対峙
アルバがいつものように守り人の仕事のため、学園内を歩いていると、ふと首にぶら下げられている青い石が光ったように感じる。
するとすぐにアルバの頭の中に声が流れてきた。
『アルバ。聞こえるな』
『ああ』
ライラからの通信である。
アルバがフトゥールム学園に入ってこのネックレスを渡された時以来の、ライラからの連絡であった。
問題なく連絡を取り合えたことに安堵しつつ、アルバはライラの言葉を待っている。
『少々面倒なことになってな。今から理事長室に来てくれ』
『分かった』
短い会話を終わらすと、アルバは歩く方向を変え、学園の四階にある理事長室を目指すことにした。
ミリンダの方にもライラから連絡があったようで、何も言わずにアルバの後ろを着いて来る。
階段を上って、四階まで到着したアルバは、そのまま突き当りにある理事長室へと歩いて行く。
理事長室の扉は閉まっており、中の様子は窺い知れない。
「何があったんでしょうか……」
後ろを歩くミリンダが不安そうな声を上げる。
アルバとしても分からない。
ライラが面倒なことになったと言うので、何か問題が起こったことは確かだ。
だとしても、何故理事長室に呼び出したのかは分からない。
そう思いつつ、アルバはミリンダに扉を開けてもらうように頼む。
ミリンダが扉に手をあて、理事長室の扉は開かれた。
「入れ」
入ってすぐこちらを見ていたライラにそう言われる。中に入ると、理事長室の中にはライラ以外も人がいた。
学園の生徒が数名、長椅子に座るようにしてアルバを見ている。
どこか見覚えのある生徒もちらほらといた。そんな生徒の中心的存在でもある、長椅子の真ん中に座った生徒を見て、アルバはこの状況を何となく察することが出来た。
「アルバ、向かいの椅子に座れ」
ライラの言った通り、もう一つの長椅子に腰を下ろした。
ミリンダは座らず、アルバの後ろに控えるように立つ。
その間も生徒の数人からは突き刺さるような視線を浴び続けた。特に中心から注がれる視線が強く感じる。
「それで、何があったんだ……どうして王女様がいる?」
アルバはそう言って向かいに椅子に腰を下ろしている、アリスを見る。
「アリス。君の要望通りアルバを呼んだぞ」
ライラはアリスに向かってそう言った。
その言葉を受け、アリスは立ち上がると口を開く。
「ありがとうございます。理事長」
そのまま、きつく細められた目でアルバを睨みつける。
アルバはたじろぐ様子もなくその視線を真っ正面から受け止めた。
部屋には緊張感が張り詰める。
「単刀直入に申し上げますが、このアルバという男を学園から追放したいと私は考えています」
アリスは高らかにそう宣言した。
「何故だ?」
アリスがいきなり本題に入ったことにライラは驚いた様子もない。
無表情のまま、アリスに返した。
「ヴァニタスが学園にいるのは、生徒の教育のよくありません」
「それを判断するのは、理事長である私であり、君ではないだろう」
「ええ。分かっています。ですが、実際に学園の生徒の様子を理事長は知らないでしょう?皆廊下を歩くアルバに気を取られて授業に集中していないこともあります」
「それは俺には関係ないことだと思うが」
アリスの言葉につい、アルバが反論してしまう。
授業に集中できないのは、その個人の問題であり誰も責められることではない。
そう思って言ったのだが、
「貴方は黙っていてください」
アリスにそう言われてしまった。
仕方なく、アルバはアリス言うことも守ることにする。何を言っても、今のアリスにはアルバの言葉はあまり良いようには聞こえなだろうからな。
「だが、アルバの言った通りそれはアルバには関係ないことだ。その生徒に問題があるように思うが」
ライラがアルバに代わって言った。
「ええそうですね。ですが、実際ヴァニタスの、アルバの存在が怖いと怯えてしまっている生徒も数名ですがいます。私も相談を受けましたから」
アリスがここで初めて語気を弱めて、相談を持ち掛けた生徒のことを思っているのか眉を下げる。
「それで、アリス、君が生徒を代表して私に意見を言ってきたということか」
「そうです」
アリスはそう言い切る。
そんなアリスの様子をアルバは違った思いで見つめていた。
理事長室の入ってきた段階で、アリスの姿を見たアルバが、このような展開になることは想像できた。だが、アルバはてっきり、廊下で言われたようにアリスがアルバを気に食わないからとか、個人的な感情でライラに抗議を仕掛けると思っていたのだ。
だが、実際のアリスの主張は『生徒のため』となっている。
怖がっている生徒を代表して理事長であるライラに意見を言っている、その姿はまるで、生徒想いの王女様のように見える。
交渉としては上手いと言える手だろう。
自分の意見を言っているだけでは、簡単に突っぱねられるが、困っている人のためだとすれば突っぱねにくくなる。はたから見れば、断った方が悪者に見えるから。
流石は、王族として色々な貴族などと接してきているだけはあるか。
しかし、それでもライラが簡単に折れることはないだろう。
この女は、他人の目なんて気にしない奴だ。
「君の思いは分かった。それを踏まえても、アルバを学園から追放することはしない」
ライラはアルバの思った通り、全てを分かっているうえで、アリスの意見を切り捨てた。
アリスは黙ったままライラを見つめる。
「だいたい、アリスもこうなることなど分かっていただろう?私が王女の意見だとして、おとなしく従うと思っていたのか?」
ライラがそう言ってアリスの瞳を見つめ返した。
すると、アリス一度ため息をこぼす。
「思っていませんよ。お父様にも聞きましたが、現状は変わりません」
「なぜこんな無駄なことをした」
「私なりにそれから色々と考えました。そして一つの案を思いつきました。それを、今日は言いに来たのです。わざわざ集まってもらったのもそのためですから」
「なるほど」
アルバはポツリと呟いた
初めから本当の本題はこれから言う内容の方だったようで、先ほどまでのアリスの様子とは打って変わって、その眼は真剣なものに変わり、雰囲気も落ち着いたものになっていた。
「理事長はこの学園の平和のため、アルバを雇ったということでしたよね?」
「間違っていないな」
ライラも真剣にアリスに向き合う。
アリスの言った内容は間違っていない。簡単に言えばアルバをライラが雇った理由はそういうことだ。王都嫌いなライラの性格が災いして、ヴァニタスを守り人に選んだことは置いておくとして。
「でしたら、アルバの力が無くても学園の平和が守られることを証明すればいいだけのことです」
そう言ってアリスは自分の周りにいる生徒を見渡した。
「ここには私が学園の生徒を守るために創った、自警団の面々がいます」
アリスの言葉で、アリスと一緒に椅子に座っていた生徒が立ち上がり、後ろにいる生徒と共に、ライラやアルバに視線を向ける。
「私たちが学園を脅威から守るほどの力があると、ライラ理事長に判断された場合は、アルバを学園から追放してくださいますね」
「……」
アリスはライラに挑戦的な笑みを向ける。
それを黙って聞いていたライラは、ふと口角を上げると、
「いいだろう。その時はアルバにはグリードに帰るように命じる」
そう切り出した。
ライラの言葉に満足したようにアリスはアルバに、その視線を向けてくる。
「そういうことですので。貴方も文句はありませんね」
「ああ。ライラがそう言うなら俺からは何もない」
アルバの言葉でアリスは完全に勝ち誇った顔をしていた。
他の生徒もアリスと同じような顔をしている。
だが、アルバは見逃さなかった。
そんな生徒の中、後ろで隠れるように見守っていた生徒数名が、あまり良い表情をしていなかったのを。




