フトゥールム学園
アルバが目を覚ますと、ベットの上に寝かされていた。
周りを見るも、白い布のようなものに覆われていて、ここがどこなのか分からない。
天井が見えるも、だがらと言ってこの場所を特定するには無理がある。
とにかく身体を起こしてベットから出ようとした。
「……?」
起きると足の方に、何かが乗っている感触があった。
起こした身体でその方向を見ると、アルバの足の上に上半身を預けて眠っているミリンダがいた。
綺麗な吐息を立てて気持ちよさそうに寝ている。
アルバが動いたことにより、ミリンダが次第に身体を動かし、目を開けた。
アルバとばっちり目が合う。
「あっ……アルバ様!」
初めは寝ぼけていたのか反応が薄いも、すぐに覚醒するとそう叫んで立ち上がった。
「よかった……」
ミリンダが胸をなでおろし、安心したような表情になる。
「ここは?」
そんなミリンダにアルバは尋ねた。
ミリンダがここにいると言うことは、ここはもしかしたら王宮内のどこかかもしれない。
「ここはですね―――」
「おや。目を覚ましましたね」
ミリンダが何か言おうとしたところで、ミリンダの後ろの布が動き、一人の男性が姿を現した。
端正な顔立ちと、すらっと伸びた身長に、白い上着に身を包み、どこか清潔感のある人だった。まだ若いように思われる。
初めて見る男にアルバは首をかしげた。
「誰だ?」
「申し遅れました。僕はフトゥールム学園で生徒の健康状態を見る保険医を務めています、トーイ・ヒュースリンと申します」
トーイと名乗った男はそう言ってアルバに頭を下げた。
アルバもつられ頭を下げる。
「てことは」
「はい。ここはフトゥールム学園の医務室なんです」
何か合点が言ったアルバに、ミリンダが笑いかける。
アルバはそれを聞き、開けられた布の向こう側を見た。確かに、ここは医務室らしく、アルバのいるベットの他にも多数のベットが置かれている。
今はアルバ以外誰もいないのか、布はどれも閉められていなかった。
「俺、倒れたんだな」
「はい。決闘が終わって私が治癒魔法をかけ終わったすぐに。慌てて私がアルバ様の状態を見たところ、眠っているだけだと分かったので、ライラ様の提案でそのまま学園の方に連れて行くということになりまして」
「それで学園にいるのか」
「そうです。身体に異常はありませんか?」
ミリンダがアルバの身体を気遣うように見つめてくる。
「ああ。大丈夫みたいだ」
身体の調子を軽く確かめると今度はしっかりとミリンダに言葉を返した。
ミリンダはそれに満足そうに微笑む。
「でも、なんで」
アルバは不思議そうに自分の身体を見る。
決闘が終わったところで、アルバ自身身体には何にも問題ないと思っていたこともあって、自分が倒れたことに驚いていた。
そんなアルバに応えたのは保険医のトーイだ。
「きっと、精神的な疲れが溜まっていたのでしょう」
「精神的な疲れ?」
「ええ。グリードから王都までの移動や、急な環境変化、さらにはレオナルドとの決闘。アルバ君の精神は思っている以上にすり減っていたのだと思われます。治癒魔法は身体の傷や疲れは取れますが、精神の疲れは治せないので。身体が快調になったことにより、精神の休息をとるために、眠るということを脳が勝手に判断したのでしょう」
「なるほど」
トーイの説明でアルバは納得した。
確かに、レオナルドとの戦闘で、アルバは勝つために極限にまで集中していたのだ。それが一気に切れたことによる反動だと思えば何となく理解できる。
「まぁ、ともあれアルバ君が目を覚ましたことはライラ理事長に伝えなければなりません。ちょっと待っててください」
そう言ってトーイはベットから離れる。
「アルバ様。これを」
ミリンダが、アルバの刀をアルバに渡す。
見当たらないと思ったらミリンダが持っていてくれたらしい。
「色々とありがとうな」
「いえ、気にしないでください」
刀を受け取ると、アルバはベットから出て立ち上がり、腰に刀を収める。
もう一度身体の様子を確かめ、問題ないことを再確認した。
ミリンダと一緒にトーイのいる場所まで歩いて行くと、トーイは目を閉じて何かしているようだ。
するとすぐに目を開け、こちらを見てくる。
「理事長には伝えました。そして悪いのですが、すぐに理事長室に来てくれだそうです」
トーイは苦笑いを浮かべた。
「分かった。場所は」
「私が知っているので安心してください」
トーイの苦笑いとは裏腹に、アルバは慣れた様子でそれに応える。
ライラが遠慮ないことはもう分かり切っていることだ。今更、目を覚ましてすぐのアルバにそんなことを言うのも驚くことはない。
「アルバ君。これからはよろしくね」
「ああ。こっちこそ」
