ミリンダの過去
ミリンダがアルバの部屋の扉を閉めるのをアルバは見届けると、すぐに刀をベットの横に置き、眠りについた。
アルバの身体は疲れ切っていたのか、シャワーを浴びたことにより眠気が一気に襲ってきた。
アルバはすぐに眠りについたのだ。
しばらくして、アルバは不意に目を覚ます。
何が原因かは分からなかった。
アルバは部屋の窓から外の景色を見る。外はまだ真っ暗な夜だった。
何となく、また眠ることもせずに、窓の外を眺めていたら、一階の窓から、魔道具とは違う仄かなオレンジ色の光が外に漏れ出ていた。
アルバはそれに気づくと、確かめるために一階に行こうと部屋を出る。
昨日の朝にミリンダに言ったおかげで、ミリンダがアルバの部屋のすぐ隣で座っていることはなかった。
二階に人の気配はない。
アルバは部屋の扉を閉めて階段に向かう。
やはり、一階から仄かな光がきていた。
きっと、ミリンダがいるのだろう。
そう思い、アルバは階段で一階に降り始めた。
何故魔道具を消しているのは分からないが。
アルバが一階に降りると、そこには、机の上の蝋燭の炎を、一人で何やら思い悩んでいるかのように見つめるミリンダの姿があった。
アルバは一声かけようとして、ミリンダの方に歩いてく。
ミリンダは、そんなアルバに気づく様子はない。
どうしたのかとミリンダにさらに近づいていくと、ミリンダから独り言が漏れたのだ。
「アルバ様には言わないといけないよね……勇気出さないと……」
ミリンダは決意を固めるようなことを呟いたのだ。
それを聞いてしまったアルバはミリンダに歩み寄ると、声をかける。
「何を言わないといけないんだ?」
アルバがミリンダのそう声をかけると、そこで初めてアルバの存在に気づいたようで、驚いた様子でミリンダが立ちあがる。
目を大きく見開いてミリンダは固まっていた。
その口からは声が漏れる。
「アルバ様……どうして……」
眠っていると思っていただけに、アルバがいることが信じられないのだろう。
アルバは申し訳なさそうに頭をかいた。
「何故だか目が覚めたんだ……すまない」
アルバは謝罪をした。
何やらミリンダの秘密を聞いてしまったようでいたたまれない気持ちになる。
「い、いえ……」
ミリンダも戸惑った様子で、いまいち言葉を繋げないでいる。
二人の間に気まずい沈黙が流れた。
アルバは一階に来たことに少しだけ後悔していた。
不可抗力とはいえ、ミリンダが思い悩んでいる姿を見たときに引き返していればよかった。ミリンダは何かを決断するような素振りを見せてしまったことにより、それを見てから声をかけたんじゃあ、話題を変えることも難しい。
アルバはどうしたものかと、頭をフル回転させ、状況を打開できる案を探していると、沈黙は意外にもミリンダによって破られたのだ。
「ア、アルバ様。お話があります!」
ミリンダは強い視線でアルバを見つめていた。
「あ、ああ」
アルバもミリンダの勢いに戸惑いつつもそう答えた。
ミリンダはアルバを椅子に座らせると、自分もその向かいに座った。
二人に間には静かに炎を燃やす蝋燭があるのみ。
ミリンダは深呼吸するかのように、一度息を整えると、はっきりとした声でアルバに語り始める。
「アルバ様。アルバ様は私に対して、ヴァニタスに理解があると仰ってくださいましたね」
「ああ。ライラのメイドだけあるなって思えるよ」
アルバも真剣にミリンダの言葉を聞く。
一語一語聞き逃さないように。
「私はその言葉を聞いて、胸が痛くなったんです」
ミリンダの表情はどんどんと暗くなっていく。
ミリンダはアルバの返答を待つことなく、続ける。
「私はアルバ様にそう言っていただく資格はないのです」
その言葉をかわきりに、ミリンダは自分の過去を思い出すように滔々と語り出した。
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私が元王宮騎士なのは、エマのお店で話しましたよね。
実は、当時の私は今とは少し違っていたんです。
私は街を守りたくて、必死に魔法の勉強をして、王宮騎士になったんです。
王宮騎士になるには、すごく難しいと聞いていたので、一発で合格した私は幸運だったのでしょう。
新人騎士の私は、ある班に配属されました。
そこで、同じ時期に配属されたエマと出会ったのです。
私が配属された班は、少人数でとても仲がよく、主に街の見回りが任務でした。
街に出ると、街では声をかけられたり、子供たちは憧れの対象として私たちを見て、目を輝かせていました。
それはもう毎日が充実していました。
