専属メイド
「改めまして、私はミリンダ・スカーレット。王都の生活にあたって、アルバ様の身の回りのお世話をさせていただきます」
ミリンダは自分の胸のあたりに手をあて、向かいに座るアルバの目を見て言った。
「ライラ様より仰せつかった、アルバ様専属のメイドでございます」
そう言ってミリンダはニコッと笑いかける。
よく笑顔が似合う子だと、アルバは素直に思った。
これまで王都にて出会った人は、どれも誰もがどこか自信に満ちたような人間ばかりであった。もちろんダリアン王や、馬車でここまで連れてきてくれたセイブルなどといった、穏やかな性格の者もいたが、二人はどこかアルバにとっては違う存在と感じた。
王都の人間で一番近くにいたのはライラである。
さらには、アルバと実際に対峙したレオナルド。
その二人の印象が強かっただけに、ミリンダのような子の存在は、少し安心する。
「よろしく、ミリンダ。俺がアルバ・ルーイン」
アルバはそう言って一息置いたあと、
「ヴァニタスだ」
強めの声音で宣言した。
アルバの言葉を受け、ミリンダの顔色は変わらない。
「はい。存じ上げておりますよ」
少し不思議そうな顔をしてミリンダは首をかしげる。
ミリンダには、もちろんライラから自分が仕える人の情報は知らされている。まず、ヴァニタスでないのなら、ミリンダがここにいる意味がなくなってしまう。
そう思いミリンダは「何故そんなことを?」と疑問の目でアルバを見つめた。
「すまない。少し確認したかったんだ」
ミリンダの態度を受け、アルバは自分の考えが浅かったことを理解した。
さきほどミリンダが言ったことがアルバの心に、一つの想いが生まれていた。
『アルバ様の専属メイド』だと。
ミリンダははっきりとそう言った。
これから王都で生活するのに、ミリンダはアルバの傍にいるということ。
ミリンダがどれだけ優れたメイドなのかはまだ分からない。ライラに仕えているだけに、メイドとしての実力は心配ないのだろうけれど。
だが、ミリンダとて、王都育ちの王都国民であることに変わりはない。
ライラからの命令とは言え、ミリンダの心の内がどうなのかがアルバにとっては重要である。
少しでも、ヴァニタスに対する不快な感情が見られれば、さっきのアルバの言葉に顔が変わるはずだ。
そういった人に、傍にいられるというのはあまり望ましくない。
アルバにとっても、ミリンダにとっても。
そんな思いで、あえてアルバは自分からヴァニタスだと言ったのである。
そして、ミリンダは本当に不思議そうな顔をしていた。
大きな目をぱちくりさせている。
この表情を見て、アルバには少なからずミリンダは安心できると思い、自分の言葉を取り下げた。
「ふう……」
ミリンダは唐突に息を吐く。
少し肩の力が抜けたように感じる。
「大丈夫か?」
なるべく聞こえないようにして息を吐いたつもりが、静かな部屋では、呼吸音でさえ際立ってしまう。
アルバに聞かれ恥ずかしくなる。
顔が上気するのが分かった。
「いえ、その…実は少し緊張していまして」
顔を赤くして、ミリンダは髪を触りながら、自嘲気味に話す。
「緊張?」
「はい……」
ミリンダは少しずつ、気持ちを吐露し始めた。
「メイドとしてライラ様に仕えるようになって、しばらく経つのですが……ライラ様以外に仕えることは今回が初めてなのです」
「そうなのか」
「はい。グリードに行かれる際に、ライラ様は私にこう言われました」
ミリンダはその時の様子を思い出しているのか、遠い目になる。
「これから連れてる奴の専属メイドをミリンダにお願いしたいっと」
そう言ったミリンダの表情は、どこか複雑ものだった。
「嬉しかったです。自分がライラ様に信頼されていると分かったので。ですが、同時に戸惑いもしました」
「自信が無かったからか」
アルバがミリンダの言葉を続けた。
「はい。それに、グリードから来る方っていうと、大柄な男の人ではと思って……ドキドキしながらここに向かっていました」
やはりとアルバは思った。
ヴァニタスの実力者は、どうしても身体を鍛える必要が出てくる。
実力が出てくると、身体とともに心まででかくなる。
「ここに来るのが遅れたのも、緊張で足取りが重くなってしまって」
早く行かなければならないと分かっていても、うまく体が動かない。
そうこうしているうちに、外は暗くなってしまった。
「すみませんアルバ様」
待たせてしまったことに、さらにミリンダの中で焦りが生まれた。
だから、ミリンダはここに着いたとき、あんなにも焦っていたのだ。
周りが見えず、とにかくアルバに対し謝った。
「メイドとして失格ですよね……」
そう言ってミリンダは自分の頬をかき、無理して笑ってみせた。
「そんなことないんじゃないか」
アルバはミリンダに対して思っていることを言う。
そこにはミリンダを元気づけるとか、そんな気持ちがあったわけじゃない。
「へ?」
ミリンダは目を見開く。
「俺はミリンダのような子が専属メイドでよかったと思う」
変にきっちりした人よりも、ミリンダのような子の方が楽だ。
アルバの言葉に、ミリンダは視界がぼやける。
涙は流せないとどうにか我慢した。
「ありがとうございます!アルバ様がお優しい方でよかったです!」
ミリンダは椅子から立ち上がり、勢いよくアルバに頭を下げた。
上げた顔は満面の笑みになっていた。知らずに、ミリンダの身体からは緊張の色が消えている。
やっぱり、ミリンダにはこっちの笑顔の方が似合っている。
改めてアルバはそう思うのであった。




