いざ、決闘会場へ
ゴーンゴーン―――
王都の街に鈍い鐘の音が鳴り響ている。
その音アルバの部屋にも届いていた。アルバが鐘の音で目を覚ますと、刀を手に取り、部屋の扉を開けた。
ミリンダが昨日の夜、手前の部屋に入っていったのはアルバは見ていた。そのため、昨日の朝のように、ミリンダが扉の横にいることはなく、椅子も置かれたいないのを確認して、アルバは部屋から出る。
階段に差し掛かったところで、一階から物音が聞こえてきた。
何やらミリンダが作業しているようだ。
アルバは階段を降りると、キッチンでどうやら朝食を作っているミリンダに声をかける。
「おはようミリンダ」
「……あっ。アルバ様。おはようございます」
ミリンダはアルバの声で、一旦作業の手を止めて振り返る。
振り返ったミリンダの顔は、昨日の夜のことがあったことで、どこか前よりも明るく感じる。
アルバはそのまま、椅子に腰を下ろすと、すぐにミリンダが出来上がった料理を持ってきた。
ミリンダはアルバが起きてくる時間を予測して、朝食作りをしていたみたいだ。
アルバが椅子に座ると、ミリンダが朝食の乗った二皿持って、机の上に置くと、アルバの向かいに座る。
朝食はエマの喫茶店で食べたのと同じく、サンドウィッチだった。
「さあ、食べましょう」
ミリンダとアルバは、サンドウィッチに口をつける。
どうやら、野菜サンドにしたらしく、朝のお腹には優しいあっさりとした味わいが、口に中で広がった。
二つのサンドウィッチを食べ終えると、「ごちそうさま」と言い、アルバは刀に手をあてて椅子から立ち上がる。
「今日もやるんですか?」
その様子を、ミリンダは皿を片付けながら見ていた。
立ち上がったアルバを見て、今日も『日課』だと言っていたことをするのかと思い、声をかける。
「ああ」
「今日は休んだ方がいいのでは……?」
ミリンダはアルバを気遣うように、アルバを見つめ視線を下げる。
今日の夕方には、レオナルドとの決闘がある。ミリンダはもし日課中に怪我でもしたらと、心配になってしまったのだ。アルバには、決闘に万全の態勢で挑んでほしい。それだけに、メイドとしてはアルバに危険を冒して欲しくないのが、ミリンダの今の気持ちだったのだ。
ミリンダのそんな気持ちを分かってか、アルバはミリンダが変に気遣うことがないように言葉を選んで言う。
「今日だからだよ。これをやらないと調子が出ないんだ」
アルバはミリンダに向かって刀を掲げる。
ミリンダも、そんなアルバの言葉に納得したように頷くと、自分の浅はかな考えを捨て、手早く朝食の片づけを終わらせた。
昨日と同じ場所に、ミリンダに連れてきてもらうと、アルバは意識を集中させる。
周りの空気がピンっと張ったように変わったことをミリンダは肌で感じとると、自分もアルバを中心に丸い結界のような魔法を張った。
これは人が近づいていた時に、いち早く気づくための魔法である。
張っている魔法に誰かが触れたとたん、発動させた本人が分かるような仕組みになっており、アルバのあまり見られたくないという要望の応えるためだ。
とはいっても、王宮には人少ないため、あまり気にする必要がないのも事実なので、魔法を発動させると、ミリンダはアルバを観察する。
相変わらず、アルバの動きは高速で油断をしていたら見失いそうだ。
王都でもあんな風に戦う人に、ミリンダは会ったことがない。そこらの王宮騎士ならば、きっとアルバは難なく勝てるだろう。元王宮騎士のミリンダにはそれが良く分かっていた。
きっと、どれだけ魔法を使ったところで、あの高速で動くアルバを捉えることは容易ではない。
そして、これだけ早く動いているのに、刀の振る威力は変わらないときたものだ。
アルバはこれを日課と言って簡単にやってのけているが、どれほど難しいことなのか、騎士としてそれなりに戦闘経験があるミリンダには想像に難くない。
アルバを見ていると、王宮騎士に一発で合格した自分が弱いと思い知らされる。
王宮騎士になるには、魔法のほかにも、強さがある程度求められるのは当たり前だ。それも、国民を守っていけると判断される程の強さが。
王宮騎士はそれに応えられたものだけが入れることになっているため、騎士は平均して強い。他の国に比べても、王都の騎士は強いことで有名だ。
しかし、アルバの強さはそれを軽く飛び越えるほど実力を持っている。
ミリンダがアルバに正面から挑んでも、瞬殺なのは試す前から分かってしまう。
それでも、ミリンダは今日行われる決闘に安心してアルバを応援することはできないでいた。
それ程までに、レオナルドという男は強いのだ。
ミリンダも一度だけ、レオナルドの戦いぶりを見たことがある。今日と同じような決闘という形で、レオナルドは自分の強さを見ている騎士たちに見せつけるように戦っていた。対戦相手は王宮騎士でも実力があると言われている人ばかりだったのにもかかわらず、レオナルドは終始笑っていたのだ。遊ぶように魔法を放つと、その後はすぐ一撃で沈める。笑っていた顔は変わり、退屈そうに闘技場から去って行ってしまったのだ。
見ていた騎士全員が、そのレオナルドの強さに圧巻されたと同時に、こいつには勝てないと思わされていた。態度こそ問題あるが、レオナルドの戦いにおける強さは常軌を逸している。