私の中では、徐々にこの人たちを守りたいという気持ちが強くなったのを覚えています。
ですが、当時の私の守りたいと思った対象の中に、ヴァニタスの方々は含まれていなかったんです。
今でもよく覚えています。
私の班は街の巡回がメインだったので、もちろんヴァニタスの方にも会うことがありました。
その時はエマと私の二人で巡回していたのです。
配属されてから、いくらか仕事にも慣れてきたことにより、班は分かれて街の巡回にあたっていました。
そこで一人のヴァニタスの方が道に座っていました。
その方は衰弱していました。
私は一目見ると、そのままその方の前を、通り過ぎました。
しかし、私と違いエマは、その方の近くに自分の持っていた水を置いていたのです。
この頃、エマの家がヴァニタスに対して喫茶店を開いていることは知りませんでした。
私は、エマの行動が理解できなかったのです。
なぜ、そんな人を助けるのかという疑問が湧いてきました。
そうです。
私は元々、魔法が使えないヴァニタスを見下していました。
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「がっかりしましたよね」
ミリンダが肩を落とした。
アルバもミリンダの言ったことに驚きの表情を見せる。
これまでのミリンダにはそう思わせる素振りは一回も見られなかった。
エル家族を助けるために、ミリンダが拒むことはなく、むしろ協力してくれていた。
エマの店のことでも、ミリンダは本当に嬉しそうに語っていたし、それが演技だとは思えない。
それに、初めて会った時、アルバ自身ミリンダは大丈夫だと見極めていた。
そして、雇い主であるライラがこのことを知らないということもあるまい。
「こんな私が専属メイドだなんて嫌ですよね」
ミリンダは自虐的に笑う。
元ヴァニタスを見下していた人が、すぐ近くのいること。
それは確かにアルバにとってみれば愉快なことではない。
しかし、アルバはそれを気にする必要はないと思っている。
アルバが街の商店でバカにされたとき、ミリンダは怒ってくれた。
ミリンダの心はもう前みたいに戻らないことは信頼できる気がする。
だからこそ、アルバには違う疑問が出ていた。
ここまでミリンダの心を変えるのには何かがあったはずである。
それが気にかかっていた。
「確かに、ヴァニタスに対してそういった感情があったことに、俺は笑えない」
アルバの言葉に、ミリンダは深く悲しい表情になる。
「だけど、それは過去のことだ。ミリンダ自身、今とは少し違っていると言ったよな。何があったんだ?」
やりがいを感じていた王宮騎士をやめ、さらにはヴァニタスに対する理解も生まれた。
ミリンダの心に変化をもたらしたきっかけは何だったのか。
エマでさえ言うのをためらった理由とはいったい。
「四年前……」
ミリンダの口からポツリと漏れる。
「今から四年前です。アルバ様もグリード出身なのでご存知かと思いますが、四年前王都にはモンスターの大群が押し寄せてきました」
「ああ。知ってるよ」
アルバは頷く。
知っているというよりもアルバ自身当事者である。
「私、実はその戦場にいたんですよ。王宮騎士として」
「そうなのか」
「はい。そして、そこで私はある一人の少年に助けられたのです」
アルバの肩がピクリと動いた。
「それってもしかして……」
「ルナプラーガの英雄です」
ミリンダははっきりとその単語を口にする。
ミリンダとアルバは、実に四年前に出会っていたのだ。
アルバは押し黙る。
そんなアルバの雰囲気に気づくことはなくミリンダはさらに続けた。
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モンスターの大群が迫っていることは、王宮騎士全体に伝わっていました。
初めは、王都の魔道師団の方々が向かうということで、王宮騎士には待機が命ぜられました。
王都の魔道師団は、王都でも選ばれた、魔法の才能のある人たちで構成されています。
待機していた私含め、多くの騎士に緊張感なんてありません。魔道師達がやっつけてくれるだろうと誰もが思っていたからです。
しかし、状況はすぐに一変しました。
魔道師団が壊滅。その一方が私たちに元に入ってきたのです。
一瞬にして空気が変わりました。
そして、私たちにも出撃の命令が下ったのです。
モンスターは見たこともない大群で王都に迫っていました。
それを確認した私たちは各々陣形を取り、モンスターの群れに挑んでいきました。
