女性の正体
扉はするりと開いた。
女性はなるべく大きい声で呼びかける。
「すまない。誰かいないか?」
すると、声を出してしばらくし、奥から一人の男性が顔出した。
「何か用ですか?」
出てきた男性はまだ若く、顔には幼さが残る。年齢は二十代に届かないぐらいだ。
髪は短く綺麗に整えられている。そして、腰には刀が据えられていた。
突然の訪問者を訝しむように見つめる。
「ここにアルバ・ルーインという人物がいると聞いてな」
女性は端的に男性にここへ来た目的を告げる。
男性は驚いたようにして、
「アルバ・ルーインは俺だが…」
と言い、腰の刀に手を触れる。
女性はそれを見て満足した表情を浮かべた。
男性―――アルバは警戒を高める。何故目の前の女性は自分の名前を知っているのか。何者なのか分からない。
そして、女性はただ立っているだけだというのに、どこにも隙がなかったのだ。
(何者だ、この女…)
アルバは戸惑う。
女性はそんなアルバをじっくり見つめると、
「思ったよりも若いな」
と、ポツリとこぼした。
「私はライラ・エトワールだ。アルバ・ルーイン、君にある仕事の依頼をしに来た」
「仕事…?」
ライラの言葉に、アルバは刀に添えた手を離した。
少なくとも突然襲い掛かってくることはないと判断したからだ。
「そうだ。悪いが上がらせてもらうぞ」
そう言ってライラは、勝手に上がり込む。
「おい!何勝手に…!」
「ほう。木造の割にはしっかりしているんだな……」
アルバの抗議には全く聞こえていないのか、ライラはぶつぶつと言いながら奥に歩いていく。
(本当に何者だよ……)
ライラの様子に呆れるアルバだった。
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「これはなかなかにうまいな」
ライラは満足そうに、出された飲み物を飲んでいた。
勝手に入るなり、近くにあった椅子に座ると、喉が渇いたとアルバに言ってきた。
仕方なく、アルバは保管庫から果実水を取り出してきたのだ。
商店で売っている果実を絞って、水で薄めたアルバ特性のものである。
それを一気に飲み干すと、話す気になったのか向かいに座るアルバを見つめた。
「アルバ・ルーイン、君には私と私の所有物、全てを守ってもらいたい」
ライラは少し声のトーンを落とした。
ライラの雰囲気を察したアルバも、真剣に聞く。
「私は王都にあるフトゥールム学園の理事長をしていてな」
王都ロイスタシア。この大陸エルーノスの中心に位置し、国土や人、全てにおいて大陸全土で一番の大きさを誇っている大国である。
「その学園というのが、王宮直属の学園でな。貴族の息子や娘が多く在籍している。危ない輩に狙われることも少なくない。今までのように私一人では、生徒や学園を守るのも困難になってきていてな。そこで、私に代わって学園を守ってくれる人物を探している」
「それを俺に頼みたいと?」
「そうだ。話が早くて助かる」
「何故俺なんだ?王都にいるなら、もっと頼りになるやつがわんさかといるんじゃないか」
アルバは当然の疑問をぶつける。
王都ならば守りの兵士などいくらでもいるはずだ。何もわざわざこんな辺境の国に来てまですることとは思えない。
「学園は王宮直属と言ったな。その理事を任されている私には、王族と同等の権限を与えられている。それは、王都国民の周知の事実だ。私が護衛を探していると知れたら、多くの者が声を上げるだろうさ。私の権限を目当てにな」
「…………」
アルバはライラの言葉に声を無くした。
さすが王都というところか。いくら王宮直属の学園とはいえ、理事長に王族と同じ権利まで与えてしまうとは。この国では考えられないな。
「そして私自身、王都の人間が嫌いだからだ」
ライラはきっぱりと言う。
「王都は良くも悪くも魔法主義だ。魔法が全てにおいての判断材料となっている。生まれながらに魔力に恵まれなかったものは、暮らすのも厳しい状況に追い込まれる。そして」
ライラはアルバを見る。
「そして、魔法の適性がない者には居場所がない」
「ああ。そうだな」
アルバは深く頷いた。