契約成立
「これで分かっただろ。何故国王が俺を、グリードの誇りと言ったのか」
アルバはそう言うと、また包帯をタトゥーの上に巻き始めた。
「いや、驚いた。まさかこんなところで、英雄に会えるとは」
ライラは未だに驚いているようだ。
彼女から今まで感じていた余裕のようなものが、この時ばかりはなくなっていた。
それほどにこの事実はライラに衝撃を与えた。
だが、それと同時にここまで適した人間はいないとライラは思う。
「ますます君に頼みたくなった」
ライラはにやりと笑う。
「俺は断るぞ」
アルバは尚も断る。
アルバ自身、秘密を話したらこうなることを予想していなかったわけではない。それでも、ライラに話したのは、国王に対する想いもあった。
グリードの誇りとしてライラに紹介していたことに、アルバは少なからず感激していた。
「本当にいいのか?」
ライラはアルバを試すように聞き、口角をあげる。
「脅すつもりか」
「そんなことはしていない。君を脅すと、私がグリード国王からの信用を失う羽目になる。これは提案だよ」
「提案?」
アルバは眉根を寄せる。
「君も薄々分かっているのではないのか?君の存在を世間に公表すれば、グリードはただのヴァニタスの国ではなくなる。英雄を生み出した国として、各国からも一目置かれる存在となるのは明白だ。王都も、自分の国を救った英雄がいるとして、特別待遇をしてくれることだろう。ひいては、ヴァニタス自身の評価も改められるかもしれない。この国はもっと栄えるだろうな」
「それは……」
「王もそのことに気づいていないわけじゃないはずだ。なのに、国よりも個人の、君の意見を優先していた。王都から来た私にも、王夫妻は隠し通していたぞ。それを承知の上で、国の信頼に関わる仕事に、君を勧めた。これがどういう意味になるかお前が分からないわけないよな?」
「…………」
アルバは何も返せなかった。
図星だった。
アルバ自身もあの事件以降、目立つのが嫌で、ギルドにもあまり顔を出さなくなった。幸い、ルナプラーガの英雄がアルバの事だと知っているのは、アルバと国王夫妻だけだ。だが、ギルドで仕事をしていると、いずれアルバの闘う姿で、誰かに感ずかれてしまう可能性は大いにあった。それが嫌で、国王に無理を言って秘密にしてもらっていた。国王も、アルバの気持ちを察してそれを承諾。
今この家に住めているのも国王のおかげだったりする。ギルドの仕事をあまりやらなくなると、収入が減るのは当たり前だ。この家は、そんなアルバに国王が与えたものなのだ。
その見返りに、時々王宮から直々にモンスター討伐の仕事を任されることとなっている。それでも、好待遇なのは変わらなかった。
国王はここまでしてくれた。アルバの存在を利用すれば、グリードは大国になれるかもしれない。王様の立場だって、良くなっていたはず。
なのに、ただの国民の一人でしかないアルバの意思を尊重してくれた。
一国の王としては良くないかもしれない。それでも、グリード王はそれをためらわず行う人だった。
アルバがここまで考えたとき、まるで心を読んだように、ライラはタイミングよく口を開く。
「国王に恩返ししたいとは思わないか?王都の王族と同等の私、王宮直属の学園を守り、君自身が認められることで、君を指名したグリード王、ましてやグリード自体の信頼が上がることに繋がる」
「英雄と公表しなくてもか」
「そうだ。別に悪い条件じゃないはずだぞ。王都での生活の心配は無用だしな。すべては私が保証しよう」
アルバはしばらく悩んだが、
「…わかったよ。あんたの依頼を受ける」
そう言った。
アルバの言葉を受けてライラも、今度は素直な笑みを浮かべる。
「そう言ってくれて嬉しい」
ライラはそう言って椅子から立ち上がった。
すると、アルバに向かって右手を差し出す。
「改めて、私と私が理事を務める王立フトゥールム学園に守り人として来てくれ。アルバ・ルーイン」
「ああ。仕方ないから受けてやるよ。グリードとグリード王のためにな。よろしく。ライラ・エトワール」
アルバとライラはがっちりと握手を交わした。