ヴァニタス
アルバ自身、魔法適正がない。
魔法というのは生まれたときに、適性検査が行われる。そこで、数値により魔力量が区分される。数値は『1』『2』『3』『4』『5』と単純に分けられ、その数値が高いほど基礎魔力量が多いとなる。もちろん、魔力は本人の努力次第で、上げることも可能だ。過去には『1』の者が努力の末『5』の者よりもはるかに凌ぐ魔力を手に入れた例もある。
だが、それは基礎があるからだ。いくら努力しても魔法が使えないものもこの世界には存在する。
それが、アルバと同じ魔法適正『0』の者。
通称『ヴァニタス』と呼ばれている。
たとえ本人が望もうと、ヴァニタスは一切の魔法が使えない。
基礎魔力に関して分かっていることは少ない。魔力量の多い親から生まれたとしても、魔力量が高いとは限らないのだ。数値が『1』の親から生まれた子が『5』と診断されることも少なくない。その逆も然り。そして、親の魔力量が高くても子供が『0』と診断されることもある。まさしくその子の生まれ持った才能ということだ。
ただ、確実に分かっていることもある。
ヴァニタスの親からは、ヴァニタスの子供しか生まれないということ。
そして、生まれながらにヴァニタスと診断された者は、魔法主義の王都では居場所、生活すらままならなくなり、出ていくしかなくなる……と、アルバは伝え聞いている。
「だから、私はあえてヴァニタスが集まるこの国グリードに来た」
アルバは納得した。
アルバがいるこの国グリードは珍しいことに、国民の全ての人間が魔法が使えないヴァニタスだ。だからこそ、王都に居場所がなくなり、出ていくことしかできなくなったヴァニタスの人も積極的に受け入れている。
街はほとんどが人の手で作られていて、魔道具の類は一つもない。そのかわり、武具などの物は他の国よりも充実している。一目見ると、グリードは道もしっかり整備されてはおらず、家も豪華とは言えない造りなこともあり、立ち寄った人間はあまりいい印象を受けない。だが、ヴァニタスの人間にとってはとても過ごしやすい国となっている。
魔法、魔道具が生活に当たり前のように使われている現状、王都でなくても過ごしにくくなってしまうのは無理ない。
そういう生きづらいと感じている人達がたくさんいることもあってか、仲間意識みたいなのが芽生えているためにグリードは住みやすいのではないかとアルバは思っている。
この国の人の多くは、ギルドに属している。
国外にはモンスターがいるため、そいつらを倒して、その報酬をギルドからもらい生計を立てている。ギルドはグリード独自のものだ。
他国は魔道師なる者たちが国全体に、モンスターに入られないように魔法で結界をかけている。自分からモンスターに向かっていく必要なんてない。
しかし、魔法が使えない人しかいないグリードは、結界なんてものがないために、周りのモンスターを定期的に倒して数を減らしておかないと、国にモンスターの大群が押し寄せてきて大変なことになる。
必然的に、ギルドの属することが一番安定した安全と収入を得ることができる。その分、命を落とす危険も高くなるために、誰も彼もが生きるために鍛え上げ、戦闘技術だけ見るならグリードは他国よりも遥かに高い国となった。
アルバもギルドで生計を立てている一人だ。
腰の刀が彼の武器である。
「あんたがグリードに来た理由は分かった。だとしてもだ」
「私が君に頼む理由か?」
「ああ。俺以外にもグリードにはヴァニタスの人間がたくさんいる。あんたの嫌いな魔法が絶対なんて思想、関係ない奴らがな。俺よりも強い奴らだって探せばすぐ見つかるぞ」
アルバは窓を見つめて、ここからでも見える街一番の大きい建物に目を向ける。
「ここに来るまでにあんたも見たと思うが、あれがギルド会館だ。あそこに行けば、あんたの望み通りの奴がごまんといるはずだ。カウンターに頼めば、希望の人材を探してきてくれるぞ」
「それもそうだな。だが、それは書類上でのものでしかないだろう?私は強さもそうだが、信頼できる人間に頼みたいと思っている。私自身の命や生徒の命を任せるんだからな」
「だったら、尚更俺じゃなくてもいいな」
アルバはこれで話は終わりとばかりに、ライラから視線を外す。
ライラとアルバに面識はない。強さと信頼できる人間がほしいと思っているライラの発言では、アルバは候補から外れるのは分かりきっている。
この展開を予想していたように、ライラはにやりと笑った。
「残念ながら、君は私の中でこの国で一番信頼できる人間なんだよ」
ライラのその言葉に、アルバは怪訝そうに目線を戻す。
「なに?」
「この私が、何も準備せずにここに来たと思っているのか?」
すると、ライラは一枚の紙を取り出し、机に広げる。
「これは……」
「王直々の紹介状だ」
広げた紙には、グリード王のサインが書かれており、下には、
『ギルド所属アルバ・ルーインを、王都使者ライラ・エトワールに紹介する』
という言葉が書かれていた。
しかも手書きである。
筆跡を見る限り、王様が書いたことが分かる。
「最初、これを渡されたとき、何かの冗談かと思ったが、こういうことだったのか」
ライラは何か面白そうなものを見つけたというように笑った。
「王様によく性格を知られているな。アルバ・ルーイン」
「……」
アルバは黙ることしかできなかった。今まではただの一般国民を演じてきたが、これで、ライラにアルバが一国民にはとどまらず、王と面識があることがばれてしまった。
これで、アルバはさっきのように断ることが出来なくなった。
面倒ごとになったとアルバは一人で思うのである。