トーイにそう答えた後、アルバはミリンダと共に医務室から出た。
ミリンダの後ろにつき、医務室から出たアルバは学園の中を歩いて行く。
学園は白を基調とした清潔感が溢れる造りをしていた。王宮直属ともあってか、どこか洗礼された高級感も漂っている。
廊下を歩いていると、時々黒の服を着た生徒らしき子数人とすれ違った。
誰もがアルバを妙な視線で見てくるも、皆視線のみで何かしてくると言ったことはない。
部屋らしきところには、生徒が集まり何やら授業を受けているのが見える。
やはり、真剣な面持ちで話を聞いていて、そこには風紀を乱す者は一人も見えなかった。
すると、ミリンダは階段に差し掛かりそこを上って行く。
四階まで上って行くと、そこで階段は終わっていた。どうやら、フトゥールム学園は四階建てのようだ。
そこを曲がると、突き当りには今まで見たこともない大きな扉が見えてきた。
理事長室と書かれた札のようなものが扉の上に掛かっている。
ミリンダが扉に手をあてて、開けてくれる。
開けられて扉を通って、中に入ると、最初向かい合った長椅子が目に入り、中央にはテーブルがあった。
そして、その先に扉の方を向いている机があり、そこにライラが座ってアルバたちを見ていた。
ミリンダは扉を閉めてその場に留まったままだ。
アルバがライラの前まで歩いて行く。
「来たぞ」
「調子はどうだ?」
「問題ない」
「そうか。ならいい」
そういうとライラは口角を上げる。
「守り人になるにあたって、アルバには色々と教えておかないことがあってな」
「何となくそうだと思った」
アルバは肩をすくめてそう答える。
ライラが目覚めたすぐのアルバを呼ぶなんてそんな理由しかないと思っていた。
「話が早くて助かる。まず、守り人となったアルバは学園内を自由に動いてくれて構わない。だが、学園の敷地内から出るときは、一度私に確認を取ってくれ。いいな?」
「ああ。分かった」
「ミリンダはこれまで通りアルバについてもらうから、王都の生活は安心していい」
ライラの言葉をうけ、ミリンダが頭を下げる。
「それと、これを渡しておこう」
ライラがアルバに何やらネックレスのようなものを手渡してくる。
長い銀のチェーンで、その先には青い石がついていた。
見たこともない石にアルバが首をかしげる。
「これは?」
「アルバのために特別に私が作ったものだ。石には私の魔力が込めてある。つけてみろ」
そう言われ、アルバは首にかける。
チェーンは胸のところにまであり、石がその先で光っていた。しかし、身に着けたとしても何か変わってことはない。
『聞こえるか?』
アルバの頭に急にライラの声が響く。
アルバの驚いた様子に、ライラは満足した様子だ。
「私の声が聞こえたな」
「ああ……なんだこれ」
「これは簡単に言って思念魔法の一種でな。主に連絡を取り合うのに使われる。だが、相手の魔力の波長が分かってないと使えないこともあって、ヴァニタスには効果がないんだ」
ライラが魔法の説明をしてくる。
なるほど。だとしたら、エマが喫茶店で、何故か料理が出来たのが分かったのも、トールがさっき目を閉じてやっていたことにも説明がつく。
決闘の朝、ライラがミリンダに伝言を残したのもこの魔法を使ったのだろう。
「いざっていう時に私とアルバが連絡を取れないのは危険だからな。これにより私の魔力の波長でアルバにも魔法が届くから、常に身に着けていろ。もちろん、アルバから私にも送ることが出来る」
「どうやってやる?」
「簡単だ。私に伝えるように強くイメージすればいい」
アルバはライラに言われたように、意識を集中させてイメージを強めた。
そして、言葉を紡ぐ。
『これでいいのか』
『そうだ。うまく出来たな』
アルバは集中を解き、閉じていた目を開ける。
思いのほか簡単だったことに驚きを覚えた。
「ただ、簡易的に作ったために、私とアルバでしかやり取りができないのが一つの難点だが……問題はないだろう」
アルバも同意見である。
ライラ以外に連絡を取り合う必要がいるのはミリンダぐらいだろう。
だが、そんなミリンダは常にアルバの近くにいるために、魔法を使う必要がない。
もしもの時は、ライラに頼めばいいことだ。
「大まかなところはこれだけだ」
「つまり俺は、学園を適当に歩いておかしなことがないか見回ればいいってことだな」
「ついでに雑用もやってもらうかもな」
「……はいよ」
最後にライラは悪戯っぽく言う。
それに諦めたようにアルバは答えると、もう話は終わりのようだった。
「では、頼むな」
「分かった。なっちまったからにはしっかりやるさ」
そう言ってミリンダと共に理事長室から出ると、初の守り人の仕事にかかるため、学園内に歩き始めた。




