アルバ 験(げん)を担ぐ
少しぎこちない足取りのミリンダと共に、アルバは借り部屋へとたどり着いた。
軽い王都観光のつもりが、濃縮した一日となってしまった。
街でのヴァニタスの扱い。喫茶コリンズ。そして、エル家族。
まさか、ここまで一日でいろんなことが起こるとは思ってみなかっただけに、アルバには昨日よりも疲れが身体に溜まっていた。
ミリンダに扉を開けてもらい、部屋の中に入ると、すぐに椅子に座った。
「アルバ様、夕食の準備いたしますね」
入ってすぐ、アルバとは違いミリンダは夕食の準備に取り掛かる。
手に持っていた紙袋をキッチンに置くとその中から食材を取り出す。
食材はメイン通りを通っているときにミリンダが買っていたのだ。アルバが近くにいると何か言われる可能性があったため、買い物風景は見ていない。ミリンダが何を買ったのか知らなかった。
休みなしで動くミリンダを見つめ、アルバは声をかける。
「少し休んだらどうだ」
アルバと同じくミリンダもここまで休んでいない。
コリンズで結構な時間のんびりしていたとはいえ、アルバの道案内も兼ねていたミリンダの疲労は、アルバよりもあるはずだ。
それに、王宮の敷地内に入ってからというもの、ミリンダの様子が少しおかしい。
それを気遣うようにアルバはミリンダに声をかけたのだが。
「心配ありませんよ。ささっと作っちゃいますね」
ミリンダから返ってくる言葉は短い。
意地でも休みたくないのか動き続けるミリンダ。まるで、料理に集中したいというように、テキパキと料理を進めていく。手際こそ朝と変わらず良いが、朝よりも楽しそうには見えない。
まぁ、そうはいってもミリンダの料理は朝で保証済みだ。アルバは何をするでもなく、ミリンダの料理風景を見つめていた。
ミリンダは鍋を持つと中に油を注ぎ入れる。鍋の半分ほどまで油が入ったところで、注ぐのをやめると、鍋を火にかける。
その間に、紙袋から分厚い肉の塊を取り出し、二等分に切りキッチンの端に置く。すると、皿を三皿並べると、一つには穀物から作られた白い粉、真ん中には卵を水である程度薄めたものを入れ、最後の皿にはパラパラした茶色がかったものをいれた。
この段階でほとんどの人はミリンダが今から何を作ろうとしているのが分かっただろう。揚げ物だ。
しかし、アルバには初めて見るものばかりだったために首をかしげるしかなかった。
グリードには揚げ物という料理方法はあまり浸透していない。揚げ物はどうしても手間がかかるために、グリードのように戦士が多い国では好んで作られない。日々命の危機と隣り合わせのためか、簡単にできてエネルギーになりやすい物の方が好まれる性質がある。そのため、王都でいう朝食や軽食の文化が、グリードでは主食となっていた。
何ができるのかと楽しみにしながらアルバはミリンダの行動を見守っている。
ミリンダは端に置いた肉に下味をつけ、一切れ持つと白→卵→茶色の順番でつけていく。もう一切れも同じようにつけると、、今度は火にかけた油の温度を、箸を入れて見る。箸から気泡が出て、適温であることを確認すると、肉をゆっくり油に入れていく。
ジュワァァ――――
部屋には肉が上がる音が響き渡る。
肉を揚げている間に次の作業に取り掛かる。紙袋から野菜を取り出す。緑の丸い野菜を半分に切ると、真ん中を取り、縦に切っていく。細長く切られた野菜を、新しいお皿の半分に盛り付けていく。
それが完了すると肉の様子を見る。中の肉をひっくり返すとまだ火の通りだ不十分だと確認したようで、使い終わった調理器具やお皿をシンクの中に入れ、水を出すと洗い始めた。
手際よく片づけを終わらせるとちょうど、肉がいい感じに揚がったらしく、油から取り出す。そこへ、新たな調理器具が登場した。網目状の銀色のものを鍋の上半分に置く。ぴったりとはまったそれの上に、油から出した肉を乗せた。どうやら余分な油を落としているらしい。
この時すでに、部屋には揚げ物の香ばしい匂いが漂っていた。
アルバの空腹中枢を遠慮なく刺激する。
ミリンダは、余計な油が肉から落ちたのを見て、肉を鍋の上からとり、こちらも細長く縦に切っていく。切り終えた肉を、野菜の乗っていない皿のもう半分に移動させる。あえて野菜と肉の端を重ねることにより、見た目にボリュームをもたせる。
最後にミリンダは出来栄えに満足といったように、出来上がった料理を一目見て微笑んだ。
「アルバ様お待たせしました」
ミリンダは完成した料理を、両手に一皿ずつ持ち、机に置いた。
「……」
アルバはそれを見てまず綺麗だと思った。
きつね色に揚がった肉と、野菜の鮮やかに緑がいいコントラストを出している。
グリードでは料理の見た目を気にしたことなんてなかっただけに、新鮮だった。
「これは?」
「カツです」
「カツ……?」
初めて聞く単語に首をかしげる。
すると、ミリンダが恥ずかしそうに呟いた。
「験を担ぐと言いますか……その、明日の決闘に『勝つ』という思いを込めて、今日の夕食を『カツ』にしたんですけど……」
「……」
ミリンダは自分の言ったことが幼い考えと思い、顔を赤くする。
メイドである自分がアルバにどういったことが出来るか、必死に考えた結果がこれであった。決闘が始まってしまえばミリンダは見守ることしか出来ない。レオナルドの戦い方を教えれたらよかったものの、それは事前にライラから詳しくは教えないように言われていた。
お互い公平に決闘が行えるように、対戦相手の情報はあまり教えてはいけないのだ。
それに、これまでアルバ自身からそのような質問が来ることはなかった。
そんな自分ができることといえば、このようなことぐらいだと思ったのだ。
「あはは……子供っぽいですよね」
アルバから反応がないことで、より一層恥ずかしさが増す。
ミリンダは自分の頬をかいて恥ずかしさを少し紛らわす。
「ああいや、ありがとう」
アルバがやっと声を出した。
グリードにはこのような文化がなかったため、初めてのことで少々戸惑っていたのだ。
しかし、ミリンダのアルバを想う気持ちは十分に伝わっていたため、アルバは少し遅れてミリンダにお礼を言う。
アルバの言葉を聞き、嬉しそうに笑うとミリンダは椅子に座った。
『いただきます』
二人で食前の挨拶をし、アルバはカツの一切れに箸をのばす。
サクッ―――
衣のサクッとした音が耳に伝わる。そして、肉の甘い肉汁が口の中一杯に広がる。
「うまい……」
初めて食べるカツの味に、アルバの口から自然と感想が漏れる。
下味がいい仕事をしていて、肉の甘みをさらに際立たせている。さらに揚げ物の香ばしい味が口の中に伝わってきて、絶妙なバランスで全てが重なり合っている。
野菜も新鮮で瑞々しい。
グリードでは食べることのない味に、アルバはゆっくりと良く味わうように食べる。
ミリンダもそんなアルバの様子を嬉しそうに見つめ、自分もカツを口に運ぶ。
「うん。美味しい」
我ながらうまく出来た。
ミリンダは自分の料理の出来に満足して、食事をつづける。
こんなにも自分が作った料理を美味しそうに食べてくれているアルバを見ていて、料理のし甲斐があるっとミリンダは心の中で独り言ちたのだった。




