アルバ 空腹を満たす
食事が出てくるまでの間、エマがミリンダと話していると、不意に
「ミリンダがメイド服着てるってことは仕事中ってことでいいんだよね」
王宮メイドの服で身を包んだミリンダを見て、エマがそんなことを言い出した。
メイドといっても普段からこの服を着ていることはない。なにぶん、王宮メイドはその服のおかげで目立ってしまうために、お休みを頂いたときは、ほとんどの人がメイド服を脱ぎ、私服で身を包んでいる。
メイドとしての意識が高いものは、時として常にメイド服を着用しているのを聞くが、ミリンダはそういうタイプじゃないことは、エマは良く知っていた。
だからこそ、わざわざこんな辺鄙な場所にある喫茶店に来た事が不思議だったのだ。
さらに……
「そんなミリンダが連れてきた男が、ヴァニタスだとは」
エマも魔法が使える。アルバから魔力が感じられないことは、一目見たときに気づいていた。
王宮メイドのミリンダを連れていることは、王宮に関係しているのは確かだ。
エマは率直にアルバに尋ねた。
「あんた、何者?」
エマのまっすぐな質問に、アルバは少し困る。
自分が今どういう立場に属しているか分からないのだ。実際、ライラに脅されるようにして契約を交わし、グリードから王都に連れてこられた。そのまま、学園の守り人として就いていればよかったのだが、事態は変わってしまった。
ダリアン王の提案で、実力を測るためとしてレオナルドとの決闘をすることになった。
それまでは、アルバは学園の守り人ではない。言うならグリードから来た一般人だ。
四年前に英雄と呼ばれるようになったこともあるが、今は関係ないだろう。まして、軽々と話せることでもない。
はたしてどう説明しようかと悩んでいたら、向かいに座るミリンダが口を開く。
「詳しいことはまだ言えないけど、アルバ様はライラ様がグリードから連れてこられた方なの」
ミリンダが途中を省き、端的にアルバの事を説明する。
「……なるほど。だから、ライラさんのメイドであるミリンダが一緒にいるわけね」
エマはミリンダの短い説明にもかかわらず、追及はしてこなかった。
王宮に関係しているものは、良い意味でも悪い意味でも、訳ありである可能性が高い。
エマだってそれは分かっているだけに、ミリンダが言った以上のことは聞かなかった。
「ふーんグリードからねー……ここまで来るのに街では良い思いしなかったんじゃない?」
「まぁな」
おかげでここまで何も食べられないで来たわけである。
この喫茶店が無かったら、今でも空腹感と冷たい視線の両方と戦っていたに違いない。
ミリンダがここを知っていたことが本当に助かった。
「道を歩いても常に鋭い視線が降りかかるし、店に入ろうにも門前払い。どうしようもない。そう思うと、この店が特別なんだな」
ヴァニタスのアルバも快く迎えてくれた。
入口に魔道具を使っていないところも、王都にある店としては珍しい。
「特別というか……うちはヴァニタスに対して店を開いているからね」
「……そうなのか」
わざわざ街に中心から離れた所に店を構えているのだから何か理由があるとは思っていたが、エマが言ったことはアルバの予想もしないことだった。
こんな場所に店があるのも頷ける。
「そんな店もあるんだな」
アルバが素直に感心していると、エマがアルバの言葉に即座に反応する。
「いや、それはうちだけだよ」
エマの言葉を聞き、アルバはエマの顔を見る。
それはアルバをからかっているわけではなく、真実を語っているだけに過ぎないといったほど、エマは無表情だった。
「ヴァニタス相手に商売をするなんて、王都じゃ自殺行為も同然だ。知られたら私たちも王都に居場所は無いんじゃないかな」
エマの言った内容は、王都のきつい現実だった。
だが、そんなエマに焦る様子が見えない。むしろ、余裕そうでもある。
「じゃあ、見つかれば……」
「店は潰れる……普通ならね」
「というと?」
そう言ってエマはミリンダの方を見て微笑み合う。
「ミリンダのおかげでね。この店はライラさんの所有物ということになってる」
「……ライラがそんなことしてたとは驚きだ」
「ライラ様はああいう性格なので、あまり想像できないですよね」
ミリンダが苦笑いを浮かべる。
「……ん?ちょっと待ってくれ今なんて…」
アルバはエマの言ったことの中に一つ引っかかるものがあったため、エマに向かって聞き直す。
「この店はライラさんの所有物って言ったんだけど」
「そうか……」
アルバは一人肩を落とした。
危うく話の流れで聞き流すところだった。
ライラの所有物ということは……この店もアルバの守る対象であることだ。
ライラはアルバに学園を守ってくれとは言っていなかった。『私と私の所有物、全てを守ってくれ』と言ったのだ。
つまり、そういうことである。ライラ自身この店のことを覚えているかは怪しいが、いざっていうときはアルバが何とかする必要があるかもしれない。
そんなアルバの様子を見て、状況が分からないエマは首をかしげる。
すると突然、エマの身体の動きが止まる。
そして、どうしたのか一回頷いたかと思うと、
「サンドウィッチ、出来たみたいだから取ってくる」
そう言ってアルバたちの元から離れ、暖簾の奥に歩いていってしまった。
アルバには声なんて聞こえなかった。
なのにエマはどうして分かったのか不思議でならなかったが、多分これも魔法なのだろう。
実際にエマの様子にミリンダが驚いている素振りは見せなかった。
その後すぐに、エマは姿を現した。
手には二つのお皿が持たれていて、その上に、綺麗な三角形のサンドウィッチが一皿に二つ乗っていた。
「はいお待ちどー」
軽くそう言って、アルバたちの前に皿を置く。
「こっちのハムサンドがアルバで、ミリンダには野菜サンドね」
各々、違うサンドウィッチらしい。
キュルルーーー……
店内に気の抜けるような音が響く。
どうやら音はミリンダの方からしているようだ。
「ご、ごめんなさい……」
エマとアルバの視線を受け、恥ずかしそうに顔を伏せる。
美味しそうなサンドウィッチを前に、我慢できなかったんだろう。
「遠慮なくお食べ」
エマがミリンダを見て、微笑みながらそう言った。
「そうさせてもらおう」
「はい!」
『いただきます』
二人で揃って食前の挨拶を済ませ、サンドウィッチを口に運ぶ。
柔らかいしっとりとしたパンに、ハムがよく合っている。
さらに、少し酸味の利いたソースがハムの味を引き立てていた。少量の野菜も一緒に挟まれていて、新鮮なシャキシャキという食感が、ハムやパンと違っていて飽きない。
空腹を訴えていたお腹に、二個あったサンドウィッチは、すぐに入っていってしまった。
とにかく美味しかった。抜き出て美味しいとまではいかないが、この素朴な味がまた堪らない。
空腹が最大の調味料とどこかで聞いたことがあるが、しかし、それを抜きにしても、喫茶コリンズのサンドウィッチは文句なしに美味しかった。
ミリンダもいっぱいの野菜が挟まれたサンドウィッチを、小さい口で、ニコニコしながら食べていた。
アルバは先に食べ終えてしまったために、ミリンダを何も思わず見ていた。
本当に美味しそうに食べるミリンダの笑顔に、アルバも、そしてエマまでもが、その顔をほころばせるのであった。




