決闘前の準備
借り部屋から出てすぐ、ライラは魔法を発動させる。
瞬く間に三人の身体が光に包まれたと思ったら、視界が急に歪む感覚にとらわれる。
アルバが予想だにしていないことに、少しだけ身体をよろけさせた。
それを見越していたかのように、隣にはミリンダがいて、よろけたアルバの身体を両手で支えるようにいしている。
身体が浮いたように、足が地面を捉えられなくなる。
アルバの視界が正常に戻り、足の裏が地面の感触を感じ始めると、アルバは前を見る
先ほどまで土の地面だったのが、硬い石で造られたものへと変わり、周りは地面と同じ石の壁に覆われていた。壁の上には階段のように段々になっていて、中央の平地を見れるようになっている。一角だけ造りが違い、部屋のようになっている場所が存在し、そこには椅子が数個並べられていた。
真ん中にある椅子は、どことなく他の椅子よりも豪華に作られている。
アルバたちは、その中央の平地に立っていた。
「ここは……」
急に出てきた建造物にアルバは周りを見渡して、声を上げた。
場所が変わったことに今更驚くことはない。光に包まれた段階で、魔法を使ったことは明白である。
もう慣れてきた。
「闘技場だ」
どうやら、ここが今日レオナルドと戦う場所らしい。
アルバはそれを聞くと、もう一度平地を見回す。
戦うには十分な広さがあった。壁も高く上げられていて、何も気にせず戦うことはできる。
一度地面を踏みしめた。石でつくられているため、鍛錬していた時よりも固く滑りやすい。
そこに注意すれば、アルバにとってみれば何も問題はないように見える。
「何か気になるところはあるか?」
ライラは闘技場の状態を確かめるようにしていたアルバに声をかける。
アルバは少し考える素振りを見せた。
「変な仕掛けとかないよな。例えば魔法をある場所に当てたら何かが起こる……みたいなこと」
「ない。ここでは純粋な実力勝負ができるようになっている」
「だったら、俺からは何もないな」
「そうか。他に見たいところは?」
ライラの質問に少しだけアルバは頭を巡らせる。
この闘技場内を逐一見たいという思いはあるが、アルバは今回、観客じゃない。
段々になっているところには、見物客が座るためだろうとは思うが、そこを見たところでアルバには関係ない。部屋のようになっている場所も同じ理由で見る必要はないだろう。
となると、残るはこの平地の状態をもう少しじっくりと見ておきたい。
「少し、試してもいいか」
アルバは足を動かし、ライラに自分の考えを伝える。
「好きにしろ」
ライラもアルバの意図を汲み取り、少しアルバから距離を取る。
ライラにならって、ミリンダも同じようにアルバから離れた。
アルバはそれを見て、刀は抜かずに、前傾姿勢になるとそのまま前に出した右足で地面を蹴り、トップスピードで駆け出した。
すぐに、目の前にあった壁にたどり着くと、勢いをそのままにクルリと身体の方向を変え、左に曲がる。アルバは壁を伝うように一周する。
それをミリンダは呆然としながら目で追い、ライラは目を閉じ、アルバが終わるのを待っていた。
走りながらアルバは地面の感覚を見る。確かに、アルバが思った通り地面は固く、足に伝わる振動は土の上よりも痛く激しい。
だが、思っていた以上に滑ることはなく、しっかりと足は地面を捉えることができた。
満足言ったように笑い、最後に片足に力を入れ高く飛ぶと、元の場所に戻ってきてアルバの身体が止まる。
「満足か?」
「ああ」
ライラがアルバが終わったこと悟り、目を開ける。
二人が当たり前のように会話を再開したことに、ミリンダは呆気に取られていた。
やはり、自分とこの二人は次元が違うと思わずにはいられない。
今、アルバがやったことは普通に考えて、誰にでもできることではない。日課を見ていたミリンダにアルバに対しての驚きはないが、それを見ても眉一つ動かすことのないライラはやはり普通とは違う。
あまつさえ、これぐらいできるだろうと言った感情が、見て取れるようだ。
ミリンダが驚いている間に、二人の会話は続いていく。
「そうか。では移動するぞ」
「今度はどこに行くんだ」
「控室だ。決闘までアルバとミリンダにはそこにいてもらう」
そう言って、ライラは歩き始める。
ライラに続くようにアルバも後ろに着いて行った。
しかし、ミリンダが着いてこない。それに気づいたアルバはミリンダに声をかける。
「ミリンダ。行くぞ」
「……は、はい!すみません」
ミリンダは呆気に取られていたために、ライラたちの会話が聞こえていなかったようで、アルバに声をかけられて慌てて歩き出した。