中には、危機を自分たちで気づいたのか、王宮騎士ではない人たちも混ざっていました。
私は、主に治癒魔法が得意だったため、傷ついた仲間を助けることに専念しました。人数で押していると、モンスターの勢いが弱まったように感じ、このままいけるっと私は思いました。
ですが、倒しても倒してもモンスターの数は減っていきません。だんだんと怪我人も増え、ついにはこちらが押され始めてしまったのです。
一人、また一人とモンスターの餌食になりました。
戦意を喪失したように、王都の方に走ってくる者もいました。
私も、治癒魔法をかけている余裕がなくなり、とにかく自分の身を守るのに専念するしかありません。
その時でした。
増援がやってきたのです。グリードの戦士たちでした。
モンスターの戦いに慣れたように、群れの中に突撃していきます。
おかげで、モンスターの注意は私たちから外れました。
私はその隙に、怪我をしている人を治します。
どうにか、動けるようにまで回復した人は、しかし、モンスターに立ち向かっていこうとはしません。
怖気づいてしまったのです。
あまつさえ、グリードの戦士を利用して逃げる者もいました。
王都を守る騎士として恥ずかしい話です。
しかし、そんなグリードの戦士たちも次第に数が減っていき、モンスターは逃げる王宮騎士を襲い始めたのです。
私は怪我人を治すのに必死で、自分が思いのほか戦場に近づいているのに気が付きませんでした。
偶然近くにエマがいて、そこでエマに言われて初めて自分の状況を理解しました。
エマと一緒にモンスターを相手にしながら、後退していきました。魔法でどうにかモンスターのすきを作ることに成功した私たちは、走って王都の方に向かおうとします。
ですが、そこで私の足が縺れてしまったのです。私はその場に倒れこみます。うまく身体が動かせませんでした。明らかな魔力の使い過ぎでした。
治癒魔法を使い、モンスターとの戦闘でも魔法をつかった私の魔力は底をついてしまったのです。
倒れこむ私にエマが叫びます。モンスターはすかさず私の方に攻撃を仕掛けようとしました。
私は、死ぬと思いました。このままモンスターの餌食になる。そう思いました。
死にたくない。嫌だ。
私の思いとは裏腹に、身体は動いてくれません。
モンスターが私に向かって、攻撃をする、その時でした。
私の前に忽然と少年が現れたのです。
少年の身体は全身モンスターの返り血で赤黒くなっていました。
少年から魔力は感じられませんでした。少年はグリードからきたヴァニタスだったんです。
少年は持っていた刀を素早く振ると、モンスターを一閃し、倒しました。
さらに向かってくるモンスターを、次々とその刀で倒していったのです。
私は少年に目を奪われてしまっていました。
モンスターの注意を自分に引きつけると、そのまま私から離れていき、そして、一瞬だけ私の方を見たような気がします。
すぐにエマが私に肩を貸してくれました。
少年のおかげで、モンスターの意識が私から外れたことにより、なんとか私たちは王都近くまで戻って来れました。
そこには多くの人がいました。誰もが傷を負い、治療を受けています。中には、傷が治ると、その場から少し離れて、魔法で応戦している人もいます。
私も、治癒魔法をかけてもらうと、何とか動くようになった身体で戦場を見ました。
それはもう地獄絵図のような光景で、どんどんとモンスターに襲われる人が見えました。その戦場の中、唯一勢いを止めなかったのが、その少年です。
少年はひたすらに刀を振るい続け、最後には戦場の中心で一人、立っていました。
月明かりに照らされた少年の肩のタトゥーが光っていたのを覚えています。
誰かが呟きました。
『ルナプラーガの英雄』っと
私は、今まで見下してきたヴァニタスに助けられたのです。
その事件後、私は魔法の強さに疑問が浮かんだんです。
魔力が切れてしまえば動けなくなる。そんな魔法が絶対強いとは思えませんでした。
あの戦場で、結局最後まで戦い続けていたのは、グリードのヴァニタスの人たちです。
王宮騎士は皆、最後には魔力を失い、戦力にはなっていなかったのですから。
私の中には魔法に対する不安と、ヴァニタスを見下していた自分の浅はかさでいっぱいになっていました。
そして、私はその後すぐに王宮騎士をやめました。こんな気持ちでは国民を守っていけないと思ったからです。
エマも思うところがあったのでしょう。私が辞めてすぐ、エマも騎士をやめ、王宮を去りました。
私が騎士をやめ王宮から出ようとしたとき、ライラ様に偶然声をかけられ、今に至るというわけです。




