実践訓練Ⅳ
女生徒の様子があまりにもビクついていたこともあってか、生徒の皆は心配そうに見ている。
カインも同様なのか、ここで女生徒の気持ちを少しでも安心させようと、戦いが始まる前に珍しく口を開いた。
「落ち着いて対処すれば、ロイボアの攻撃は十分避けられる。大丈夫だ」
カインのその言葉に他の生徒も頷いている。
しかし、当の女生徒はロイボアを見つめたままだ。
カインの言葉が聞こえているとは思えない。
「準備はいいかい?魔法を解くよ?」
「……は、はい!」
女生徒は少し遅れた反応を見せる。
そこからは余裕など感じられなかった。
女生徒の様子に、アルバも他の生徒の時よりも警戒を高める。
いつでも問題が起こったときに走り出せるよう、刀に手を添えて見守ることにした。
「では、始めだ」
カインはそう言い、ロイボアの魔法を解く。
それに合わせるかのように、女生徒もステッキを抱えるのをやめ、両手で身体の前に突き出した。
ブロゥゥ―――
今までの戦闘によって興奮したロイボアの雄叫びが響き渡る。
女生徒は一瞬ひるむ様子を見せたも、すぐに意識をロイボアに戻すと、ロイボアから視線を外さない。
ロイボアが二回、右前足を地面に擦り付けると、三度目で一気に前に飛び出した。
そんなロイボアの突進を女生徒はすぐに身体を横に動かすことによって避けようと試みる。
(早い……!)
女生徒の行動に、しかし、アルバは心の中でそう呟き、自分の足に力を入れ、いつでも走り出せるようにした。
(避けるタイミングが早すぎる。今のままだとロイボアは途中で軌道修正できてしまう……!)
そうなのだ。
女生徒はロイボアが走り出したすぐに、身体を横にずらしていた。
確かにロイボアの突進はまっすぐにしか来ないのは事実。しかし、距離の離れた今の状態で、女生徒は少ししか横に動いていない。いくらまっすぐにしか攻撃が来ないとしても、ロイボアは走りながらしっかりと女生徒を捉えている。突進中も少しであれば左右に軌道修正が出来る。
案の定、ちょっとずつだがロイボアの突進の軌道が女生徒の方に傾き始めた。
しかし、女生徒は魔法を使うため精神を集中させてる。そのためだろうか、ロイボアのことを見ていない。
今までの生徒はロイボアとの距離が、ある程度まで近づいていたためこんなことは起こらなかった。だが、女生徒はロイボアのことを恐れるあまり、必要以上にロイボアから離れた所に立っていたのだ。
もちろん、今日初めてロイボアと戦う女生徒には、ロイボアの突進がまっすぐにしかこないという知識しかない。
あえてカインが生徒の成長のためロイボアに関して詳しく話さなかったことがここに来て災いしたのだ。
ロイボアの身体が女生徒の方に向くと、ついに女生徒を捉えた。
このままでは直撃だ。
女生徒は未だに魔法に集中し過ぎて気づく気配がない。
アルバが足に力を入れ、走りだそうとした。
「逃げて!!!」
その時、生徒の誰かから悲痛な叫びが響いた。
その声は、魔法に集中していた女生徒のも届いたようだ。
ハッとしたように前を向くと、その瞳が自分に容赦なくその巨体をぶつけて来ようとしているロイボアを捉えた。
女生徒は本能のままに、慌てて地面を蹴ると地面を転がりながらロイボアの攻撃から身体を逸らす。
数秒も経たずして、さっきまで女生徒が立っていた場所をロイボアの巨体が横切る。
女生徒は転がった身体を慌てて立たせると、身体を止めて方向を変えているロイボアを見つめたままだ。
アルバはそれを見届けると、前傾姿勢だった身体を少しだけ戻す。
そして、カインの方へと視線を送る。
こうなっては戦いを止めると思って見ていたが、しかし、カインは何も言わず戦いを見ているに過ぎない。
まだ始まったばかりのため、いくら女生徒が危険だったとしても戦い自体を止めるつもりはないらしい。
カインも、女生徒を助けるために魔法を使おうとしていたのだろう。掲げられた手をそのままゆっくりと下ろした。
女生徒はこの一場面で完全にロイボアに恐怖心を持ってしまったようだ。
目をロイボアから離すことが出来なくなり、ロイボアの突進を避けるのに必死になっている。
さらには、恐怖心が集中力を鈍らせてしまったのか、魔法を使おうにもうまくいっていない様子だ。
発動に時間がかかりすぎて、ロイボアの突進が自分の近くに来るまでに魔法がうてていない。
防戦一方のなか、女生徒は不安に戦っているだろう。
そんな女生徒の不運はさらに続く。
女生徒の恐怖心がどうやらロイボアにも伝わったようなのだ。
他の生徒の時よりも突進のスピードや興奮度合いが違う。
ロイボアは女生徒を睨みつけたまま、離さない。その目は完全のモンスターの本能を物語っていた。
『こいつだったら殺せる!』