慌てすぎたのか、途中で転びそうになるも、なんとか二人に追いつくことが出来た。
ライラは闘技場の中央から端へと進み、外へと続いているところまで進んだ。
このまま、闘技場から出るのかと思いきや、すぐに身体を右に曲げる。そこには、壁をくりぬかれたように道が出来ていた。その中へと進む。
しばらく進むと、ドアが見えてくる。ライラはそこを開けるとアルバたちに向く。
「ここだ」
中は簡素にできていて、必要最低限のものしかない。小さな天井近くにある窓からは、外の光が差し込んでいる。
闘技場の控室ともあってか、準備をするために中の広さは十分に確保されていたことが救いだろう。
アルバとミリンダは中に入る。
「では、私は仕事に戻る。また、時間になったら呼びに来るからな」
「ああ」
「ミリンダ。頼むな」
「はい。分かりました」
そのまま、ライラはアルバたちの目に前から姿を消した。
移動魔法を使ったようだ。
アルバはとりあえず、備え付けられた椅子に座り一息ついた。
その後、ミリンダは街に昼食を買いに行くと言い出した。
アルバにどうするか聞いてきたが、アルバは街に行くとは言いださず、そのまま控室に残り、一人ミリンダは街に向かって歩き出す。
ミリンダがアルバにために、力になりそうな肉料理を中心に、街の商店で吟味していたとき、アルバは一人部屋の中で静かに、愛刀を見つめていた。
すると、手元に置いていた鍛冶道具の袋の中から、紙、布、先端が丸い棒のようなもの、そして油の入った小さい瓶を取り出す。
地面にそれらを並べると、アルバも椅子から地面に座りなおして。もう一度刀身を見つめる。
まず、紙を手に取り、刃がついていない背の部分から拭うように刀身をなぞっていく。刀身についた油を取り除いていくためだ。
それの次に、アルバは丸い棒を手に取る。刀身にポンポンと数回あてると、あてたところに打粉という白い粉がつく。これは、刀身に付いた油を完全に取るためと、綺麗に仕上げるためである。先ほど使った紙とは違う紙を使い、粉を落とすとまた、ポンポンっとまた粉を刀身に付けていく。それを数回繰り返したところで、刀身を見つめる。
仕上がりに満足言ったのか、「よし」と言ってアルバは油の瓶と布を手に取った。瓶の蓋を開け、布の上に傾ける。油がある程度布に浸み渡ると、瓶を戻し布を刀身に滑らせる。これにより、刀を錆から守ることが出来る。油が均等に刀身に濡れたら、もう一度だけ刀身を眺めてから、鞘に納め、軽い手入れを終わらせた。
アルバの持っている刀は、グリードの端にひっそりと建つ店で偶然見つけたものだ。
一目ぼれしたアルバはすぐに刀を買った。それまで使っていた刀も気に入っていたが、黒い刀身を見たときこれだっと思ったのは今でも覚えている。その時、店の人には、この刀は珍しい鉱石でつくられたものらしく、手入れの必要はないと言っていた。実際、今までモンスターとの戦闘で、刃こぼれしたことはない。
四年前だって、あれだけのモンスターを切り、刀身は血でべっとりと真っ赤になっていたにもかかわらず、切れ味は変わることなく、その後も錆びるなんてこともなかった。
なのにアルバが手入れしている理由はひとえに、もしかしたらというのを防ぐためだ。
いつ何時折れるかもしれない。少なくともこれぐらいの手入れはしておいても損はないだろうという思いで、毎日ではないが数日に一回くらいしている。
アルバが刀の手入れを終わらせると、しばらくして、ミリンダが帰ってきた。
手には袋が握られていて、そこから美味しそうな匂いが漂ってくる。
肉料理が中心の昼食を食べると、アルバはライラが来るまでの時間まで、あえて、気持ちをリラックスさせるために、ミリンダと他愛ない話をしたのだ。
ミリンダとの会話をしていたら、気づけば外が騒がしくなっていた。
窓から差し込む光も、弱くなっている。
どうやらそろそろのようだ。
アルバはそう思いミリンダに一つだけお願いする。
「ミリンダ。悪いが俺に治癒魔法と浄化魔法をかけてくれ」
「分かりました」
さっきとは変わり、真剣みの帯びた表情のアルバに応えるように、ミリンダは指を振る。
アルバは、身体から無駄なものが取れていくことを確認すると、刀に手を添え、気持ちを切り替える。
すると、タイミングよく控室のドアが開いた。
「時間だ行くぞ」
ライラがそう声をかけると、アルバは踏み出した。
ミリンダも続いて部屋を出る。
ライラに連れられるようにして、たくさんの声がする闘技場内へと向かっていく。




