朝の日課
借り部屋から少し離れた所までくると、木が多く植えられたところにたどり着く。
「ここなんてちょうどいいんじゃないですか?」
ミリンダが足を止める。
アルバも周りを見る。ちょうど木が目隠しの役割になっていて、こちらからも、別の場所が見にくい。
「ああ。ちょうどいい感じに木が生えてるな」
アルバはそう言って、前に出る。ミリンダが雰囲気を察して一歩後ろに下がった。
グリードでもやっているアルバのいつもの日課である。
腰の愛刀を引き抜く。
独特のその黒い刀身が朝日に反射して鈍く光る。
鞘を両手で掴むと精神を集中させる。
感覚がどこまでも洗礼されていく。鳥の鳴き声や、風になびく木々のざわめきが、まるで遠い世界のように小さくなる。
ピンっと張り詰めた空気があたりに充満する。
それをひどく感じ取ったミリンダが呼吸でさえ気を遣うほどに、空気が明らかに変わる。
「っ……!」
口から鋭く短い息を吐くと、目にも留まらぬ速さで、黒い刀が振り下ろされる。
ドンッ!!
まるで重い武器でも振っているかのように衝撃が、ミリンダのところまで伝わってくる。
だが、アルバの得意としているのは、重い一撃じゃない。むしろ、これは刀の具合を確かめるに過ぎない。ここからが本番である。
振り下ろした刀の具合を満足そうに口角を上げると、すぐに振り上げる。
振り下ろす時と同じ速度で刀は、ピタッとアルバの顔の前で止まる。体幹がしっかり鍛えられているのか、アルバの身体にブレはない。
さらに、刀を振り続ける。威力こそ初めの一撃より劣っているが、速度は変わらない。刀が空気を切る、鋭く高い音が響く。
斜めから切り上げたと思ったら、今度は刀の遠心力を利用して、身体を一回転させると、そのまま後ろ蹴りを加える。
刀から体術とを織り交ぜ、身体にかかる重力に逆らうことなく動く。
アルバはこれといって決めらた動きをしない。相手のどんな動きでも、対応できないといけないとして、あえてそうしている。
刀の動きが早すぎるためか、アルバの周りには、刀の残像ともいえる黒い影が常にまとわりつているように見える。
時には、後ろに飛びのいたかと思うと、急に走り出し、敵の死角ともなる後ろから襲い掛かる……というような動きをする。それも刀を振るう速度と変わらないぐらいに高速に。
アルバの得意とするのは、その速さだ。とにかく、相手に隙を見せない。
そんな戦い方をしてきた。アルバの速さに追いつけるものはそうそう居ない。
さらに、身体の動きによっては、刀を左右の手に持ち替えて振るったりと、予測できない。
もちろん右と左で振る速度に変化はない。
ミリンダも、集中してアルバを見ていないと簡単に見失ってしまう。
「すごい―――」
これまでのアルバとは想像もつかないような動きに、ミリンダは呆気にとられる。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
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どれだけ時間が経ったのか分からない。
アルバは一度も身体を止めることなかった。
最後に、右手で刀を横に振り下ろす。
カチン
刀身が完全に鞘に収まる。
そこで初めて、アルバは身体から力を抜く。
アルバの感覚が元に戻ると、周りの空気も弛緩した。
「こんなもんか」
額にかいた汗を拭うと、満足そうに身体を伸ばす。
これがアルバの毎日の日課である。
この刀を手にした時から、欠かさず続けていることだ。
英雄と呼ばれるようになって、ギルドの仕事をあまりやらなくなってからは、特にこの日課を大切にしていた。時間を伸ばし、内容を詰め込んでいる。
今では慣れたもので、これだけの動きをしても、アルバは息一つ乱していない。
ミリンダのところに歩いていくと
「お疲れ様です!なんというか……とにかくすごかったです!!」
どう表現していいか分からず、そう言ってミリンダはとにかくアルバを絶賛した。
アルバにもミリンダの表情から、それがよく伝わってきた。
「これなら、レオナルド様にも勝てますよ!」
ミリンダが興奮したようにアルバに詰め寄る。
ミリンダにももちろん、アルバの決闘の話は聞かされている。
最初聞いたときは、無理だと思った。レオナルドの名は、王都で一番の戦闘特化の騎士であることは有名である。その実力もさることながら、勝てば何でもやっていいという性格から、誰からも恐れられている人物だからだ。
アルバを一目見たとき、レオナルドに勝てるかミリンダには少しだけ不安だった。
だが、今の動きを見て認識を改めなければならない。
「それは分からないな。実際にやってみないと」
そんなミリンダとは対照的に、アルバは自分が負ける可能性を捨てない。
驕れば必ず足元をすくわれる。
アルバの中にはそう、強い意志があったのだ。
24部にしてアルバ君 初めて刀を振りました。