ミリンダはだからこそ、見ていることしか出来ない自分が惨めに感じて仕方がなかった。
いや、自分にできることは、こうやってアルバの調子を整えるサポートじゃないか。
そうマイナスに向かっていた気持ちを切り替えると、ミリンダはアルバの周りに張った魔法の範囲を広めた。
アルバが昨日よりも長い時間鍛錬をしていると、刀を横に一振りし、鞘に刀身を収めた。
そんなアルバの額にはほんのりと汗がにじんでいる。
「こんなもんか……」
上がった息を整えるようにそう呟くと、額の汗を自身の服で拭う。
本番の今日はなるべく細かいところや、満足するまでやっていたい気持ちはあるが、アルバはいつもより少し激しい動きをするだけで留めておいた。
やりすぎて怪我をしてしまっては元も幸もない。
そう判断したためである。
「お疲れ様です」
アルバの日課が終わったことを察したミリンダは、アルバに駆け寄ってくる。
そして、昨日よりも疲れている様子のアルバに気づくと、不意に人差し指を振った。
アルバの身体が魔法の光に覆われる。
アルバの身体から、さっきまで感じていた疲労感が失われていく。
さらに、ミリンダはもう一度指を振る。
今度は身体に掻いていた汗が蒸発したかのように消え、服にも洗ったばかりのような清潔感が戻ってきたようだ。
「一応、治癒魔法と浄化魔法をかけておきましたね」
「ああ。悪いな」
「いいえ、気にしないでください。私にできることはこれぐらいですから」
そういって、アルバの身体を満足したように眺めると微笑んだ。
どうやら、ミリンダはアルバを気遣って二つの魔法をかけてくれたらしい。
今では、日課を終わらせたとは思えないほど、身体の調子は動く前に戻っていた。
「やっぱ魔法ってすごいな」
ついアルバの口から言葉がもれてしまう。
これだったら、いくらでも鍛錬ができるじゃないか。
アルバはそんなことを思っていた。
「そうですかね~」
アルバの反応が新鮮で、見ていたミリンダが何故か面白いと言うように笑みを浮かべる。
「さぁ、戻りましょうか」
「いや、もうちょっと……」
アルバはまだ満足がいっていないかのように、もう一度刀を抜こうとする。
しかし、それはミリンダによって止められた。
「ダメです」
「だけど、魔法があれば……」
決闘があるからか、アルバは珍しくわがままを言う。
ミリンダもアルバの気持ちは理解できたが、それでも止めなければならない。特に、今アルバは便利な魔法を利用していようとしている。こういう時というのは、何故か怪我をする確率が高くなってしまう。
「アルバ様。魔法は確かに便利です。ですが、魔法ありきで行動するのは、私としてはお勧めできません。そうなってしまえば、いずれ足元をすくわれます。私のように」
ミリンダはあえて自分のことを出して、アルバを止めた。
いくら個人が強くても、それが何か一つに頼ったものではだめなのだ。一番いいのは、己の身を鍛え、何にも頼らない強靭な精神力を手に入れること。
今のアルバにはそれが備わっているはずだ。
ミリンダはそのままのアルバでいてほしい。魔法に頼ってほしくないという思いでアルバを見つめる。
「ごめん。あとありがとう」
アルバも間違った思考に傾きかけていたことを自覚して、ミリンダに謝った。
同時に自身のことを出してまで止めてくれたミリンダに感謝する。
「戻りましょう」
「ああ。そうだな」
ミリンダはアルバを連れて借り部屋へと戻るために歩を進めた。
「実を言うと、アルバ様を止めたのにはもう一つ理由がありまして」
肩を並べて歩いていると、ミリンダはそんなことを言ってきた。
「というと?」
「はい。朝早くライラ様から私に連絡がありまして」
ミリンダの言葉にアルバは首をかしげた。
ライラは決闘が始まる時間になったらアルバを迎えに来ることのなっているはずである。
何か予定変更でもあったのだろうか。
「なにも、アルバ様には一度闘技場を見せた方がいいだろうということらしく、朝のうちに迎えに行くと仰っていました」
「なんでまた」
「きっと、決闘をより公平にするためだと思いますよ」
ミリンダの言葉でアルバも何となく理解できた。
多分、闘技場に初めて行くアルバのために、一度見せることにより、レオナルドと条件を同じにしようということだろう。
ライラの性格上そんなことを気にするとは思えない。
きっと、ダリアン王の考えだろうな。
借り部屋についたアルバは、ミリンダに扉を開けてもらい中へ入った。
「遅かったな」
アルバを迎えたのは、椅子に座り退屈そうなライラだった。
足を組んで何か読んでいたようだ。
それを閉じると立ち上がって唐突に言う。
「行くぞ」
「もうか?」
「そうだ。それと、ここには戻って来ないから、自分のものは持っていけ」
「分かった」
短い会話を終わらせると、アルバは自分の荷物を取りにいくために、階段を上がっていく。
それをライラは見ることもなく、自分のメイドでもあるミリンダに向かう。
「どうだ?」
「はい?」
「アルバのことだ。うまくいきそうか」
「はい!大丈夫です」
ミリンダの返答に満足といったようにライラはふっと一瞬だけだが笑う。
すると、すぐにアルバが二階から降りてきた。
手には鍛冶道具だと言っていた袋が握られている。
そして、アルバたち三人は借り部屋を出て闘技場へと向かう。




