に溢れ出ている。
「ミリンダ、行こうか」
リーリンに悪いと思い、ミリンダに声をかけ、アルバは歩き出す。
何も問題なく授業を受けていたことに、アルバは少し安心した。
「ふふっ」
しばらく廊下を歩いていたら、隣を歩くミリンダから笑い声が漏れた。
「どうした?」
突然笑い出したミリンダに、アルバが怪訝そうな視線を向ける。
「ごめんなさい。つい嬉しくなってしまいまして」
ミリンダは微笑んだまま、後ろを見るように視線を動かす。
その口角は上がっていて、笑みがにじみ出ている。
「嬉しい……?」
アルバはミリンダの気持ちが理解できず首をかしげる。
「はい。アルバ様が認められているようで」
ミリンダは包み隠さずにそう言ってきた。
アルバはあまり気にした風もなくミリンダの言葉を聞いている。
しかし、よく見るとどこかいつもとは違って、恥ずかしそうだ。
「まぁ、いろいろあったからな」
そう言って言葉を濁した。
それでも、ミリンダは本当に嬉しそうに微笑んでいる。
つられるようにアルバにも笑みが出てきた。
「でも、魔闘科と一般科を兼任している生徒もいるって聞いたときは驚いたな」
アルバがふとそんなことを呟いた。
一般科とは、今のように主に基礎知識を学ぶ生徒達のことで、この呼び方は魔闘科と差別化するためにいつの間にか出来た言葉だという。
魔闘科を希望する生徒は、一般科に属さない生徒もいるが、さっきのリーリンや女生徒の様に、一般科と魔闘科を兼任している生徒も少なからず存在している。
本当なら、兼任の生徒は、一般科のクラスと分けられ特別に違うクラスを設けられているのだが、どうやら今の一年生はその生徒が少ないと言うことで、ああやって一般科のクラスに在籍させているらしい。
とはいっても、もちろんどちらにも不都合がないように予定管理はしっかりしているようで、そこら辺については生徒は心配ないそうだ。
アルバはよく知らないが、ライラ曰く、今のところうまく言っているそうで、問題ないと言っていた。
何か問題があればすぐに改善すると、一年生達には伝えられているようで、生徒達は何も考えずに授業を受けられている。
「よく兼任なんてできるなって思う」
アルバは、二つの科を両方こなすことを想像すると、自分ではできそうもないと思えるので、リーリン達を見ると尊敬してしまう。
魔闘科の授業上、肉体疲労も精神疲労も一般科に比べれば桁違いに大きいはずだ。
なのに、魔闘科の授業の後の、あのように一般科の授業まで受けるとは、アルバには考えられない。
「確かにそうですね」
ミリンダもアルバの言葉にそう答える。
「いくら学園の支援があると言っても、両方こなすのは私には無理そうですね」
ミリンダは苦笑しながらそう言う。
アルバにしてみれば、多くのことをこなす王宮メイドのミリンダにはできそうに思えるのだが、そうでもないみたいだ。
「そう思うと王女様、アリスはすごいな」
「はい。魔闘科と一般科を兼任していらして、さらには、王族のお仕事もなさっていますから」
「しかも、全てにおいて成績がいいと来たもんだ。何者だって言いたくなる」
「それをご自分の意思で決められていますしね」
ミリンダから感嘆とした息が漏れる。
そうなのだ。アリスは別にフトゥールム学園に入る必要はなかった。
代々、王族の子供は選任の講師を雇い、王族としてもマナーや常識を学ぶそうなのだ。ダリアン王もそうしたらしく、学園に通ったことはないらしい。
アリスにも最初、学園に行くか王宮で選任の講師に教えてもらうかと聞いたみたいで、そこで、アリス本人が学園に行くことを希望したようだ。
学園に入って自分と近しい人達と一緒に過ごすことにより、教養を高めると言っていたらしい。
アリスの意見を尊重するダリアンは、娘を学園に入れた。
だが、アリスはそこで一般科に入ったあと、魔闘科に入ることも志願したようなのだ。
ライラも初め驚いたようで、一度ダリアンに意見を聞くも、娘がそう言ったならという一言で、決定権をライラに渡したという。
そしてライラはアリスの魔闘科への希望を受理し、今の立場になったらしい。
王族の仕事も王宮にいた時と同じように当たり前にこなすアリスを見て、ダリアンとサマリーは、せめて学園の生徒でいる間は王族の仕事はしなくてもいいと言ったのだが、
「大丈夫です。気になさらないでください」
という言葉によって流されてしまったそうだ。
言ったことは曲げない、真面目なアリスの性格を知っている両親は渋々、アリスに今まで通りに仕事をさせるようにしたという。
もちろん、極力アリスにばれない程度に仕事を減らしているみたいだが。
さらには自警団までアリスは兼任している。
どれだけのものをその肩で背負っているのか分からないが、今のところそのせいで、何かに影響が出ていることはないようで、今まで通りのアリスらしい。
真面目で何事にも手を抜かないアリスの姿が今でも見て取れるようだ。
「だからこそ……」
そこまで考えたところで、アルバの口から言葉が漏れる。
「はい?」
ミリンダがそれに反応する。
アルバが改めてミリンダに視線を向けると、はっきりとした声で続けた。
「あそこまで完璧な王女様が、あのダリアン王に育てられて、何故ヴァニタスをあそこまで嫌うかだ」
そこがアルバは気になって仕方がないのだ。
何でも完璧にこなすアリスがヴァニタスのアルバにあれほどまで、自警団を使ってまで、追い出そうとするのかが分からない。
ダリアン王はヴァニタスに理解があるし、サマリーには会ったことはないが、ライラに『娘を頼む』とアルバへの伝言を残したというのなら、サマリーの方もヴァニタス嫌いというわけじゃないだろう。
嫌いであるなら、大事な娘を頼むとは言わない。
「さぁ。そこは私にも分かりません」
ミリンダもそこまでのことは知らないようで、首を横に振り眉を下げる。
「ひとまずは、サマリーの伝言を守ることにしよう」
「今日も訓練を見に行くのですか?」
「一応な」
娘を頼むと言う伝言をライラにではなく何故アルバにしたのか分からないが、とにかくアリスには注意を向けておこうと思い、廊下を歩いて行く。
「それに一つだけ気になることもあるしな」
そう呟くと、アルバは意識を守り人の仕事へと戻す。
アリスのこともあるが、アリスの自警団のメンバーだというリーリンが、自警団の訓練に顔を出すのかもアルバは気にかかっていたのだ。