そう言っているように、ロイボアは執拗に女生徒の突進を仕掛ける。
ロイボアの突進を何とかかわしているも、徐々にロイボアの突進の質が変わってくる。
そんな様子を生徒達は心配そうな面持ちで見つめていた。
それはカインも変わらず、何があってもいいようにアルバと同様、ロイボアと女生徒とを注視して見ている。
ブアァァァ――――
ロイボアが突然歯をむき出しにして叫び出すと、何度目かになる突進を女生徒に向けて仕掛ける。
アルバの目が細められる。
先ほどの叫び声で、ロイボアの雰囲気が変わったように感じたのだ。
アルバの心配をよそに、ロイボアが女生徒に向かっていく。
女生徒の方も、初めのミスで学び、ロイボアを比較的近づけてから避けようとしている。
もう魔法を使うのは諦めたのか、視線はロイボアに集中させ、ステッキは身体の横に下ろされていた。
そして、女生徒はロイボアの突進を横にさける。体力が削られていようが目の前に迫る脅威から身体を守るために、反射的に避けることは出来ているようだ。
そのままロイボアが走り抜ける―――そう思われたときだった。
ロイボアは突然四本の足を地面に押し付け、無理矢理突進を止めると、避けた体制のままロイボアの走り去る姿を見ようとしていた女生徒を横目でしっかりと見ていた。
すると、ロイボアは女生徒を睨みつけたまま、身体を女生徒の方向に思いっきり振り上げた。
ロイボアの顔の前についた大きな二つの牙が、女生徒に襲い掛かる。
バリンッ!
牙が何かに当たる音と共に、何かが弾け飛んだのが見えた。
皆の視線が上空に向けられる。
どうやらさっき弾け飛んだのは女生徒が咄嗟に使った魔法のようだ。
ロイボアのこれまでとは違う動きに、咄嗟に自分とロイボアの間に障壁を張ったのだ。
本能が危険信号を発し、今まで思うように使えなかった魔法を使うことが出来た。
だが、身体への直撃を防ぐことが出来たが、衝撃までも抑えることはできなかったようだ。
ロイボアの勢いに負け、女生徒は大きく宙に打ち上げられてしまった。
意識はあるようだが、しかし、身体が言うことを聞かないようで、空中にいる間に体勢を立て直せていない。打ち上げられたまま、今度は落ちていく。
それをロイボアは見ていた。
確実に殺せるように、女生徒から目を離さない。
鼻息は荒く、目は赤く充血していた。
すると、ロイボアがまた突進の準備に入る。
女生徒が落ちてくるタイミングを見計らって、攻撃を仕掛けるつもりだ。
そんな様子のロイボアを止めるため、カインが魔法を発動させる。
ロイボアの周りに仄かな光が纏い始めた。
だが、ロイボア気にした素振りを見せず、ついには身体を動かしだす。
ボウアァァ!!!!
一番の叫びをすると、思いっきり地面を蹴った。
すると、纏い始めていた光が掻き消える。
本能で高まった力で、カインの魔法を破ってしまったのだ。
その反動でカインの腕が後ろに弾き飛ばされる。
魔法の拘束が無くなったロイボアは、落ちてくる女生徒めがけてその巨体を当てようと突き進んでいく。
興奮状態が最大限まで昂ったロイボアの突進は、今まで見たこともないような速さを見せた。
このままでは、無防備の女生徒に直撃だ。
そう思ったとたん、アルバは走り出していた。
刀を抜き、思いっきり地面を蹴る。
(間に合え!!)
アルバはロイボアには目もくれずに、女生徒の落下地点まで急いで向かう。
足を動かしとにかく走った。
そして―――
ガン!!
鈍い音が辺りに木霊する。
そこには、右手に持った刀を横にし、ロイボアの突進を受け止めたアルバが立っていた。
アルバの左側には、抱えられた女生徒の姿が見える。
「おい。大丈夫か」
アルバが必死でロイボアの攻撃を防ぎつつ、左側に収まる女生徒に声をかけた。
女生徒がアルバの言葉に反応するかのように、閉じられた目をゆっくりと開ける。
「えっ……」
女生徒は驚いたように周囲を見渡した。
そして、近くにロイボアの姿を見ると、身体を震わせる。
「安心しろ。今は俺が止めてる」
アルバの言葉に、女生徒は牙を正面から受け止めている刀を見ると、安心したように息をはいた。
女生徒の身体に目立った外傷はない。魔法の障壁が上手く女生徒の身体を守ってくれたみたいだ。
それを確認すると、今度はカインに向かってアルバは口を開く。
「カイン!今のうちに!」
「分かった!」
アルバの声を合図に、カインは拘束魔法をロイボアにかける。
自身の渾身の攻撃をアルバに止められたことにより、ロイボアの興奮状態は治まっていたのか、今度は簡単に拘束魔法が効果を発揮した。
それを見届けてから、アルバの口から息が漏れる。
何とか間に合うことが出来てよかったと、安堵のため息だった。




